2008年4月13日日曜日

横浜国大における連続講義に参加して

皆さんへ

4月10日、横浜国大の連続講義「貧困・差別・抑圧の国際比較社会学」
の第一回目を、加藤千香子さんが受け持ち、「高度成長期の日本社会
と「貧困・差別・抑圧」への抵抗ーマイノリティの位置からー」というタイトル
で準備されました。加藤さんのレジュメは、本人の許可をいただき、
添付資料にしました。

「国際共生」という教育課程をもつ横浜国大の連続講座で、アジアの
国々の問題を取り上げ、「共生」とは何かを考えるという企画にあって、
外の、自分たちの知らない問題を知らせるということでなく、それらの問題
が自分の住む日本といかに関っているのか、自分自身の生き方の問題
としてとらえ考えて欲しいという趣旨であったと聞いています。

加藤教授は、日立闘争のスライドと当該の朴鐘碩に話をしてもらうという
企画をたて、300名集まる大教室にほぼ一杯であった学生にぶっつけ
ようと考えたようですが、その計画を聞いた私は当初、そんなことに今の
若い人たちは関心を示すのかといぶかしく思っていました。

しかしその「授業」に参加した私は、多くの学生が40年前の日立闘争の
スライドと、朴鐘碩自身の裁判を起こした当時の考えと、日立入社後に
見えてきた日本社会の実情、そのなかで「人間らしく生きる」とはどの
ようなことなのかという彼自身の経験に基いた話に、こちらが驚くほど、
真剣に受け止めたようでした。

加藤さんはこのようなメールを私に送ってくれました。
>学生の感想にあらためて目を通しましたが、朴さんのメッセージが、実に
>ストレートに多くの学生のもとに届いたことが分かります。
>今まで授業をやって書いてもらった感想で、これほど真剣に向き合って
>書かれたものが多いことは、実はそうありません。
>国際共生社会課程に入った学生には、まさに考えてほしかったことで、
>それが短時間で伝わったことに驚き、喜んでいます。

今の若い人は社会問題に関心がないなどと安易に言うことが多いのですが、
彼らの対応を見ていると、事実と、自分の生き方の問題として考えている
人のメッセージが正確に伝われば、しっかりと考えようとする人が多くいた
ということに私は、逆に教えられました。

若い人との対話は、新鮮でもありました。


崔 勝久
SK Choi
Skchoi7@aol.com
090-4067-9352



総合科目「貧困・差別・抑圧の国際比較社会学」第1回              2008/04/10 加藤

       高度成長期の日本社会と「貧困・差別・抑圧」への抵抗
                       ――マイノリティの位置から――


はじめに
  私たちの足元にある問題としての「貧困・差別・抑圧」
  「当事者」     


1. 高度成長期(1955~73)の日本
「貧困」・開発途上国から「豊かな国」・先進国へ
敗戦→占領→戦後復興→朝鮮戦争(1950~53)を契機とする特需→経済成長
  60年安保闘争後、「政治の季節」の終焉 「経済の季節」へ 高度成長
  「国民」対象の福祉制度の整備 (1961 「国民皆保険」・「国民皆年金」)
「完全雇用」と「国民所得の倍増」 (1960 「国民所得倍増計画」 池田隼人首相)
 

2.「国民」から外された者―在日朝鮮人
  戦前:日本への渡航・定住者 植民地支配下で「帝国臣民」(しかし二級臣民)
  戦後:植民地解放→郷里への帰国者と日本残留者(「第三国人」呼称)
      1952 講和独立 外国人登録法施行(「外国人」として管理対象に、指紋押捺)
      1959~67 北朝鮮帰国事業
      1965 日韓基本条約(韓国籍にのみ永住権)
  高度成長期:日本で生まれ育った在日二世が学校教育を終え、社会人となる時期
            → 「国籍」という大きな壁  


3.「日立就職差別闘争」
  1970 朴鐘碩さんの採用取り消し、日立を相手取った裁判提訴 →74 勝訴
  日本人・在日朝鮮人の支援者による運動:「朴君を囲む会」


4.「日立闘争」で問われたもの、成し遂げられたこと     “パラダイムの転換”



