私は妻の乳がん手術の経験から、近藤誠の本を読み、彼への信頼は高かったのですが、彼が乳房の全摘切除(ハルスレッド手術)から乳房温存療法を日本において実施しはじめ、信頼する同級生に2000以上の患者を紹介してきたのに、その同僚が巨大な診療報酬詐欺を働いていたため(著書の最後に言及)、彼の社会的信用も堕ちたと聞いていたので、新刊の『あなたの癌は、がんもどき』(梧桐書院)は待ち遠しかった本でした。
期待通り、著書の主張は明快で、かつ説得力があります。恐らく、癌に関してはこれが彼の最後の本になるような気がします。
癌の手術を受けたら誰でも、転移しないようにということで医師から薦められる薬は呑もうとするでしょう。しかし私は妻の手術後、彼の本から意味のない抗がん剤のリストの中に彼女が呑み続けている薬があることを知り、彼女に呑むことを止めるように話をしました。躊躇と恐怖からその話を医師に出せずにいた彼女が思いきって話をしたら、「ああ、止めてもいいですよ」ということでした。
私の知人にも、胃がんの手術の後の抗がん剤の使用をやめた方がいいと助言したことがあります。彼女はとても元気だったのですが検診で胃がんであることが判明し、すぐに手術を受け、その後抗がん剤を呑む中で、何カ月もいかずに亡くなりました。
近藤誠は、日本の製薬メーカーが海外での否定的な実験結果を無視し(承認を受け)販売していることに対して、データを分析しその偽りのからくりを暴きだし、何百億円のヒット商品の「息の根」を止めています。
近藤誠は、あらゆる集団検診、人間ドックなどは受けないようにと言います。そこで癌の兆候が発見されても、何もしなかった人と比べて死亡率に違いがないというのです。小さなポリープが発見されても、それが癌になり、転移すると言われていますが、それは仮説に過ぎないと断言します。
癌には転移をする(している)本物の癌と、転移をしない「がんもどき」があるというのです。後者が圧倒的に多いということは言うまでもありません。前者であれば、何をしてもだめ、後者であれば、そのまま何もしないで様子を見ることを薦めます。集団検診や人間ドックで癌患者は急速に増えているのですが、それによって死亡率が下がることもなく、検診などをしない群(グループ)とほぼ同じだというのです。
免疫を高めるなどという話の欺瞞性についても、癌とは何か、それがどのようなメカニズムで転移するのかという説明から始まり、むしろ細胞の抵抗力が重要とのことです。体にメスを入れることによって、転移しないはずの腹膜などがかえって手術によってそこから癌細胞が浸透していくということも、なるほどと納得です。
癌で人が死ぬのではありません。転移によって臓器の機能が低下して死ぬのです。近藤誠は、癌に怖がることはないと素人に語りかけながら、癌の専門家、現場の医師にも最後の挑戦状をたたきつけたと思いました。
私に癌が見つかったら、還暦を過ぎ未だに慶応大学医学部の講師である近藤誠に相談にのってもらおうと思っています。是非、一読を薦めます。
2010年12月17日金曜日
2010年12月16日木曜日
名古屋で実施される住民投票に外国人は参加できるのか?
この間私は何度も名古屋の河村市長の唱える住民自治は外国人を排除するものであることを指摘してきました(「名古屋の「地域委員会」でも、国籍条項」、「地域主権? 覚悟はあるのですか(石弘光氏 朝日新聞4月10日)」。
http://anti-kyosei.blogspot.com/2010/02/blog-post_12.html
http://anti-kyosei.blogspot.com/2010/04/blog-post_10.html
名古屋市の住民投票では現在のところ、外国人の参加を認めていません。新潟市においても同じです。川崎では認めています(川崎市の住民投票制度には問題がありますが)。このように政令都市内においても、あるいは地方自治体においても、住民投票に外国人を認めるかどうかでは違いがあります。
民主党が外国人の地方参政権を認めて法案を国会にだすと言いながら、結局は流れました。民主党内部や、自民党を含め、大きな反対があったからです。中国や北朝鮮との外交問題が表面化するや、一挙に参政権どころか、最終的に決定された、朝鮮学校への高校無償化も保留にされ、大阪や神奈川のようにこれまでの資金援助も見直す動きさえ出て来ました。
これに対して一般市民も愛国心を刺激されたのか、このような動きを歓迎しているようです。あんな過激な「在特会」に賛同する人は多くないと言ってきた学者も多かったですが、やっぱり彼らはフロントランナーの働きをしていたのです。
ネット上では、ウヨクが地方自治体は条例で実質的に外国人の政治参加を認めているという声を上げ始めています。日本の新サヨクは観念的で、植民地支配の清算を言いますが、実際に地域でどのようなことが起こっているのか、どのように外国人の政治参加の権利を排除しているのかということには全く無知であり、知ろうともしていません。
既成サヨクは党の勢力拡大に一生懸命で、地域ではこれまでの「連帯・友好」路線の継続で、せいぜい、総連(北朝鮮)だけでなく民団(韓国)にまで広げようとするくらいです。せめて今の「名古屋ブーム」にあって、住民投票に外国人が参加できないのはおかしいという声くらいあげられないものでしょうか? 私の知る限り、このような発言をしている人を私は知りませんが、この声が広がることを願うばかりです。みなさんの御協力を請います。
http://anti-kyosei.blogspot.com/2010/02/blog-post_12.html
