昨日、立教大学で「同時代史学会」研究会がありました。発表者は、一橋の博士課程の和田圭弘さんと、立命館の非常勤講師の山本崇記さんの二人でした。和田さんは「1960年代の在日朝鮮人朝鮮語文学圏の金石範―比較リアリズム文学」に向けて」、山本さんは「高度成長期における在日朝鮮人と福祉運動―都市下層社会の変容から考える」という内容の研究発表でした。
金石範は在日を代表する作家であることは間違いなく、その作家の文学論を「リアリズム」と本人が主張している背景を中心にした発表だったのですが、コメンテーターの説明から、「リアリズム」論は北朝鮮の金日成体制の確立過程と在日の組織との関係、またその組織から離脱する本人の立ち位置との政治的な絡みの中で考えられ、文学論としてのみ捉えるべきではないということを知り、納得です。
私としては、まず「在日文学」というカテゴリーの設定が気にかかりました。金達寿以降の在日作家を「在日」というくくりでカテゴライズできるのか、私には疑問です。また、金石範に関しては、在日社会における彼の果たした役割をプラスの面だけでなく、マイナス面を含めてさらに徹底した研究がなされればと思いました。
山本さんの発題は、京都の非差別部落の中の朝鮮人がどのような位置にいるのかについて知ることができる、大変興味深いものでした。「多文化共生」という単語さえ、地域においてはハレーションをおこすという発表者の意見で、地域に住む「在日」が本名で権利の主張をして、被差別部落の運動の中にある民族差別や差別意識と対峙する活動が簡単でないこと、地域運動として地域の変革に関わる「在日」の主体がどのような意識をもっているのか、それと既存の民族団体との関係、在日韓国教会との関係、またその地域出身の「在日」が労働者と自己規定し運動を進める場合の地域社会との関わりなど、さらに意見交換を続け交流を深めたいと思いました。
今日のタイトルは、平成21年4月1日の総務省自治行政局国際室調査による「多文化共生の推進に係る指針・計画の策定状況」(参考資料4)と山本さんの話し、及びその地域の中でカソリックの司祭がはじめた「地域福祉センター」が発行した資料を合わせて付けたものです。
地域としては、被差別部落の中で「多文化共生」という単語さえハレーションを起こし、「在日」としての自己主張が簡単ではないという状況下で、そのセンターの記念誌では、「真の多文化共生」は「異なる多様な国籍や出自の者」だけでなく、「さらに異なる多様な心身の状態にある者」が「お互い尊厳ある人間として認めあいながら、地域社会の構成員として豊かに生活すること」と、もはや「多文化共生」という言説を超えるような位置付けがどうしてなされているのか、その背景を考えると、総務省が強調してきた「多文化共生」施策に対して、1847(都道府県47、市町村1777、特別区23)のうち、「多文化共生」を策定していない、今後もその予定がないが、77%を占めている実態が見えてきます。
すなわち、政府は「多文化共生」という旗を振るのですが、実際の地方自治体においては、予算や首長の意識から、その施策は具体化されるどころか、関心さえもたれていないということです。しかし予算がつくので、外国人の居住地域では「多文化共生」という名で「事業」を展開することが模索されているということのようです。「多文化共生」施策が、本当に地域社会の変革につながるのか、外国人施策として特化されて終わるのか、「多文化共生」という単語に惑わされないで、地域社会の実態を直視する必要があると痛感します。
また西川長夫さんの本を読みなおすなかで(『<新>植民地主義論―グローバル化時代の植民地主義を問う』)、「多文化共生」の「文化」とは何か、それは国民国家の成りたちとも関係し、国家・民族の独自性の強調で異なる者の排除を前提にしたものであった経緯を考えると、安易にこの言質を使うことは慎まなければならないのではないのか、改めて考えさせられます。みなさん、いかがでしょうか。
それと若い研究者が中心の学会であったのに、私のような「在日」の現場からものを言い、具体的な行動を考えている者に対する関心がないようで残念でした。アカデミニズムの世界で生きようとすれば、現場に関わるべきであるということでなく、生きている現実の世界への関心を持って研究を深めてほしいなと思いました。これは私が歳をとってきたということなのかしら・・・
2010年11月14日日曜日
2010年11月1日月曜日
(オキナワ那覇司教からのメッセージー正義と平和全国大会開会ミサ説教
みなさんへ
たまたま『ウシがゆくー植民地主義を探検し、私を探す旅』(知念ウシ、沖縄タイムス)を読んでいるところに、九州の知人から、沖縄那覇でもたれた「正義と平和全国大会」での開会ミサの説教の内容が送られてきました。
沖縄、「在日」、ジェンダー、外国人労働者、多文化共生、格差の拡大、これらをトータルに、現在の問題として捉える必要を痛感します。「韓国併合100年」の今年、それを問題にするのであれば、過去の「併合」の国際法上の合法性ではなく、まさにこの社会が過去の植民地支配を払拭することなく、今、植民地支配を継続してきているという事実ではないでしょうか。
沖縄の声に耳を傾けたいと思います。
崔 勝久
(オキナワ那覇司教からのメッセージ
2010年9月
《守礼の邦は踏みにじられて》
オキナワは戦後と日本復帰を未だ実感していません。沖縄の司教も司祭、助祭団も修道者も信徒も当然のことながら基地反対です。このオキナワ問題の根源に目を向けないで、「反対」、「平和」、だけを唱えて沖縄に連帯にしていると嘘ぶいている政府と日本国民の無関心と偏見と差別意識に対して沖縄は単なる基地反対そのもの以上に苛立ち、抗議しています。
沖縄の空にはハトがふさわしい。鉄の翼が轟音を立てて、我が物顔で飛び交う空、それは本来あるべき南国沖縄の紺碧の空には異様な光景です。一日240数回も、轟音とともに軍事訓練の離着陸をする戦闘機、しかも岩国基地所属やグアム、ハワイ所属の最新鋭F22や、F15機も大量に飛来しての訓練です。空だけではなく、地上では町、村、山地を無差別に夜昼関係なく基地に絡む様々な弊害、米兵による人権無視の犯罪行為等、数え上げるときりがない。そのために綱紀粛正を唱えているが空しいばかり。
ヌチドゥタカラを生きる沖縄は琉球王国時代から、平和と守礼を重んじる邦だ。チムグルイを敏感に生きるウチナーンチュには、人間の尊厳を肝に銘じ平和を求める心が今も根強く生きています。
平和を甘受している日本の皆さん、皆さんの今日ある経済的発展と、「平和ボケ」の裏には、沖縄が「捨て石」同然、65年間、今日にいたるまで、戦後処理の犠牲にさらされている現実に目を向けてください。この平和の地を、沖縄の心、県民の声を無視し続けて、戦争に備え、「太平洋の要石」として基地を押し付けている日本国民と日米両政府に沖縄全県民は強く抗議し続けています。日本人は沖縄差別の潜在意識に自ら目覚めて欲しい。これが那覇教区を含め、沖縄県全宗教者が終始一貫して発言し続けている祈りです。
那覇教区民も沖縄県民と心を一つにして行動し、宗派を超えた「沖縄宗教者の会」とともに、基地反対・平和と祈りの集会を毎年行なっています。政派、宗派を越えて、沖縄は不当な基地には反対のスタンスをとっています。心のこもらない机上で捏ね上げた文書や、行動の伴わない声明文などたいした意味をもたないと感じられてなりません。
《今頃、普天間を取り上げる中央のメディア》
「アメとムチ」に翻弄され、莫大な振興事業も本土企業に吸い上げられるだけで、基地絡みの補助金や交付金は何ら経済発展に結び付きません。沖縄の人々の誰一人として基地を容認するものはおりません。私たちは沖縄の信徒も県民も、日本人(敢えて沖縄県民以外のヤマトンチューを指す)が、沖縄をどのように考え、取り扱ってきたか、正しい歴史認識を見極めた上で沖縄問題に取り組んでもらいたいと主張しています。