5.そして現在の日本社会で・・
   「新自由主義」の時代:「貧困・差別・抑圧」の時代の再来?!
   現在における「日立闘争」の意味



◆ もっとよく知るために・・

朴君を囲む会編『民族差別――日立就職差別糾弾』亜紀書房、1974
鈴木道彦『越境の時――1960年代と在日』集英社新書、2007
鄭香均編『正義なき国――「当然の法理」を問い続けて』明石書房、2006
徐 京植『皇民化政策から指紋押捺まで――在日朝鮮人の「昭和史」』岩波ブックレット、1989
尹 健次『「在日」を考える』平凡社同時代ライブラリー、2001
姜 尚中『在日』集英社文庫、2008
上野千鶴子・中西正司『当事者主権』岩波新書、2003
テッサ・モーリス-スズキ『北朝鮮へのエクソダス――「帰国事業」の影をたどる』朝日新聞社、2007
富坂キリスト教センター在日朝鮮人の生活と住民自治研究会編『在日外国人の住民自治』新幹社、
2007
金侖貞『多文化共生教育とアイデンティティ』明石書店、2007

「日立就職差別裁判とは」(外国人の差別を許すな連絡会議HPより)
http://homepage3.nifty.com/hrv/krk/index2.html
朴鐘碩のページ 
http://homepage3.nifty.com/tajimabc/new_page_90.htm
崔勝久・曺慶姫夫妻のページ 
http://homepage3.nifty.com/tajimabc/new_page_89.htm

2008年4月3日木曜日

悲しいお知らせ、今、確認すべきこと

みなさんへ

「在日」の運動の良心、リーダーとも言うべき李仁夏牧師が入院され
ました。川崎教会を引退された後、名誉牧師として公害の街のど真ん中に
住まわれ、結果としてはそのことが遠因となって肺の病から倒れられ、
今は無意識の中で治療を受けられているとのことです。李先生のご回復を
心から願います。

李先生は、川崎の地で牧師として、また教会が設立した社会福祉法人
青丘社の理事長として、全身全霊をあげて地域の「在日」の問題に
取り組まれました。

李仁夏牧師の『寄留の民』は、「在日」の神学としては不朽の名作であり、
「在日」神学として「在日」の教会は勿論、日本の教会における必読書で
あると確信します。昨今、キリスト教会が社会の中で弱者の立場に立つ
ことの存在意義を問うより、「霊魂の救い」を表に掲げた教会勢力の拡大
に奔走しているとき、特に李仁夏牧師の追い求めてきた信仰理解は注目
され、追体験され、それを乗り越えていく視点が求められる所以です。

4月10日に横浜国大の加藤千香子さんの講義の中で、日立闘争が
取り上げられ、当該の朴鐘碩が日立闘争と日立入社後の自分の生きてきた
過程から見出した意味性について話すことになったということは昨日、
ブログで報告をしました。

この日立闘争は、まさに李先生の支えがあってはじめて可能であったと
言っても過言ではありません。生意気盛りな私や、将来への不安から
「問題児」であった朴鐘碩が日本人青年と一緒になって日立闘争に取り
組むのに、李先生はある時は表に立ち、またある時は、私たちの背後から、
祈り、支えてくださったのです。そこから川崎でのすべての実践が
はじまりました。

日立闘争の後の、指紋押捺闘争、地域での諸活動、川崎市との折衝など、
まさに李先生なくしてはありえなかったものであったと私は思います。
「共生」を掲げ、自分たち少数者の願い、訴えが多くの人に感動を与え、
それが市当局まで巻き込んだ大きな流れになったのだと李先生は確信
されていたのでしょう。

キリスト者である李先生は、その歴史の流れの背後に神の意思を見て
おられたのだと思います。自分もカルヴァンのようにキリスト者として
政治に参加したいと本気で思われ、外国人市民会議の設立に奔走され、
第1、2期の議長を務め、川崎市長の個人的な信頼をも得てきた
のでしょう。

