2011年4月11日月曜日

第一の原稿

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川崎市民の第一声、「脱原発・川崎市民」ののぼりを立てて

川崎市民の第一声、「脱原発・川崎市民」ののぼりを立てて


昨日の東京芝公園から出発した「反原発」デモに、わが川崎市民が参加しました。高円寺でも7000名規模のデモがありました。両方のデモで1万人を超す人が参加したことになります。

さっそく、そののぼりを見て、一人で参加したという川崎在住の女性が声をかけてきたとのことです。うれしい知らせでした。ここから「脱原発」の共鳴する川崎市民の声が結集されるようになればと願います。

5月7日(土)午後4時に、登戸にあるNPO法人「ぐらすかわさき」で集まり、川崎市民として「「脱原発」のためにどのようなことをしていけばいいのか、話し合っていくことになりました。どのような組織に属されていても、また個人・ご家族で参加したいという方も、みんなで一緒に考え、行動を起こしていきたいと考えています。

24日(日)には芝公園で「反原発」1万人デモが計画されています。是非、ここに「脱原発・川崎市民」ののぼりを立て、参加しましょう。

経済界と政府は国策として日本の原子炉を海外に展開していくビジネスを宣言しています。その先頭に立つのは東芝です。ビルゲイツと組み、既に世界の3割のシェアーを取り、アメリカの新規の原子炉建設7基のうち、6基の受注をしています。

その実験原子炉が、川崎の臨海部にあることがわかりました。いくら小型で安全だと称していても、「想定外」の事態が起こっても絶対安全と言えるのか、また使用済み核燃料の処置はやはりどこかの地下深く何万年かも埋めるしかないというのは、どこの原子炉とも同じです。

日本の新規の原子炉建設は一切、許さない、そして既存の原子炉に関しては暫時、廃止していくということはすべての住民の願いであり、そして同時に、原子炉を海外に持っていくということも許されていいはずがありません。東京湾にある東芝の原子炉にも注目していきましょう。

2011年4月10日日曜日

脱原発・反原発に共鳴する川崎市民のみなさんへー川崎市総務局危機管理室への質問と回答

先日の銀座で行われた反原発デモに参加した川崎市民の全く自発的な集まりが今日、川崎の登戸にある、「ぐらすかわさき」でありました。昨夜、電話があり、急に集まらないかというので、私も参加した次第です。

10名ほどの集まりでしたが、こもごも、今回の地震の恐ろしさ、仙台にいる身内のことなどがはなされました。2時間ほどの話し合いでしたが、最終的には、各人が周辺の人に呼びかけ、個人であれ、既成の運動団体であれ、原発の恐ろしさを実感し、これはなんとかしなければならないと思いいたった人が川崎市民として声をだしていこうということになりました。

もう原発は嫌だ、怖いという実感を共通項として、みんなで問題点を探り、具体的な行動を考えていこうということでみんなの気持ちは一致しました。関心のある市民の方は私に連絡ください。

私は、つい最近わかったこととして、東京湾(川崎臨海部)にある東芝の原子炉について報告し、ここにビルゲイツが数千億円の投資をして、新たな原子炉の開発を進め、世界中で売ろうとしているいるが、東芝もまた川崎市当局も、マグネチュード9という地震は全く想定もしておらず、津波や、
長周期の地震波による高層ビルの倒壊、大規模な石油コンビナートの火災のよる災害については全く何も考えていない、ということを報告しました。

1カ月後にまた改めて方々に声をかけて、もう一度集まることになりました。次回の日程、場所については改めてお知らせします。

「迫り来る大地震活度期は未曾有の国難である」(衆議院予算委員会での神戸大学、石橋克彦教授の発言、2005年2月23日)(http://www.stop-hamaoka.com/koe/ishibashi050223.html
「福島原発事故の後は、世界は新たな原子炉に代るのか、それとも「凍結」するのか?」
http://anti-kyosei.blogspot.com/2011/04/blog-post_03.html

以下、川崎市総務局危機管理室に出した質問とその回答を以下、掲げます。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
From: "16kiki" <16kiki@city.kawasaki.jp>

To: "SK Choi"
Sent: Friday, April 08, 2011 5:13 PM
Subject: Re: 質問がございます。

崔 勝久 様

本市では、現在、国からの職員派遣要請に基づき、被災地で本市職員が災害対策支援を行っております。また、復興支援においても、全国市長会からの職員派遣要請等に基づき、本市の職員を派遣することとしております。

本市では、このように国や全国市長会からの要請に基づき、本市職員による人的支援を行っているところでございまして、お返事が遅れましたことをおわび申し上げます。

まず、M9.0への対応についてでございますが、本市の地震被害想定調査は、平成20~21年度に実施した>調査が最新のものになっており、この時の調査で、発生した場合に本市への影響が最も大きい地震として、川崎市直下のM7.3の地震を想定しております。

地震の規模をM7.3とした理由につきましては、国の地震調査研究推進本部地震調査委員会により、南関東でM7程度の地震が発生する確率が今後30年以内では70%程度とされていることによります。

また、国の中央防災会議による首都直下地震の想定(東京湾北部地震)も地震の規模をM7.3と設定していることから、こうした点からも整合を図ったところです。しかしながら、平成23年3月11日に発生しました東日本大震災は、M9.0という未曾有の大地震となっており、この規模の地震が関東地方で発生するかどうかについては、これまで同様に国家レベルでの専門家による検証が実施されると思いますので、そうした結果を注視しながら、本市の地震被害想定調査や地震防災戦略などへの反映を検討してまいりたいと考えております。


次に、東芝の原子力施設についてでございますが、現況といたしましては別添のとおりとなっております。本市としましては、川崎市原子力施設安全対策協議会を毎年開催して必要な報告を東芝から受けているとともに、立入検査なども実施しているところです。


また、施設周辺の放射線量の測定結果を神奈川県のホームページで閲覧することができるようになっております。(http://www.atom.pref.kanagawa.jp/

以上、よろしくお願いいたします。


東日本大震災対策本部事務局(総務局危機管理室)

----- Original Message -----

From: "SK Choi"

To: <16kiki@city.kawasaki.jp>

Cc:

Sent: Thursday, March 31, 2011 10:43 AM

Subject: 質問がございます。



総務局危機管理室御中


「新らしい川崎をつくる市民の会」の崔勝久と申します。
http://www.nextftp.com/tahhh/tahhh/

ネットから「川崎市における地震被害の想定について」にたどり着きました。
http://www.city.kawasaki.jp/53/53bosai/home/lib/higai/jisin.htm


しかしM9が実際に起こり、「想定外」ということが言われるようになった現状では根本的に市の考え方を変えなければならないと思います。


M9が来た場合の「想定」はいつできるのでしょうか。また川崎市民は、今回の福島原発で、川崎臨海部にある、東芝の原子炉が安全なのか、非常に心配をするようになっています。


市会議員の御協力で、数回、議員会館で臨海部に関する学習会を持ちました。公害研究所にお電話をして、行政や企業を責めるのではなく、実際の原子炉がどのような「想定」の下で運営されているのか、シンポジュームを地方選の後、持ちたいので御協力を要請したところ(小塚さんが対応)、危機管理室に連絡をしておくとのお話でした。


私たちは一般市民、行政、地元市会議員、企業、有識者によるシンポ開催によって正確に川崎の現状を理解したいと考えています。

世界のビルゲイツが東芝と組み、より安全な原子炉を開発して世界にビジネス展開しようとしているわけですから、臨海部にある原子炉は世界最先端の原子炉であろうと思われます。そうであれば、その事実をもっと市民に知らせていく必要があるでしょう。