http://anti-kyosei.blogspot.com/2010/04/blog-post_10.html
名古屋市の住民投票では現在のところ、外国人の参加を認めていません。新潟市においても同じです。川崎では認めています(川崎市の住民投票制度には問題がありますが)。このように政令都市内においても、あるいは地方自治体においても、住民投票に外国人を認めるかどうかでは違いがあります。
民主党が外国人の地方参政権を認めて法案を国会にだすと言いながら、結局は流れました。民主党内部や、自民党を含め、大きな反対があったからです。中国や北朝鮮との外交問題が表面化するや、一挙に参政権どころか、最終的に決定された、朝鮮学校への高校無償化も保留にされ、大阪や神奈川のようにこれまでの資金援助も見直す動きさえ出て来ました。
これに対して一般市民も愛国心を刺激されたのか、このような動きを歓迎しているようです。あんな過激な「在特会」に賛同する人は多くないと言ってきた学者も多かったですが、やっぱり彼らはフロントランナーの働きをしていたのです。
ネット上では、ウヨクが地方自治体は条例で実質的に外国人の政治参加を認めているという声を上げ始めています。日本の新サヨクは観念的で、植民地支配の清算を言いますが、実際に地域でどのようなことが起こっているのか、どのように外国人の政治参加の権利を排除しているのかということには全く無知であり、知ろうともしていません。
既成サヨクは党の勢力拡大に一生懸命で、地域ではこれまでの「連帯・友好」路線の継続で、せいぜい、総連(北朝鮮)だけでなく民団(韓国)にまで広げようとするくらいです。せめて今の「名古屋ブーム」にあって、住民投票に外国人が参加できないのはおかしいという声くらいあげられないものでしょうか? 私の知る限り、このような発言をしている人を私は知りませんが、この声が広がることを願うばかりです。みなさんの御協力を請います。
2010年12月14日火曜日
自由主義経済学を根底的に批判する本を読んで
『世界経済を破綻させる23の嘘』(徳間書店、原題は「23 things they do not tell you about capitalism」2010, by Ha-Joon Chang)をお薦めします。この30年間、世界を席巻してきた新自由主義政策を支えてきた自由主義経済学の価値観、問題点を徹底的に、しかも脚注をつけることなく優しく説明したいい本です。表紙にはマーティン・ウルフ、チョムスキーやスティグリッドからの賛辞があります。世界的にも注目されている新鋭の学者のようです(参照、http://www.youtube.com/watch?v=whVftuVbus )。
日本語タイトルは何か、やすっぽい感じがしますが、中身は濃く、経済学の学者としての見識と社会をよくする意欲をもつ著者の、人間としての質の高さを感じますし、実際、この本から多くのことを学びました。
最初のページには「本書の七つの読み方」として、読者の問題意識に応じた読み方を記しています(私は、それは不要だと思うのですが)。そして「経済の「常識」を疑ってみよう」という「はじめに」に続いて、23個の「常識」として、例えば、「市場は自由でなければいけない」、「インターネットは世界を根本的に変えた」、「富者をさらに富ませれば他の者たちも潤う」、「教育こそ繁栄の鍵だ」などということに対して、それは真実ではないと、具体的な例証を挙げながら反論します。そして最後に「世界経済はどう再建すればいいのか」として8個の原則を明示します。
今年の5月のブログで「『経済学は人間を幸せにできるのか』の斎藤貴男は大丈夫か?」(http://anti-kyosei.blogspot.com/2010/05/blog-post_20.html)と書きましたが、この著者は、自由主義経済の影響で一般の人が常識として受け入れている価値観を、歴史的に根底的に反論、批判し、政府による政策の重要性とその原則を明らかにするのです。
なるほどと思ったことはいくつもありますが、「貧しい国が発展できないのは起業家精神の欠如のせいだ」のところで、小額の金を妥当な金利で貸す(マイクロクレジット)でノーベル賞を受賞した、バングラデシュのユヌスがどうして「うまくいかない」のかと知り、驚きました。しかし説明を受けるとその通りで、小額のお金で牛を買ったり、携帯電話を貸すビジネスをはじめても、多くの人が同じようにし始めるともう利益を上がられなくなる(合成の誤謬)という現実に直面せざるをえなくなります。結局、「「起業家ヒロイックな個人」という神話をはねつけ、起業家精神を集団的に発揮させられる制度と組織をつくりあげる手助けをしなければ、貧しい国々が貧困から抜け出し、その状態を維持することは決してない」のです。
ここから想像できるように、著者は資本主義経済においては、この30年の自由主義経済が誤っていると断言し、政府による金融規制を強調しながら、社会保障の充実(しかしそのあり方は各国の状況に応じて異なる)、公正な社会実現は、「私たちの目標、価値、信念次第」と具体的なことは読者に投げかけます。経済は専門家でなければわからないのでなく、食品や環境と同じように、普通の市民が「活動的経済市民権」を行使して、「重要な原則」と「基本的事実」を把握すればいいというのです。
「脱工業化」という「常識」にも著者は批判的で、インターネットやサービスを過大評価しているとしながら、ものづくりの重要性を強調します。そこで「研究開発」と「職業訓練」の重要性を彼は何度も取り上げています。
