2009年3月20日金曜日

「住民参加の市政をつくる川崎市民の会」への呼びかけ

「住民参加の市政をつくる川崎市民の会」参加の呼びかけ


私たちは、阿部市政が福祉に力をいれてきたこれまでの革新市政を批判する立場から構造改革を断行してきたことを知っています。行政改革に着手し、民営化を進め、市職員の数を減らして福祉に力をいれるということでしたが、保育園の待機児童や入居できない老人ホームの問題など何一つ解決できていません。その上、規制緩和によって、企業が保育園を経営することを奨励・支援してきましたが、その企業が昨年倒産しています。また大型マンションが続々と建築され、それによる深刻な環境破壊も報告されています。

川崎市議会は、大型ショッピングセンター建設を目論んだのか、県立南高校跡地を病院・保育園・老人ホームに活用することを条例で禁止しました。県は川崎市長の思惑に沿って校舎解体に踏み切ったのですが、その過程でアスベスト問題を引き起こしました(http://www.owat.net/rinkaibu-mirai/)。この問題は阿部市政の街作りの姿勢を象徴しています。このような地下鉄や大型ショッピングセンター・マンションの建設及び大企業の誘致・優遇政策に、川崎を大企業依存型の大都市にしていこうという現市長の考え方が窺えます(地下鉄建設に関しては国の決定を待つばかりで、2000億円を一般予算から捻出することが既に決められています)。

しかし川崎をどのような街にするのかということは誰が決めるのでしょうか。市民から選ばれた市長が市会議員と諮って決めていくのでしょうか。川崎市議会の委員会は、議会基本条例の作成にあたって、より議論を深めるために非公開で検討することを決めたそうです!一旦市民から選ばれると、首長や議員が自分たちの思惑で政策を決定するのであれば、それは形式的には代議員制度に基づく民主的なあり方に見えて、専制政治以外の何ものでもありません。多くの問題を抱える市民は政策決定過程に参加できず、ただ4年に1度選挙をするのみで、今の地方自治の仕組みには自分たちの意志が反映されていないということを実感しています。

戦後60年の形骸化した地方自治の在り方を根底から見直そうではありませんか。私たちは自分たちの住む街を、全ての住民が自由に意見を述べ合い、地域にある問題を当事者として責任をもって解決するような、開かれた地域社会にしたいのです。市長や議員に全てを委ねるのでなく、また上から与えられた官製の組織でなく、住民が自ら発意して「住民参加の市政」の仕組みをつくるのです。そこではいかなる立場の人も排除されることはありません。勿論、住民の国籍が問われることはないでしょう。それがどのようなものなのか、学習会を重ね、多くの方と意見の交換をしながら、「住民参加の市政」の思考を深めてその実現を求めていきます。みなさんの参加を心よりお待ちしています。

住民参加の市政をつくる川崎市民の会
川崎市川崎区小川町11-13 日本基督教団川崎教会付
電話:090-4067-9352、Fax:044-599-0609

2009年3月17日火曜日

学習会のお知らせ

みなさんへ

すっかりと春らしくなりました。みなさん、お変わりありませんか。
「住民参加の市政をつくる川崎市民の会」を立ち上げました。
目の前の選挙に先だって、そもそもどのような地域社会を求めるのか、
それによって何を実現するのか、この点をしっかりと考えようとして
新たな市民の会をつくりました。

選挙で選ばれた首長や市会議員が自分の思惑ですべてを決めて
いくのであれば、代議員制度による民主的な手続きであっても
それは、選ばれた者による専制政治です。私たちは住民自身が
当事者として自分の住む地域の問題に責任をもって関わる仕組みを
つくるべきだと考えます。

代議員制度を所与のものとせず、戦後60年の地方自治の在り方を
根底から変えていきたいと願います。そのためにはしっかりと自分で
考え、その意見を交換しあうとが重要だと思います。現場で活動を
する者と、専門分野の研究者と一緒になって現実を直視してその
本質的な問題点を把握し、現実の活動に活かしたいのです。

第一回目は、地方自治体の財政について学習会を持ちます。
行政改革とは何か、福祉予算の削除に対して批判する提案は
財政の在り方とどのように関連するのか、言いかえれば、
福祉を重視してきた革新市政が財政を破綻させたという言い分
に対してどのような主張ができるのか、様々な政策提案に先立って、
この地方自治体の財政とは何か、しっかりと踏まえたいと思います。

