今年の私のブログのなかで一番反応が大きかったのが、「個人史―私の失敗談(その6、全てを失い新たな旅路へ)」でした。
(http://anti-kyosei.blogspot.com/2010/10/blog-post_18.html)
その失意と新たな決意のなかで今年最後に書いた論文が『季刊 ピープルズ・プラン』52号で掲載されました。http://www.justmystage.com/home/fmtajima/newpage29.html
「民族差別とは何か、対話と協働を求める立場からの考察」というタイトルは、今の私の正直な気持ちを表したものです。ご一読いただき、御批判や御意見をいただければ幸いです。
昨夜は、妻と銀ブラを楽しみ、カンヌ賞をとったドイツ映画の「白いリボン」を鑑賞し、俳優の息子のバイト先で食事をしました。「白いリボン」は白黒の写実的な描写で、背景と人の心理を描ききります。戦前のドイツの片田舎で起こった事件が次から次と展開されるのですが、家父長制社会の実態、その中での女性の位置、性差別、階級社会の実態(農民と男爵)を何の感傷もなく暴き、その不気味さがナチスドイツの戦争の始まりの告知と見事に一致しています。「善き人のためのソナタ」で好演した俳優も出ており、子供たちの演技もすばらしかったです。何よりも脚本と監督のミヒャエル・ハネケの社会と人間を見る冷徹な目には感心しました。来年の1月16日までテアトル銀座でやっています。どうぞご鑑賞ください。
ついでに食事をされる方には、女性客が8割という韓国料理店を紹介します(千山苑、http://r.gnavi.co.jp/e083200/)。サイ・ホージンに会いたいと言っていただければ何かサービスがあるかもしれません(笑い)。
映画と言えば、加納美紀代さん原作の「青燕」、戦前日本でパイロットになり箱根で死んだ韓国人女性の話で日本でもDVDをご覧になることができますが、愚息はその映画で司会役として好演しています。
同じく韓国俳優が熱演する「力道山」もDVDでの鑑賞をお勧めします。村松友視『力道山がいた』(朝日文庫)がプロレスファンとして、最後に力道山が朝鮮人であることをどのように受けとめたかを感動深く書いていますが、その実態を映画はしっかりと描き出しています。正月休みにどうぞ。ついでに、亡くなった私の父は、力道山と同郷(北朝鮮)で、彼の相撲時代からの谷町の一人でした。ボクシングオーナーとしての父を力道山は兄さん、兄さんと呼んでいたことを今も鮮明に覚えています。戦前、戦後を生き切った「在日」のしたたかな面、ダーティな部分と人間臭さをぷんぷん匂わせていた一世たちです。
私は「在日」2世として、正面から日本社会の「変革」に挑戦していくつもりです。みなさんの温かいご支援とご協力をお願いします。今年も後2日、どうぞよい正月をお迎えください。これが今年最後のメッセージです。来年もよろしくご愛読ください。
崔 勝久
2010年12月30日木曜日
2010年12月24日金曜日
Merry Christmas & A Happy New Year!

Merry Christmas & A Happy New Year!
今年はお世話になりました。心から感謝いたします。おかげさまで、期せずして、自分のやるべきことに没頭できるようになりました。
今日は休日、クリスマスを前にして聖書に関する本を紹介します。
本田哲郎『聖書を発見する』(岩波書店)と
田川建三『イエスという男』(作品社)の2冊です。
田川さんの本は「逆説的反抗者の生と死」について世界的な聖書学者が記したもので、漠然とキリスト教にロマンチックなイメージをもっている人は、彼の描くイエス像に驚くでしょう。「存在しない神に祈るーシモ―ヌ・ヴェーユと現代」『批判的主体の形成』(洋泉社)は、上野千鶴子さんが何かのあとがきで社会を変えたいという熱い想いを持ちつつ「自分は祈らない」とあった内容と通底しています。
本田さんはSPYSEEでは、「大阪釜ケ崎にて,日雇労働者に学びつつ聖書を読み直し,また「釜ケ崎反失業連絡会」などの活動に取り組んでいる」と紹介されています。もっともオーソドックスな神信仰の上で現実の釜ケ崎から「いちばんちいさくされた者とはだれか」「どこに立って聖書を読むのか」を問い、圧倒的な説得力をもって人間としての生き方を説きます。
「罪からの救い」を求めるクリスチャンにとっては受け入れがたい立場でしょうが、本田さんは自分の実存を賭けて聖書を読み解きます。そこまでいくと、カソリックやプロテスタント、いや宗教の枠さえ超えて訴えるものをもちます。お二人の健康を願い、後世に残る著作の完成という大業が成就されることを祈るばかりです。
みなさんはクリスマス祝会をもたれるのでしょうか。みなさんのご健康と、ますますのご活躍を祈ります。来年はお互い、少しでもよりよい社会に向けて歩めますように。よいお年をお迎えください。
メリークリスマス!