最近、普天間飛行場問題が政治の場だけでなく、社会問題としても注目を集めているが、これに対して日本人は皮相的な同情論や現実離れした意見を述べ、連帯などと申して、ほんの一部の人々が来県し、発言しているのを見受けますが、日常の生活では「沖縄の問題」として胡坐をかいているだけと感じられてなりません。沖縄で基地を囲み米軍に声を張り上げてご満悦してどれほどの意味、効果があるのか、これで沖縄の痛みに連帯したなどと自己満足に陥っているのではないかと疑わざるを得ません。それよりも永田町で日本人に向かって、政治家と民衆に沖縄問題を問いかけるべきです。
「安全保障」、「外交政策」、「日米同盟」、「国益優先」などを理由に、日本政府と国民は沖縄だけに基地の固定化を図ってはばかりません。戦後の経済発展と平和維持を甘受している日本。そのために沖縄だけに基地問題を押し付け、「配分正義」などどこの県も真剣に取り上げてはくれません。安保を堅持しようという全国の知事たちにして、基地を受け入れない。日米安保の前提が崩れています。他の県が受け入れないから沖縄が受け入れる以外にないと、一種の差別を平気で固辞しています。日本政府は政権が変わろうと、琉球処分以降、東京政府がもってきた体質が根底に流れていると沖縄県民は感じています。
《千の談話・声明文より行動を!》
基地反対とか平和アピールとか、声明文など机上で捏ねた作文を発するより、沖縄がやっている民衆による大集会を、その万分の一の規模でもいい、東京で行ってください。日本国民の関心がどの程度のものか、誰も読まないような作文より目に見える行動、汗を流す皆さんの行動からのうねりこそ、沖縄と連帯、人々に基地の問題を意識させるものだと思います。「平和」の反対は「戦争」ではない。平和と戦争に関して、「無関心」であること。愛の反対が憎しみではなく無関心だ、とのマザーテレサの言葉と同じです。
沖縄の目線で普天間報道を行わない日本本土のメディアにも日本人の無関心はあらわれている。それは、今年のJCJ賞に沖縄の二地方紙「沖縄タイムス」と「琉球新報」が選ばれたことでも表れています。受賞の選考理由として全国紙が米国一辺倒の報道に終始する中で、「沖縄県民の怒り、悲しみを伝えるとともに、日米同盟の種々の問題を掘り起こした」ことを指摘しています。
《カトリック正義と平和委員会に提案と要望》
基地反対を呼び掛け、沖縄に連帯して不正義に基づく沖縄の基地に真剣に取り組む姿勢があるなら、沖縄に来て「座り込み」や基地を取り巻く「人間の鎖」などに参加するよりも、東京で大集会を開いてください。三万人集会を東京で、政府のお膝元でやってください。首都圏の日本人の沖縄に対する無関心さを呼び覚ますために。三万人集会でも、基地反対に対する沖縄県民の声と毎回開かれる県民、市民集会に比べればその千分の一すらなりません。
沖縄に本気で連帯する気持ちがあるのなら、沖縄ではなく政府のお膝元で大集会を開く行動をとるべきです。国益の名のもとに、沖縄だけに犠牲を強いているのを平気で見過ごし無関心でいる日本人に日本のど真ん中で大衆のうねりを見せてください。
皆さまの誠実な連帯に期待しています。
カトリック那覇教区
司教 ベラルド・押川壽夫
(正義と平和全国大会開会ミサ説教で谷司教が朗読)
たまたま『ウシがゆくー植民地主義を探検し、私を探す旅』(知念ウシ、沖縄タイムス)を読んでいるところに、九州の知人から、沖縄那覇でもたれた「正義と平和全国大会」での開会ミサの説教の内容が送られてきました。
沖縄、「在日」、ジェンダー、外国人労働者、多文化共生、格差の拡大、これらをトータルに、現在の問題として捉える必要を痛感します。「韓国併合100年」の今年、それを問題にするのであれば、過去の「併合」の国際法上の合法性ではなく、まさにこの社会が過去の植民地支配を払拭することなく、今、植民地支配を継続してきているという事実ではないでしょうか。
沖縄の声に耳を傾けたいと思います。
崔 勝久
(オキナワ那覇司教からのメッセージ
2010年9月
《守礼の邦は踏みにじられて》
オキナワは戦後と日本復帰を未だ実感していません。沖縄の司教も司祭、助祭団も修道者も信徒も当然のことながら基地反対です。このオキナワ問題の根源に目を向けないで、「反対」、「平和」、だけを唱えて沖縄に連帯にしていると嘘ぶいている政府と日本国民の無関心と偏見と差別意識に対して沖縄は単なる基地反対そのもの以上に苛立ち、抗議しています。
沖縄の空にはハトがふさわしい。鉄の翼が轟音を立てて、我が物顔で飛び交う空、それは本来あるべき南国沖縄の紺碧の空には異様な光景です。一日240数回も、轟音とともに軍事訓練の離着陸をする戦闘機、しかも岩国基地所属やグアム、ハワイ所属の最新鋭F22や、F15機も大量に飛来しての訓練です。空だけではなく、地上では町、村、山地を無差別に夜昼関係なく基地に絡む様々な弊害、米兵による人権無視の犯罪行為等、数え上げるときりがない。そのために綱紀粛正を唱えているが空しいばかり。
ヌチドゥタカラを生きる沖縄は琉球王国時代から、平和と守礼を重んじる邦だ。チムグルイを敏感に生きるウチナーンチュには、人間の尊厳を肝に銘じ平和を求める心が今も根強く生きています。
平和を甘受している日本の皆さん、皆さんの今日ある経済的発展と、「平和ボケ」の裏には、沖縄が「捨て石」同然、65年間、今日にいたるまで、戦後処理の犠牲にさらされている現実に目を向けてください。この平和の地を、沖縄の心、県民の声を無視し続けて、戦争に備え、「太平洋の要石」として基地を押し付けている日本国民と日米両政府に沖縄全県民は強く抗議し続けています。日本人は沖縄差別の潜在意識に自ら目覚めて欲しい。これが那覇教区を含め、沖縄県全宗教者が終始一貫して発言し続けている祈りです。
那覇教区民も沖縄県民と心を一つにして行動し、宗派を超えた「沖縄宗教者の会」とともに、基地反対・平和と祈りの集会を毎年行なっています。政派、宗派を越えて、沖縄は不当な基地には反対のスタンスをとっています。心のこもらない机上で捏ね上げた文書や、行動の伴わない声明文などたいした意味をもたないと感じられてなりません。
《今頃、普天間を取り上げる中央のメディア》
「アメとムチ」に翻弄され、莫大な振興事業も本土企業に吸い上げられるだけで、基地絡みの補助金や交付金は何ら経済発展に結び付きません。沖縄の人々の誰一人として基地を容認するものはおりません。私たちは沖縄の信徒も県民も、日本人(敢えて沖縄県民以外のヤマトンチューを指す)が、沖縄をどのように考え、取り扱ってきたか、正しい歴史認識を見極めた上で沖縄問題に取り組んでもらいたいと主張しています。
最近、普天間飛行場問題が政治の場だけでなく、社会問題としても注目を集めているが、これに対して日本人は皮相的な同情論や現実離れした意見を述べ、連帯などと申して、ほんの一部の人々が来県し、発言しているのを見受けますが、日常の生活では「沖縄の問題」として胡坐をかいているだけと感じられてなりません。沖縄で基地を囲み米軍に声を張り上げてご満悦してどれほどの意味、効果があるのか、これで沖縄の痛みに連帯したなどと自己満足に陥っているのではないかと疑わざるを得ません。それよりも永田町で日本人に向かって、政治家と民衆に沖縄問題を問いかけるべきです。
「安全保障」、「外交政策」、「日米同盟」、「国益優先」などを理由に、日本政府と国民は沖縄だけに基地の固定化を図ってはばかりません。戦後の経済発展と平和維持を甘受している日本。そのために沖縄だけに基地問題を押し付け、「配分正義」などどこの県も真剣に取り上げてはくれません。安保を堅持しようという全国の知事たちにして、基地を受け入れない。日米安保の前提が崩れています。他の県が受け入れないから沖縄が受け入れる以外にないと、一種の差別を平気で固辞しています。日本政府は政権が変わろうと、琉球処分以降、東京政府がもってきた体質が根底に流れていると沖縄県民は感じています。