しかしそれでも使用済核燃料の処理の仕方や、それを取り出す際に地震が起こった場合どうするのか、またその核燃料はどのようにどこで処分されるのか、 これは日本だけが安全であればいいというより、世界環境を考えた場合、川崎市民としてもしっかりと状況を把握し、市民や世界に対しても情報を発信していかなければならないと考えています。

よろしく御協力をお願いします。

崔 勝久
skchoi777@gmail.com
ブログ:http://anti-kyosei.blogspot.com/

2011年4月9日土曜日

Googleのブログ「削除」に対抗する体制を作りました

皆さんへ

3度のわたるGoogleのブログ「削除」にはほとほと当惑しましたが、
友人の協力を得て、再開されたブログのコンテンツをHDにDLし、
新たなブログに移植しました。

これで今ご覧になっているブログが「削除」された場合、
こちらのブログでご覧ください。

http://tahhh-test.blogspot.com/

崔 勝久

2011年4月8日金曜日

「石原都知事が核武装論」英紙報道 「中国に対抗」

昨日、私は、ブログで「東北地方の「復興」は、TPP受け入れとナショナリズム強化に向かうのでしょか?」(http://anti-kyosei.blogspot.com/2011/04/blog-post_07.html)を書き、中野剛志の主張は、「自主防衛」を基本とする危険な思想だと指摘しました。彼のデフレの克服については、一定、学ぶことはありましたが、いびつなナショナリズムに寄与すると警鐘を発したばかりです。

案の定、朝日は、ネット上で、<「石原都知事が核武装論」英紙報道 「中国に対抗」>と報道しました。

「英紙インディペンデントは8日、東京都の石原慎太郎知事が同紙とのインタビューで、中国の脅威に対抗するため、日本は核兵器をつくるべきだとの見解を述べた」と報じています。
http://www.asahi.com/national/update/0309/TKY201103090148.html

石原は隣国である中国、ロシア、北朝鮮が核兵器をもっていることに反発し、「現実には外交交渉力は核兵器を意味する」と語ったと伝えています。中野剛志が言うように、中国やロシアに対するのに弱腰外交ではなく、「自主防衛」を強調すると、これは論理必然的に、核武装になることは言うまでもありません。

都知事選を前にしてこのような「無謀な」ことを言うのは、この強気な発言が、一般都民に受けると判断したからだと思われます。即ち、史上例のない未曾有な災害に遭い、人々は強い、ナショナリステックな言葉に飢えていると石原は判断したのでしょう。彼はこの言葉に都民が反発し選挙にマイナスになるというより、自分のこの言葉を支持する方が多いと考えたのだと思います。

日本の首都東京の市民は、いつまで極右政治家を支持するのでしょうか。東京、名古屋、大阪、横浜など日本の大都市がすべてこのような政治家によって運営される事態になることを、私は恐れます。

私の、このような事態だからこそ、民族・国籍を超え、<協働>によって地域社会を変革していこうという提案は、彼らから、鼻で笑われることでしょう。外国人には政治参加は認めない、嫌だったら、言うことを聞かないのなら出て行ったら。一部の変質的なナショナリストだけでなく、そのような政治家から聞かされるような嫌な予感がします。

2011年4月7日木曜日

東北地方の「復興」は、TPP受け入れとナショナリズム強化に向かうのでしょうか?


「3・11に砕かれた近代の成長信仰」「近代国家でこれだけの規模の災害と事故に襲われた例はありません」(川北稔 朝日新聞 4月7日)とあるように、日本は津波による、まさに言葉通りの未曾有な「災害と事故」に遭ったことになります。私は戦後日本の平和の実態は何であったのかを根底的に検証・総括しなければならないと考えてきたので、川北氏の朝日のインタビューは興味深く読みました。


中野剛志『TPP亡国論』(集英社)はTPP(環太平洋経済連携協定)反対に絶対的な自信をもって、政府財界やマスコミがTPPに賛成する根拠が希薄で「戦略を考える思考回路」にブレーカがかかっているようだ、それは実はアメリカに追随し「自主防衛」する選択肢を放棄しているからだと説きます。

昨年管直人が横浜で開催されたAPECで唐突に「平成の開国」宣言した背景を歴史観から、経済政策に至るまで事細かな事例を挙げ、徹底的な批判をします。彼は経済産業省から京都大学に出向している人で、経済ナショナリズムの専門家です。『成長なき時代の「国家」構想するー経済政策のオルタナティブ・ヴィジョン』の編者で、大きな影響力を持ち始めている人物です。(http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/2011/01/tpp_5.html)。

日本のデフレが続く理由、それがどうして問題なのか、その克服のためには農業を犠牲にして輸出振興を図ろうとするTPPは全く逆効果で、日本のGDPの二割しかない貿易ではなく内需の拡大によってのみ経済の復興は可能になると見ます。貿易で利益を上げればあげるほど、デフレは克服できないメカニズムをわかりやすく、説得力ある論理で展開します。

ところどころ私の知らない事実を挙げ(例えば、日本の2000を超えるダムを全部集めてもアメリカのフ―バダムに及ばず、日本の農産物の種子の8割はアメリカの企業のものだとか)、日本は自立できない状態で、アメリカや中国にはこのままではいざというときには、対抗できない、「戦略」とはまさに国家間の弱肉強食の闘いに勝つためのものだと言うのです。

TPPは加盟国の内、日米はGDPから見るとその9割を占め、実質的には日米の関税をなくす協定で、それはアメリカの農産物の輸出を増やすためのもので、世界不況を前にして欧米は勿論、アジアへの貿易を増やすことに寄与しないばかりか、貿易黒字のもつ問題点から説き、アメリカの日本の支配力を強めるという見かたです。

歴史観では、江戸幕府は「避戦・開国」であったが、明治維新は「攘夷・開国」であった、「平成の開国」は幕末の「避戦・開国」であるとして福沢諭吉の「開鎖論」を挙げて、そこから「自主防衛」に至るというのが彼の主張の根幹です。この議論が日本のタブーだと言うのです。小沢をはじめこのようなことを言うネオ・リベ派が増えて来ています。

中野がいう「自主防衛」は尖閣諸島の中国やロシアの北方領土訪問に強気で対応できなかった日本政府の弱腰外交政策への批判ともつながり、それは北朝鮮への強気な対応ともつながるでしょう。彼は「第一の開国が、まだ終わっていない」と本の最後で記します。即ち、明治以来の「攘夷・開国」は未だ実現せずということでしょう。

これは大変危険な考え方だと思います。戦争放棄した国是をどのように考えているのでしょうか。日本はあくまでも「避戦・開国」を宣言したのではなかったのでしょうか。彼の意見は、リアリステイックに現実を見るということから、他国に挑戦的で、偏狭なナショナリズムに大きく寄与する危険性があります。

しかしながら、デフレを克服する彼の経済理論に関しては学ぶことが多かったのは事実です。彼は現実の不況は民間企業の努力ではなく、政府による財政投資(公共事業)の増大によってデフレの克服が可能だと強調するのですが、これが東北地方の「復興」が求められている日本の状況において有効な理論になるのか、私は注目しています。

先にあげたダムの件も、水が重要な問題になってきているという認識と共に、結局彼はダムの建設を促すような記述をします。日本社会の内部矛盾は、デフレから脱却して経済が上向きになってから議論をすればいいではないか言わんばかりです。

ここで戦後日本の根底的な見直しを求め、住民主権による地方自治を唱える私とは決定的に異なります。私は反原発(反環境破壊)=平和希求=差別のない社会が、戦後日本で実現されなかったと捉えます。これを現実主義者と理想主義者との違いと言わせない、具体的な政策論にまで行きつく問題だと私は認識しました。現実は中野の熱弁とは違う方向に、即ち、未曾有な「災害と事故」はアメリカ農産物の受け入れにつながるTPP協定締結と向かいつつ、同時に反米ではないかたちで歪なナショナリズムの強化に向かうのでしょうか。(8日の日経で、TPP参加は先送り、と報道)

彼の経済政策が全て「自主防衛」に結び付かないと成り立たないのか(TPP反対ということで)、或いはTPP賛成の議論に打ち勝つための言い方なのか、私にはよくわかりません。これからも注目すべき人物ではあると思います。

2011年4月3日日曜日

臨時のブログの作成! 海外の読者へのお願い

海外で私のブログを見てくださっている方々へ

この2週間で、私のブロlグは3回にわたり、Google社により削除されました。
従って、自己防衛のために、臨時のブログを活用することにしました。

http://anti-kyosei.from.tv/
次回、もしGoogleのブログを4度目の「削除」によって見ることのできないとき
は、上記URLで、臨時のブログでご覧下さい。念のために、このURLを
コピーしていただけるようにお願いします。

崔 勝久

福島原発事故の後は、世界は新たな原子炉に代るのか、それとも「凍結」するのか?