崔 勝久
SK Choi
「植民地主義」研究会に参加してーその2 朴鐘碩
「植民地主義」研究会に参加してーその2 朴鐘碩
「外国人への差別を許すな・川崎連絡会議」HP掲示版より
http://homepage3.nifty.com/hrv/krk/index2.htm
思い出深い、研究会でした。
西川長夫教授は、青年、学生たちが不況社会でどのような生き方をするのか、展望は持てるのか、重要な課題であると思われたようです。「この問題は奥が深い。考えれば考えるほど行き詰まって泥沼に入る。出口が見つかるのか。参加した学生、若い人たちの声、感想を聞かせて欲しい。」と語られていました。
加藤千香子教授は、「続日立闘争」と「植民地主義」との関係に注目されたようです。
翌日、西川長夫教授は、19歳で始めた裁判に触れ、「よく学生たちに声をかけたね。学生たちもよく応えた。」と笑顔で話され、「今の時代だったら裁判できたかどうか?わかりません。」と当時を思いながら私は応えました。
西川先生ご夫妻、パ-トナ-の大学時代の友人2人、それに私たち6人で昼食を共にしました。友人とパ-トナ-は、このような機会が得られたことを喜んでいました。研究会に参加した友人は、「昨日、学生たちは身を乗り出すように真剣に聞いていましたね。今の世の中、学生の就職は深刻な問題です。パクさんの話と本(「日本における多文化共生とは何か」)を読んで「多文化共生」の意味が理解できました。とても分かりやすかった。パクさん変わりましたね。」と感想を語ってくれました。
西川祐子さんは、「長夫さんの理論は、現場で鍛えられる必要があると思います」と述べられていました。2日間でお別れするのは辛い京都での研究会でした。
私は、研究会で学んだことを支えとして、新たな気持ちで翌日から現場に向かいました。
現場は、日立労組が組合員の声も聞かず、すでに「2011年春闘の基本方針」を決めていました。相変わらず組合員に説明せず、組合員が不在時、机上にチラシ置いていました。それでも組合員は沈黙しています。企業内植民地主義は、待ったなしで容赦なく、ものが言えない労働者に重くのしかかっています。
「外国人への差別を許すな・川崎連絡会議」HP掲示版より
http://homepage3.nifty.com/hrv/krk/index2.htm
思い出深い、研究会でした。
西川長夫教授は、青年、学生たちが不況社会でどのような生き方をするのか、展望は持てるのか、重要な課題であると思われたようです。「この問題は奥が深い。考えれば考えるほど行き詰まって泥沼に入る。出口が見つかるのか。参加した学生、若い人たちの声、感想を聞かせて欲しい。」と語られていました。
加藤千香子教授は、「続日立闘争」と「植民地主義」との関係に注目されたようです。
翌日、西川長夫教授は、19歳で始めた裁判に触れ、「よく学生たちに声をかけたね。学生たちもよく応えた。」と笑顔で話され、「今の時代だったら裁判できたかどうか?わかりません。」と当時を思いながら私は応えました。
西川先生ご夫妻、パ-トナ-の大学時代の友人2人、それに私たち6人で昼食を共にしました。友人とパ-トナ-は、このような機会が得られたことを喜んでいました。研究会に参加した友人は、「昨日、学生たちは身を乗り出すように真剣に聞いていましたね。今の世の中、学生の就職は深刻な問題です。パクさんの話と本(「日本における多文化共生とは何か」)を読んで「多文化共生」の意味が理解できました。とても分かりやすかった。パクさん変わりましたね。」と感想を語ってくれました。
西川祐子さんは、「長夫さんの理論は、現場で鍛えられる必要があると思います」と述べられていました。2日間でお別れするのは辛い京都での研究会でした。
私は、研究会で学んだことを支えとして、新たな気持ちで翌日から現場に向かいました。
現場は、日立労組が組合員の声も聞かず、すでに「2011年春闘の基本方針」を決めていました。相変わらず組合員に説明せず、組合員が不在時、机上にチラシ置いていました。それでも組合員は沈黙しています。企業内植民地主義は、待ったなしで容赦なく、ものが言えない労働者に重くのしかかっています。
2010年12月23日木曜日
崔さん、情報ありがとうございます。
さすがに健康に関する関心は高いようで、TMさんから以下の
メールをいただきました。