私は川崎のことを思い浮かべました。工業化ということで素材・装置産業を推進して臨海部を作ってきた産業政策を見直し、中小企業がものづくりを続け生きて行けるようにするには、地方政府が中小企業と一緒になって(資金援助をして)、研究開発の機関をつくるしかないと、再確認しました。この点は川崎の中小企業が研究開発を今後継続して自力でやっていけると思っているのか、自分たちも一緒になりながら地方政府の支援を受けて研究開発機関を作ってほしいと思っているのか、確認していきたいと思います。
「伊藤部長との対話を求めてー臨海部と中小企業の将来について」
http://anti-kyosei.blogspot.com/2010/11/blog-post_24.html
日本語タイトルは何か、やすっぽい感じがしますが、中身は濃く、経済学の学者としての見識と社会をよくする意欲をもつ著者の、人間としての質の高さを感じますし、実際、この本から多くのことを学びました。
最初のページには「本書の七つの読み方」として、読者の問題意識に応じた読み方を記しています(私は、それは不要だと思うのですが)。そして「経済の「常識」を疑ってみよう」という「はじめに」に続いて、23個の「常識」として、例えば、「市場は自由でなければいけない」、「インターネットは世界を根本的に変えた」、「富者をさらに富ませれば他の者たちも潤う」、「教育こそ繁栄の鍵だ」などということに対して、それは真実ではないと、具体的な例証を挙げながら反論します。そして最後に「世界経済はどう再建すればいいのか」として8個の原則を明示します。
今年の5月のブログで「『経済学は人間を幸せにできるのか』の斎藤貴男は大丈夫か?」(http://anti-kyosei.blogspot.com/2010/05/blog-post_20.html)と書きましたが、この著者は、自由主義経済の影響で一般の人が常識として受け入れている価値観を、歴史的に根底的に反論、批判し、政府による政策の重要性とその原則を明らかにするのです。
なるほどと思ったことはいくつもありますが、「貧しい国が発展できないのは起業家精神の欠如のせいだ」のところで、小額の金を妥当な金利で貸す(マイクロクレジット)でノーベル賞を受賞した、バングラデシュのユヌスがどうして「うまくいかない」のかと知り、驚きました。しかし説明を受けるとその通りで、小額のお金で牛を買ったり、携帯電話を貸すビジネスをはじめても、多くの人が同じようにし始めるともう利益を上がられなくなる(合成の誤謬)という現実に直面せざるをえなくなります。結局、「「起業家ヒロイックな個人」という神話をはねつけ、起業家精神を集団的に発揮させられる制度と組織をつくりあげる手助けをしなければ、貧しい国々が貧困から抜け出し、その状態を維持することは決してない」のです。
ここから想像できるように、著者は資本主義経済においては、この30年の自由主義経済が誤っていると断言し、政府による金融規制を強調しながら、社会保障の充実(しかしそのあり方は各国の状況に応じて異なる)、公正な社会実現は、「私たちの目標、価値、信念次第」と具体的なことは読者に投げかけます。経済は専門家でなければわからないのでなく、食品や環境と同じように、普通の市民が「活動的経済市民権」を行使して、「重要な原則」と「基本的事実」を把握すればいいというのです。
「脱工業化」という「常識」にも著者は批判的で、インターネットやサービスを過大評価しているとしながら、ものづくりの重要性を強調します。そこで「研究開発」と「職業訓練」の重要性を彼は何度も取り上げています。
私は川崎のことを思い浮かべました。工業化ということで素材・装置産業を推進して臨海部を作ってきた産業政策を見直し、中小企業がものづくりを続け生きて行けるようにするには、地方政府が中小企業と一緒になって(資金援助をして)、研究開発の機関をつくるしかないと、再確認しました。この点は川崎の中小企業が研究開発を今後継続して自力でやっていけると思っているのか、自分たちも一緒になりながら地方政府の支援を受けて研究開発機関を作ってほしいと思っているのか、確認していきたいと思います。
「伊藤部長との対話を求めてー臨海部と中小企業の将来について」
http://anti-kyosei.blogspot.com/2010/11/blog-post_24.html
2010年12月13日月曜日
12・5女性国際戦犯法廷から10年の集会の報告記事への投稿の紹介
本当に一年、はやかったですね。なんか、毎年、はやくなるような
気がします。
12月9日の報告記事に対して、ふたつのメールがありましたので、
御紹介します。
崔 勝久
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
この記事を送ってくださり感謝です。
知っている人の名前を見つけて「頑張っているね」と思いました。
女性たち(とこころある男性たち)の粘り強い闘いが
少しずづでも流れを変えていっていることを信じます。
大阪のSYさんより
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
この活動は、とても大事です。次の機会には必ず出席します。
世界の到るところで、現に人間狩りが(戦争などと共に)公然と行われ、
主に子供・女性を売り飛ばす、グローバルな奴隷貿易が世界的に展開
されています。
そして例えば、コーヒーやバナナなど農業分野では、飢餓賃金で死の
労働をさせられ、その「有機」産品が「フェアトレード」と推奨されている。
先進国の消費者が歓迎する!
