2010年3月31日水曜日

鄭香均さん、お疲れ様でした!



鄭香均さん、お疲れ様でした!

読売新聞の夕刊(3月27日)に、鄭香均さんの定年の記事がありました。「在日保健士 定年「悔いなし」」「都を提訴、論議に一石」「管理職「国籍条項」崩せず」という見出しになっていました。

東京都の外国人職員になり、周りの推薦で管理職試験を受けようとしたところ、募集要項には何ら国籍に関する記述がなかったのに、言うまでもない、「当然の法理」ということで受験拒否され、東京都を提訴して最高裁で逆転敗訴しました。朴鐘碩の日立闘争、金敬得の弁護士資格獲得闘争と並び、鄭香均の闘いは「在日」の歴史に残るでしょう。

これらの闘いは、「在日」の権利獲得という次元から、さらに広くて深い論議を呼び、植民地支配をした日本は敗戦後、これからどのような社会になるべきなのかという方向性を示したものと私は理解しています。日本の「多文化主義」の虚偽性は、テッサ・モーリス・スズキによって明らかにされています(『批判的想像のためにーグローバル化時代の日本』(平凡社))。私たちもまた、「多文化共生」の問題点を外国人施策では日本の最先端を行くという川崎を例にとり批判しました(『日本における多文化共生とは何かー在日の経験から』(新曜社))。スズキは、日本の多文化主義を「コスメティック・マルチカルチャラリズム」(外面の多文化主義)と強烈な批判をします。

私見では、「当然の法理」という日本のナショナリズムの病理とも言うべき体質、問題点をえぐり出したという点では、鄭香均の裁判闘争の意義は限りなく大きいと思われます。「研修」制度を名目にして超低賃金で外国人を働かせ、またインドネシアやフィリピンとの貿易条件緩和を「餌」に経済連携協定(EPA)を結び看護師や介護福祉士を目指す人を呼び込み、日本人でもむつかしい日本語の試験に通らなければ帰国させるという、外国人を労働力としてのみ扱う政策を、日本人は恥ずかしく思わないのでしょうか。

永住外国人だけでなく、一時的に日本で働くようになった人にも生活があるのです。住居や子供の教育や、人として生きていくための最低限の保障をせず、日本人が嫌がる職種に就かせるために出入国管理政策の対象にしながらさじ加減している日本のあり方は、明治以来変わることのない政策です(上記 スズキ)。非正規の外国人労働者の解雇を放置し、日本人女性の解雇の問題を等閑視してきた日本社会はここにきて、ようやくその仕組みの不当性を取り上げるようになりました(上野千鶴子)。

私は、鄭香均の闘いから、マイノリティの権利の主張から一歩進め、マジョリティの変革に「在日」はその社会に住む当事者として取り組むべきだと思うようになりました。

2010年3月28日日曜日

近藤敦さんお迎えしての学習会を終え

昨日、近藤さんをお呼びして日本基督教団川崎教会で学習会をもちました。1時半からの集会は、1部は外国人参政権について、2部は公務員就任権と「多文化共生と統合」についての講演と質疑応答で、6時半まで続き、続きは2次会で11時くらいまでの長丁場になりました。近藤さん、長い時間お付き合いいただき、ありがとうございました。

講演と質疑応答の内容は事務局で整理して改めてお知らせします。

以下は私の個人的な感想です。

1.永住外国人の地方参政権を賛成する立場から書かれたものは、反対論者のものに比べて基本的にむつかしいというのが私の印象です。先方は単純にまた大量にその情報をばらまいているので、ここは近藤さんにがんばっていただいて、敵の論調はかなりはっきりとしてきたのでそれに論破するかたちで、思い切ってやさしく、書き下ろしでQ&A方式での出版をお願いします。ブックレットで、詳しい込み入った説明は注にいれ、本文はアグレシブにできないものでしょうか。

2.講演は「固有の権利」に関してはこの間書かれていることの説明でしたが、最近、右翼はネットで、日本人の「専有」でなく「譲り渡すことのできない」権利であっても、それははやり日本人に限ると反論し始めています。ただし私の見る限り、内閣法制局長官発言に関しては無視しようとしていますので、この歴史的経過と内容の説明をさらにブラッシュアップす必要があるように思います。

3.憲法論で、日本の国会が外国人の人権意識が希薄であったのか、そうだとしたらそれはどうしてかについての突っ込んだ説明が必要です。また官僚が意図的に外国人(特に台湾・朝鮮人)についての人権を剥奪しようとしたのか、このあたりはCitizentの複数形としてPeopleとNationalの関係、および昨日講演の中で強調されたEveryone-とPeopleを国民にした経緯を明確にする必要があるように思います。

4.国民主権を民主主義とナショナリズムのどちら側で捉えるのかという点は著書でも言及がありましたが、天皇制との関係で国民主権が後者に流れている現実、およびその原因と問題点は整理する必要があるように感じました。

5.地方自治体と国家との関係は実際的には上下関係で、理論的には各地方自治体が独自に外国人の地方参政権の付与を決定してもいいと、近藤さんはできないことを前提にしつつも学者としての可能性の見解を披露されたのですが、その議論はまったく現実的ではなく、むしろ名古屋の河村市長が小学校区での住民自治に国籍条項を明記させたことを市長の個性の問題と軽く受け止めていらっしゃいましたが、私はその先例は
大変重要なことで、地元の名古屋でもっと論議を起こしてほしい、問題提起をしてほしいと思いました。

6.公務員就任権のところでは、鄭香均の最高裁判決の説明がはやり複雑です。一点突破するには何が必要か、何がネックなのか、日本全体の状況を踏まえつつ、もっと突っ込んだ議論を展開してほしいと思います。最高裁のひねくれた結論を解釈しただけでは普通の人はわかりませんし、あれを地方自治体の突破の論理に
転化できるとは思っていない人が官僚を含め大部分です。政令都市間ではお互いに顔色を伺い、先頭にたつことを躊躇し、牽制しあっているように感じます。