私は李先生の信仰、模索、具体的な諸活動を尊敬します。
今年の6月に上野千鶴子さん、伊藤晃さん、加藤千香子さん
と一緒に、私たち「在日」が当事者としてこの40年生活の中で模索
してきたことを記した本を出版し、そこでは、「多文化共生」の問題点
とともに、「共生」運動の提唱者、実行者である李先生に対する批判の
箇所もあります。しかしそれらの批判は、「共生」の道程があったから
こそ成り立つ論議であり、その必然性、それを可能にせしめた李先生の
最大限の評価が根底にあるということを、ここに明らかにして、皆さんと
確認すべきだと、私は思います。

新自由主義という世の中を李先生が賛成されるはずがありません。
格差社会の激化が愛国心によってカモフラージュされ、個人がないがしろ
にされる社会をなんとかしなければならないと考えておられたであろう
ことは、私は十分に理解します。

しかし、悲しいことに、「多文化共生」はそれらの社会矛盾を隠蔽する
ような働きをするようになってきています。これは李先生の意図したもの
ではないということは明らかです。しかし時代は、その「多文化共生」と
いう言説を自分の陣営に入れそれを骨抜き、形骸化しようとしています。
私たちの出版もその社会の傾向に対する警告です。

李先生は昨年の、「共生」を考える研究集会にも参加され、開会の挨拶を
されました。自分が批判される対象であることをわかったうえで、
それでもなおかつ、問題点は一緒になって考えるという生き方を貫徹された
のです。私は李先生の勇気、生き方に心から感謝するとともに、最大の敬意
を表します。

李先生への批判、「共生」批判は、私たちがこの矛盾ある社会でどの
ように生きればいいのかを模索するのにどうしても経なければならない
過程であり、李先生はそのことの意味を十二分にご理解されていたと
確信します。だから、李先生は、私への最後の電話で、勝久(スング)も
がんばりなさい、と話して下さったのでしょう。

私は、「在日」として民族主義を乗り越えること、開かれた社会を求める
ことを出版のなかであきらかにしました。李先生もそのことを支持されると
思います。そういう意味では、私は李先生の不肖の弟子、「息子」であった
のです。不肖の「弟子」である私は、李先生の本来の意思を引継ぎたいと
心から願います。

李仁夏牧師のご回復を心から祈り、今の社会をどう見ればいいのか、
じっくりとお話を伺い、私たちの今後のことで多くの示唆を受けたい
ものです。




崔 勝久
SK Choi
Skchoi7@aol.com
090-4067-9352

2008年4月2日水曜日

最近の川崎市の動向と報告

みなさんへ

すっかり春めいてきましたが、皆さん、お変わりありませんか。
1月初めから体調が思わしくなく、外出するときは鎮痛剤で痛みを治めると
いう生活を3ヶ月も続けています。

ブログの更新もままならず、3月一杯はすっかりご無沙汰になりました。
最低限の報告ということになります。精力的に動けるようになるまで、
今しばらくお待ちください。

報告ーその①
川崎市は、韓国籍公務員であるK君の四度目のケースワーカ転職願いを
却下してきました。これは明らかに、阿部市長の決断と思われます。
人事課の方では、なんとかK君の思いを具体化するように努めた気配も
ありますが、最終的に、ケースワーカーの職務として、生活保護が必要だと
判断し、その処理をすることが「公権力の行使」にあたり、「当然の法理」に
反するということにしたのです。従って人事課はK君にケースワーカーは
断念し、他のところへ転職届けをだすように助言しているそうです。
私はこれは完全にこれは阿部市長の開き直りだと思います。

外国人の参政権のことが話題になっていますが、公明党、民主党が
賛成し、一部自民党議員も賛同していますが、今の政治状況下で、
実現されるかどうかは全くも未知数だと思われます。

参政権の獲得ということだけがスローガン化されていますが、その内容は
議論されていません。参政権はあっても被参政権は当然、ないでしょう。
まあ、参政権が具体化されるのであれば、外国人は「準会員」と公言する
阿部市長の罷免をいの一番に提案したいものです。

報告ーその②
4月10日、10時半より、横浜国大の加藤千香子さんの講義があり、
総合科目「貧困・差別・抑圧の国際比較社会学」 の第一回目の授業で、
日立闘争のスライドと朴鐘碩の話しがあるそうです。
200名くらいの学生が参加するので、もし参加されたい方がいらっしゃったら、
連絡ください。加藤さんは、大丈夫とおっしゃっていますので。
40年前の日立闘争のスライドをごらんになってご自分の授業に使おうと
判断されたようなのですが、今観ても新鮮だということは、40年、日本社会は
大きく変わっていないことでもあり、複雑な心境です。