《千の談話・声明文より行動を!》
基地反対とか平和アピールとか、声明文など机上で捏ねた作文を発するより、沖縄がやっている民衆による大集会を、その万分の一の規模でもいい、東京で行ってください。日本国民の関心がどの程度のものか、誰も読まないような作文より目に見える行動、汗を流す皆さんの行動からのうねりこそ、沖縄と連帯、人々に基地の問題を意識させるものだと思います。「平和」の反対は「戦争」ではない。平和と戦争に関して、「無関心」であること。愛の反対が憎しみではなく無関心だ、とのマザーテレサの言葉と同じです。
沖縄の目線で普天間報道を行わない日本本土のメディアにも日本人の無関心はあらわれている。それは、今年のJCJ賞に沖縄の二地方紙「沖縄タイムス」と「琉球新報」が選ばれたことでも表れています。受賞の選考理由として全国紙が米国一辺倒の報道に終始する中で、「沖縄県民の怒り、悲しみを伝えるとともに、日米同盟の種々の問題を掘り起こした」ことを指摘しています。
《カトリック正義と平和委員会に提案と要望》
基地反対を呼び掛け、沖縄に連帯して不正義に基づく沖縄の基地に真剣に取り組む姿勢があるなら、沖縄に来て「座り込み」や基地を取り巻く「人間の鎖」などに参加するよりも、東京で大集会を開いてください。三万人集会を東京で、政府のお膝元でやってください。首都圏の日本人の沖縄に対する無関心さを呼び覚ますために。三万人集会でも、基地反対に対する沖縄県民の声と毎回開かれる県民、市民集会に比べればその千分の一すらなりません。
沖縄に本気で連帯する気持ちがあるのなら、沖縄ではなく政府のお膝元で大集会を開く行動をとるべきです。国益の名のもとに、沖縄だけに犠牲を強いているのを平気で見過ごし無関心でいる日本人に日本のど真ん中で大衆のうねりを見せてください。
皆さまの誠実な連帯に期待しています。
カトリック那覇教区
司教 ベラルド・押川壽夫
(正義と平和全国大会開会ミサ説教で谷司教が朗読)
うれしいメールをいただきました。
臨海部についての第二回目の懇談会の講師をしてくださった伊藤和良産業政策部長から、メールをいただきました。今回の懇談会の内容に関する私のコメントについて、大変、心のこもったメールをいただきました。発題された資料を作成していただいたということですので、この点もみなさんにお知らせします。希望者は連絡ください。
(http://anti-kyosei.blogspot.com/2010/10/blog-post_30.html)
私はますます対話の重要性と、しっかりとものを考え発言していく市民の責任を痛感しています。臨海部に関する学習会を続けるとともに、川崎にある市民運動の横のつながり、活性化についても考えていきたいと思います。これこそが川崎をよくしていく最も重要なものであると確信するからです。いろんな意見、立場の違いがあるでしょうが、違いではなく、共通点を探りながら、大きな市民のうねりを作り上げたいものです。
崔 勝久
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
崔 勝久 さま
おはようございます。ブログも拝見しました。
(中略)
資料は本日、コピーしてお渡しできるようにします。これなかった他の人にもお配りできるよう、少し多めにコピーしておきます。準備ができましたら、メールしますので、なにとぞ、よろしくお願いします。
川崎市経済労働局産業政策部長 伊藤和良
(http://anti-kyosei.blogspot.com/2010/10/blog-post_30.html)
私はますます対話の重要性と、しっかりとものを考え発言していく市民の責任を痛感しています。臨海部に関する学習会を続けるとともに、川崎にある市民運動の横のつながり、活性化についても考えていきたいと思います。これこそが川崎をよくしていく最も重要なものであると確信するからです。いろんな意見、立場の違いがあるでしょうが、違いではなく、共通点を探りながら、大きな市民のうねりを作り上げたいものです。
崔 勝久
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崔 勝久 さま
おはようございます。ブログも拝見しました。
(中略)
資料は本日、コピーしてお渡しできるようにします。これなかった他の人にもお配りできるよう、少し多めにコピーしておきます。準備ができましたら、メールしますので、なにとぞ、よろしくお願いします。
川崎市経済労働局産業政策部長 伊藤和良
2010年10月30日土曜日
臨海部についての市民懇談会の報告、行政の現場から
みなさんへ
今日は朝から大雨で台風の影響があり、JRの運行に支障があったようです。それにも拘わらず10名を超える人が集まりました。今回の講師は、川崎市経済局産業政策部長の伊藤和良さんでした。
「工都100年を支えた基礎技術と先端技術の将来展望」「自治体の使命は高い理念に基づき、地域で汗をかき続けること」「川崎市におけるオープンイノベーション 産学官連携・知財戦略の紹介」という伊藤さんの準備されたレジュメに記された内容からも、彼が何を言いたいのかわかります。
55歳になられるという伊藤さんは、市の第一号の「遊学生」としてスウェ―デンに行き、それ以来15年に渡り、毎年5月に訪れ行政マンとして街の変化を見守っているとのことでした。川崎の工業都市としての伝統を活かし、生き残りに苦しむ中小企業に役立つようにできることは何でもやるという熱血漢で、毎週金曜日の早朝にもつ学習会は800回にもなるとのこと、中小企業に寄り添っていきたいという言葉が印象的でした。スライドを使った90分の講演はよく準備されていて、流れるようなスピーチでした。
川崎の「光と影」ということで、臨海部を夜観光する企画を立ち上げたり、公害の街を「環境の街」に変え、素材産業から研究開発の都市へ、知財戦略を重視する川崎市きっての理論家であり先頭に立つ市の行政マンであるとお見受けしました。川崎のDNAは工業であり、市の役割はコーディネートととらえ、大企業と中小企業、大学間の連携を深め新たなビジネスを作り出すという思いもよくわかりました。
今回は伊藤さんの産業政策部長としてやってこられたことを中心にした講演だったのですが、私は、彼の誠意・熱意は理解できても、それでは川崎市の将来を見越した政策はどうなのか、何を川崎市の問題としてとらえているのかという点では、今一、残りの90分では十分な話を聞けませんでした。
スウェ―デンの市民の実態を見てこられた伊藤さんにとって、川崎市の「タウンミーティング」のように、行政主導で行政は市民の声は聴いても(学者の意見を取り入れ)、何もしようとはしないという意見がありましたが、何よりもこのような市民の参加の器を上から作るだけで、市民と一緒に課題を担い対話から具体策を練るという姿勢をもたない、民主的ではない行政のあり方から街づくりは可能なのかという、最も根本的なところをどう思っているのか、実はこの点がよくわかりませんでした。
臨海部の将来に関しては私企業のことでありよくわからないという説明でしたが、臨海部は川崎市全体の2割、その6割をJFE(元日本鋼管)が占めていて、これまでの工業化の中心であった石油や鉄鋼の素材産業が間違いなく変わらざるを得ない(研究開発や新製品の開発など付加価値の高い脱工業化産業に向かうということがはっきりとして来ている)というときに、何も考えていないというのは私にとっては信じられないことです。
鉄鋼や石油の他に危険な薬品を使うような工場を集中させ、人も住めない工場地帯として残したまま、時代の流れに沿って目の前の対応策を練るのか、川崎の歴史と文化・伝統(ものづくりを含めて)に合ったまったく新しい街づくりをするのか、私は今が100年の工業化の道を歩んできた川崎の転換点だと思います。それは「その時になって」からではもう遅いのです。今から、企業・市民・行政がしっかりと話し合いを進める準備に入るべきでしょう。