7.「多文化共生と統合」に関するお話から、この間、近藤さんの著者の中で「統合政策」を何の躊躇もなく使われていたことの意味がわかりました。近藤さんは、山脇さんたちと同じく、外国人問題の政策をどうするのかという立場から言及されており、そこで「統合」よりは「多文化共生」のほうが誤解が少なくてよろしかろという観点から論じているということがはっきりしました。
それはそれで政策立案者の立場からは必要な「配慮」でしょう。しかしいくら文面で文化の尊重、平等、協同を謳ってもそれは上から目線の話であって、私たちの反発は、その視点はパターナリズムにつながる、私たちは「当事者」として参加して自分の問題に関しては一緒に論議し決定過程に参加したいと下から目線で考え発言しているので、両者のベクトルの違いがはっきりとしたように思います。
私たちの目指すのは、マジョリティそのものの変革であって、その問題を直視しないで、議論をマイノリティ問題の対処法に歪曲化すると差別の構造や、代議員民主主義の形骸化、住民の政治参加の実体化、地域そのもの衰退化の問題は解決に向かいません。これまでの、特に川崎での外国人代表者会議を作ったときのマイノリテイ論は破綻しているという認識が肝要です。

8.いずれにしても研究者と運動を志す者との対話は大切で、今回も近藤さんから多くを学ぶことができたことを感謝します。近藤さんはいかがだったでしょうか、10時間も「拘束」されたことに懲りないで、また川崎においでください。いつでも大歓迎します。

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崔 勝久
SK Choi

2010年3月19日金曜日

今、どうして排外主義の動きがでてきているのかー投稿

伊藤さんから今、どうして排外主義の動きがでてきているのか、についての投稿がありました。

「在特会」のような排外主義の流れをただ糾弾するだけでなく、どうしてそのような動きがあるのか、多くの普通の市民がどうしてその流れに同調するのかの根のところを考えようとする伊藤さんに賛同します。彼からのメールの一部を紹介します。

伊藤さん、これをきっかけにもう少し展開してください。
みなさんの、ご意見をお待ちしています。
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崔 勝久
SK Choi

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いま感じているのは、排外主義の運動が、何故いまこれほど活発になっているのか、その理由。 
表立った理屈だけではなく、排撃・狂気の彼らの心情、精神性まで分るか・・・?
また、多くの「普通の」!国民が、この動きに同調し共感するとすれば、どこに共感するのだろうか、と言った事です。その言葉、心情が支持されるのであれば、その根拠を理解しなくてはならない。「普通の」国民、と言うのは、国家の視点からの括り方に過ぎないと言えばそれまでですが、それで済むわけでは無い。

参政権は国民国家の核心を突く課題です。その本質を照らす段階に議論と対立がいま進んで来たのだと思う。民主主義政治の看板である「平等」の建前と、差別の実態。国民国家のパラドックスが、隠し様もなく掛け値ない矛盾を吹き出し、さらけ出すまでに進んで来たと見るべき、です。

伊藤

2010年3月18日木曜日

外国人参政権法案の動向―どうなったの?

今日の日経は、ごくごく控えめに国連人種差別撤廃委員会の最終見解を出しました。
「朝鮮学校除外に懸案」というタイトルの下で、「日本の人種差別撤廃条約の履行状況を審査し、朝鮮学校を高校無償化の対象から除外することへの懸念を盛り込んだ最終見解をまとめた。「子供の教育に差別的な影響を与える」と指摘し、日本政府に「教育の機会提供に一切の差別がない」状態を確保するよう勧告した」とあります。これが世界の常識です。

まあ、国連機関がいかに「勧告」しようが日本政府は受け留めないでしょうね、きっと。
マスコミも日経がわずか10行くらいの報道で、朝日にはその報道すらありません。困ったものです・・・

朝日は、外国人地方参政権法案については、「17日の政府・民主党首脳会議で話題にもならなかった」「もはや政府にも党にも、今国会で真剣に成立を探る姿勢はみられない」と報じています。首相は、「強引に行いすぎてもいけない」と答弁しているので、今回はなし、ということですか。右翼はこれを機会に街頭での示威活動を強めていますが、左翼は無関心ですね。

これで参政権法案に朝鮮「籍」は排除された内容であったことも不問に付されます。高校無償化の対象に朝鮮学校を外すことも決定です。日本が植民地支配の清算に関して真剣に議論することはあるのでしょうか。歴史教科書でも後退を続けている事態を見るに、恐らく、そのような事態は北朝鮮との交渉の過程の中でしか可能ではないと思います。拉致問題とのからみで話されるでしょうから、植民地支配の清算に関しては、「恩恵」、何かやってあげるという次元で話題になるだけでしょうね。困ったものです。

2010年3月17日水曜日

朝鮮学校無償化除外の動きに懸念 国連人種差別撤廃委

世界の流れと日本の施策の違いがわかります。
asahi.comの情報をお送りします。

「【ロンドン=橋本聡】ジュネーブにある国連の人種差別撤廃委員会は16日夜(日本時間17日未明)、朝鮮学校を高校授業料無償化の枠から除こうとする日本の政治家の動きについて懸念を表明した。
人種差別撤廃条約にもとづき、2001年以来9年ぶりに日本の人権状況を審査した結果をまとめた見解報告書の中で、「児童の教育に関して差別的な効果を及ぼしてきた行為」の一つとして言及した。
見解の中では在日コリアンや中国人の子弟の学校教育をめぐり、「公的支援や補助金などの面で別扱いを受けている」とも指摘した。被差別部落やアイヌ問題、沖縄の基地問題などにも言及し、改善を日本政府に勧告している。 」