しかしほとんど何も知らない学生がどのような反応をし、どのように「在日」
の問題と自分の生きかたと関連させて考えるのか、楽しみでもあります。
政治的なしがらみのない「無垢な」学生が、「多文化共生」が当たり前の
ように、現在の格差社会の激化の中でしらっと、語られる不思議さに気付いて
くれればいいのですが。


崔 勝久
SK Choi

2008年2月12日火曜日

参画室への打診

皆さんへ

お変わりありませんか。
私は、今年の正月から椎間板ヘルニアで動くことができず、まる1ヶ月、
ほぼ寝て過ごしました。ようやくこのところ歩けるようになり、そろそろ
本格的に動き出しました! その第一弾。

思うところがあり、川崎市民局男女・人権参画室に電話をいれました。
行政と市民とで、川崎市の外国人施策に関して、現状の問題点を探り、
中長期的な具体案を考える学習会を計画しないかという打診です。

日本国憲法の戦争放棄は、日本国として守っていかなければならない
テーゼですが、川崎市にとって、「公権力の行使」の川崎市の独自の
解釈は、一時的なものでずっと守っていくべきものではないはずです。
そうだとすれば、外国人施策に関心をもつ個人・市民団体を網羅し、
行政と一緒に考えていくことが必要ではないかと強調しました。当事者が
一緒に考えていかないと、いくら行政がよかれと思ったとしても
パターナリズムに終わります。この点を詳しく、訴えました。

民主党党首の発言によって、外国人の地方参政権の実現も可能性が
でてきました。そうすると、応募者が当初の十分の一に落ち込んでいる
外国人市民代表者会議はどうなるのか、根本的にそのあり方を捉え直す
必要があるのではないか、もっと外国人市民代表者会議の「代表」の
選び方、その権限を根底から捉え直す必要があるのではないか・・・

また参画室によると、今回、韓国籍公務員の4回目のケースワーカー
異動依頼について、川崎市は最終的に拒否したとのことでした。しかし
川崎市の「公権力の行使」の独自の解釈で、ケースワーカーを希望する
外国籍公務員を拒む論理、その思想の是非について、もっと根本的に
検討する必要があると思われます。「市民の自由と権限の制限」という
解釈が、ケースワーカーにも本当にあてはまるのでしょうか。

地方分権という流れの中で、どのような状況になれば「人事」の独立は
可能になるのでしょうか。その時にはどのような論理・思想で「当然の法理」
の限界を打ち破るのでしょうか。国の決定を待つのでなく、足下から、市民が
考えていく、そこに行政も一緒に参加し、協議していく、こんなことを夢見たの
です。

「連絡会議」は過激で、10年も市を批判し続けているので一緒にできないと
いうのであれば、どのような形であっても、市が乗れる形態を考えましょう・・・

一応、課長への打診があったことは、部長にも報告してほしいと伝えましたが、
さて、どうなることになりますか。

私の活動第一弾でした。

崔 勝久
SK Choi
Skchoi7@aol.com
090-4067-9352

2008年1月23日水曜日

明けましておめでとうございます

みなさん

明けましておめでとうございます。
昨年の、7・15「共生」を考える研究集会での上野千鶴子さんの基調報告、
加藤千香子さん、伊藤晃さん、朴鐘碩3人のコメント、質疑応答を文字化
したものに、「在日」当事者の論文を加え、出版する計画です。
出版社はまだ未定ですが、夏前には実現させたいと考えていますので、
その節はよろしくお願いします。

ネオ・リベラリズムの時代において「多文化共生」が強調されているのは
何故なのか、このことを問題意識の一つとしながら、川崎を事例として、
展開しています。朴鐘碩は、日立入社40年の経験から見えてきたことを
記しています。

「共生」が無条件で賛美される風潮の中で、「共生」の実態を検証し、
この10年、川崎市との交渉から知るようになってきた実態が意味する
ことは何なのか、世界史的にどのような問題として考えればいいのか
という問題意識です。単なる、川崎市批判で終わってはいません。

「在日」当事者の意見としては、民族主義イデオロギーを克服していく
視点で、日立闘争を総括しました。「共生」を乗り越える視点は
どのように獲得できるのか、それは現実の問題を直視し、その克服を
追い続けるしかありません。

この数ヶ月、原稿に追われブログの方は疎かになっているのですが、
もう少しブログに戻るには時間がかかりそうです。
それではみなさん、今年もいい年でありますように!