川崎臨海部にある東芝の原子炉のことを調べていたら、東芝がビルゲイツと次世代原子炉「TWR」の共同開発に乗り出すとの記事に出会いました。ビルゲイツはアメリカ原子力ベンチャーの主要株主で、東芝とのプロジェクトに数千億円単位の私財を投資するとのことです。(http://www.afpbb.com/article/economy/2712240/5528408)。

原子炉が川崎臨海部にあることだけでも驚きだったのに、ビルゲイツと組んだことに目を見張りました。金もうけには鼻が利くビルゲイツです。次世代原子炉が古い原子炉に代り、発展途上国でも大量に売れると踏んだのは間違いありません。彼は、川崎の臨海部にある原子炉を見学しています。

この小型原子炉は、水で冷やすことがなく、従って海辺でなくともよく津波の心配がなく、「燃料に劣化ウランを使用する。現行の軽水炉が数年ごとに燃料交換が必要なのに対して、TWRは燃料交換なしに最長100年間の発電が可能」、かつ廉価で維持管理のコストも大幅に減らすという、「優れもの」らしい。

東芝は白物家電や半導体の会社だったのですが、今や、「原子力開発分野で世界トップの実績とシェアを持つ。米国の原発建設計画7基のうちの6基は東芝-WHラインが受注。世界で112基の供給実績、シェアは30%強、成型加工燃料でも3割近いシェアを持っている」とのことです。日本の大臣は今回の事故の後で、日本の原子力発電の技術をもって世界に進出する方針に変わりはないと断言しました。これは国策ですね。

この提携話と、福島原発事故の今後の世界における原子炉発電の近い将来像はどのように関係するのでしょうか。にわか仕込みの、全く原子炉の素人の私が判断するに、福島原発事故は東電と日本政府の管理能力の無さが問題であったのであり、石炭や石油に依存する発電は資源の限界がありなお、二酸化炭素を発生し環境に悪い(そう言えば、一世を風靡した環境映画のスポンサーは原子炉会社だったとか)、だから「安全な」原子炉を世界に売ろう、ということになるでしょう。

フランスの原子力発電の割合は80%、韓国が40%。ドイツも30%ですが、大規模なデモが続き、首相も「一時停止」を発言しましたが、その発言にも批判が続きます。韓国も「継続」を発表しましたが、野党の有力政治家は、「原子力発電の終焉に備える」と発表しました。デンマークをはじめ北欧では風力発電が完全に定着し、世界に輸出するビジネスモデルになっています。

原子力発電に完全に依存する方針を継続するフランスや韓国の原子炉に問題はないのでしょうか。より安全な原子炉を謳う東芝・ビルゲイツの開発する原子炉はどうなのでしょうか?反原発の運動、識者からは、今の「管理能力」のない東電などの原子炉の問題点は指摘しても、世界の先端を走る(いずれ彼らが凌駕していく段取りなのでしょう)原子炉批判は、私はまだ知りません。どなたか資料を教えてください。

勝間やホリエモンも原子力発電はなくてはならないもの、100%安全などはありえず、リスクは当然ある、しかしそれを最小化していくのが技術、と断言して疑いません。素人の私は、結局は、使用済み核燃力の処理(何万年も放置するわけですから)の安全性が鍵だと考えたのですが、専門家のみなさんはいかがでしょうか。

何万年も地中深く使用済み核燃料を埋め、その間に、人類は完全に処理する技術を開発するだろうからその間待つということになるのか、安全な技術の開発までは原子力発電に依拠せず、新たな技術の開発に全力を注ぐということになるのかの選択のように思うのですが、みなさんはどのようにお考えですか。

言論の自由はこのように破壊されていくのか。

私のGoogle Blogは本日、三回目の削除に遭いました。Your blog was brokenだそうです。
またメールも出来ない状態になりました。これも三度目の経験です。

私が地震による被災と原発事故のことをとりあげ、「民族・国籍を超え、<協働>による地域社会の変革を、と唱え始めたとたん、日本の差別主義者たちは牙をむきました。「クソ朝鮮人!!日本から出ていけ!!!」、そしてその直後から、Googleはこのようなブログ削除、メール不使用という処置をとりました。

これって、現代における言論弾圧ではないでしょうか。3度にわたり、このような攻勢を彼ら差別主義者がかけてくるというのは、逆に彼らの危機感の表れでもあるのでしょうか。

それにしてもネットという社会的な基盤を提供しているGoogleがかくも簡単に差別主義者の攻撃、策略に乗って市民のブログを削除し、メールという通信手段を奪うとは考えてもいませんでした。

私は差別主義者たちの言論の自由を奪えと言っているのではありません。それは絶対に守らなければならないものです。しかしその社会的公器を悪用して、匿名で、他者を傷つけることは決して許されることではないと思います。

原発の問題は平和問題であり、平和問題は、いかなる差別をも許さない社会づくりにつながるのではないでしょうか。ネットを使った匿名による、差別・偏見の助長は断固許してはいけないのです。

震災に立ち向かう人たちにはこれをきっかけにして、よりよい社会に向かって歩まなければならないのですから、民族・国籍によらず<協働>で新たな地域社会を建設するに際して、あらゆる差別のない地域にしようではありませんか。

2011年3月31日木曜日

投稿ー東北地方の被災者から学ぶこと

昨日のブログの内容、「東北の再生とは何かーNHKクローズアップ現代より」について、Kさんより返信がFaceBookで公表されました。みなさんにご紹介します。

日本の代表的な大企業に勤め、尊敬していた内橋克人の著作も観念的だと思うようになっていたが、改めて内橋さんの話を聴き、また私のブログを読み、被災に遭った東北には、「古くから培われた『共同体の連帯』や『相互信頼・互恵』」があり、それらを近代日本は犠牲にしてきたのではないかと発言しています。

最後にKさんは、「企業人としての傲慢や自己中心的な姿勢を捨てこうした観点から私なりに考え直してゆく機会を頂きました」と謙虚で、前向きな言葉で結んでいます。

私はこのような対話を、「在日」が最も多かった大阪の高校の同級生とこの歳になってできるとは考えてもみませんでした。FaceBookでの「再開」に感謝です。

崔 勝久

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崔さん、諸事情これあり、久し振りにfacebookを開きました。

私も昔内橋克人の「匠の世界」シリーズを愛読しました。損保会社の社員として、産業や生産活動の「本当」の現場を知りたいとの気持ちから、「表向き」立派な一流企業を支えている「日本の産業・技術の原点」を現場で見据えた内橋さんに大いに触発された記憶があります。