経済政策は経済の分野で完結するのでなく、自治のあり方、地域のネットワークつくりなど総合的な街づくりのなかで考えられるべきものです。二次会での席で、国際都市川崎を目指すのであれば、外国籍職員の昇進を禁ずるような政策から変えるべきですねと、スウェ―デンの実情に詳しい伊藤さんに振ったところ、さあ、よくわかりませんという、「行政マン」の顔で話されました。
中小企業に拠り沿うというのは、経済政策で終わらず、商店街を含めての総合的な街づくりであるべきだという意見がフロアーから出されました。川崎の法人税の3割は臨海部の企業からのものらしいのですが、臨海部を工場地帯にして他から切り離し、ネガティ―ブな問題はそこで集中させるということは逆に大震災のときにはとてつもない被害をもたらします。川崎を研究開発の都市にして世界に類のない新たな都市を作るというのは、もっと大きな構想であるべきです。
素材産業から研究開発都市にすることによって「持続する都市」を作るというのであれば、そこでは住宅環境、文化など住民がQOLを享受するような空間であるべきで、臭いや危険な薬品があっても構わないことを前提にした臨海部をそのまま残すという発想が間違っていると、私は思います。もっと大胆な構想を、何よりも市民と一緒に考えて行くという、恐らく伊藤さんがスウェ―デンで一番実感されたことを一緒に始めたいものです。
読者で伊藤さんの講演内容(スライド)を資料としていただけることになっています。希望者はメールで申し込んで下さい。今日の懇談会の内容は追ってみなさんにご報告いたします。伊藤さん、ありがとうございました。行政の現場からの貴重なご意見をうかがうことができました。今回は坂本市議の御尽力で議員会館の会議室を予約していただき、懇談会にも参加いただきました。感謝いたします。
次回についてのみなさんのご意見はいかがでしょうか。
今日は朝から大雨で台風の影響があり、JRの運行に支障があったようです。それにも拘わらず10名を超える人が集まりました。今回の講師は、川崎市経済局産業政策部長の伊藤和良さんでした。
「工都100年を支えた基礎技術と先端技術の将来展望」「自治体の使命は高い理念に基づき、地域で汗をかき続けること」「川崎市におけるオープンイノベーション 産学官連携・知財戦略の紹介」という伊藤さんの準備されたレジュメに記された内容からも、彼が何を言いたいのかわかります。
55歳になられるという伊藤さんは、市の第一号の「遊学生」としてスウェ―デンに行き、それ以来15年に渡り、毎年5月に訪れ行政マンとして街の変化を見守っているとのことでした。川崎の工業都市としての伝統を活かし、生き残りに苦しむ中小企業に役立つようにできることは何でもやるという熱血漢で、毎週金曜日の早朝にもつ学習会は800回にもなるとのこと、中小企業に寄り添っていきたいという言葉が印象的でした。スライドを使った90分の講演はよく準備されていて、流れるようなスピーチでした。
川崎の「光と影」ということで、臨海部を夜観光する企画を立ち上げたり、公害の街を「環境の街」に変え、素材産業から研究開発の都市へ、知財戦略を重視する川崎市きっての理論家であり先頭に立つ市の行政マンであるとお見受けしました。川崎のDNAは工業であり、市の役割はコーディネートととらえ、大企業と中小企業、大学間の連携を深め新たなビジネスを作り出すという思いもよくわかりました。
今回は伊藤さんの産業政策部長としてやってこられたことを中心にした講演だったのですが、私は、彼の誠意・熱意は理解できても、それでは川崎市の将来を見越した政策はどうなのか、何を川崎市の問題としてとらえているのかという点では、今一、残りの90分では十分な話を聞けませんでした。
スウェ―デンの市民の実態を見てこられた伊藤さんにとって、川崎市の「タウンミーティング」のように、行政主導で行政は市民の声は聴いても(学者の意見を取り入れ)、何もしようとはしないという意見がありましたが、何よりもこのような市民の参加の器を上から作るだけで、市民と一緒に課題を担い対話から具体策を練るという姿勢をもたない、民主的ではない行政のあり方から街づくりは可能なのかという、最も根本的なところをどう思っているのか、実はこの点がよくわかりませんでした。
臨海部の将来に関しては私企業のことでありよくわからないという説明でしたが、臨海部は川崎市全体の2割、その6割をJFE(元日本鋼管)が占めていて、これまでの工業化の中心であった石油や鉄鋼の素材産業が間違いなく変わらざるを得ない(研究開発や新製品の開発など付加価値の高い脱工業化産業に向かうということがはっきりとして来ている)というときに、何も考えていないというのは私にとっては信じられないことです。
鉄鋼や石油の他に危険な薬品を使うような工場を集中させ、人も住めない工場地帯として残したまま、時代の流れに沿って目の前の対応策を練るのか、川崎の歴史と文化・伝統(ものづくりを含めて)に合ったまったく新しい街づくりをするのか、私は今が100年の工業化の道を歩んできた川崎の転換点だと思います。それは「その時になって」からではもう遅いのです。今から、企業・市民・行政がしっかりと話し合いを進める準備に入るべきでしょう。
経済政策は経済の分野で完結するのでなく、自治のあり方、地域のネットワークつくりなど総合的な街づくりのなかで考えられるべきものです。二次会での席で、国際都市川崎を目指すのであれば、外国籍職員の昇進を禁ずるような政策から変えるべきですねと、スウェ―デンの実情に詳しい伊藤さんに振ったところ、さあ、よくわかりませんという、「行政マン」の顔で話されました。
中小企業に拠り沿うというのは、経済政策で終わらず、商店街を含めての総合的な街づくりであるべきだという意見がフロアーから出されました。川崎の法人税の3割は臨海部の企業からのものらしいのですが、臨海部を工場地帯にして他から切り離し、ネガティ―ブな問題はそこで集中させるということは逆に大震災のときにはとてつもない被害をもたらします。川崎を研究開発の都市にして世界に類のない新たな都市を作るというのは、もっと大きな構想であるべきです。
素材産業から研究開発都市にすることによって「持続する都市」を作るというのであれば、そこでは住宅環境、文化など住民がQOLを享受するような空間であるべきで、臭いや危険な薬品があっても構わないことを前提にした臨海部をそのまま残すという発想が間違っていると、私は思います。もっと大胆な構想を、何よりも市民と一緒に考えて行くという、恐らく伊藤さんがスウェ―デンで一番実感されたことを一緒に始めたいものです。
読者で伊藤さんの講演内容(スライド)を資料としていただけることになっています。希望者はメールで申し込んで下さい。今日の懇談会の内容は追ってみなさんにご報告いたします。伊藤さん、ありがとうございました。行政の現場からの貴重なご意見をうかがうことができました。今回は坂本市議の御尽力で議員会館の会議室を予約していただき、懇談会にも参加いただきました。感謝いたします。
次回についてのみなさんのご意見はいかがでしょうか。
2010年10月29日金曜日
領土問題を考える、基本は民衆に目を向けることー伊藤明彦
伊藤明彦さんから領土というものをどのように考えるべきなのか、というさらに詳しいメールが送られてきました。おっしゃっている基本は明確ですが、意見は分かれると思います。みなさんの御意見はいかがでしょうか。
崔 勝久
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
私の意見をブログに掲載してくださり、ありがとうございます。
私が「竹島は韓国領」「尖閣諸島は日本領」と判断していることについて、問題提起されていると思いますので、少し触れさせていただきますが、私は「尖閣諸島は琉球領」だと考えています。そして「琉球」が「沖縄」として現在「日本領」ならば、「尖閣諸島は日本領」と判断しているということで、今後「琉球」が独立するならば「尖閣諸島は日本領ではない」ということになります。