坂内さんからは、「大事な本紹介いただき有難うございました。」
という『あなたの癌は、がんもどき』についてのメールがありました。
また、香港のICさんからもからも「この本面白そうだね」という
コメントをいただきました。
今朝は、若い研究者のメールで、ノロウイルスで気分が悪くなった
とありました。くれぐれも解熱剤やその他の薬を一緒に呑まないように。
近藤誠によると、ワクチンも絶対的なものでなく、若干の「有効性」は
あっても、「有用性」には疑問とあります。ワクチンは翌年にはもう
効かず、免疫性を持てなくなるので、子供や老人に流行りだと言うので
ワクチンに頼るのは止めた方がいいようですよ。
ワクチンはタンパクから作るので、アレルギーを起こす人もあるようです。
特に小さなお子さんをお持ちの方は、子供は40度(正確には41度)の
熱であれば脳は大丈夫だそうなので、慌てて解熱剤や医師の言うとおり、
なんでも薬に頼るのは止めましょう。
それではみなさん、年末、呑みすぎないように、お体には注意しましょうね。
崔 勝久
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
崔さん、情報ありがとうございます。
コレストロールや血圧については医師の浜六郎さんも本で指摘してますね。
「コレステロールに薬はいらない!」読書メモ
http://tu-ta.at.webry.info/200812/article_5.html
から
==
コレステロールを薬で下げなければならないようなことはほとんどなく、コレステロール値が240~260の人が最も健康で長生きでき、薬で無理に下げると、免疫力が低下し、かえって死亡率が高くなるという話。この値は要治療とかの基準で薬を売りたい製薬業界を儲けさせているという指摘
===
メールをいただきました。
坂内さんからは、「大事な本紹介いただき有難うございました。」
という『あなたの癌は、がんもどき』についてのメールがありました。
また、香港のICさんからもからも「この本面白そうだね」という
コメントをいただきました。
今朝は、若い研究者のメールで、ノロウイルスで気分が悪くなった
とありました。くれぐれも解熱剤やその他の薬を一緒に呑まないように。
近藤誠によると、ワクチンも絶対的なものでなく、若干の「有効性」は
あっても、「有用性」には疑問とあります。ワクチンは翌年にはもう
効かず、免疫性を持てなくなるので、子供や老人に流行りだと言うので
ワクチンに頼るのは止めた方がいいようですよ。
ワクチンはタンパクから作るので、アレルギーを起こす人もあるようです。
特に小さなお子さんをお持ちの方は、子供は40度(正確には41度)の
熱であれば脳は大丈夫だそうなので、慌てて解熱剤や医師の言うとおり、
なんでも薬に頼るのは止めましょう。
それではみなさん、年末、呑みすぎないように、お体には注意しましょうね。
崔 勝久
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崔さん、情報ありがとうございます。
コレストロールや血圧については医師の浜六郎さんも本で指摘してますね。
「コレステロールに薬はいらない!」読書メモ
http://tu-ta.at.webry.info/200812/article_5.html
から
==
コレステロールを薬で下げなければならないようなことはほとんどなく、コレステロール値が240~260の人が最も健康で長生きでき、薬で無理に下げると、免疫力が低下し、かえって死亡率が高くなるという話。この値は要治療とかの基準で薬を売りたい製薬業界を儲けさせているという指摘
===
2010年12月22日水曜日
近藤誠『成人病の真実』のお薦めーこれは絶対です!
先週、近藤誠の癌に関する新書の紹介をしました(「近藤誠は生きていた!-「がんもどき」理論の最終見解について」http://anti-kyosei.blogspot.com/2010/12/blog-post_17.html。
私自身の体調がよくなく(何故か、血圧が高くなった)、2週間、降圧剤を呑むなかで、改めて近藤誠の成人病に関する本を読みました。癌と合わせ、成人病の本は是非、みなさんにお薦めします。この休みの間にお読みください。これほど「役に立つ」本はありません!