ところが、少し前になりますが「悪魔のサイクル」や、最近の宇沢博文との共著「始まっている未来(新しい経済学を可能か)」などを読むと余りにも世界の現実とかけ離れた復古主...義的共同体主義に違和感を覚えてきました。

地球全体・全世界が戦後の日本のように自由主義・資本主義経済に立脚し勃興してくる大きな歴史的潮流の中で、内橋さんの議論は余りにも内向きで後退的で牧歌的にすぎると感じたからです。

当時の私はまだ現役の企業人として、必死に厳しい外部環境の中で社員を守るべく、理不尽な親会社や行政、そして苛烈な業界内競争等で戦っている時でしたから、なおさらそう感じたのかもしれません。しかし、昨日の「ク0-ズアップ現代」での内橋さんの議論やNHKラジオでの多くの視聴者が支持した番組などを聴いていると、その静かな語り口の中に、私などが到底知りえない深く広い実態観察(あるいはフィールドワーク)から導かれた深い洞察を感じました。

今回の大災害を契機に崔さんの投稿を拝見し、現役を離れた一個人・一生活人としてとして深く考え直す必要を痛感しました。今回の大災害の被災者の皆さんが極限状態にありながらも示す「人間としての気高さや大らかさ」は今の日本の東京や大都市にはとっくに失われた資質だと思います。

そしてその原点には古くから培われた「共同体の連帯」や「相互信頼・互恵」があるのだと思います。そして、この素晴らしい本当の意味での東北の「日本人」を近代日本はその発展過程において多くの困難と犠牲(搾取と言っても良いかもしれません)を強いてきたのです。あたかもか沖縄の人々に対してと同様にです。

企業人としての傲慢や自己中心的な姿勢を捨てこうした観点から私なりに考え直してゆく機会を頂きました。崔さん有難うございました。

2011年3月30日水曜日

東北の再生とは何かーNHKクローズアップ現代より

今日のクローズアップ現代は、電気に詳しい紹介会社のアナリストと、内橋克人でした。私は、内橋克人を『匠の世界』シリーズの時から愛読しており、小泉政権のときに、新自由主義を孤軍奮闘ながら批判している様子をいつも陰ながら応援していました。

夏に向けて電気の問題がどれほど深刻かをアナリストが説明した後、それを受けるように、日本の産業界のためには東北地方以外に生産基地を求めていく動きになっているが(海外移転も加速的に広がるでしょうー崔)、東北の人たちのやる気を無駄にせず、東北地方の復興と日本の産業の発展と結びつけるようにすべきという内橋さんの前振りがありました。

内橋さんは、持論のFEC理論(Food, Energy, Community)から、東北大学の学問と地域産業の振興を結びつけ、農業の振興(日本の農業を守り自給率を高めるためにTPP反対の立場に立つと思われる)、新しいエネルギー(彼はデンマークの風力発電の成功を良く取り上げてきたので、原発は反対の立場に立つと思われる)の開発、そして何よりも地域(彼はCommunityという単語を使ったが、私はもっと広い領域をさすRegionが適切であると思うが、いずれにしても日本語では地域社会になる)の再生を強調し、21世紀、世界に向けた新しい地域をつくるメッセージの発信が可能と結びました。

この2、3日中に、今読んでいる、中野剛志の力作『TPP亡国論』を紹介しますが、去年の末に話題になりはじめたTPP(環太平洋経済連携協定)も今では全く議論もされなくなっています。しかしTPPと、農業を中心とする東北地方の将来とは切っても切れない関係になっています。

経済界、政界、マスコミはこぞって「第二の開国」と宣言した管直人に賛成する流れですが、デフレが続く日本社会が関税を下げて農業を犠牲にし、輸出を増やすことによって日本を活性化させるという今主流の主張がどうなのかということは、もっと深刻に議論されなければならないと思います。

まだ被災地のごみさえ片付けられておらず、住民の避難所の確保さえままならない状態で、まちづくりに関する議論は早過ぎると思われるかもしれませんが、大前研一は震災後早々に、被災地は公共施設にして一般人は高台に住むようにして、魚港は統合し多少の犠牲を強いてでも、新たな震災に強い都市計画に着手すべきと政府に進言したことを明言していました。

私は内橋さんの言うことに近いのですが、もっと「住民主権による地方自治」を強調した上で地域産業論を語らないと、元の黙阿弥に戻ると危惧するのです。地域ボス、政治家、政党、大手ゼネコンが一体化して地域を仕切ってきた構造を変えないことには根本的には地域社会は変わらないと考えてきました。そして職場の確保ということで、他地方よりも安い労働力を武器にしている限りは、アジアの新興国には負け、脱工業化時代の付加価値のついた産業を立ち上げていくしか、実は東北地方の生きる道はないのではないかと考えています。

今までの工場がほとんど崩れた今、「復興」ではなく、内橋さんの強調する21世紀の世界に情報発信できるようなまちづくりを目指すべきだとおもうのですが、それを一般市民が加わり論議していく場が確保されるのでしょうか。

「東北地方の再生」とは何か、これは壊れた工場の建て直しや今まで通りの産業政策で終わるのでなく、地元大学(開発研究所)をコアーにしながら、住宅政策と産業政策を総合的に論議して早急な計画をたてることなのですが、その核心が実は、住民主権であり、地域に住む住民が自分たちの住宅環境への要望を含め、政治家に訴えるのではなく、自らが話合いの場に参加していくことが保障される、民主主義の新たなルールつくりであることに言及している人はお目にかかれません。

私はこの新たな民主主義の新たなルールというのは、実は、あらゆる人の差別を許さない社会づくりと結びつくと確信しているのです。原発反対は平和運動と結びつき、平和運動は、このあらゆる差別を許さないまちづくりと同時に実現されなければならないうことに、今の非常事態を憂う人は同意してくれるのでしょうか。

川崎の避難所の報告、及び先ほど知った「外国人被災者7万5000人の現状」

今日は、川崎のとどろきアリーナ避難所に避難する100名の被災者への炊き出しに参加しました。私の所属する教会では週2回、炊き出しを予定しています。現地では、食べ物(主にラーメン、お菓子類)が多く送られて来ており、ボランティア登録も600名を超え、体育館の中は、青い、腰までの高さのつい立てで仕切られた空間に、家族ごとに体育館の床に敷いた畳の上で生活していました。アリーナの入浴施設は立派なもので、みなさん、喜んでいました。被災者は原発事故の為に避難してきた人が中心で、中には津波で全ての家財を失くしたという人もいました。

中には体の不自由な高齢者を含め、総数18名で避難してきた家族もいました。誰も死ななくてよかった、こんなに大切にされて、亡くなった人のことを思うと自分たちは幸せ者だと言う話を聞き、言葉が出ませんでした。

私は何人かの人に、一段落すると今度は新たなまちづくりをしなければならなくなるが、大変な思いをした住民が中心となって、国に要求するものはしっかりと要求しながら、自分たちの希望を実現させることができると思うかと、率直に尋ねました。彼らは、いや、できないと思う、これまで通り、上から言われた通り従うだけだと思う、ということでした。そんなところだから、原発を受け入れたのだと思うよ、という言葉に、また私は黙ってしまいました。

しかし彼らの自分のまちへの想いは強く、早く国が原発の問題を解決してくれたら、やっぱり、元いたところに帰りたい、津波で家を流された人も、今度はそのまちの高台に家を建てて住みたい、と言ってました。しかし原発の問題は簡単には解決しそうになく、完全に家を失くした人が元のまちに戻るなら、解決しなければならない問題は山積みなのに、はやり、おらが先生に頼んだり、政府と自治体、大手ゼネコン中心の「復興」になり、何も変わらない、元のまちになっていくのでしょうか?