しかし私が述べたいことは、国家の判断や専門家の判断、各個人の判断など、立場によってそれぞれの判断があるけれど、私伊藤明彦は「尖閣諸島はどこ国の領土?」と聞かれれば「日本領」と答えるけれど、「民衆へ目を向けなければいけない」ということです。
日本が台湾を「支配」した時代は、日本国家からすれば「台湾は日本領」です。すると台湾から見れば、尖閣諸島は「国内」ということになります。たとえばまったくの空想ですが、当時の台湾漁民は、国内の尖閣諸島で問題なく漁ができたのかもしれません。それがいつまでできたのか。アメリカの沖縄占領時代はどうだったのか。もしそのころも漁ができたなら、沖縄が日本に返還されたとき死活問題になった台湾漁民がいたということになります。そういう想像もできるわけで、もしそうなら、台湾が1970年代に領有権を主張し出したことも理解できます。上記の例は、まったくの私の想像ですが、そういう民衆の立場で考えることが大切なのではないかと思います。
現在の中国に対しても、民衆の立場に目を向ければ、日本企業によって「安い人件費」で働かされている・・・。日本経済はそのような民衆からの「搾取」の上に成り立っている・・・、。そういうことを考えると、日本国内においても同様のことが行われていることに気が付きます。
私たちが民衆に目を向けず、国家と同じような立場で語るなら、ただ危機を煽る目的に用いられているマスコミに同調することになり、「軍備は必要」という世論作りの一因になってしまい、「軍備で儲ける」ことが目的の権力者の思う壺になってしまうと思っています。
伊藤明彦
崔 勝久
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
私の意見をブログに掲載してくださり、ありがとうございます。
私が「竹島は韓国領」「尖閣諸島は日本領」と判断していることについて、問題提起されていると思いますので、少し触れさせていただきますが、私は「尖閣諸島は琉球領」だと考えています。そして「琉球」が「沖縄」として現在「日本領」ならば、「尖閣諸島は日本領」と判断しているということで、今後「琉球」が独立するならば「尖閣諸島は日本領ではない」ということになります。
しかし私が述べたいことは、国家の判断や専門家の判断、各個人の判断など、立場によってそれぞれの判断があるけれど、私伊藤明彦は「尖閣諸島はどこ国の領土?」と聞かれれば「日本領」と答えるけれど、「民衆へ目を向けなければいけない」ということです。
日本が台湾を「支配」した時代は、日本国家からすれば「台湾は日本領」です。すると台湾から見れば、尖閣諸島は「国内」ということになります。たとえばまったくの空想ですが、当時の台湾漁民は、国内の尖閣諸島で問題なく漁ができたのかもしれません。それがいつまでできたのか。アメリカの沖縄占領時代はどうだったのか。もしそのころも漁ができたなら、沖縄が日本に返還されたとき死活問題になった台湾漁民がいたということになります。そういう想像もできるわけで、もしそうなら、台湾が1970年代に領有権を主張し出したことも理解できます。上記の例は、まったくの私の想像ですが、そういう民衆の立場で考えることが大切なのではないかと思います。
現在の中国に対しても、民衆の立場に目を向ければ、日本企業によって「安い人件費」で働かされている・・・。日本経済はそのような民衆からの「搾取」の上に成り立っている・・・、。そういうことを考えると、日本国内においても同様のことが行われていることに気が付きます。
私たちが民衆に目を向けず、国家と同じような立場で語るなら、ただ危機を煽る目的に用いられているマスコミに同調することになり、「軍備は必要」という世論作りの一因になってしまい、「軍備で儲ける」ことが目的の権力者の思う壺になってしまうと思っています。
伊藤明彦
2010年10月27日水曜日
ブログ読者からの御意見
ブログ読者からの反応
5人の読者からの御意見がありました。
尖閣諸島をめぐる中国と日本の在り方については
さらに討議をする必要があります。
この「出来事」の間に中国に滞在された人は、
中国ではまったく「騒ぎ」がなかったという
ことでした。これはこれで問題にされるべきですが、
いずれにしても日本での「から騒ぎ」は意図的に
報道されているという意見が多いようです。
伊藤明彦さんは「竹島は韓国」「尖閣諸島は日本」
の所有と断定的に書かれていらしゃいますが、その
ように日本政府やマスコミが断定的に言う根拠は
何か、中国・台湾の主張は根拠なく、ただ政治的に
言っているだけなのか、慎重に、冷静に、客観的に
知る必要があると思います。
この分野での読者のさらなるご意見を求めます。
崔 勝久
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
納税者の一般的感覚ー滝澤貢
たぶん「納税者の一般的感覚」なのでしょう。
恐らく日本で一番成功している企業であれば
その納税額も相当なものでしょうから
「納税したもの」として、相当の見返りを
「受税したもの」としての国家に要求しているのでしょう。
特段の「歴史観」があってその歴史観からの物言いではない
と確信します。
そんな「歴史観」があったとしたら、それはそれでたいした
ものでしょうが・・・。
ただ、当然ながらグローバル経済活動は
国家戦略と結びつきますから
強大な軍事力を背景に傍若無人な経済活動が出来るのです。
でなければ一私企業が傭兵を雇うことによって初めて
それが可能になります。
だから、米国では、いわゆる「セキュリティ会社」が
実は海外派遣の「傭兵」会社だったりするのでしょう。
そもそも、「多文化共生」などをまともに考えるグローバル
企業などあり得ません。
他国で展開するのは、その必然があるからで
それが「安価な労働力」であったり「巨大市場」であったり
するだけでしょう。
現地で起こる軋轢については、
本国の軍事力か、あるいは自社の経済力による傭兵によって
解決するかの選択肢があるだけだと思います。
特に、私企業が一人の人間の意志どおりには動かなくなる
コーポレーション(co-operation)であればなおさらです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
尖閣諸島での中国漁船逮捕と沖縄ーN古賀
企業は、本拠地の国の国籍があり、その国の後ろ盾を求める
でしょう。これはけっして変わることはないでしょう。
やはり、尖閣列島での漁船逮捕は、沖縄の市議会議員占拠
の公示期間中に行われました。9月7日です。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
尖閣諸島問題と世界の今後を思うー塚本昭二郎
この度、崔さんが尖閣諸島問題で、ユニクロ柳井社長の発言新聞記事を読み、企業活動と国家の関わりに就いて、皆さんはどう思われますかと、問題提起されました。私はその記事を見ていないので、コメントできませんが、この問題と世界の今後の在り様進展について、私見を述べたいと思います。
私は1927年生まれ83才です、4才で満州事変10才で日支事変14才で大東亜戦争18才敗戦で終戦です。もの心つく頃から多感な青年期まで、14年の長い間勇ましいスローガンが躍る戦争一色でした。その戦禍の体験から、悲惨な戦争の実態を知らない若い政治家を中心に、党派を超え「領土を守ることは政治家最大の責務」と声高に叫び、尖閣諸島に自衛隊をと、武力衝突も辞さない主張は、偏狭な愛国心を煽動し、戦争体験世代として我慢ならない思いです。