私達は、飢餓するひと達の上で踊る、あやつり人形のようです。
つまり、黒幕が居るわけで、しかしそれは人間の顔をしていない。
こうした現実の、多面的なリンクを、きちんと見て行かないと、と
痛感します。
現代の植民地主義の一現実、その課題に対して、自分に何が出来るか、
きちんと対面して行きたい。
川崎の伊藤さんより
気がします。
12月9日の報告記事に対して、ふたつのメールがありましたので、
御紹介します。
崔 勝久
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この記事を送ってくださり感謝です。
知っている人の名前を見つけて「頑張っているね」と思いました。
女性たち(とこころある男性たち)の粘り強い闘いが
少しずづでも流れを変えていっていることを信じます。
大阪のSYさんより
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この活動は、とても大事です。次の機会には必ず出席します。
世界の到るところで、現に人間狩りが(戦争などと共に)公然と行われ、
主に子供・女性を売り飛ばす、グローバルな奴隷貿易が世界的に展開
されています。
そして例えば、コーヒーやバナナなど農業分野では、飢餓賃金で死の
労働をさせられ、その「有機」産品が「フェアトレード」と推奨されている。
先進国の消費者が歓迎する!
私達は、飢餓するひと達の上で踊る、あやつり人形のようです。
つまり、黒幕が居るわけで、しかしそれは人間の顔をしていない。
こうした現実の、多面的なリンクを、きちんと見て行かないと、と
痛感します。
現代の植民地主義の一現実、その課題に対して、自分に何が出来るか、
きちんと対面して行きたい。
川崎の伊藤さんより
2010年12月6日月曜日
「市民の会」の一年noを振り返って
みなさんへ
12月に入ったなと思ったら、もう第二週ですね。既に忘年会や集会などでみなさん、お忙しいと思います。私のように呑み過ぎにはご注意ください(笑い)。
「市民の会」とは、「新しい川崎をつくる市民の会」のことです。昨年の市長選で、阿部市長候補に対抗する候補者をお呼びして1000名集会を企画しました。しかし3名の候補者は全員、まるで言い合わせたように、集会当日、午後になって集会参加をキャンセルしてきました。それでも70名以上の人が会場に集まり、「新しい川崎をつくる市民の会」を作るべきだという声に応えてつくったのがこの会です。
この一年で「市民の会」がどのような歩みをしてきたのか、「市民の会」事務局の最長年者が「市民の会」記録のHPを作成し、学習会の実施、ブックレットの発行、市議会への陳情書の作成、臨海部や「国内植民地主義」や「多文化共生」に関係する論文などを整理してくれました。4-5時間にわたる学習会のテープ起こしも大変な作業だったのですが、公表できることを心より感謝します。是非、一読下さい。
「新しい川崎をつくる市民の会」の記録:http://www.justmystage.com/home/fmtajima/
なお、「市民の会」の公式のHPは別途、この一年の歩みを総括し、中長期的にどのようなことをなすべきなのかを思想的に、実践的に模索していきながら公表したいと思います。いずれにしても3年後の市長選には、臨海部の産業政策、外国人の政治参加(国籍条項の撤廃)、住民主権に基づく地方自治の具体的なあり方などについて、私たちの意向を反映させることができる市長候補を擁立したいものです。
川崎における多くの市民運動に携わっているグループ、個人との連携を深め、違いよりは共通点を見つけ出し、3年後に備えたいとねがってやみません。みなさん、よろしくお願いいたします。
12月に入ったなと思ったら、もう第二週ですね。既に忘年会や集会などでみなさん、お忙しいと思います。私のように呑み過ぎにはご注意ください(笑い)。
「市民の会」とは、「新しい川崎をつくる市民の会」のことです。昨年の市長選で、阿部市長候補に対抗する候補者をお呼びして1000名集会を企画しました。しかし3名の候補者は全員、まるで言い合わせたように、集会当日、午後になって集会参加をキャンセルしてきました。それでも70名以上の人が会場に集まり、「新しい川崎をつくる市民の会」を作るべきだという声に応えてつくったのがこの会です。
この一年で「市民の会」がどのような歩みをしてきたのか、「市民の会」事務局の最長年者が「市民の会」記録のHPを作成し、学習会の実施、ブックレットの発行、市議会への陳情書の作成、臨海部や「国内植民地主義」や「多文化共生」に関係する論文などを整理してくれました。4-5時間にわたる学習会のテープ起こしも大変な作業だったのですが、公表できることを心より感謝します。是非、一読下さい。
「新しい川崎をつくる市民の会」の記録:http://www.justmystage.com/home/fmtajima/