しかし今日の日経では、
「無償化施行時は除外へ」、と記しています。
「朝鮮学校の扱い 第三者機関判断」
「政府は16日に衆院を通過した高校無償化法案で、
対象に含めるかが焦点になっている朝鮮学校について、
第三者機関を設置して最終判断をする方位だ。施行
段階では除外される見込み」

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崔 勝久
SK Choi

2010年3月16日火曜日

学問は未来を切り開くのか、現実の後追いなのかー「川崎都市白書」を読んで

専修大学が文部科学省のプロジェクトとして5年にわたり研究をして、平成20年度川崎都市白書を出し、その第一部で「総論と政策提言」を記しています。「公害」を克服する過程で得た技術を活かし、省エネや新エネルギーの技術革新に結びつけ、環境先進都市川崎として「川崎モデル」を提示し世界に貢献するという内容です。川崎市の施策はその提案を反映させていると言っても過言ではありません。臨海部の石油、石炭の素材産業だけではなく、川崎の中間地帯にあるIT・家電メーカー、各研究・開発機関、中小・零細企業、ベンチャーなど全てを有機的に結び付ける壮大な提案です。第二部はその結論を支える「各論」です。

しかし私はその研究論文に不安を感じました。「可能」という言葉があまりに多いからです。提言だから、それでいいのかも知れませんが、永年経営に携わってきた私は、「可能性」と同時にいつもそうはならない場合の「危険性」を思索する癖を身につけたからかもしれません。うまくいけばいいが、そうはならなかった場合の検証はどこでなされるのでしょうか、「白書」に対して、10年前の公害運動の勝利を背景に『環境再生』を記した研究者たちが、その批判的な検証をしているようには思えません。私は、「白書」派と「環境再生」派がもっと正面から学問的な論争をすべきであると思うのですが、私の知る限り、そのような議論が行われているようには見えません。この分野のことは全くのド素人なので、私が知らないだけなのかもしれません、この点はご容赦を。

公害は克服されたことが前提になっていますが、今も川崎では小児喘息患者が減っていません。北部のある小学校では17%の罹患率と聞き、私は驚愕しました。これは自動車公害だけによるものなのでしょうか、臨海部に問題はないのでしょうか、「白書」では各企業の努力と「可能性」を詳しく説明しますが、それでも炭酸ガスに関しても京都議定書に記された水準にはとても及ばないことが短く記されています。窒素酸化物などの数値は高止まりです。アジアからの旺盛な需要の所為ばかりでなく、この間の企業努力で臨海部の企業が復活したと分析しますが、その繁栄はいつまで続くのでしょうか、学者のよく使う「持続する企業」であり、「持続する社会」なのでしょうか。JFEの高炉や既存の施設をそのままにしてその応用技術(革新)で、本当に「持続する社会」は可能なのでしょうか。

臨海部の再生のために、川崎はふたつの拠点を提示しました。羽田空港の対面の殿町と南高校がある南渡田地区です。前者はライフサイエンス・バイオをトリガーにしてクリスター形成を予定し慶応大学などの入居が決定したようですが、同じ比率で説明されている後者に関しては、この3年間住民運動で全てが凍結されています。「白書」派も「環境再生」派もこのことに触れていないのは、私は理解できないでいます。

南高校の問題の解決のためには、運動による行政への圧力ではなく、対話によって問題点を直視して解決を模索することは不可避です。同時に、臨海部全体の問題についても、50年先のグランドデザインを描きながら、これまでのように企業と行政だけで臨海部のあり方を決めるのではなく、住民と政治家も入り、行政や企業とも真摯な対話を重ねるべきでありましょう。Water Frontに住民が住み遊べる夢をまず明確にし、そこに向かうプロセスを示すべきです。

蔓延する小児喘息や、臨海部から撤退する多くの企業の跡地の処理、地震などの災害に対する備え、さらには増加し続ける外国人住民や老人の問題など、「白書」には触れられていない地域社会の問題に住民が当事者として、「地域再生」の主人公として関わるべき時が来たように思います。それには住民サイドに立った研究者の協力は絶対に必要です。Sustainable Community(住民が生き延びる地域―私訳)を実現させましょう。そこは外国人の政治参加は当然視され、老人などの弱者が安心して生きていける社会です。

2010年3月14日日曜日

川崎阿部市長のセクハラ事件―民主の対応に疑問

11日の予算委員会で、民主党の粕谷議員は、阿部市長が老人ホームの問題に誠実の応えないことに怒り、4年前、民主党の飲み会で、市長が彼女の胸を触り、御免と言って去ったということを議場でばらし、「土下座して謝りなさい」と迫ったそうです。

彼女は告訴することを弁護士と相談したが、おかねが目的と「誤解」されるのは嫌だからという理由で、告訴をしないことを決めたとのことです。阿部市長は、議会でそんなことが議論されることをよしとせず、「覚えはないが、事実としたら申し訳ない」と答弁し、土下座はしなかったようです。

しかしこれって、いつの話し? 4年前のことで、「被害者」の粕谷議員は、市長選に出た福田県議と一緒に松沢現神奈川県知事の秘書をしていた人物らしく、どうして福田さんが立候補したときにそのスキャンダルを表にださなかったのか(出していたら勝っていた!)、どうして今なのか、まったくわかりません。この夏の参議院選挙前に阿部さんを辞任に追い込み、市長選も同日に行いたいのか、と勘繰りたくなります。同日選であれば今回は連合と民主は一緒にできそうですから。

しかし「被害者」の女性議員は、外国人の地方参政権反対の右翼民主党議員らしく、そんな日の丸を背負う若手の「台頭」は困ったものです。本当に、予算委員会で老人ホームのことでまともに対応しない市長に腹を立てて、思わず、4年前のセクハラ事件を思い出し、突然に土下座を迫ったのか、私には理解できません。