その上で、やれ弱腰・軟弱外交だ・圧力に屈して国益を害するなどなど、嵐の非難を浴びながら、仙石官房長官が指揮した政府の対応は、見事と賞賛するものです。それは官房長官が例に引いたポーツマス条約での小村寿太郎と国際連盟脱退の松岡洋介の両大使が帰国時に受けた焼き討ちと歓呼の比較は、時間軸でどちらが国民の生命を守ったか、適切でわかり易い事例と思いました。私はこの度の事は勿論、あらゆる国際紛争は当事者国で話し合って解決すべきと確信致します。10年20年でも、外交の知恵と総力で交渉を決裂させず継続している限り、戦争にはならないからです。
さてグローバル化した世界はこれからも益々進化発展すると私は思います。大気も水も石油も地球資源の限界が近付いている事を人類が気づいて来たからです。それがCO2大気汚染問題や、生物多様性が国際議題と成っているのだと思います。今日、本屋さんを覗いたら「地球文明の危機」表題の本が積まれていました、著者稲盛和夫氏です。
地球は人類に垣根を低くし、国境が消えることを求めているのでは無いでしょうか、尖閣諸島はじめ、世界各地の紛争地も、領地領海の確かなことは総て地球のものなのです。
時間がかかっても、人類は必ず単一民族・狭い国家観を超える多様性で統合し、グローバルなアイデンテーが構成する、人類の議会「世界連邦政府」の誕生を確信するのです。
みんな一緒に歌おう/異なる声で/そして一つの心で
スペイン国家
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
住みたい人が、住みたい場所で、住みやすい国ー伊藤明彦
いつも情報をくださりありがとうございます。
私もこの間、「尖閣諸島騒ぎ」からいろいろなことを考えています。
私は、世界の国家の権力者は、「軍備で儲ける」という目的で一致していると判断しています。少なくてもアメリカ・日本・北朝鮮・韓国、そして中国・・・。ですから今回の「尖閣諸島騒ぎ」も、もはや自作自演だと感じています。「意図的に中国脅威論を煽っている」ということはその通りであり、特に日本では、日本に沖縄に、そして辺野古沖に「米軍基地は必要」という世論作りが第1の目的だと思っています。
私は、「竹島は韓国領」と判断していますが、「尖閣諸島は日本領」と判断しています。
しかし、過去にそして現在も日本が中国および台湾にしてきたことがあります。これに対する中国・台湾の民衆の思いは理解し、解決していかなければいけないと思っています。日本国家が尖閣諸島領有を宣言したのは、日清戦争中です。まもなく日本が台湾を支配します。そして、「尖閣諸島騒ぎ」が起こった9月は「満州事変」の月・・・。
戦後は、「安い人件費」ということで、中国などの民衆の貧困の上に経済成長をさせた日本。ユニクロもその一つで、それに気がつき労働運動を始め人件費が高くなってきた中国から、まだ「安い人件費」ですむ国への転換を考えているのでしょう。ガーナではチョコレートを食べたことがない子どもたちが、学校に行かずにカカオ農園で働いているそうです。そして私たちはチョコレートをたべている・・・。フィリピンのバナナも・・・。例をあげたらきりがなく、日本の「経済的植民地」にされている国は数多いのです。そして「搾取」により成長した日本経済は、もろい経済になってしまいました。
中国の富裕層は、少子化で定員が埋まらない日本の大学に子どもを進学させ、日本の企業は中国人留学生を採用しています。また中国で土地を取得しても70年で国に帰さなくてはいけないので、軽井沢の別荘地などを購入し土地を永遠取得する中国人が増えています。それはそれでいいことだと思いますが、日本と中国との関係が、民衆同士の思いが、過去・現在のままなら、中国国家に利用される可能性はあると思います。
そこで、改めて「日本人の誇り」「日本人のプライド」を考えると、それは「ない」のです。「ない」から「万世一系」なんてものを持ち出すのです。憲法9条がそれになればよかったのですが、今は「ない」が正解だと思います。住みたい人が住みたい場所で、住みやすければ、いいと思います。私は今住んでいる町が好きです。愛国心も愛県心も愛市心もありませんが、愛区心と愛町心はあります。そうなると住民登録だけで充分で、国籍・本籍は関係ないと思います。住民主権です。「住みたい人が、住みたい場所で、住みやすい国」、それならそれで誇りがもてます。
失礼しました。またよろしくお願いします。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
政治は政治としてーSS
ブログ、拝読いたしました。
ユニクロの件の話題も読みました。
政治と実際の経済活動は、
全く別の動きをしている事を
中国に行って感じました。
当社のような弱小企業にとっては、
国が何かしてくれるという感覚は
そもそもありませんので、
企業も体が大きくなると錯覚も生じるのでしょう。
当社が中国にいる4日間は尖閣諸島の問題が
とてもヒートアップしており、上海でデモがあるかも
しれないとの報道もあった時期でしたが、
中国国内でその話題を耳にしたり、
何か問題が起きたことは一切ありませんでした。
一方日本に帰ると加熱気味の報道でしたので、
これは、「国としての外交戦略と情報のコントロールが
どの程度できているか」の差であると思いました。
日本は、この辺は作為的に周到に対処するのには
限度があるのでしょう。マスコミの稚拙さもあるでしょう。
一方、中国は非常に対外向け情報と国内向け情報の
扱いは上手であるな。と思います。
中国も韓国も日本も、
それぞれ一つの問題があれば、
国益が最大限発揮されるようにそれを利用するのは
当たり前の話だと思うので、
建前としての正義とか正解については、
我々民間人があまり気にしていると、
本質がどこにあるか分からなくなるな~と
今回の中国訪問で特に思いました。
(尖閣の問題だって、知っている情報の内容によって
答えが違うのに、情報が正しいかどうか誰が分かる
のでしょう。)
当社は、政治は政治として置いておいて、
中国と取引ができれば良いなと思ってます。
5人の読者からの御意見がありました。
尖閣諸島をめぐる中国と日本の在り方については
さらに討議をする必要があります。
この「出来事」の間に中国に滞在された人は、
中国ではまったく「騒ぎ」がなかったという
ことでした。これはこれで問題にされるべきですが、
いずれにしても日本での「から騒ぎ」は意図的に
報道されているという意見が多いようです。
伊藤明彦さんは「竹島は韓国」「尖閣諸島は日本」
の所有と断定的に書かれていらしゃいますが、その
ように日本政府やマスコミが断定的に言う根拠は
何か、中国・台湾の主張は根拠なく、ただ政治的に
言っているだけなのか、慎重に、冷静に、客観的に
知る必要があると思います。
この分野での読者のさらなるご意見を求めます。
崔 勝久
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
納税者の一般的感覚ー滝澤貢
たぶん「納税者の一般的感覚」なのでしょう。
恐らく日本で一番成功している企業であれば
その納税額も相当なものでしょうから
「納税したもの」として、相当の見返りを
「受税したもの」としての国家に要求しているのでしょう。
特段の「歴史観」があってその歴史観からの物言いではない
と確信します。
そんな「歴史観」があったとしたら、それはそれでたいした
ものでしょうが・・・。
ただ、当然ながらグローバル経済活動は
国家戦略と結びつきますから
強大な軍事力を背景に傍若無人な経済活動が出来るのです。
でなければ一私企業が傭兵を雇うことによって初めて
それが可能になります。
だから、米国では、いわゆる「セキュリティ会社」が
実は海外派遣の「傭兵」会社だったりするのでしょう。
そもそも、「多文化共生」などをまともに考えるグローバル
企業などあり得ません。
他国で展開するのは、その必然があるからで
それが「安価な労働力」であったり「巨大市場」であったり
するだけでしょう。