講師:沼尾波子さん(日大教授、川崎市の財税制懇談会委員)
主題:地方自治体の財政とは何か場所:川崎教会
日時:4月4日(土)午後15-18時(質疑応答の後、二次会をもちます)

2、3回目の学習会は、以下の両名の承諾を得ました。
日程・場所は未定です。

齋藤純一さん(早稲田教授) 「民主的な公共性について」
小原隆治さん(成蹊大学教授)「住民自治の在り方についてー区民協議会の可能性」

主催:住民参加の市政をつくる川崎市民の会
事務局 川崎市川崎区小川町11-13 日本基督教団川崎教会付
電話:090-4067-9352, Fax:044-599-0609
参加費 1000円

2009年3月9日月曜日

ハンナ・アレントに触れて

みなさんへ

御無沙汰しておりました。本日、3週間ぶりに無事退院いたしました。 下肢の痛み、しびれは完全にとれました。「杖代わり」になってくださった 方々、ありがとうございました、多くの方にご迷惑をおかけし、また御心配 をおかけいたしました。背骨を削る手術だったので、まだ背中の 腫れは残っているのですが、これも治ると思います。御安心ください。

入院中に読もうとハンナ・アレントを持ち込んだのですが、ベッドで寝ながら 読める本ではなく、2-3日してからは対話室で読み始めました。 『人間の条件』と『革命について』の2冊を大変、興味深く読みました。

まずは彼女の「洞察力」「総合的な判断力」に驚きました。社会科学者の引用 するイエスは自分の信仰に結びつける場合が多いのですが、彼女のイエスの 言葉の引用の仕方は私には納得できるものでした。後で、彼女が哲学の 他にもブルトマンの下で研究したということを知り、納得です。

『革命について』は退院間際まで読んで、最後の章が終わるのが寂しく、 時間をかけて読みました。こんな経験は初めてです。フランス革命、アメリカ革命 について論を深めていくのですが、自分の浅い知識と理解が次々とひっくり 返されていくようでした。

彼女は革命に言及しながら何を重要なものとして考えていたのか、その後の ロシア革命を含め何を失敗と捉えていたのか、それはちょうど私が川崎の 市長選に備えて、これまでの形骸化された代議員制度に代わるものとして、また 住民として当然のこととして外国人も参加するものとして、「区民協議会」の創設 について思いを巡らせていたときでもあり、引きずり込まれるように読みました。

彼女は、人民の自発的な組織(評議会)や、アメリカにおける小さな単位の 行政区での集会がつぶされていったことが革命の失敗とみなします。それを つぶしていった革命推進派や政党、及び代議員制度が人民の「公的な自由」 の空間を無くしていったと主張します。

川崎の市長選にあたって私は以下のことを考えてきました。
1.地方公務員の国籍条項撤廃(=「当然の法理」の実質的な粉砕)
2.街作りの根本的な考え方として地下鉄や大型ショッピングセンターを
  優先するようなこれまでの計画の白紙撤回
3.2に代わり、保育園や老人ホームの抜本的な改革
4.地方自治の新たな仕組みつくり(「区民協議会」の設立)
5.「区民協議会」においては公選公募、夜の会議、月給の廃止、外国人の参加

このような問題意識の中でハンナ・アレントを読みながら私は、川崎市の市長選で 問うべきことは、彼女がいう「統治参加」「公的自由」「公的幸福」といった、これまで 人類が抱えてきた歴史的な課題に対する挑戦なのではないかと、思いはじめました。

「在日の権利の要求」「民族主体性の回復」「民族アイデンティティ回復・強化」 これらのことは在日の歴史的な経緯と現状からして当然のことと言えるでしょう。 しかし私は、在日こそ、まさに「統治参加者」として自分の住む地域において 自由に「意見」の交換を通して「開かれた街作り」を求めるべきなのではないかと思うのです。

私は病床でハンナ・アレントとの出会いに驚き、喜びを隠すことができませんでした。 市長選を単なる政党間の権利闘争でなく、地方自治の新たな仕組み作りを求める という姿勢で臨みたいと願っています。住民が国籍を超え、「意見」の違いを超え、 「開かれた街作り」に参加していくことを求めたいものです。

戦後の日本の地方自治の在り方、その歴史と実態を正確に知る必要があるでしょう。 ハンナ・アレントが触れていなかった多くの問題点もあります(女性の立場、 アメリカの先住民や奴隷制度など)。深く言及していない点もおおくあります。 彼女を絶対視するのでなく問題提起者として捉え、現状への関わり方、関わる視点 として参考にしたいと思います。