崔 勝久
SK Choi
Skchoi7@aol.com
090-4067-9352

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
上野千鶴子さんから以下のメールがありました。
ご協力お願いします。以下の内容は、川崎においても同じことが
ありました。戦争批判の映画上映を一旦、市が許可・決定しながら
右翼の反対があったので、治安上、中止にするというのです。川崎では
残念ながら、十分な抗議ができずに終わりました。
以下の闘いには協力したいと思います。

崔 勝久

抗議の署名をお願いします。
>>
>> 抗議文
>> つくばみらい市における平川和子さんの講演会直前中止に抗議し、
>> 改めて実施を求めます
>>
>>   1/20につくばみらい市主催で予定されていた平川和子さん(東京フェ
>> ミニストセラピーセンター所長)の「ドメスティックバイオレンス(D
>> V)」をテーマにした男女共同参画講演会(タイトル「自分さえガマンす
>> ればいいの?―DV被害実態の理解と支援の実際」)が、直前の1/16に
>> なって、市によって中止を決定されていたことが、毎日新聞ほか(注1)
>> で報道されました。報道によれば、1/16にDV防止法に反対する民間団体
>> が、市役所前で「数人が拡声器を使って抗議する騒ぎ」を起こしたため、
>> 市の担当者が「混乱を招く」(毎日新聞1/18)「市民に危険が及ぶ恐れが
>> ある」(産経新聞1/17)と中止を決定したものです。抗議した団体の代表
>> (男性)は、「市長直訴の抗議により、中止が正式に決定された」、「少
>> 数が巨大な行政を圧倒・屈服させた」と発言されたと伝えられています
>> (注2)。
>>
>>  講師予定者の平川さんが直ちに市長宛に送った抗議文によれば、市側の
>> 説明では「西村と名乗る男性と他に数名の女性が、役所内に拡声器を持っ
>> て押しかけ、職員に対する誹謗中傷などを大声でまくしたて、講演会の中
>> 止を求めて詰めより、そのうえ講演会の当日には街宣活動を行うとの予告
>> をしたため、講演会の参加者に危険が及ぶ恐れがあるとの判断のもと、や
>> むなく中止した」とあります。平川さんはこれを「講演会主催者と私に対
>> する暴力であり、参加市民に対する暴力」にほかならないと認識してお
>> り、私たちも彼女の認識に全面的に同意します。
>>
>>   改正DV防止法(2007年制定本年1月11日施行)によれば「主務大臣(法
>> 務大臣と厚生労働大臣)は都道府県又は市町村に対し、都道府県基本計画
>> 又は市町村基本計画の作成のために必要な助言その他の援助を行うように
>> 努めなければならない」(第2条の3、5項)とされています。改正前に
>> すでに茨城県が策定したDV対策基本計画の関係文書によれば、「県民一人
>> ひとりが「DVは許さない」といった認識を強く持っていただくことが、何
>> よりも大切なことです。このため、県では、今後とも学校や家庭、地域、
>> 職場などにおいて、人権意識を高める教育や男女平等の理念に基づく教育
>> を促進していきます」とあります。つくばみらい市が計画していた講演会
>> は、まさに県が推進している「地域における人権意識を高める教育」その
>> ものといえます。そのような事業が少数の暴力によって妨害されること
>> を、見過ごすわけにはいきません。
>>
>>   中止の報道に接してわたしたちは大きな衝撃を受け、あってはならな
>> いことが起きたとふかく憂慮しています。市の行事が少数の人々の暴力的
>> な行動によってくつがえされたことそのものが問題であるだけでなく、DV
>> という暴力に対する人権を守るための事業が、少数の人々の暴力によって
>> 実施不可能になるとすれば、DV被害者および支援者を暴力から守るべき責
>> 務を負う、自治体の姿勢に対する信頼もゆらがざるをえません。このよう
>> な暴挙がまかりとおるなら、今後他の自治体においても、DV関連の事業が
>> いちじるしい不安にさらされるだけでなく、講演や学習会等の啓発事業に
>> ついても「混乱をおそれて」自主規制する自治体が続出しないともかぎり
>> ません。
>>
>>  このような暴力に対して、市がとるべき態度は、きぜんとしてこれを退
>> け、安全を確保したうえで、予定通り事業を実施すること以外にありませ
>> ん。市当局が、暴力に屈して出した今回の中止決定をすみやかに取り消
>> し、あらためて日程を調整して、平川さんの講演会を実施することを、わ
>> たしたちは心から求めます。また平川さんおよび関係者の身辺の安全に配
>> 慮することをも要望いたします。
>>
>> (注1)「DV防止法:反対団体の抗議で講演会中止 つくばみらい市」
>> @毎日新聞(1/18)
>> http://mainichi.jp/select/today/news/20080118k0000e040081000c.html
>> 「抗議受け市の講演会中止に DV被害支援めぐり」@MSN産経(1/17)
>> http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/080117/crm0801171225014-n1.htm
>> 「DV防止法講演会 団体抗議で中止に つくばみらい」@東京新聞茨城
>> 版(1/18)
>> http://www.tokyo-np.co.jp/article/ibaraki/20080118/
>> CK2008011802080348.html
>> (注2)http://seaside-office.at.webry.info/200801/article_15.html
>>
>> 呼びかけ人(敬称略・50音順・08.01.21現在);
>> 青山薫・赤石千衣子・麻鳥澄江・有村順子・石田邦子・市場恵子・伊田広
>> 行・伊藤公雄・稲邑恭子・井上輝子・上野千鶴子・小川真知子・戒能民
>> 江・木村涼子・熊田一雄・黒岩秩子・小島妙子・今大地はるみ・坂上香・
>> 早苗麻子・佐藤明子・さとうももよ・出納いずみ・鈴木隆文・鈴木ふみ・
>> 土橋博子・角田由紀子・寺町知正・寺町みどり・内藤和美・中原道子・中
>> 村彰・西野瑠美子・丹羽雅代・沼崎一郎・橋本育・長谷川京子・姫岡とし
>> 子・弘田しずえ・福沢恵子・フックス真理子・船橋邦子・細谷実・堀田哲
>> 一郎・皆川満寿美・三井富美代・米田佐代子
>>
>> 署名フォームへのリンクページ(ダイレクトリンク)
>> http://www.againstgfb.com/tsukubamirai_shomei.html
>>
>> 第1次〆切り 1/28