こんな思いで家に帰ってきてパソコンを開いたら、ツイタ―のトップに有田議員の「外国人被災者7万5000人の現状」という記事が目に飛び込んできました。被災地で登録していた外国人は約75000人で、そのうち「激震地帯で暮らしていた約35000人の外国人の現状は十分に把握されていない・・・多くの外国人の安否も確認されていない」、「外国人被災者の安否については報道の『盲点』でもある」と有田議員はブログ記事を締めくくっています。

中国、韓国・朝鮮、フィリピン、ブラジル、タイ、インドネシアで全体のほぼ8割を占める彼らの多くは、研修生という身分で、最低賃金にもならない賃金で働いていた人たちや、工場労働者、農家に嫁いできた人たち、それに「在日」はひっそりとその地に定着し生きてきた人たちではなかったの思うと、また胸がつぶれ、ただ黙ってため息をつくしかできませんでした。しかしこのことは絶対にないことにさせてはならないと強く思います。

崔 勝久

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「外国人被災者7万5000人の現状」―有田議員のブログより引用
http://saeaki.blog.ocn.ne.jp/arita/2011/03/post_3b56.html

3月29日(火)予算委員会と本会議で予算3案が野党の反対で否決された。2時55分からの本会議までの間に書いている。先日の法務委員会で江田法相から、被災地(青森、岩手、宮城、福島、茨城)にいた外国人は7万人と発言があった。正確な数字を法務省に問い合わせると、該当県のなかで災害救助法適用市町村に外国人登録しているのは7万5281人(添付の表参照。クリックすれば拡大―添付資料)。

警察庁に問い合わせると、岩手、宮城、福島の各県警で確認した外国人の死者は15人(3月28日午後5時現在)。外務省を通じて安否確認依頼がされているのは11人。被災した県警察(岩手、宮城、福島)で把握している行方不明者は267人(いずれも3月28日現在)。合計278人が確認されている行方不明者だ。

なお予算委員会で中野国家公安委員長が報告したところでは、今回の被災者で身元確認できない遺体は2501人(国籍は日本以外の可能性もある。3月29日午前6時現在)にのぼる。7万人の外国人のうち半数以上が茨城県在住だ。工場労働者として多くが働いている。しかし激震地域で暮らしていた約3万5000人の外国人の現状は充分に把握されていない。基礎自治体が破壊された現状で、多くの外国人の安否も確認されていないのだ。

入国管理局によると、安否確認のための出国事実があるかどうかの確認は87件(3月24日現在)。入管は外国人の指紋、顔写真などのデータを把握している。遺体の人定について個人識別情報の提供を警察庁と協議中だ。海外から緊急救助隊約1000人が入国(3月12日から24日まで)している。外国人被災者の安否については報道の「盲点」でもある。

2011年3月27日日曜日

ブログが「復活」しました。新たな闘争宣言です。

みなさんへ

二つのブログの削除によって、ブログでの情報発信ができなくなりましたが、Twitter仲間の提供を受け、ブログの場を確保しました。

http:anti-kyosei.from.tv/ をご覧ください。まずはお知らせまで。

明日は、反原発のデモに参加します。これも、民族・国籍を超え、<協働>によって社会の変革を求める、第一弾です。

崔 勝久

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27日、現在、Google社は私のリクエストに応えて、ブログとメールの「復活」をしました。とにもかくにもうれしいですね。

しかし、私がTwitter上で、民族と国籍を超え、<協働>で社会の変革を、と唱え始めたとたん、突然、「じゃかあしい!!日本から出ていけクソ朝鮮人!!!」と書き、恐らく証明は困難でしょうが、それを送ってきたTwitter上の002一派が組織的にGoogle社に働きかけ、一時的であったが、2度に渡り、私のブログ(複数ーひとつは「新しいブログへの移行案内」であったのに、それまでも含めて)を削除し、メールまで不使用に追い込んだのは(結果的に、G社は私たちのリクエストを聞きいれたので)失敗終ったとはいえ、その組織力、機動力、IT知識は侮れないということがわかりました。

しかし今回、大変に重要なことがわかりました。それは自分の気に入らない相手のブログを削除させることが可能だということです。G社はSPAMが一定の数に達したときには、自動的にブログを削除させるシステムにしており、差別主義者たちが意図的に企んだ嫌がらせに、結果として「加担」したこと、そしてそれを訴える「被害者」からの声に誠実に応えなかったことです。これは改めてほしいと願いますね。

私はこれからはどんな妨害があっても、対応できるシステムを構築しなければならないと遅まきながら理解しました。私の訴えに対して多くの人が激励の声をかけてくださいました。ブログを使えなくなった時は途方にくれましたが、ご自分のブログを提供してくださった、未だお会いしたことのないTwitter仲間との出逢いがありました。

闘いはこれからです。私はこの日本の非常時にデマ・差別言辞を発する人を許してはいけないと考えます。社会がそんなことを許さない健全社会になることを願います。

私の主張は、差別主義者の発言をNet上で抹殺しろというのではありません。そういう危惧の声も聞かれました。しかし一昨日のNHKであったように、世界の流れは、言論の自由を認めながら、Social Net workでの自由な発言が他者を傷つけることにどう対処すればいいのか、英知を集め具体的な対応策を考え始めているということです。米国では法律を作った州があるとも報道されていました。

私の問題提起は、ひとつはその流れにあり、もうひとつは、歴史の清算です。私見では、それは日本社会が本当の意味で、住民が主権者として対話を通して物事を決めていくという地方自治が実現されない限り、むつかしいでしょう(「人権の実現ー『在日』の立場から」(斎藤純一編『人権の実現』、講座全5巻「人権論の再定位」、法律文化社参照)。

私の唱えることは極めて常識的なことです、民族・国籍を超え、<協働>で社会の変革を、
というものです。今回の非常事態を経験して、私の言うべきことははっきりとしました。津波・原発事故で被害にあったのは、日本人だけではありません。今日のデモにも多くの外国人が参加していましたが、多くの外国人も同じく被害に遭ったのです。だとすれば、今後一切そのような被害に遭わないように、外国人自らが立ち上がるのは当たり前のことです。

「復興」ではないのです。結局、元の黙阿弥に戻るのではなく、新たな社会を住民が中心となって、少なくとも参加して、作っていくのです。そこに私たち在日外国人も参加します。

2011年3月26日土曜日

川崎の地震・津波・原発対策はどのようになっているのかー「住民が生き延びる地域社会」をめざして

「Sustainable Community(住民が生き延びる地域―私訳)を実現させましょう。そこは外国人の政治参加は当然視され、老人などの弱者が安心して生きていける社会です。」

昨年のちょうどこの時期に私はこのようにブログに書きました。地震・津波・原発の実態を目のあたりにして、私はSustainable Communityを「持続する社会」とこれまで翻訳してきた学会や自治体に対して、「住民が生き延びる地域社会」とすることを提案します(「学問は未来を切り開くのか、現実の後追いなのかー『川崎都市白書を読んで』」)。
http://anti-kyosei.blogspot.com/2010/03/blog-post_16.html


そうです。「多文化共生」にしても、「持続する社会」にしてもそれは既存社会のあり方が肯定され、それが盤石なものとの前提で語られている言質です。私はそこに為政者や、マジョリティ(強者)のパターナリズムの臭いを感じてきました。

しかし今や、これまでの社会の根幹が問われる事態になったのです。為政者はこの事態を元の形に「復興」させ、小手先の手直しで、これまでの慣習、政治制度、大企業やジャーナリズムとの関係を維持することに必死になるでしょう。