現地で起こる軋轢については、
本国の軍事力か、あるいは自社の経済力による傭兵によって
解決するかの選択肢があるだけだと思います。
特に、私企業が一人の人間の意志どおりには動かなくなる
コーポレーション(co-operation)であればなおさらです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
尖閣諸島での中国漁船逮捕と沖縄ーN古賀
企業は、本拠地の国の国籍があり、その国の後ろ盾を求める
でしょう。これはけっして変わることはないでしょう。
やはり、尖閣列島での漁船逮捕は、沖縄の市議会議員占拠
の公示期間中に行われました。9月7日です。
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尖閣諸島問題と世界の今後を思うー塚本昭二郎
この度、崔さんが尖閣諸島問題で、ユニクロ柳井社長の発言新聞記事を読み、企業活動と国家の関わりに就いて、皆さんはどう思われますかと、問題提起されました。私はその記事を見ていないので、コメントできませんが、この問題と世界の今後の在り様進展について、私見を述べたいと思います。
私は1927年生まれ83才です、4才で満州事変10才で日支事変14才で大東亜戦争18才敗戦で終戦です。もの心つく頃から多感な青年期まで、14年の長い間勇ましいスローガンが躍る戦争一色でした。その戦禍の体験から、悲惨な戦争の実態を知らない若い政治家を中心に、党派を超え「領土を守ることは政治家最大の責務」と声高に叫び、尖閣諸島に自衛隊をと、武力衝突も辞さない主張は、偏狭な愛国心を煽動し、戦争体験世代として我慢ならない思いです。
その上で、やれ弱腰・軟弱外交だ・圧力に屈して国益を害するなどなど、嵐の非難を浴びながら、仙石官房長官が指揮した政府の対応は、見事と賞賛するものです。それは官房長官が例に引いたポーツマス条約での小村寿太郎と国際連盟脱退の松岡洋介の両大使が帰国時に受けた焼き討ちと歓呼の比較は、時間軸でどちらが国民の生命を守ったか、適切でわかり易い事例と思いました。私はこの度の事は勿論、あらゆる国際紛争は当事者国で話し合って解決すべきと確信致します。10年20年でも、外交の知恵と総力で交渉を決裂させず継続している限り、戦争にはならないからです。
さてグローバル化した世界はこれからも益々進化発展すると私は思います。大気も水も石油も地球資源の限界が近付いている事を人類が気づいて来たからです。それがCO2大気汚染問題や、生物多様性が国際議題と成っているのだと思います。今日、本屋さんを覗いたら「地球文明の危機」表題の本が積まれていました、著者稲盛和夫氏です。
地球は人類に垣根を低くし、国境が消えることを求めているのでは無いでしょうか、尖閣諸島はじめ、世界各地の紛争地も、領地領海の確かなことは総て地球のものなのです。
時間がかかっても、人類は必ず単一民族・狭い国家観を超える多様性で統合し、グローバルなアイデンテーが構成する、人類の議会「世界連邦政府」の誕生を確信するのです。
みんな一緒に歌おう/異なる声で/そして一つの心で
スペイン国家
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
住みたい人が、住みたい場所で、住みやすい国ー伊藤明彦
いつも情報をくださりありがとうございます。
私もこの間、「尖閣諸島騒ぎ」からいろいろなことを考えています。
私は、世界の国家の権力者は、「軍備で儲ける」という目的で一致していると判断しています。少なくてもアメリカ・日本・北朝鮮・韓国、そして中国・・・。ですから今回の「尖閣諸島騒ぎ」も、もはや自作自演だと感じています。「意図的に中国脅威論を煽っている」ということはその通りであり、特に日本では、日本に沖縄に、そして辺野古沖に「米軍基地は必要」という世論作りが第1の目的だと思っています。
私は、「竹島は韓国領」と判断していますが、「尖閣諸島は日本領」と判断しています。
しかし、過去にそして現在も日本が中国および台湾にしてきたことがあります。これに対する中国・台湾の民衆の思いは理解し、解決していかなければいけないと思っています。日本国家が尖閣諸島領有を宣言したのは、日清戦争中です。まもなく日本が台湾を支配します。そして、「尖閣諸島騒ぎ」が起こった9月は「満州事変」の月・・・。
戦後は、「安い人件費」ということで、中国などの民衆の貧困の上に経済成長をさせた日本。ユニクロもその一つで、それに気がつき労働運動を始め人件費が高くなってきた中国から、まだ「安い人件費」ですむ国への転換を考えているのでしょう。ガーナではチョコレートを食べたことがない子どもたちが、学校に行かずにカカオ農園で働いているそうです。そして私たちはチョコレートをたべている・・・。フィリピンのバナナも・・・。例をあげたらきりがなく、日本の「経済的植民地」にされている国は数多いのです。そして「搾取」により成長した日本経済は、もろい経済になってしまいました。
中国の富裕層は、少子化で定員が埋まらない日本の大学に子どもを進学させ、日本の企業は中国人留学生を採用しています。また中国で土地を取得しても70年で国に帰さなくてはいけないので、軽井沢の別荘地などを購入し土地を永遠取得する中国人が増えています。それはそれでいいことだと思いますが、日本と中国との関係が、民衆同士の思いが、過去・現在のままなら、中国国家に利用される可能性はあると思います。
そこで、改めて「日本人の誇り」「日本人のプライド」を考えると、それは「ない」のです。「ない」から「万世一系」なんてものを持ち出すのです。憲法9条がそれになればよかったのですが、今は「ない」が正解だと思います。住みたい人が住みたい場所で、住みやすければ、いいと思います。私は今住んでいる町が好きです。愛国心も愛県心も愛市心もありませんが、愛区心と愛町心はあります。そうなると住民登録だけで充分で、国籍・本籍は関係ないと思います。住民主権です。「住みたい人が、住みたい場所で、住みやすい国」、それならそれで誇りがもてます。
失礼しました。またよろしくお願いします。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
政治は政治としてーSS
ブログ、拝読いたしました。
ユニクロの件の話題も読みました。
政治と実際の経済活動は、
全く別の動きをしている事を
中国に行って感じました。
当社のような弱小企業にとっては、
国が何かしてくれるという感覚は
そもそもありませんので、
企業も体が大きくなると錯覚も生じるのでしょう。
当社が中国にいる4日間は尖閣諸島の問題が
とてもヒートアップしており、上海でデモがあるかも
しれないとの報道もあった時期でしたが、
中国国内でその話題を耳にしたり、
何か問題が起きたことは一切ありませんでした。
一方日本に帰ると加熱気味の報道でしたので、
これは、「国としての外交戦略と情報のコントロールが
どの程度できているか」の差であると思いました。
日本は、この辺は作為的に周到に対処するのには
限度があるのでしょう。マスコミの稚拙さもあるでしょう。
一方、中国は非常に対外向け情報と国内向け情報の
扱いは上手であるな。と思います。
中国も韓国も日本も、
それぞれ一つの問題があれば、
国益が最大限発揮されるようにそれを利用するのは
当たり前の話だと思うので、
建前としての正義とか正解については、
我々民間人があまり気にしていると、
本質がどこにあるか分からなくなるな~と
今回の中国訪問で特に思いました。
(尖閣の問題だって、知っている情報の内容によって
答えが違うのに、情報が正しいかどうか誰が分かる
のでしょう。)
当社は、政治は政治として置いておいて、
中国と取引ができれば良いなと思ってます。
2010年10月23日土曜日
ユニクロの会長発言、そうか、新自由主義って国民国家の強化と一体なんだ!