-- 崔 勝久
SK Choi
skchoi777@gmail.com
携帯:090-4067-9352

2009年2月17日火曜日

「川崎南高校を活かす会」の闘いの意味について

みなさんへ

以下、渡辺さんから今日、会の状況をお聞きし、HPからの記事を転送いたします。新聞では、川崎市議会が「県の手抜き調査を糾弾!工事停止へ!」という内容で報道されたのですが、実際は川崎市
環境局は一切、動かないとのことです。そのため渡辺さんはさらに市議会への働きかけを強めたいとのことでした。

阿部市長が県立南高校跡地の売却先をUR(都市公団と地域公団(地方都市開発整備部門)がひとつになり、「独立行政法人都市再生機構」=URとなったもの)にするようにと神奈川県知事に書簡を送り、知事は跡地の売却のために校舎の解体を命じたところ、その工事の過程でアスベストが飛散し、渡辺さんたちは解体工事の差し止めを求めています。

詳しくは下記のHPをご覧ください。
渡辺さんたちは、校舎をそのまま残し、地域に必要なたとえば保育園とか老人ホームなどに活用することを主張しているのですが、URは大手ディベロッパへの転売によって莫大な利益を得るように計画されています。大手ディベロッパは大型ショッピングセンター建設を予定しているようです。現在、「南高校」の隣にはエスパーという大型ショッピングセンターが既に存在していて、その隣に同じようなものが作られることによって近隣の中小店舗はビジネスができなくなることになるでしょう。

これは川崎をどのような街にしていくのかという根本的な考え方が問われる問題です。URに売却する前に、川崎市は都市計画の変更によってそのプロジェクトがスムーズにいくようにしました。「南高校」跡地には病院や老人ホーム、保育園はできないようにしたのです。ゲームセンターなどは許可する条例の付則まで作っています。これによって実際的には大型ショッピングセンターしかできないようにしてしまっているのです。

アスベストの飛散の事実を市議会は認めたのですが、実際に解体工事を中止させるのかは予断を許しません。校舎の解体を進め、すぐにでも神奈川県はURと土地の売買契約をしたがっているのです。

市側は地域商店街のヒアリングは終えた、反対している人はごく一部と宣伝していますが、すべては形式的に、自分たちの計画を正当化するために、多くの住民の知らない間になされています。

従って私たちは渡辺さんたちの闘いを全面的に支持し、まずこのプロジェクトそのものを白紙撤回させ、「南高校」跡地はどのように活用するのかに関して、改めて地域住民の意見を聴くことから始めなければならないと考えます。このように住民の意向を無視して(一部の賛同者の声を取り上げる形で)、
物事を進めているということそのもの、そして住民の反対の意見は一切聞こうとしないところに、私は「地域自治」の崩壊を見るのです。新たに、住民が中心
になって自ら考え、決めていく新たな制度が乞われる所以です。

この「南高校」と同じように問題されるべきプロジェクトは地下鉄建設です。
皆さんのご理解とご協力をお願いします。

崔 勝久



「川崎南高を活かそう会」 事務局 渡辺治 http://www.owat.net/rinkaibu-mirai/

川崎市議会が県の手抜き調査を糾弾!                
工事停止へ!      
県のずさんな事前調査にアスベストの飛散を心配した地元住民が市議会に陳情を出し、それを受けた川崎市議会(環境委員会)が現地視察を行なった上で2月13日に委員会にて立ち入り調査等を行なってきた川崎市環境局から状況を聞き、県の調査に不備があった事を確認し、川崎市として独自に抜き打ち調査を行なう事を決めました。またその調査が終了し周辺住民への説明が完了するまで工事を中止する様、県に求める事を全会一致で決定しました!

2009年2月16日月曜日

新たなHPの開設ー新植民地主義(ネオ・リベラリズム=新自由主義)を考える

みなさんへ

望月文雄さんからのメールで、西川長夫さんの横浜国大での講演会と
川崎でのフィールドワークをきっかけにして新たなホームページを開設
するという案内があります。70歳をとっくに過ぎて独学で取り組まれる
望月さんの熱意には心から敬意を表します。
みなさんの積極的な参加をお願いします。

崔 勝久
SK Choi

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皆様へ    望月
今日は、2月2~4日の西川教授の講義から始まった川崎フィールドワークに
関するホームページを新設しましたのでお知らせします。
目次のタイトルとURLを添付しましたので、ご訪問ください。