既に被災地では、どの権力の介入のないところで、自発的に、生き延びるために、住民が力を合わせて運営する「自治」をはじめているとのテレビ放映がありました。「復興」の名の下で、地方自治体、そして国家が介入し、それらの「自治」の兆しを吸収しようとするでしょう。できるならば、その「自治」の実績によって、少なくとも、新たな地域社会の再生計画に参加する権利を主張して、住民の意思を実現してほしいと願います。この「自治」には政治家もいなければ政党もなく、自分たちで決めたリーダーの下、みんなで話合いで決めるという、民主主義の原型が見てとれます。

「持続する社会」を掲げてきた行政は結局、原発を容認し、川崎の場合、「福祉社会」を掲げて臨海部を犠牲にしてきました。石油コンビナート、鉄鋼、化学工場という装置産業を最優先して(国策に従って)、人が全く住むことのない地域にしてしまいました。その結果、全市の法人税の三分の一をその地域から得て、そのお金で「福祉」にまわすということを、戦後65年、革新も保守もやってきたのです。

これでは50年、100年先の川崎はどうなるのでしょうか。地震・震災・津波による被災の実態を見た私たちは、もはや未来を語ることから現実を糺すのでなく、「住民が生き延びる」ために地域社会を変革せざるを得なくなりました。何が私たちにできるのか、川崎における原発はどのようになっているのか、地震対策、液状化対策、これらを徹底的に考え直す時期に来たと、確信します。

2011年3月25日金曜日

「開かれた地域社会と真の『協働』を求めて」シンポ開催、中止決定の通知

みなさんへ

連絡が遅れまして、申し訳ございません。Twitter上では通知したのですが、逆に身近な方への連絡が徹底せず、ご迷惑をおかけしました。

開かれた地域社会と真の「協働」を求めて
~1970年「日立就職差別闘争」からの問題提起~


という主題の下で27日2時から明治大学で予定されていたシンポが中止になりました。講演者は日立闘争原告の朴鐘碩と、私が予定されておりました。コメンテーターとして東京外大の岩崎稔さんが出席してくださることになっていたのですが、大学当局の決定によって中止になり大変、残念に思っております。

大震災の発生によって、戦後、経験したことがないような被害が起こりました。勿論、地震による津波そのものは自然災害で、その被害もまた死者・生存不明者が3万人にもなろうとするすさまじいものでした。復興のめどもまだ立っていない状態です。壊滅状態に陥った地域社会では産業再生、住宅やインフラをはじめとした都市計画がまもなく検討されはじめるでしょうが、住民が中心となって、すくなくとも徹底的に住民がそれらの計画に関わるなかで、今までの既存社会の問題点を洗い直し、新たな出発ができるのか、ここが正念場であると思います。

一方、原発事故の場合は、津波がきっかけになったとは言え、これは完全に「人工災害」です。原発反対の運動があることはよく知っていましたが、改めて、現場の工事及び管理の杜撰さ、またそもそも核燃料を使った原発が、その使用済み核燃料の処理の問題、運営にあたって現場で働く労働者の健康管理の問題などをまったく解決するめどをもたないでいたことが、一挙に明らかになりました。日本に住む者はもう、原発の建設を許さないでしょうし、今ある原発施設に対しても、厳しい目を向けるでしょう。

ドイツでは14万人のデモらしいのですが、27日(日)に日本でも初めてのデモが銀座で行われます。私も住民の一人として参加します。みなさんも時間の許す限り、<反原発・銀座デモ・パレード>に参加しましょう!
http://blog.goo.ne.jp/harumi-s_2005/e/7ff9c5db384c28b7727cce0f8401030b

今回の津波による事故、原発による放射能汚染によって明らかになったことがあります。それは被害者は、国籍・民族・性などの人間の属性に拘わらず、すべての人が同じ被害を受けるということです。ですから、危害を加えるような原発、それを可能にしている社会構造に対して、まさに民族や国籍に拘わらず、反対の声をあげなければならないということです。これを私は「民族・国籍を超え、<協働>による変革」を求めることだと考えています。

「多文化共生」というような、お互い仲良くということでは社会の「変革」はできません。それは人間関係を問題にしているのであって、外国人の「統合」「管理」を目的にした国策です。植民地を持たない植民地主義の新たなイデオロギーと見なすべきでしょう。外国人を二級市民として「受け入れてあげる」という、パターナリズムの臭いがします。外国人との人間関係のあり方を正すことを「変革」とは呼べません。この点を明確にするときが来たと思います。

しかしながら、同じ被災者であっても、国籍ゆえに蒙る問題が次から次への生じるときに、民族・国籍を超えた<協働>ができるのかという声が上がってくるかもしれません。私は、その問題に言及しながらも、<協働>して社会を変革していくという大きな目標を掲げながら、解決すべきことだと認識しています。

このような状況であるからこそ、今回のシンポ中止は大変、残念です。まさに今こそ、その主題の下で徹底的に話し合うべきです。そんな議論よりも実践が大切という声が聞こえそうですが、そうではなく、実践と議論(理論・思想)とを二者択一的に捉えないで、社会をどのように変革すべきなのかという議論を深める中で、課題が明確になると考えます。

開かれた地域社会と真の「協働」を求めて~1970年「日立就職差別闘争」からの問題提起~

これは外国人差別を許さないということを改めて宣言しようというのではなかったのです。外国人差別を許さないような社会にするために<協働>して、地域社会変革しよう、あらゆる差別を許さない社会にしよう、多くの矛盾を隠蔽した原発で被害を受けないような社会にしよう、そういう課題を明確にして共有化したいと思います。

原発の現場とその恐ろしさを知り尽くした、故平井さんの「遺書」

みなさんへ

私が今朝送ったメール通信を読まれ、すぐに川崎のTIさんがメールで新しい情報を提供してくださいました。

「崔さま メールをありがとうございます。意気込みを感じてこちらも元気をいただいています。下記はすでに読まれているかもしれませんが、お伝えさせていただきます。
「原発の易しい解説」 平成6年 平井憲夫氏 をご紹介します。
http://www.iam-t.jp/HIRAI/pageall.html 
A4 16枚のプリントを読んで、愕然としました。故 平井憲夫氏は、平成6年に啓発していたのです。我々は、原発の実態を、国・電力会社から、知らされてなかったのです。
多くの方々に知らせてあげてください。」

早速、平井さんの文書を読みました。これは原発に勤めて内部を知り尽くした者の、魂の叫びだと思いました。この文書は平井さんの「遺書」ですね。みなさんも是非、御一読ください。

平井さんはこのような方です。
「1997年1月逝去。1級プラント配管技能士、原発事故調査国民会議顧問、原発被曝労働者救済センター代表、北陸電力能登(現・志賀)原発差し止め裁判原告特別補佐人、東北電力女川原発差し止め裁判原告特別補佐人、福島第2原発3号機運転差し止め訴訟原告証人。」

「原発がどんなものか知ってほしい」の中で平井さんは、原発に関してこのように書かれています。

「みなさんは、原発が事故を起こしたら怖いのは知っている。だったら、事故さえ起こさなければいいのか。平和利用なのかと。そうじゃないでしょう。私のような話、働く人が被曝して死んでいったり、地域の人が苦しんでいる限り、原発は平和利用なんかではないんです。それに、安全なことと安心だということは違うんです。原発がある限り安心できないのですから。(中略)私は何度も言いますが、原発は絶対に核の平和利用ではありません。」

「私は原発反対運動家ではありません。二○年間、原子力発電所の現場で働いていた者です。原発については賛成だとか、危険だとか、安全だとかいろんな論争がありますが、私は「原発とはこういうものですよ」と、ほとんどの人が知らない原発の中のお話をします。そして、最後まで読んでいただくと、原発がみなさんが思っていらっしゃるようなものではなく、毎日、被曝者を生み、大変な差別をつくっているものでもあることがよく分かると思います。」