少なくとも川崎の民主党はまともではありません。昨年の市長選では、党として福田擁立を決定しておきながら、連合(市職労)が阿部を推すというので、実質的に福田の選挙戦に協力しなかった民主党議員が多くいたと聞いています。今度は今頃になってセクハラ事件で若手議員が中心になって阿部おろしを画策し、阿部擁立の運動を担った連合系(市職労)のベテラン議員たちが、若手の参政権をはじめとした右翼的な言動を忌々しく思いつつ、何の手も打てないでなし崩し的に戦線後退しながら、その若手の阿部批判に乗ろうとするのであれば、これはまことに聞くも哀れな、醜態だと言うしかありませんね。

我が民主党議員団団長、退路を断ってまともな対応をお願いしますね。若手議員は団長が本音と正論を語ったところで、党を割って出ていくことはないですよ。彼らは右翼のチャンネル桜や「在特会」と一緒に行動し、そこから立候補することが相応しい人たちです。今回の参政権反対の陳情と、自民党の本会議での反対議案提出に、若手は賛同するでしょう、民主党としては党議で拘束して棄権して、議案を葬りさるのですか、堂々と参政権反対に反対(=賛成)を今まで通りに筋を通しますか? 来週は注目ですね。

2010年3月13日土曜日

橋下大阪府知事の圧力に朝鮮学校は?

鳩山首相に比べると、橋下は直截的で、はっきりしています。彼は、朝鮮学校に対して北朝鮮に直接つながる組織である総連にはっきりと決別を求めました。朝鮮学校を訪問し、「民族に誇りをもって一生懸命やっているのはわかった」としながら、学校側に「自由を求めるのか、公金を求めるのか。どちらかを選んでほしい」とつきつけたわけです。

勿論、「自由」を選べば、これまでの外国人学校振興補助金(東京の5倍の額)を打ちきる、おかねがほしいのであれば、国が無償化の対象にしなくても(その実現までの間)支援をするというのです。露骨ですね。その前提は、北朝鮮は、拉致事件を起こしミサイルを向ける敵国で「制裁」を加えるべきであり、そのような敵国の組織である総連と関係する学校は、教育内容に関わらず、支援すべきでないということです。

総連とは、寄付金を受けない(=北朝鮮からの支援金を受けない)、総連行事に学校幹部は参加しない、学校内で北朝鮮指導者の肖像画を掲げない、政治的な中立性を保つと要求しています。学校側は法人が運営していて理事会にも評議会にも総連の関係者は一人もいないと苦しい説明をします。しかしそれでは橋下には通じません。結局、学校側は父母会、総連と相談し決断するしかないでしょう。私は橋下の要求を拒むことはできないように思います。

「在日」の歴史を知る者は、解放後、総連がどのようにして民族学校を作り、闘い、守ってきたのか、そしてそれは分断された祖国の動向と不可分であることはよく知っています。私が40年前に記した、民族意識にも1世がもつ素朴な民族意識、国民国家に属する者としての国民意識、被差別者としての民族意識があるということが思い出されます。民族学校は国家と切り離されることなく、民族意識は国民意識と一体化されてきました。朝鮮学校は民族教育とは何なのかの根本を問われるようになるでしょう。この点については改めて自分の考えをまとめます。

東京都の石原や、鳩山は橋下の動向を見守り、即それに便乗(利用)するでしょう。朝日によると鳩山は最初から朝鮮学校を無償化の対象からはずし、今回の第三者の検証機関の設置は無策の口実であるとも伝えています(検証の基準も定かでないのに)。官僚はどちらでもよく、政治家が決めてくれれば仕組みや理屈はどうにでもできるとうそぶいている(予算枠は既にとってある)そうです。

民族学校の教師や子供を学校に送る父母の想いには頭が下がります。あの薄給で、あの高い授業料で、どうしてあんなに熱心に教育に関心をもち続けることができるのか。私は「素朴な民族意識」が生き続けているのだと思います。しかし「地域再生」に向かうには、それでは不十分です。人間としてのあり方、あるべき地域社会に向けてのコミットメントは、国民意識・素朴な民族意識からは出てきません。自分の生きる社会の変革の当事者になる生き方は民族意識とは別、と私は考えます。また叩かれますね、きっと。

2010年3月12日金曜日

見えない「在日」-時代の寵児、寺島実郎の連載から

雑誌『世界』4月号は、「外国人参政権はなぜ必要か」を特集し、田中宏と徐龍達の力の入った論文を載せています。しかし私は、ビジネスや外交分野で論陣を張る、寺島実郎の「脳力のレッスン」「本質を見抜く眼識で新たな時代を切拓く」という連載で、「ゴジラを生んだ心情―問いかけとしての戦後日本(その10)の冒頭部分に目を奪われました。寺島は、帝国軍人であった父が街頭で物乞いをする傷痍軍人に「帝国軍人として恥ずかしくないのか」と怒鳴ったことを思い出し、ゴジラ論の枕詞にします。

寺島は大島渚の「忘れられた皇軍」を観ていないのでしょうか。傷痍軍人は戦争に行かされた朝鮮人が大部分で、戦後、軍人恩給を拒否されてきた人たちであることに、彼は、思いを寄せなかったようです。あのリベラルな論陣をはり時代の寵児になっている寺島をして、朝鮮人は見えなかったようです。韓国人や「在日」の友人も多いはずなのに。