新植民地主義(ネオ・リベラリズム=新自由主義)を考えるhttp://homepage3.nifty.com/tajimabc/new_page_164.htm

09・02・16      望月

2009年2月15日日曜日

西川長夫さんの「多文化共生と国内植民地主義」を聴講してー朴鐘碩

西川長夫立命館大学院名誉教授の
「多文化共生と国内植民地主義」を聴講して


朴鐘碩

横浜国立大学(加藤千香子教授ゼミ)において、2月2日(月)、西川長夫立命館大学名誉教授による「多文化共生と国内植民地主義」をテーマにした授業がありました。受講者100名余でした。私は、川崎市の「共生」、日立の職場、社会(人権)運動などに隠された問題点と矛盾を考えながら講義を聞きました。

90分近い講義でしたが、冒頭、西川教授は、『日本における多文化共生とは何か』(新曜社)を紹介し、川崎市の「共生」について触れました。「多文化主義」という用語は1970年代頃に広がりはじめたそうです。(偶然なのか日立就職差別闘争は1970年に始まっています)

西川教授の著作「国境の越え方-国民国家論序説」、「<新>植民地主議論」を読みましたが、レジメに書かれた「多文化主義(共生)の罠」「共生-差別と搾取の構造」は、正規労働者組合員として会社・組合の体質を批判し、日々葛藤しながら生きる私にとって改めて新鮮な言葉として心に残りました。また、川崎市の「共生」の矛盾と問題点は、この「罠」と「差別と搾取の構造」に尽きると思いました。また、「奴隷解放した」リンカーンを敬うオバマ大統領の就任演説に触れ、多様性(patchwork heritage)から人間を同化・統合・国民国家へと導くものであり、平和・福祉・自由・人権の進展に「チェンジ」は全く期待できないと教授は冷静に予測します。

マスコミは「初の黒人大統領の誕生」と盛んに騒ぎ立てましたが、大統領の地位を掌握した人間が弱者の立場で政策の「チェンジ」を期待することは幻想であるということです。聴講生として参加した上野千鶴子東大教授も自由討論で、学生の質問に「オバマは平和主義者ではない」事実を語っていました。

「グローバル化の対応策である多文化主義言説は、植民地と先住民を隠蔽し、共生は差別と搾取の構造に改めて照明を当てる」ことになり、「グローバル化は第2の植民地主義(植民地なき植民地主義)であり、新自由主義は<新>植民地主義」です。

「民族(国民国家)をいかに越えるか」という課題に、西川教授は『日本における多文化共生とは何か』を参考にしています。<日立闘争は在日朝鮮人というあるがままの自分を否定する社会への闘いであったことから、民族的アイデンティティを求めてナショナルなものに回帰するようであって、実際は、民族主義イデオロギーを解体する動きであったと思います。><民族の主体性は、やはりこの個の自立から出発する>(崔勝久)崔氏は、自由討論で「生き方を問いながら足元の問題を取り組む重要性」を補足しました。

19歳で日立製作所を訴え、同化した私にアイデンティティはありませんでした。まず日本名から本名に変え、民族・歴史・言語を学び、自分が何者か、を知ることでした。民族という国民国家に傾倒する組織は、当事者に民族の主体性がない、裁判は同化に繋がると批判し、当初、日立闘争に関わることはありませんでした。しかし、闘争がしだいに進展する中で、「民族」という課題よりも足元の具体的な差別・抑圧の現実から逃避せず、生き方をかけて人間らしく生きようとする姿勢こそ普遍的な当事者のアイデンティティであると私は理解するようになりました。

日立就職差別闘争から2010年で40年 (韓日併合の年に開業した日立製作所は創業100年) になりますが、「「共生」は、差別・抑圧を隠蔽する」だけでなく助長します。組織・権力者は「共生」は悪用し、問題・矛盾も隠蔽し、人間を管理・支配し、国民国家を強化します。意識する、しないに関わらず、人間は国民国家に組み込まれています。「国民国家の形成は近代のあらゆるイデオロギーが動員され」、多文化主義や共生の下で機能する企業ぐるみ選挙、社会貢献活動、教育・自治体の組合などの労働運動も組織動員されます。