2007年12月14日金曜日

『北朝鮮へのエクソダス』を読んで

今日は、
皆さんお変わりございませんか。

昨日はオンブズマンの会報発行・発送、今日は眼科受診となんとなくあわただしい日々でしたが、そのような中で、テッサ・モーリスース「北朝鮮へのエクソダス」を読みきりました。

1959年はわたしが結婚した年で、翌年は60年安保で日本が大揺れを起した年です。

一般的日本人の多くが在日の存在に全く関心を持っていない時代でした。またわたし自身の同様でした。

この本を読み終えて、手元にある「朝日新聞90年」をひらいて、集団帰国の記事をさがしましたが、殆ど見つかりません、ただ60年(昭和35年)3月28日の夕刊第一面の「大村の第一陣乗船、送還の韓国人三百四十四人・日韓相互送還により」という記事が」ありました。これは北朝鮮への送還ではないでしょう。

テッサ・モーリスースズキという人があの「無境界家族」を書いた森巣博の妻であることを思うと、この家族の国籍を超えた結びつきに一入の感慨を催します。

それに日本人が彼女の研究を踏襲し、より広範囲な対象との関連で、この事業の持つ意味と状況を深く掘り下げる研究がなされないだろうかという、期待を抱かされました。

人権ということを考えるとき、自分を含め、日本人には人権意識が無いと痛感します。

「当然の法理」の必要性はこのような日本の状況下で、政治的に導きだされた、政権の考え方だと痛感します。外務省・日赤の主要幹部が抱く、政治倫理(ナショナリスチック)な考え方が赤裸々に描きだされています。