「市民フォーラム」に参加した自民党の市議が、最初に発題し、小さいころから「在日」の友人が傍にいたが、自分は差別をしたことがない、今も親しく同じ人間として付き合っている、だけど参政権は付与すべきでない、選挙をしたいのであれば帰化をすればいいと言い張りました。彼は市民委員会の委員で、委員会でも同じ趣旨の発言を繰り返し、参政権に反対しました。彼は「在日」の友人がおり、自分は差別をしない、志の高い政治家だと思っているのでしょう。善意の人ですね。そういう人が多いですね。しかし私は今、その「善意」を苦々しく思うのです。彼は一体、何を見てきたのでしょう。彼は「在日」を見ても、見えなかった、歴史と本気で取り組む気がなかったのでしょう。「在日」を無視してあるべき地域社会、「持続する社会」などを求めることができるのでしょうか。なんと志の低いこと。

私は彼が最初の発題者なので質問を躊躇しました。彼は、そんなに親しい、日本人と何ら変わることもない「在日」が自分たちと同じように政治参加することをどうして拒むのでしょうか、私は本当はそのことを訊きたかったのです。その親しい友人は危険なのか、いざというとき日本人を裏切るのか、本当にそう思っているのでしょうか。恐らくそんな風には思ってないはずです。だとしたら、どうしてその「在日」の友人の、地域社会にコミットしようとすること、政治参加を拒むのでしょうか、それは彼が日本という国を想い、その枠には外国人は入れてはいけないという考え、その枠を絶対的なものとして信じているからとしか考えられません。

これは阿部市長も同じことです。かけがえのないない隣人だと言いながら、いざというときに戦争に行かない外国人は「準会員」だというのですから。しかし同時に「多文化共生社会の実現」を掲げます。

参政権の問題は「在日」の権利の付与の問題ではなく、日本人がどのような地域社会を作ろうとしているのですかという私の問いは、なかなか通じないようですね。

要望書、内閣総理大臣 鳩山由紀夫様ー朴鐘碩

皆さんへ

日立闘争当該の朴鐘碩が、「朝鮮学校の高校無償化・外国人地方参政権
法案実現を求める」要望書を鳩山由紀夫・内閣総理大臣に送りました。

朝鮮学校に関しては、高校無償化の対象にしないことを決定したようです
(朝日新聞 3月12日)。北朝鮮のことは分からなくとも、朝鮮学校はいつでも
訪問すればその教育内容はわかることです。よくわからない、というのは
口実以外の何物でもないでしょう。田中真紀子以下の議員も訪問しているの
ですから。

大阪の橋下知事は、北朝鮮に属する学校だから反対と、主張しています。
これは北朝鮮への「制裁」以外の何物でもありません。「制裁」は制裁を
生むのです。日本は結局、このような排外主義を認める政府しか選べない
ということですね。昨日の川市議会の例といい、どうしてこんな議員が
選ばれるのか理解ができません。品性、知性、人格どの面をみても
川崎多摩区の住民の代表に相応しくありません。自民党の議員を含め、
来年の地方選挙では住民の懸命な選択がなされることを祈ります。

私たちも、韓国に見習い、落選運動を本格化すべき時代に突入したようです。

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崔 勝久
SK Choi

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内閣総理大臣 鳩山由紀夫様
2010年3月11日
朴鐘碩(パクチョンソク)

「朝鮮学校の高校無償化・外国人地方参政権法案実現を求める」
要 望 書

私は、横浜市戸塚区に住む在日朝鮮人2世です。
1970年、私は、国籍を理由に日立製作所から採用を取り消されました。しかし、横浜地方裁判所に提し、’74年、国籍による就職(民族)差別は法違反である、と判断され完全勝利しました。多くの日本人・朝鮮人から支援を受け、現在、日立製作所でソフトウエア開発のエンジニアとして働いています。

勝利判決後、国籍が壁となって閉ざされていた弁護士、地方公務員への門戸も徐々に開かれるようになりました。しかし、地方分権が叫ばれる今日、各自治体は、国の見解にすぎない「当然の法理」を理由に外国籍公務員に許認可の職務・決裁権ある管理職に就くことを拒否しています。国民国家を前提とした「当然の法理」は、戦後から続いている排外主義です。「多文化共生」を謳い、外国人労働者を積極的に受け入れる政策と明らかに矛盾しています。

4月から実施予定の高校無償化に関し、中井拉致問題担当相は「在日朝鮮人の子女が学ぶ朝鮮学校を対象から外すように川端達夫文部科学相に要請」(2/21)し、鳩山首相は、「ひとつの案だ。そういう方向性になりそうだ」(26日)と述べています。

戦後65年経過し、日本政府は犠牲となった韓国・北朝鮮はじめアジア諸国に戦争責任を果たしていません。今年、韓日併合100年になりますが、日本帝国主義の36年に及ぶ植民地支配の影響で、多くの朝鮮人は在日を余儀なくされました。戦後、朝鮮半島は朝鮮戦争でさらに荒廃し、多くの民間人が犠牲となりました。米・ソ連(ロシア)・中国の覇権により分断された国家となっています。日本の経済復興の大きな要因は、この朝鮮とベトナムにおける2つの戦争の影響であると言われています。

戦後、在日朝鮮人は無権利状態でした。就職の門戸は開かれたものの未だに日本社会の根強い差別・抑圧を受けています。北朝鮮の拉致事件と在日朝鮮人、その子弟が通う朝鮮学校は全く無関係です。一部の国家権力者と罪のない弱い民衆を同一視すべきではありません。民族学校を高校無償化の対象から除外することは(民族)差別をさらに助長するだけです。

日立就職差別裁判勝利は、在日の人権意識を高め、その後の人権運動に重要な役割を果たしました。仙谷由人国家戦略担当相は、当時日立の民族差別の不当性を訴えた弁護団のひとりでした。仙谷大臣は、在日朝鮮人の歴史的背景、実態を御承知のことと思います。