なお、「市民の会」の公式のHPは別途、この一年の歩みを総括し、中長期的にどのようなことをなすべきなのかを思想的に、実践的に模索していきながら公表したいと思います。いずれにしても3年後の市長選には、臨海部の産業政策、外国人の政治参加(国籍条項の撤廃)、住民主権に基づく地方自治の具体的なあり方などについて、私たちの意向を反映させることができる市長候補を擁立したいものです。
川崎における多くの市民運動に携わっているグループ、個人との連携を深め、違いよりは共通点を見つけ出し、3年後に備えたいとねがってやみません。みなさん、よろしくお願いいたします。
「市民の会」の一年の歩みをを振り返って
みなさんへ
12月に入ったなと思ったら、もう第二週ですね。既に忘年会や集会などでお忙しいと思います。私のように呑み過ぎにはご注意ください(笑い)。
「市民の会」とは、「新しい川崎をつくる市民の会」のことです。昨年の市長選で、阿部市長候補に対抗する候補者をお呼びして1000名集会を企画しました。しかし3名の候補者は全員、まるで言い合わせたように、集会当日、午後になって集会参加をキャンセルしてきました。それでも70名以上の人が会場に集まり、「新しい川崎をつくる市民の会」を作るべきだという声に応えてつくったのがこの会です。
この一年で「市民の会」がどのような歩みをしてきたのか、「市民の会」事務局の最長年者が「市民の会」記録のHPを作成し、学習会の内容、ブックレットの発行、市議会への陳情書の作成、臨海部や「国内植民地主義」や「多文化共生」に関係する論文などを整理してくれました。4-5時間にわたる学習会のテープ起こしも大変な作業だったのですが、公表できることを心より感謝します。是非、一読下さい。
「新しい川崎をつくる市民の会」の記録:http://www.justmystage.com/home/fmtajima/
なお、「市民の会」の公式のHPは別途、この一年の歩みを総括し、中長期的にどのようなことをなすべきなのかを思想的に、実践的に模索していきながら公表したいと思います。いずれにしても3年後の市長選には、臨海部の産業政策、外国人の政治参加(国籍条項の撤廃)、住民主権に基づく地方自治の具体的なあり方などについて、私たちの意向を反映させることができる市長候補を擁立したいものです。
川崎における多くの市民運動に携わっているグループ、個人との連携を深め、違いよりは共通点を見つけ出しながら、3年後に備えたいとねがってやみません。みなさん、よろしくお願いいたします。
12月に入ったなと思ったら、もう第二週ですね。既に忘年会や集会などでお忙しいと思います。私のように呑み過ぎにはご注意ください(笑い)。
「市民の会」とは、「新しい川崎をつくる市民の会」のことです。昨年の市長選で、阿部市長候補に対抗する候補者をお呼びして1000名集会を企画しました。しかし3名の候補者は全員、まるで言い合わせたように、集会当日、午後になって集会参加をキャンセルしてきました。それでも70名以上の人が会場に集まり、「新しい川崎をつくる市民の会」を作るべきだという声に応えてつくったのがこの会です。
この一年で「市民の会」がどのような歩みをしてきたのか、「市民の会」事務局の最長年者が「市民の会」記録のHPを作成し、学習会の内容、ブックレットの発行、市議会への陳情書の作成、臨海部や「国内植民地主義」や「多文化共生」に関係する論文などを整理してくれました。4-5時間にわたる学習会のテープ起こしも大変な作業だったのですが、公表できることを心より感謝します。是非、一読下さい。
「新しい川崎をつくる市民の会」の記録:http://www.justmystage.com/home/fmtajima/
なお、「市民の会」の公式のHPは別途、この一年の歩みを総括し、中長期的にどのようなことをなすべきなのかを思想的に、実践的に模索していきながら公表したいと思います。いずれにしても3年後の市長選には、臨海部の産業政策、外国人の政治参加(国籍条項の撤廃)、住民主権に基づく地方自治の具体的なあり方などについて、私たちの意向を反映させることができる市長候補を擁立したいものです。
川崎における多くの市民運動に携わっているグループ、個人との連携を深め、違いよりは共通点を見つけ出しながら、3年後に備えたいとねがってやみません。みなさん、よろしくお願いいたします。
2010年12月1日水曜日
「植民地主義の再発見」(西川長夫著)を読んでー朴鐘碩
みなさんへ
はやいものですね、もう、師走になりました。あっと言う間の1年でした。
みなさんはどのような1年をお過ごしになられたでしょうか。
立命館大学の名誉教授の西川長夫さんが『長周新聞』で連載された文章に加筆・訂正した「新植民地主義の発見」の感想文を朴鐘碩が、「外国人への差別を許すな川崎・連絡会議」の掲示板に発表していますので、下記に紹介します。西川論文:http://www.justmystage.com/home/fmtajima/newpage15.html
朴は日立闘争で入社し40年経った今、来年の定年退職を前にして、西川論文が展開する「新植民地主義」に触発されながら、日立製作所という大企業と組合組織の実態を描き、「自分の置かれている状況に合わせて・・・西川論文を理解・解釈」しようとしています。(朴一編『在日コリアン辞典』(明石書店、2010)の「日立就職差別裁判闘争」の項を私が書いています)