原子炉の現場を知り尽くした者でないとわからないことまで書かれているので、その恐ろしさはよく伝わってきます。今日のネットでは、東電のエリート社員は現場に行かず、7~8次の下請けがいて、そのもっとも危険な作業は外国人が受け持っている、とありました。これも確認しなければならないですが、確認する必要があります。

現場の工事管理のずさんさ、「放射能垂れ流しの海」、日本とフランス貿易で二番目に多いのは核燃料の再処理費用・そこで抽出されたプラトニウムが核実験に、廃炉も解体も出来ない原発=「閉鎖」しかない、どうしょうもない放射線破棄物、住民の被曝と恐ろしい差別、原発がある限り安心できない、ということが易しく解説されています。

原発の現場とその恐ろしさを知り尽くした、故平井さんの「遺書」

みなさんへ

私が今朝送ったメール通信を読まれ、すぐに川崎のTIさんがメールで新しい情報を提供してくださいました。

「崔さま メールをありがとうございます。意気込みを感じてこちらも元気をいただいています。下記はすでに読まれているかもしれませんが、お伝えさせていただきます。
「原発の易しい解説」 平成6年 平井憲夫氏 をご紹介します。
http://www.iam-t.jp/HIRAI/pageall.html 
A4 16枚のプリントを読んで、愕然としました。故 平井憲夫氏は、平成6年に啓発していたのです。我々は、原発の実態を、国・電力会社から、知らされてなかったのです。
多くの方々に知らせてあげてください。」

早速、平井さんの文書を読みました。これは原発に勤めて内部を知り尽くした者の、魂の叫びだと思いました。この文書は平井さんの「遺書」ですね。みなさんも是非、御一読ください。

平井さんはこのような方です。
「1997年1月逝去。1級プラント配管技能士、原発事故調査国民会議顧問、原発被曝労働者救済センター代表、北陸電力能登(現・志賀)原発差し止め裁判原告特別補佐人、東北電力女川原発差し止め裁判原告特別補佐人、福島第2原発3号機運転差し止め訴訟原告証人。」

「原発がどんなものか知ってほしい」の中で平井さんは、原発に関してこのように書かれています。

「みなさんは、原発が事故を起こしたら怖いのは知っている。だったら、事故さえ起こさなければいいのか。平和利用なのかと。そうじゃないでしょう。私のような話、働く人が被曝して死んでいったり、地域の人が苦しんでいる限り、原発は平和利用なんかではないんです。それに、安全なことと安心だということは違うんです。原発がある限り安心できないのですから。(中略)私は何度も言いますが、原発は絶対に核の平和利用ではありません。」

「私は原発反対運動家ではありません。二○年間、原子力発電所の現場で働いていた者です。原発については賛成だとか、危険だとか、安全だとかいろんな論争がありますが、私は「原発とはこういうものですよ」と、ほとんどの人が知らない原発の中のお話をします。そして、最後まで読んでいただくと、原発がみなさんが思っていらっしゃるようなものではなく、毎日、被曝者を生み、大変な差別をつくっているものでもあることがよく分かると思います。」

原子炉の現場を知り尽くした者でないとわからないことまで書かれているので、その恐ろしさはよく伝わってきます。今日のネットでは、東電のエリート社員は現場に行かず、7~8次の下請けがいて、そのもっとも危険な作業は外国人が受け持っている、とありました。これも確認しなければならないですが、確認する必要があります。

現場の工事管理のずさんさ、「放射能垂れ流しの海」、日本とフランス貿易で二番目に多いのは核燃料の再処理費用・そこで抽出されたプラトニウムが核実験に、廃炉も解体も出来ない原発=「閉鎖」しかない、どうしょうもない放射線破棄物、住民の被曝と恐ろしい差別、原発がある限り安心できない、ということが易しく解説されています。

ネット配信の伝播力は世界的、を実感

この1週間は、ネットで情報発信している私としては、驚きの連続でした。

まず、このGoogleブログが理由はわからないですが、何の警告も予告もなく、突如、「削除」されたこと(同時にメールも数時間)、そして5日後に、Google本社に行ったらそのブログが「再生」されていたこと、これは想定外のことでした。

その間、アメリカ居住者(娘)から私の代理で、Google社に問い合わせが行ってますが、それが効いたのかも不明です。いずれにしてもなんで「削除」したのか、「再生」したのか、その説明がまったくなく、わからないのです。

おかげで当たり前のように使っているネット配信というのはしっかりと特定の民間企業に牛耳られているのだということがよくわかりました。

というわけで、情報発信を続けるために新たにつくったブログはそのままにしておいて(これはいつ何時何がおこるのかわからないので、予備のために残しておきます)、再度、元のブログから装いを新たにして再スタートをしました。タイトルも「共生批判」から「民族・国籍を超え、<協働>による地域社会の変革を」に変更し、その説明文も大幅に変えました(http://anti-kyosei.blogspot.com/)、Twitterも見れますし、70年代から私がこの間、書き連ねたものも概略、わかるようにしました。

この一連の作業のなかで、これまでまったく何人の人が見に来ているのか関心もなく、またそれを知るやり方もわからなかったのですが、今回、Googleブログには、「デザイン」⇒「統計」からページビューが見られ、そこから「参加者」をクリックすると、「国別のページビュー」があり、世界のどこの国で、何人の人が総計で見ているのかわかるということに気づきました。

「全期間」では日本22,897、韓国1409、ルクセンブルグ104、ブラジル53、スウェーデン52、ラトビア47、カナダ46、ハンガリー43、ロシア41となっています。それを「月」で見ると今月は、イタリア、中国、ドイツ、香港、ウクライナが入っていました。「週」だとそれにイギリス、台湾、アラブ首都国連邦、オーストラリアが見られれます。特に驚いたのは、今月になって急にハンガリーからブログを見ている人が増えているということです。恐らく、何人かの人が継続してブログを見ているということなのでしょう。これらの閲覧者は日本語で書かれたブログをそのまま読んでいると思われます。

いやいや、私のブログを読んでくださっている世界中の方に、改めて御挨拶いたします。ネット配信によって実際にこのように繋がることができるということを実感できました。感謝です。これで勇気を得て、さらにしっかりと思索を深め、具体的な活動にも身を入れて常時、報告します。できれば、英文でも結構ですから、ご意見をいただければなお、うれしいですね。みなさま、よろしくお願いします。

なお上記の数字の他に、メール通信のかたちで、500名を超える人に、その都度、ブログの内容をお送りしています。一括して送れるソフトもあるようなので、今はいくつかにに分けて送付しているのですが、導入を検討します。

今週終わりには、Big Surpriseをご報告できると思います。乞う、御期待。

2011年3月24日木曜日

本日、Google本​社を訪ねました!

Google恐るべしー「グーグル八分」って本当だった!

「本日3月20日、Googleの「共生」批判のブログが急に、名の通知もなく、削除されました。」(http://chekawasaki.blogspot.com/2011/03/blog-post.html)、全く理不尽で一方的な処置であったため、私は当惑しましたが、情報発信を続けることが肝心と思い、新たなブログを急遽立ち上げ、Googleの「削除」の件は後で取り組もうと判断しました。

それが今日、helpでは埒があかず、まったく手立てがなかったものですから、思いあまって六本木のGoogle Japan社を訪れました。ところが受け付けは各社を束ねた総合受付で、
Google社は事前予約をして名前を登録した人しか受け付けないと言うのです。

そこでGoogleに電話をして、今下の受付にいる、相談したいことがあると話したところ、担当者らしい人物が出て来て、何の用か(言葉は丁寧でした)と尋ねるので、「削除されて困っている」と事情を説明しました。ブログのタイトルを聞くので「共生批判」と言ったところ、削除されていない、そのままある、って言うではありませんか。では何で5日間、削除されていたのですかという問いには、それはわかりません、ということでした。

謎の5日間。何人かは、削除の件はGoogleがおかしい、問題だと言っていましたが、まさか私のような者のブログを閉めることはないだろうと思っていました。アメリカのGoogleに電話をしても埒があかず、アメリカに住む娘にメールを送り、翻訳して投稿してもらったのが、一昨日です。これが効いたのでしょうか?