私は、日立製作所労働組合に加入しています。日立労組は連合に加盟し、連合は民主党議員の選挙母体であり、その中心的役割を果たしています。鳩山内閣は連合出身の閣僚もいます。約680万人の労働者組織「連合の外国人労働者問題に関する当面の考え方」は、以下のように書かれています。

「合法的に定住する外国人に対しても、差別なく良質な雇用の創出を促進する」「民族学校、民族学級の法的位置づけを明確にし、財政的な支援を行う」「外国籍であっても・・自治体選挙権(投票権)を付与すべきである。同時に、自治体での公務員採用等の「国籍条項」を撤廃し、職種を問わない外国籍住民の採用を確立する必要がある」「教員採用の国籍による制限を撤廃する」「外国人に対する偏見・差別を撤廃する教育を進める」と主張しています。

北朝鮮権力者と罪のない民衆を同一視し、弱者に犠牲を強いるやり方は、民主党政権を全面的に支援する「連合の考え方」に背き、排外主義を煽るだけです。朝鮮学校を高校無償化に含めること、また朝鮮籍住民を含めた(被)選挙権の付与-外国人地方参政権法案の一日も早い実現を、私は強く求めます。

【参考資料】
「永住外国人の地方参政権の確立の早期実現を求める」決議を川崎市議会であげる事に関する陳情
http://homepage3.nifty.com/tajimabc/new_page_196.htm
「「共生」を批判する」http://anti-kyosei.blogspot.com/
「外国人への差別を許すな・川崎連絡会議」http://homepage3.nifty.com/hrv/krk/index2.html
「日本における多文化共生とは何か」崔勝久・加藤千香子編 新曜社2008年
「民族差別-日立就職差別糾弾」朴君を囲む会編 亜紀書房 1974年
「北朝鮮へのエクソダス」テッサ・モーリス-スズキ 朝日新聞社2007年
「現代朝鮮の歴史 世界のなかの朝鮮」ブルース・カミングス 明石書店 2005年
「連合の外国人労働者問題に関する当面の考え方」
http://www.jtuc-rengo.or.jp/roudou/gaikokujin/kangaekata.html

No.263 - 2010/03/11(Thu) 23:52:43

Goddam、川崎市議会!

今日は午前中、川崎の市民委員会の傍聴に行きました。外国人の参政権賛成と反対の請願がでているので、それを採択するかどうかを審議したのです。

川崎は、民主と自民が同数で、それに公明と共産が続き、参政権に反対しているのは自民だけですから、本来は、多数決で勝つはずなのです。しかし民主と公明が「裏切って」継続審議に賛成したため、市民委員会は慣例として全員一致を原則としていることもあり、今回は、予想通り棚上げ(継続審議)になりました。公明は山口委員長に従い外国人の人権云々を言っていたので賛成するのだと思っていたら、最後は継続審議賛成でした。わけがわかりませんね。

民主は国会では参政権の法案を提出する準備をしているんじゃないのか? しかし川崎の民主党は、民主党は一枚岩ではないと啖呵を切っていました。傍聴のはずの民主の最右翼の議員はまるで、「在特会」や右翼の雰囲気のような男でしたね。背広の裏に日の丸をつけて見せびらかせているという噂です。さもありなんですね。

まあ民主の団長は、これまでの民主の水準を落とさないと豪語していましたが、5年前は、全員一致で賛成しているのですから、これは民主の水準を落としたとしか言えません。まあ、それでも、あんな若手の右翼的な、人の言うことをまるで聞かなそうな議員がいるんでは頭が痛いことでしょう。同情します。しかしどっかで決着をつけるべきときが来ると思いますが・・・川崎北部は、市民運動に関心が多い人たちが多く住んでいるとか聞きますが、なんであんな右翼的な民主党党員が当選するんでしょうか、来年の選挙では落選運動をやりましょう。北部のみなさん、頼りにしてまっせ。

自民はひどいもんです。質問はためにするもので、因縁をつけているとしか言えない水準ですね。本人は勉強しているつもりなのでしょうが、例の憲法の「固有の権利」と、最高裁の「判決」と「傍論」に関して執拗に自分に有利なように、行政から言質をとろうとしていました。

市民委員会で審議をして、棚上げが決まる前に、自民党は本会議に参政権反対の議案を提出すべく準備して、各党にその案を回していることがわかりました。ネットや無所属の議員は、市民委員会を無視していると怒ってましたが、さあ、自民党は蛙の面になんやらなのか、まともに抗議に応えるのか、どうでしょう。

2010年3月10日水曜日

第133回川崎市民フォーラム集会報告ー望月文雄

先週あった「市民フォーラム」の詳細な報告が望月さんからありました。リクルート事件や縦貫道高速道路の中止を求める運動ではその中心的な役割を果たしてきた「川崎市民フォーラム」の20年にわたる歴史のなかで初めて、在日朝鮮人に関するフォーラムが持たれました。

恐らく日本の地方国家公務員で最も「在日」に詳しい山田貴夫氏が、停年を目前にして「在日」の状況に関する詳細な資料を準備し、日本そのものが世界の中で外国人の人権擁護の面では先進国で最も遅れているという
状況を説明し、参政権は当然のことだと主張しながら、自分のやり残した課題に関しての率直も報告がありました。

自民、民主、共産、ネット神奈川、無所属の各市議の詳しい発題内容も報告されています。

主宰者の今井さんからは、戦後の在日朝鮮人の置かれた立場、これまで公害運動の中でも公にされてこなかった、川崎南部(産業道路より南にある「在日」集落)の池上町の秘話を公開されました。その他、参加者からの率直な意見が述べられています。一読ください。

望月文雄 HP Syndrome:http://homepage3.nifty.com/tajimabc/new_page_201.htm

2010年3月9日火曜日

私の講演録です

「調布ムルレの会」の30周年というので私がつたない講演をさせていただきました。それが、『日本の外国人政策と在日コリアン』(調布ムルレの会シリーズ13)の中に収録されています。