国民国家体制を崩す、あるいは個を確立しようとすれば、例えば企業社会でおかしいことはおかしいとものを言わなければなりませんが、ものが言えない、言わせない(職場)環境になっています。(連合)組合は、労使一体の「共生」を悪用し、全てトップダウンで決めて、沈黙する労働者を管理・支配します。組合員は、このようなやり方に疑問を感じても、「どうすればいいのか?」悩み、抵抗できず、熟考する間もなく、沈黙して決定に従うしかありません。このような経営組織体質から経営者に有利な労働条件が決まり、欠陥製品が生まれ、不正取引、談合、不祥事などが起こります。さらに経済破綻は、新自由主義の下で人間を選別し、過度に競争を煽り、労働者の人間性をおろそかにし、利潤・効率を優先した結果であると思います。企業・行政・教育関係に職を求める学生たちは、日々生き方が問われる事態に直面しますが、自分で決断するしかありません。

「私はこの「勇気」という言葉に注目したい。それは危険な一線を越える勇気である。公共性論にもし可能性があるとすれば、それは目前に開かれている世界を直視する「勇気」にかかわってくるだろう」「勇気」と開き直りは、社会変革に繋がる可能性があります。

学生の内定が取り消され、就職が困難な状況になっていますが、景気調整弁として利用され、正規を含め低賃金で働く非正規・派遣・外国人の労働市場は、西川教授の言葉で言えば、(多国籍)大企業資本にとって「広大な植民地」と言えるかも知れません。これを「植民地なき国内<新>植民地主義」というのではないでしょうか。

戦後65年になりますが、未だに個が犠牲となり、日本人の労働者・住民が職場や地域でものが言えない状況です。声を発しても住民の意思が反映されない現実があるにもかかわらず、「共生」の下で設置された「外国人市民代表者会議」などの存在意義が次第に問われてきます。上(権力)から与えられた「多文化共生」は、国民国家を克服できないことは、聴講してよく理解できました。 
 
川崎はじめ日本、「世界の各地に、暴力によってあるいは術策によって、一方的に自由を奪われ、土地や文化や生活を奪われ、排除されるかあるいは隷従と同化を強制され、現在もその後遺症に苦しむ多数の住民と集団が存在する」にも関わらず、「共生」は国民国家統合の戦略となっています。これに立ち向かう「脱植民地化」は、つまるところ「私たち個々人の生活と生き方の問題」となります。


2月3日(火)「外国人への差別を許すな・川崎連絡会議」との懇親会の報告
一日かけて地域の民族学校、桜本保育園、ふれあい館などを訪れ、夕方、川崎の「共生」を批判する川崎連絡会議メンバ-と懇親会を持ちました。西川教授はじめ立命館、横浜国大、一橋の学生たち、双方で17名が参加しました。

「当然の法理」を盾に外国籍職員を差別する「運用規程」、阿部市長の「準会員」発言の問題など、10年以上に亘って川崎市の「共生」を批判してきた連絡会議の概要を報告しました。また元桜本保育園保育士二人から当時の保育について報告がありました。

「共生」の矛盾と問題点について意見交換し、西川教授は、「当然の法理」について「国家権力は、法律でもない、何でもない、いい加減な論理がまかり通って、国民国家形成に悪用している。」と、感情を込めて話されました。この発言を聞いて、私は「春闘が始まり、組合員を沈黙させている(連合)組合幹部のやっていることも同じだ!」と思いました。

後日、教授から「小生がこの2,30年間書いたりしゃべってきたこと(いわゆる国民国家論)は、一口で言えば、この「当然の法理」に対する闘いであったと思います。」と大変貴重な意見をいただきました。

2009年2月14日土曜日

川崎市で「多文化共生」を考えるーフィールドワークの報告書

みなさんへ

2月2日の横浜国大での西川長夫さんの講演の翌日から、
川崎で二日間にわたるフォールドワークのあったことは
先にお知らせいたしました。望月さんの報告書もお送りしました。

望月さんからのメールで、岩間優希さんの報告書の
ことを知り、早速読みました。岩間さんのみずみずしい感性で、
それぞれの現場での感想、そこで出会った人の印象が
淡々と記されています。素晴らしいリポートだと思いました。
現場をアレンジさせていただいた者としてうれしく思います。
フィールドワークに参加されたメンバーの中での、これからの
交流を楽しみにしています。

川崎市で「多文化共生」を考えるー 岩間優希(立命館大学博士課程)http://homepage3.nifty.com/tajimabc/new_page_159.htm
(中部大学国際関係学部小島亮ゼミで作成している冊子『パラチンタ』
への掲載用に執筆したものとのことです。本人の承諾を得て、望月
さんのホームぺージに掲載されています)

是非、上記ホームページで岩間さんの論文(報告)をお読みください。


崔 勝久