同じく、韓国の京郷新聞で掲載された、西川長夫立命館名誉教授と尹海東・韓国成均館大学教授の対談「日韓併合100年と「新植民地主義」―新しい政治倫理への対話―を読んで」について望月文雄さんが感想文を書いているので、合わせてお読みください(http://anti-kyosei.blogspot.com/2010/11/blog-post_7217.html)。対談:http://www.justmystage.com/home/fmtajima/newpage14.html
崔 勝久
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「植民地主義の再発見」(西川長夫著)を読んで 朴鐘碩
多国籍企業・「HITACHI」のロゴは、世界の主要都市にあります。今年創立100年を迎えた日立製作所は、31,000人の正規所員、グル-プ全体で約36万人の労働者が働いています。1910年に朝鮮半島は日本の植民地となりましたが、日立は、技術躍進の歴史を記念イベントとして展開しています。技術を誇る記念誌「開拓者たちの挑戦-日立100年の歩み1910~2010-」に日立就職差別裁判は記載されませんでした。技術は進歩しても労働者への「抑圧」は変わりません。日帝の朝鮮植民地化と国策に沿った日立経営100年の歩みは無関係ではないはずです。
植民地から60年(「解放」から25年)経過した1970年、日立就職差別裁判(日立闘争)が始まりました。74年横浜地裁で勝利判決が出され、日立製作所に正規所員として私は入社しました。この裁判は、民族団体から「同化に繋がる」と厳しい批判を受けました。しかし、私は19歳で始まった日立闘争、その後川崎南部(池上・桜本)で始まった子ども会(地域運動)を経験し、「民族」と人間らしく生きることを学びました。日立闘争は、同化への道ではありませんでした。植民地主義に繋がる「同化裁判であったか?」関心ある人たちがどのように判断するでしょうか。「就職差別されて当たり前」の風潮・価値観があった中で、多くの人たちの支援、世界的な運動の力で差別の壁を崩しました。「日立に入ったら、何が起きようとも一人でやるしかない」と覚悟したのです。
2011年11月、(裁判期間を含め)41年間勤めた日立製作所で定年を迎え、私自身の「続日立闘争」は、一旦「終わる」ことになります。悩み、解のない生き方を問い続けているうちに40年が過ぎてしまいました。開かれた民主的な会社・組合組織を目指し、企業で人間らしい生き方を求めて組合活動をやってきました。役員選挙にも自分勝手に立候補しました。自分の置かれている状況に合わせて西川長夫立命館大学教授の「植民地主義の再発見」(http://www.justmystage.com/home/fmtajima/newpage15.html)を理解・解釈しました。
「植民地主義の再発見」を読んで、私の「続日立闘争」は、ものが言えない企業社会、組合組織の「労働者の植民地化」を問うことになると更なる自信を深めました。(日本人)労働者にとって「民族差別は関係ない、どうでもいい問題」のようです。また組合(幹部)の組合員への人権無視は日常茶飯事です。差別・排外と沈黙を強いられている労働者の問題は表裏一体です。これは日立の経営方針、職場環境、組織のあり方など全て繋がっています。
「植民地主義」の陰険な「隠蔽の方法は、逆に触れることなく意識下に抑圧するやり方です。人種差別や植民地主義の隠蔽はその代表例で、差別する側の人間がそれを自覚することは決して容易ではない。また仮にそれを自覚したとしても、私たちの思考や感覚や身体的な反応から、内面化された植民地主義を摘出し排除することは極めて難しい。」
組合幹部は、労働者にものを言わせない(言わない)暗い職場環境を作っています。組合員エンジニアたちは、おかしいあるいは疑問に感じることがあっても誰一人「触れることなく」、「抑圧されている」のが実態です。「ものが言えなくてもいい。労使幹部が一方的に労働条件を決定してもいい。生活できればそれでいい」という「思考や感覚や身体的な反応から、内面化された植民地主義を摘出し排除することは極めて難しい」ようです。
どこの世界でも言えることですが、人間らしく生きるために生き方をかけて、自ら属する組織を批判することは並大抵のことではありません。しかし、「堕落を救ったのは抵抗運動でした。だが抵抗運動があったがゆえに、その堕落さの深刻さに対する考察が弱められるということが起こりえたのではないでしょうか。」「堕落」は、植民地主義を補強します。
「植民地化は、住民やその土地を変えてしまう」が、企業社会における「植民地化」は経営者幹部・エンジニア(労働者)の理性や倫理観、人格まで「会社人間」に変えてしまいます。そのために様々な矛盾・問題・事件が起こりますが、根本解決するために互いに議論することはありません。「植民地主義は、私たちが社会や様々な集団の中で占める位置によって姿を変え、あるいは姿を隠して現れ」ています。労働者を「擁護する」連合あるいは「人権」を標榜する運動体にも言えるのではないでしょうか。