「在日朝鮮人から日本人に問う」というタイトルを与えられたのですが、そうでなく、40年の間に「歴史的課題を共に担う」になったいきさつを述べています。
http://homepage3.nifty.com/tajimabc/new_page_199.htm

他には、田中宏さん、李進熙さん、佐藤信行さんの講演録も収録されています。
●田中宏:「日本の外国人政策と在日コリアンー日本国喪失から入管最新改正まで」
●李進熙:「在日社会の変容と私の歩み」
●佐藤信行:「再燃する「指紋押捺印」問題の根底にあるものー「外録証」がなくなり、法務省直轄の「IC在留カード」へ


小冊子をご希望の方は直接、ご連絡ください(頒布 700円)。
http://choufu_murure.at.infoseek.co.jp
(電話:090-2336-6243 天利方)

2010年3月8日月曜日

「川崎モデル」の提案者との話し合い

専修大学の宮本光晴教授とお会いしました
教授は、専修大学が国に申請して承諾を受け発足させたプロジェクトの成果物である『川崎都市白書』の著者のお一人で、現在は都市政策研究所の所長をされています。出身が大阪であり、高校も近く、ご子息がICUを卒業されたとのことで30分の予定が1時間半にも及びました。ざっくばらんな話し合いになり、大変、協力的で今後もいろいろとご指導いただけると思います。

教授は企業研究を中心とした近代経済学専攻で、『環境再生』のマルクス経済学の著者たちとは違いがあるようですが、それでも中村剛治郎教授はマル経の原則主義的観念性(私の言葉です)を著書で批判されており、地域経済の分析に関しては現実に即して研究するしかなく、何系の経済学なのかということは私にはあまり重要なことではありません。宮本教授もそのようにお考えのようで、川崎の臨海部の問題に関しては、行政を含め『環境再生』派と『白書』派が一緒に討論することにも快く賛成してくださいました。4月には行政の都市計画の担当者、5月には、『環境再生』の著者の一人である佐無田さん、6月には専修大の先生、そして秋には全体が一堂に会するシンポができればと思います。

専修大の白書に関しては、素人の私が一読して感じたことをお話ししました。まず、公害を克服してその過程で得たノーハウと新たな研究開発によって、知識集約型の産業構造になり、省エネや新エネルギー開発でエコ・環境都市になる(可能性を秘めた)川崎モデルとして全世界に誇れると分析・提案された内容は本当にそうなのか、『環境再生』で批判されている点はどうなのか、川崎モデルは企業中心で既存の施設の活用にすぎない新産業はこれまでのWater Frontに市民が近づけない環境を固定化するだけではないのか、インキュベーションを強調しているがあまりにスケールが小さく、もっと底辺から育てる仕組みが必要ではないか、市民参加がなかったのではないかなどなどです。

それに対して教授は、調査方法はフィールドワークによる地域全体の分析ではなく、一部を取り出したものなので、地域の実態を知らないところが多い、と正直に話されていましたし、川崎の臨海部に関しては立場の異なる学者同志の率直な意見交換はこれまであまりなかったということも認められておりました。

JFEがある限り、Water Frontが市民の憩いの場になることは実際はむずかしいということをヨーロッパ視察で強く感じられたようです。市民運動ということでは、産業博物館を作り、日本の近代化の実像をあるがままに展示する、その中に朝鮮人がどのように働かされたか、現在の問題は何か、公害はどのように発生し、どのように克服の努力がなされたのか、しかし現状はどうなのかなどなどを展示できればいいですねと、話しはつきませんでした。これからが楽しみです。人はやはり膝を突き合わせて話し合うべきですね。レッテル貼りや、排除や糾弾をする運動パターンを乗り越え、徹底した対話によるあるべき社会の模索の必要性と可能性を強く感じた出会いでした。

2010年3月7日日曜日

第133回川崎市民フォーラム <川崎臨海部づくりの原動力=在市朝鮮人子孫の参政権を拒否していいのか? どう保障するのか?>

ミューザ川崎シンフォニーホールにて約30名が集まりました。市会議員6名(自民2名、民主1名、共産1名、ネット1名、無所属1名)が一言づつ述べ、市職の山田貴夫氏の発題に続き、自由討論となりました。

自民の議員の一人は、自分には差別観はないが、選挙権は別で、選挙をするなら帰化をすべきという論調でしたが、同じ自民の坂本さんは、意見は違っても共通の場をつくれないのかという発想をしたいということでしたが、それでも実際は自民は参政権反対の立場であり、党が拘束をするのであれば悩むという心情を吐露していました。

同じく、日立闘争に関わり市職員から市議になり現在民主党団長となっている飯塚市議は、本来は党として賛成をしなければならないのだが反対派の議員もいてまだ党としてどう対応するのか決めていない、11日に市民委員会の様子を見て決断したい、これまでの民主の流れから後退することのないようにしたい、と話していました。11日に実際、各党はどのような対応をするのか、行政から地方参政権は賛成するという言質をとれるのか、注目しましょう。

山田氏は停年を前にした発題になり、心置きなのは、臨海部の「在日」集落に手がつけられなかったことと、外国籍公務員の処遇の件で決着をつけられなかったことと正直な気持ちを話していたことは称賛に値すると思います。日本の外国人の施策に関しては、世界の水準からみて遅れているという現実を踏まえて参政権の問題を考えるべきという立場で、特にレジュメの冒頭、テッサ・モリス・スズキを引用しながら、「多文化共生」は「コスメティック・マルチカルチャラリズム」で「過去の暴力の隠蔽」という言葉(『現代思想』2001年7月号)にショックを受けたと話し、ニューカマーの増加で「多文化共生」が強調されるが、(植民地支配による)「在日」の「過去の暴力の隠蔽」の歴史をないがしろにすべきではないという意見と聞きました。