思い当たることとしては、削除された前日に「呼びかけ:今日本で流布している差別的・排外主義的言辞についてTwitter社の見解を求めて下さい。」(http://anti-kyosei.blogspot.com/2011/03/twitter_19.html)という内容を書いたことです。一挙にヒット数が100-200であったものが1000代になりました。「不正な」手段でブログに導いたことは一切、ありませんから、或いは、Google社が一挙に増えたヒット数から彼らの基準で「削除」したが、アメリカからメールが来て、内容を検討したところ問題がないという判断をしたのか?

いずれにしても20日は、メール送信も数時間止められていました。それにしても、社会的インフラを提供し、社会の「公器」になっているのに、あまりにも横暴すぎます。勝手な判断で、ブログを削除し、何の説明もなくまた「復活」させるとは。

そこで今日アメリカから送られてきたメールを見て合点が行きました。実際に「検索して表示されない」ようになる、いわゆる「グーグル八分」があるというのです。これは大変危険なことだと思います(http://solidarity.blog.shinobi.jp/Entry/859/)。

私は人権問題で国内秩序を名目に自由な投稿を制限するのは中国政府だけと思っていましたが、よりによって「自由」を旗印にするGoogle社が背後でこのようなことをしているとは驚きです。まさに、<Google恐るべしー「グーグル八分」って本当だった!>

ネットの発達を当たり前のこととして、便利なものとして私たちは受けとめてきましたが、一方、自由に情報発信をさせるインフラを提供しておきながら、そこで差別・偏見を助長する「つぶやき」や書き込みがなされ、他者の人権を犯すようになっていることに対して、私たちはあまりにも無力です。

Google, Twitter, Yahooにしても、インフラの提供で多くの人を参加させることでビジネス(お金儲け)をしているのだから、嫌な内容が書き込まれていたら相手にしないようにとか、問題があれば裁判所・警察に行くようにというのはあまりにも無責任です。電話のように本人一人の問題ではなく、多くの第三者が目にして、悪質な情報は差別・偏見を助長するのですから、そのことに対する責任はあるはずです。

特に今回のような地震による社会的な混乱があるときには、悪質なデマや誹謗中傷は生命の問題に関わる可能性があります。悲惨な状態になっている地域社会は、国籍・民族に関わりなく住民すべてが<協働>して新たに造りあげなければなりません。その過程にある現在、ネットによる悪質な言辞は許してはいけない、と私は強く思います。

崔 勝久

福島原発の実態と、そ​れが食物汚染につなが​っていることの意味に​ついてー広瀬隆の講演​から

広河隆一はチェルノブイリの原発事故の実態を現地で追い、子供の甲状腺癌がどのように進行してきたのかをずっと追ってきたジャーナリストです。彼は福島に赴き、原発施設から20キロ、30キロ離れたところで、実際に放射線測定機器が「振りきられる」(測定不能)になっていることを会場で明らかにしました。(http://www.ustream.tv/recorded/13509353#utm_campaign=twitter.com&utm_source=13509353&utm_medium=social)

広瀬隆はTwitterでも悪魔のように憎まれている人物で、私が彼の講演の内容を情報発信したところ、こっぴどく批難されました。彼のこれまでの著作で問題と思ったことはありましたが(ロスチャイルドに関して)、原発事故の解説については納得することが多かったので是非、多くの人に観てほしいと思います。

広瀬隆はまず、今回の地震がマグネチュード9に変更されたことを取り上げます。M8.3の発表から変更されたのですが、これは今回だけこれまでと違う物差し(基準)で計算されたものであること、津波の大きさが史上最高であったというのも嘘で、日本でも過去にその規模のものはあったことを明らかにします。揺れの規模も同じだそうです。どうしてそれなのにそのような大規模な地震だと強調するかは、「想定外」ということで、東電の責任逃れ(政府も同調)というのが彼の判断です。

1時間半の長い講演なので、彼が広範囲に話したことの全ての要約はできないのですが、私がそうかと思った点だけを紹介します。

ひとつは、福島原発の事故の実態は、広瀬隆と政府やTVで解説者とでは、事故について完全に評価が違うという点です。枝野はしきりに放射線の量について、また汚染された野菜・牛乳・水などが身体に及ぼす影響は「直ちに」危険ではないと繰り返し説明します。しかし広瀬は、それは完全に嘘だと断定するのです。

アメリカの福島原子炉を設計した人物や、研究機関、CNN等のマスコミが公にしたことを取り上げ、海外での評価を紹介します。彼は、結論的には早急にセメントで原始炉を固め放射線物質が出ない、「石棺」にする手配を取るべきであり、熱を帯びる使用済み核燃料を冷ますためには電源をいれ常時水に浸す体制を作らないことには、上から水を浴びせるようなことでは解決できない(もし幸運にもそれが成功すれば、自分の予想がはずれればうれしいことだと言いながら)と断定します。

海水4-5000トンで放水しているのは、核燃料の熱を冷やしているのではなく、爆発や水蒸気として噴出している放射線物質を洗い落とすことが目的で、その水はすべて海に流され環境汚染しているというのです(韓国では、海の汚染についての調査に入っていますー崔)。また海水を使うことによって、塩が無数に張り巡らされている配線やバブルに付着して大きなダメージを与えていると見ます。

次に、ここ数日、福島産の野菜、牛乳、それに東京都の水にまで放射能の影響があることが明らかにされていることの意味を解き明かします。レントゲンなどの放射線と放射線物質はその怖さが全く異なるのであり、植物汚染は原子炉から放出されている放射線物質が広がっている証拠であり、そこから始まる植物サイクルは特に子供たちに決定的な悪影響を与えることを彼は危惧します。

普通の川の水の汚染度を仮に1にすると、食物サイクルでそれを食べるプランクトン、魚、

水どり、そしてその鳥の卵になると放射能の汚染度は100万倍になるというのです。牛乳が汚染されているというのは、牛が植物や空気中から吸収した放射線物質がすべての栄養素を凝縮させたお乳に出るようになったということであり、それは子供にとっても同じく放射線物質が体内に蓄積されていくことになるというのが彼の主張です。

対内被曝と対外被曝と全くことなり、レントゲンの放射線量と比較してはいけないことがわかります。放射能に含まれるガンマ線は空中であれば紙でも遮ることが可能であっても、放射線物質として体内に入ると癌化を促進させる恐ろしいものになるそうです。

「正常」と「異常」は数値だけで判断できるものでなく(ここで血圧のことを取り上げ、「標準値」は医師が勝手に作ったもので人によって異なると、近藤誠を彷彿させる話をいれます)、特に子供の放射能の影響は4年後に甲状腺癌という形で現れることがチェルノブイリではっきりとしたので、子供には大きな注意を払うべきだと強調します。

TVでは外から帰ってきたら手と顔を洗い、衣服を着替えることを薦めていますが、広瀬によると、その洗い流された水はどうなるのか、地球規模で見れば、それは環境汚染であり、植物連鎖につながるという指摘はなるほどと納得させられます。

今後も彼の発言は注目すべきです。分かり次第、みなさんにご紹介します。