毎年11月は、人権週間があります。(東京)人企連主催で、加盟企業は人権標語募集の案内を全従業員にmail展開します。優秀作品は表彰されます。人企連および運動体との関係の詳細は「日本における多文化共生とは何か」を参照してください。
「新植民地主義の本質は、その下にある国家は、理論的には独立しており、国際法上の主権のあらゆる外面上の装飾を有しているということである。現実には、経済体制・政治体制は外部から指揮されている。」民主党現政権を支える連合傘下の企業内組合はじめ多くの組合は、労働者の人権を「外面上」「装飾」し、「独立」しているようですが経営者に「支配」されています。「組合を裏返せば会社になる」ことは、「沈黙している」組合員は十分承知しているようです。
「独立した国の内部には植民地や植民地主義はありえないとする民族主義的な前提が、国内における植民地的状況、収奪や抑圧、差別や格差、等々、などの存在を見えなくしていることは事実です。」これはまさに「共生」を標榜する川崎市の「外国籍職員の任用に関する運用規程」(「当然の法理」を理由に外国籍職員に許認可の職務・決裁権ある管理職に就くことを制限するマニュアル)、阿部現市長の「準会員」発言、戦争責任を問わない組合幹部の「労働運動」を厳しく批判しています。
西川教授は2009年2月2日横浜国大で「多文化共生と国内植民地主義」をテ-マに講演し、翌日、「川崎連絡会議」との交流会において「小生がこの2,30年間、書いたりしゃべってきたこと(いわゆる国民国家論)は、一口で言えば、この「当然の法理」に対する闘いであったと思います。」と結んだ言葉が印象的で今も脳裏から離れません。「私たちは現在の植民地主義に対して闘わなければならないとおもいます。」
日立闘争がそうであったように自分の置かれている現場で、個別・具体的な活動を通じて、思想・信条を乗り越えて対話を継続し共に歩むことが人類の永遠なる課題である「植民地主義」を克服し、歴史の和解を目指す近道であるような気がします。
はやいものですね、もう、師走になりました。あっと言う間の1年でした。
みなさんはどのような1年をお過ごしになられたでしょうか。
立命館大学の名誉教授の西川長夫さんが『長周新聞』で連載された文章に加筆・訂正した「新植民地主義の発見」の感想文を朴鐘碩が、「外国人への差別を許すな川崎・連絡会議」の掲示板に発表していますので、下記に紹介します。西川論文:http://www.justmystage.com/home/fmtajima/newpage15.html
朴は日立闘争で入社し40年経った今、来年の定年退職を前にして、西川論文が展開する「新植民地主義」に触発されながら、日立製作所という大企業と組合組織の実態を描き、「自分の置かれている状況に合わせて・・・西川論文を理解・解釈」しようとしています。(朴一編『在日コリアン辞典』(明石書店、2010)の「日立就職差別裁判闘争」の項を私が書いています)
同じく、韓国の京郷新聞で掲載された、西川長夫立命館名誉教授と尹海東・韓国成均館大学教授の対談「日韓併合100年と「新植民地主義」―新しい政治倫理への対話―を読んで」について望月文雄さんが感想文を書いているので、合わせてお読みください(http://anti-kyosei.blogspot.com/2010/11/blog-post_7217.html)。対談:http://www.justmystage.com/home/fmtajima/newpage14.html
崔 勝久
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「植民地主義の再発見」(西川長夫著)を読んで 朴鐘碩
多国籍企業・「HITACHI」のロゴは、世界の主要都市にあります。今年創立100年を迎えた日立製作所は、31,000人の正規所員、グル-プ全体で約36万人の労働者が働いています。1910年に朝鮮半島は日本の植民地となりましたが、日立は、技術躍進の歴史を記念イベントとして展開しています。技術を誇る記念誌「開拓者たちの挑戦-日立100年の歩み1910~2010-」に日立就職差別裁判は記載されませんでした。技術は進歩しても労働者への「抑圧」は変わりません。日帝の朝鮮植民地化と国策に沿った日立経営100年の歩みは無関係ではないはずです。
植民地から60年(「解放」から25年)経過した1970年、日立就職差別裁判(日立闘争)が始まりました。74年横浜地裁で勝利判決が出され、日立製作所に正規所員として私は入社しました。この裁判は、民族団体から「同化に繋がる」と厳しい批判を受けました。しかし、私は19歳で始まった日立闘争、その後川崎南部(池上・桜本)で始まった子ども会(地域運動)を経験し、「民族」と人間らしく生きることを学びました。日立闘争は、同化への道ではありませんでした。植民地主義に繋がる「同化裁判であったか?」関心ある人たちがどのように判断するでしょうか。「就職差別されて当たり前」の風潮・価値観があった中で、多くの人たちの支援、世界的な運動の力で差別の壁を崩しました。「日立に入ったら、何が起きようとも一人でやるしかない」と覚悟したのです。