この山田氏の主張は、私たちが12年前から、市民運動と行政と市職が一体となって展開してきた「共生」キャンペーンに対する批判と通底するものなのでしょう。山田氏が「コスメティック・マルチカルチャラリズム」論に「衝撃を受け」、(安易な)「共生」を戒める「共生」批判論者ということは初めて知りましたが、直接、本人から聞いてよかったです。山田氏、永い間のお勤め、御苦労さまでした。

その他フロアからは多くの率直な感想・意見が述べられました。10年以上の歴史をもつ「市民フォーラム」が初めて「在日」の問題を取り上げたことに心より敬意を表します。

多くの発言の中で、自分には差別意識はないとか、民族と国家は関係なく「人間として」という発言もありましたが、私は、差別とは社会構造であること、また民族・国家とは関係なく「人間らしく」と言いながら、今回のように参政権で国籍を持ち出している現実があること、また私自身は「民族」「国家」という観念と45年にわたって格闘しようやく相対化するようになったのに、日本人は自分の中のナショナル・アイデンティティに無自覚でその観念と闘わずして簡単に「人間らしく」と言いすぎると指摘しました(どこまで通用したでしょうか)。

また私は、山田氏が心残りとした臨海部の「在日」の集落の問題は、これまで公害闘争の中でも研究者の中でも取り上げられなかったと指摘し、主宰者の今井さんからは、川崎における関東大震災のこと、「在日」を無視した公害対策などの貴重な話がありました。今日のこの論議が出発点になり、公害と「在日」を視野に入れた「地域再生」の本格的な議論が生まれることを期待します。

2010年3月4日木曜日

市議会傍聴感想と、委員会傍聴案内

1)川崎市議会の傍聴感想
3月2日、川崎の市議会で、民主、自民の代表質問がありました。外国人の参政権に関しては、民主党が、参政権に関する陳情に関しては棚上げする(審議の継続)ことを決めたためか、各党ともあまり熱が入らない様子でした。民主は質問さえなく、自民の質問もおざなり、それに回答する市民・こども局局長の回答も、はっきり言って、おざなりでした。例の最高裁の判決に関しても、傍論には触れず、最高裁は外国人への参政権の付与を否定したと話すだけでした。

2)市民員会の傍聴をしましょう!
3月11日(木)午前10時から、市民委員会で、私たちのだした賛成と、反対の陳情の審議がなされます。各党で12名の市議がどのような議論をするのか、そして行政の見解をどこまで引き出すのか、注目されます。私たちの陳情は、民団新聞が記したように、反対の陳情内容を一つ一つ正確に反論したものなので、それを俎上に上げた議論の中で、どのように議員が自分の意見を述べるのか、要注目です。

勿論、陳情書とともに、猪俣さんの出した「在日外国人の地方参政権について」という小冊子は全ての議員に回っているはずです。全国からその資料請求が猪俣さんに来ているとのことです。その小冊子には、猪俣さんの巻頭言、崔、加藤さん、山田の小論が入っています。正確な情報、知識という面では反対の陳情書(A4で1枚)に比して、「新しい川崎をつくる市民の会」(代表 滝澤貢)で出した陳情書によって、現在の川崎市の外国籍公務員の管理職に昇進できない問題も明らかにされているので、各党がどのような意見を述べるのかによって、彼らの問題意識が明らかにされると思います。

みなさん、11日には是非、市議会に出て、議員の議論、行政の回答を見届けましょう。

2010年3月1日月曜日

たけしのTVタックル、観ました?

今晩の9時から、「是か非か、外国人参政権」の「討論」がありました。これは「討論」ではありません。反対派の議員たちは、日本籍をもった朝鮮族の中国人にスパイと言ってましたね。また、たけしは、冒頭、オームの人たちを地域から追い出した例をあげました。

司会の女性がヒートアップする「討論」を団扇で仰いで押さえていましたが、まさに、まともな議論になっていません。憲法を取り出し、参政権は日本人「固有」の権利、最高裁判決での「傍論」は無意味と繰り返し、外国人が参政権をもつと「危険」と繰り返すのみです。だから、正確な知識が必要だと言うのです。でも、今日のTVを観た人は正確な知識・情報に接する機会がなく、たけしの意図はどうであれ、外国人はいざとなれば「危険」というところに行きそうですね(ああ、ああ、ため息)。

みなさん、私たちが川崎市議会に出した陳情書や、私の小論(間もなく小冊子になります)をできるだけ多くの人に読んでもらってくださーい。

崔 勝久
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民団新聞(2月24日)は、私たちの陳情書に言及しています。

<地方参政権>反対論を論破 川崎市議会に賛成求め陳情 2010-02-24
 【神奈川】「新しい川崎をつくる市民の会」(滝沢貢代表)は17日、「永住外国人の地方参政権の早期実現を求める意見書を川崎市議会であげる事に関する陳情書」を潮田智信市議会議長に提出した。

 この陳情書は市民から幅広くパブリックコメントを募り、同会事務局がまとめた。地方参政権付与への「賛成」を求めるにとどまらず、昨年末に別の市民団体が提出した反対陳情の根拠に対する具体的な論破となっているのが目新しい。「市民の会」では陳情書の提出に終わらず、市民向けに小冊子をつくって広く配布していくことも検討している。

 定住外国人に対する市民施策で同市は、全国政令市のなかでも先駆け的な存在だった。94年10月3日には「定住外国人に参政権を求める」意見書を出席市議全員の起立で可決している。今回の賛否両論の陳情書は3月3日の本会議で委員会への付託の是非が決まる。
(2010.2.24 民団新聞)