皆様へ
             07・12・14     望月

2007年12月9日日曜日

「当然の法理」へ挑戦ー民団新聞

「当然の法理」へ挑戦今年も 川崎市在日職員
2007-12-05

金本大祐さん生活保護ケースワーカーへ4度目の異動申請【神奈川】

生活保護のケースワーカーへの異動を希望している川崎市の一般事務職員が、韓国籍という属性を理由に過去3度、門前払い同然の扱いを受けていたことがわかった。市は「公務員に関する基本原則」を具体化した市の「運用規程」に抵触するためとしている。最近も4回目の申請を出し、来年3月に出る結果を待っている。

「自己実現あきらめない」
 この職員は韓国籍を持つ金本大祐さん(32)。98年4月、川崎市の一般職に外国籍者としては初めて採用された。これまで港湾局、教育委員会、健康福祉局と歩んできたが、本来の希望は生活保護のケースワーカーだ。
02年を皮切りに05年、06年と直属の上司に異動を希望してきたが、かなえられていない。「運用規程」が現実に、外国籍当事者の希望を阻むという事例が明らかになったのは、これが初めて。 

緊急入院して本人自ら意思行為のできない人のため、自らの職権で生活保護の申請をする「措置」をとることも「公権力の行使」にあたる、というのが市側の見解だ。同じく被生活保護者宅の生活状況を管理、チェックしながら「変更」「停止」「廃止」といった手続きを行うことも該当するという。 これに対して、金本さんは「すべての行為は法律の枠内で行われ、上司の決裁が必要となる。個人が公権力を行使しているわけではない」と反論している。

金本さんが今回4度目の人事異動願いを出したことについて市人事課では、「ケースワーカーの職務全般が抵触する。公権力を行使する部分とそうでない部分を切り分けることができるかどうか、検討しているところ」と話している。 
金本さんは「最低生活費を割ってしまうような本当に困っている人が救われない現実。こうした人たちに対して保険、年金、就職などの生活上の問題で全面的に支援できる立ち場。それをやりたい」という。実現したら申請を待つのではなく、地域に出て困っている人を探す「アウトリーチ」をやりたいと、夢をふくらませている。 

金本さんが使命感を燃やすのは、自らの生い立ちも関係している。生まれは千葉県南房総。中学生の時に古物の商いをしていた父親を亡くした。生活苦の一家を支えたのは周囲の心ある複数の日本人だった。深夜労働など、あらゆる労苦を体験しながら都内の私立大学を卒業した。金本さんには「困っているところからはい上がってきたから当事者の立場に立ったアドバイスができる」という自負がある。 ケースワーカーは「奉公3年」という言葉に象徴されるように、市職員が敬遠しがちな職務とされる。市基準では被保護者80人に1人の職員を置くことになっているが、現実には1人で100人ほど抱えているという。市人事課では「来年3月までには結論を出したい」と話している。

■□柔軟な対応を専門家の意見
生活保護のケースワーカーが「公務員に関する基本原則」に抵触するかどうか意見が分かれる。 市側の主張は、申請書の作成から行政処分までを一連の流れのなかで職権の範囲ととらえ、切り離せないという考えだ。
これに対して都の元職員は「申請書の職権による作成だけなら、公権力の行使にはならないと立論できる」と話す。 
これは本人の権利・義務関係に変動を及ぼすのは申請ではなく、申請に対する行政処分のほうだとの考えに基づく。申請を受けて、申請への処分の最終決裁権限は、課長ないしは部長が握っているからだ。 

川崎市の元職員でケーススワーカーを永年勤めてきた経験者はもっと直裁だ。「そもそもケースワーカーとは国民の生存権の問題であり、これを公権力の行使ととらえるのは明らかな誤りだ」と主張する。 

金本さんを陰ながら支援している崔勝久さんは「生活保護申請を審査して、やってあげるかどうかを自治体が決めるという立場からは公権力の行使と考えるし、反対に国民の生存権の保障を補助するという立場に立てば公権力の行使にあたらないという説も成り立つ。ケースワーカーの職権と国民の生存権との関係、そもそも公権力の行使とはなにか、来年から市の関係者にも呼びかけて一緒に学習していきたい」と話している。(2007.12.5 民団新聞)