2011年11月、(裁判期間を含め)41年間勤めた日立製作所で定年を迎え、私自身の「続日立闘争」は、一旦「終わる」ことになります。悩み、解のない生き方を問い続けているうちに40年が過ぎてしまいました。開かれた民主的な会社・組合組織を目指し、企業で人間らしい生き方を求めて組合活動をやってきました。役員選挙にも自分勝手に立候補しました。自分の置かれている状況に合わせて西川長夫立命館大学教授の「植民地主義の再発見」(http://www.justmystage.com/home/fmtajima/newpage15.html)を理解・解釈しました。
「植民地主義の再発見」を読んで、私の「続日立闘争」は、ものが言えない企業社会、組合組織の「労働者の植民地化」を問うことになると更なる自信を深めました。(日本人)労働者にとって「民族差別は関係ない、どうでもいい問題」のようです。また組合(幹部)の組合員への人権無視は日常茶飯事です。差別・排外と沈黙を強いられている労働者の問題は表裏一体です。これは日立の経営方針、職場環境、組織のあり方など全て繋がっています。
「植民地主義」の陰険な「隠蔽の方法は、逆に触れることなく意識下に抑圧するやり方です。人種差別や植民地主義の隠蔽はその代表例で、差別する側の人間がそれを自覚することは決して容易ではない。また仮にそれを自覚したとしても、私たちの思考や感覚や身体的な反応から、内面化された植民地主義を摘出し排除することは極めて難しい。」
組合幹部は、労働者にものを言わせない(言わない)暗い職場環境を作っています。組合員エンジニアたちは、おかしいあるいは疑問に感じることがあっても誰一人「触れることなく」、「抑圧されている」のが実態です。「ものが言えなくてもいい。労使幹部が一方的に労働条件を決定してもいい。生活できればそれでいい」という「思考や感覚や身体的な反応から、内面化された植民地主義を摘出し排除することは極めて難しい」ようです。
どこの世界でも言えることですが、人間らしく生きるために生き方をかけて、自ら属する組織を批判することは並大抵のことではありません。しかし、「堕落を救ったのは抵抗運動でした。だが抵抗運動があったがゆえに、その堕落さの深刻さに対する考察が弱められるということが起こりえたのではないでしょうか。」「堕落」は、植民地主義を補強します。
「植民地化は、住民やその土地を変えてしまう」が、企業社会における「植民地化」は経営者幹部・エンジニア(労働者)の理性や倫理観、人格まで「会社人間」に変えてしまいます。そのために様々な矛盾・問題・事件が起こりますが、根本解決するために互いに議論することはありません。「植民地主義は、私たちが社会や様々な集団の中で占める位置によって姿を変え、あるいは姿を隠して現れ」ています。労働者を「擁護する」連合あるいは「人権」を標榜する運動体にも言えるのではないでしょうか。
毎年11月は、人権週間があります。(東京)人企連主催で、加盟企業は人権標語募集の案内を全従業員にmail展開します。優秀作品は表彰されます。人企連および運動体との関係の詳細は「日本における多文化共生とは何か」を参照してください。
「新植民地主義の本質は、その下にある国家は、理論的には独立しており、国際法上の主権のあらゆる外面上の装飾を有しているということである。現実には、経済体制・政治体制は外部から指揮されている。」民主党現政権を支える連合傘下の企業内組合はじめ多くの組合は、労働者の人権を「外面上」「装飾」し、「独立」しているようですが経営者に「支配」されています。「組合を裏返せば会社になる」ことは、「沈黙している」組合員は十分承知しているようです。
「独立した国の内部には植民地や植民地主義はありえないとする民族主義的な前提が、国内における植民地的状況、収奪や抑圧、差別や格差、等々、などの存在を見えなくしていることは事実です。」これはまさに「共生」を標榜する川崎市の「外国籍職員の任用に関する運用規程」(「当然の法理」を理由に外国籍職員に許認可の職務・決裁権ある管理職に就くことを制限するマニュアル)、阿部現市長の「準会員」発言、戦争責任を問わない組合幹部の「労働運動」を厳しく批判しています。
西川教授は2009年2月2日横浜国大で「多文化共生と国内植民地主義」をテ-マに講演し、翌日、「川崎連絡会議」との交流会において「小生がこの2,30年間、書いたりしゃべってきたこと(いわゆる国民国家論)は、一口で言えば、この「当然の法理」に対する闘いであったと思います。」と結んだ言葉が印象的で今も脳裏から離れません。「私たちは現在の植民地主義に対して闘わなければならないとおもいます。」
日立闘争がそうであったように自分の置かれている現場で、個別・具体的な活動を通じて、思想・信条を乗り越えて対話を継続し共に歩むことが人類の永遠なる課題である「植民地主義」を克服し、歴史の和解を目指す近道であるような気がします。
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