『季刊 ピープルズ・プラン』11月号に寄稿する原稿、ようやく脱稿しました。私には学問的な論文は書けず、民族差別についての想いを率直に書きました。前向きな形で論議されればと願っています。読者の率直なご意見を期待します。
10月23日の朝日の「be」で、ユニクロの会長兼社長の柳井正の「希望を持とう」というコーナーがあり、毎週持論を記しています。今回は、「偏狭な愛国心排すべき」というタイトルです。
「アジアは共存共栄をめざすしかない。すでに日中は互いに切っても切れない関係を築いている。その原点に立ち戻り、冷静に対処することが大切だと思う」と穏健で、さし障りのないことを書いています。しかし私があれっと思ったのは、今日の朝日新聞本体の経済欄で、ユニクロの主力商品の中国生産比率(現在8割)を2015年までに5割に引き下げると柳井会長が記者会見した際、16日の中国成都での反日デモでユニクロ店を一時閉鎖したことを明らかにし、日本政府の対応について以下のような発言をしていたことです。
「中国に進出した企業は自己責任でやってくださいというのはどうかと思う。ビジネスがやりやすいようにするのが国としての義務」ということでした。これを読み、中国に進出している多くの企業は恐らく、我が意を得たりと思ったでしょう。
私はこの記事を読み、そうか、国境を超えるという新自由主義は国家権力と結びつく、ネオリベのインターナショナリズムはナショナリズムの強化と表裏一体と言われていたことはこういうことだったのか、はっきりと実際のこととして理解できました。
しかし政治的に冷静な対応を訴える企業家の歴史観はどうなんでしょうか、尖閣諸島は日本「固有」のものということがマスコミで当然視されています。中国を専門とする横浜国大の村田教授のメールでは、「日本国内が大騒ぎしているのに驚いております。中国でも事件そのものは伝えられておりましたが、日本のような馬鹿騒ぎはしておりませんでしたので。この問題を利用して意図的に「中国脅威論」を煽っているとしか思えません。」と記されていました。
野党や民主の中でも管政権の弱腰を批判する声が相次ぎました。「粛々と国内法に基づいて処理をする」ということそのものが、尖閣諸島を日本「固有」のものであること宣言するという構図になっており、これは基本的には竹島(韓国、独島)問題と同じだと思います。日清戦争の前後、富国強兵政策で植民地主義による日本の侵略・拡張の過程で生じた問題です。この事実はまったくマスコミでは報道されず、ナショナリズムを扇動するばかりです。
ユニクロはもっとも成功している企業のひとつであり、世界に進出し、多くの外国籍社員を抱える「開かれた」企業とされています。しかしその会長が、いざとなると国がでて守ってくれと本音をだすのですから、多文化共生は植民地主義のイデオロギーとする私の主張をいみじくも証明してくれたように思いますが、みなさんのご意見はいかがでししょうか。
10月23日の朝日の「be」で、ユニクロの会長兼社長の柳井正の「希望を持とう」というコーナーがあり、毎週持論を記しています。今回は、「偏狭な愛国心排すべき」というタイトルです。
「アジアは共存共栄をめざすしかない。すでに日中は互いに切っても切れない関係を築いている。その原点に立ち戻り、冷静に対処することが大切だと思う」と穏健で、さし障りのないことを書いています。しかし私があれっと思ったのは、今日の朝日新聞本体の経済欄で、ユニクロの主力商品の中国生産比率(現在8割)を2015年までに5割に引き下げると柳井会長が記者会見した際、16日の中国成都での反日デモでユニクロ店を一時閉鎖したことを明らかにし、日本政府の対応について以下のような発言をしていたことです。
「中国に進出した企業は自己責任でやってくださいというのはどうかと思う。ビジネスがやりやすいようにするのが国としての義務」ということでした。これを読み、中国に進出している多くの企業は恐らく、我が意を得たりと思ったでしょう。
私はこの記事を読み、そうか、国境を超えるという新自由主義は国家権力と結びつく、ネオリベのインターナショナリズムはナショナリズムの強化と表裏一体と言われていたことはこういうことだったのか、はっきりと実際のこととして理解できました。
しかし政治的に冷静な対応を訴える企業家の歴史観はどうなんでしょうか、尖閣諸島は日本「固有」のものということがマスコミで当然視されています。中国を専門とする横浜国大の村田教授のメールでは、「日本国内が大騒ぎしているのに驚いております。中国でも事件そのものは伝えられておりましたが、日本のような馬鹿騒ぎはしておりませんでしたので。この問題を利用して意図的に「中国脅威論」を煽っているとしか思えません。」と記されていました。
野党や民主の中でも管政権の弱腰を批判する声が相次ぎました。「粛々と国内法に基づいて処理をする」ということそのものが、尖閣諸島を日本「固有」のものであること宣言するという構図になっており、これは基本的には竹島(韓国、独島)問題と同じだと思います。日清戦争の前後、富国強兵政策で植民地主義による日本の侵略・拡張の過程で生じた問題です。この事実はまったくマスコミでは報道されず、ナショナリズムを扇動するばかりです。
ユニクロはもっとも成功している企業のひとつであり、世界に進出し、多くの外国籍社員を抱える「開かれた」企業とされています。しかしその会長が、いざとなると国がでて守ってくれと本音をだすのですから、多文化共生は植民地主義のイデオロギーとする私の主張をいみじくも証明してくれたように思いますが、みなさんのご意見はいかがでししょうか。
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