近藤誠の主張は明確で揺るぎがありません。私たちがもたされていた「病」についての誤った情報、それに基づく考え、行動に警鐘を鳴らします。彼の思いとか、主張でなく、大変実証的で、実際の内外の学術論文の分析から始まり、その誤謬を指摘し、データの正しい読み方を説明する論理的(科学的)なものです。ちなみに、医師は薬品会社のパンフは読んでも、臨床に忙しく不勉強なのです。ですから医者だからといって出す薬をそのまま信用して呑んではいけません。
もう一度、癌について。癌細胞とは、3-4万個の遺伝子をもつ細胞が、複数の遺伝子の突然変異によって癌化されたものをいいます。癌病巣には、直径1ミリでも100万個、1センチなら10億個の癌細胞があるのです。自己細胞ですから、免疫に効くとかいう食品などは相手にしないでおきましょう。そんなことはありえないのです。遺伝子の変異の理由は様々で、まだ完全には突き止められていません。従って、癌は発見された時既に転移しているかどうかの見極めが重要です。また手術後の抗がん剤治療は実際、転移とは関係がなく、患者が苦しむだけです。
近藤誠は癌だけでなく、高血圧、コレステロール、糖尿など、「生活習慣病」と言い直された「成人病」についてもこれまでの私たちの知っていることがいかに間違っているのかを記します。彼によると、無症状で発見された「病」は基本的に治療を受けるべきではないというのです。従って、集団検診、人間ドックによって発見された「病」は、「本物の病気」ではなく、医師や日本の医療システムが作り出した「観念の病」ということになります。
例えば、私は高血圧(200近かった)でしたが、一体「基準値」とは何かから説明します。「基準」とは統計的な処置ですから、原理的に全体の5%の「患者」予備軍を作り出すものなのです。いくつもの検査が実施されれば、何もなくてもどこか「問題」がある人が出てくるしかけです。1998年に厚生省が発表した基準値は、(160/95mm HG)以上でしたが、2000年には(140/90)に引き下げられたのです。
これによって2100万人の人が高血圧と診断され、合計、3700万人の人が高血圧になってしまいました。高血圧の原因は9割以上不明です(これを「本態性」と言うらしい)。しかし血圧を下げることによって死亡率が下がったり、心血管病が減るという実証的なデータは一切ないとのことです。これはコレステロールや糖尿も同じで、数値を下げることと、インシュリンを打つことで延命は実証されず、総死亡数が減ることはないのです。
もっと衝撃的なのは、フィンランドの追跡調査によると、40-55歳の会社管理職をふたつのグループに分け(「くじ引き」試験といい、これがないと実証的に証明されたことにならないそうです)、約600名づつ、何もアドバイスもせず本人の自由にさせとく「放置群」と、医師が徹底的にライフスタイルに介入し定期的に食事内容、運動量、投薬などをする「介入群」に分け、試験期間の5年とその後の10年の追跡調査の結果、心臓死と死総数においては統計学的に意味のある差はでなかったらしいのです。ただし癌死には差があり、喫煙などのライフスタイルの変更による意味があるとの解釈です。
近藤さんによると、絶えざる「介入」によるストレスが問題ということです。絶えず、自分の数値を気にして(私なども日に何回、血圧計を使い出したかわかりません)、それが総死数が同じという結果につながるらしいのです。なんということでしょうか、癌にしても基本的には「老化」と受けとめ、どこか悪くなったら検査を受ける、しかしやたらに手術や投薬に応じないで様子を見るのが一番いいらしいのです。
ポリープは放置しても大部分は大きくならないし、検査で発見された、無症状の癌は大部分、転移しない「がんもどき」であり、「成人病」(「生活習慣病)という言い方は、訂正すべきらしいですね)もまた同じく、「健診をすれば病気が早く発見できて、役に立つ」という「先入観」によるもので、それらは、医者と一般人のあいだの医療に対する「過度の期待」と、思考と行動面における「非科学性」と医師たちの「営利主義」が生み出したものだと断定します。健康診断と人間ドックは健康な人でも5%が「基準値外」になるように
「基準値」を前提にしているのです。そのために人間ドックで8割もの人が「病気」や「異常」のレッテルをはられます。
「検診」には近寄らないこと、もし会社などの集団検診で「異常」が見つかったら、「延命率」と「治癒率」のデータを求めましょう。何もせず、普段通りの生活をして(ただし、タバコはやめましょう)、どこか悪いところがあれば検査を受けるようにしましょう。いかがですか、みなさん、是非この本は読んでください。多くの本を紹介してきましたが、間違いなくこんな役に立つ本はないと思いますよ。
私自身の体調がよくなく(何故か、血圧が高くなった)、2週間、降圧剤を呑むなかで、改めて近藤誠の成人病に関する本を読みました。癌と合わせ、成人病の本は是非、みなさんにお薦めします。この休みの間にお読みください。これほど「役に立つ」本はありません!
近藤誠の主張は明確で揺るぎがありません。私たちがもたされていた「病」についての誤った情報、それに基づく考え、行動に警鐘を鳴らします。彼の思いとか、主張でなく、大変実証的で、実際の内外の学術論文の分析から始まり、その誤謬を指摘し、データの正しい読み方を説明する論理的(科学的)なものです。ちなみに、医師は薬品会社のパンフは読んでも、臨床に忙しく不勉強なのです。ですから医者だからといって出す薬をそのまま信用して呑んではいけません。
もう一度、癌について。癌細胞とは、3-4万個の遺伝子をもつ細胞が、複数の遺伝子の突然変異によって癌化されたものをいいます。癌病巣には、直径1ミリでも100万個、1センチなら10億個の癌細胞があるのです。自己細胞ですから、免疫に効くとかいう食品などは相手にしないでおきましょう。そんなことはありえないのです。遺伝子の変異の理由は様々で、まだ完全には突き止められていません。従って、癌は発見された時既に転移しているかどうかの見極めが重要です。また手術後の抗がん剤治療は実際、転移とは関係がなく、患者が苦しむだけです。
近藤誠は癌だけでなく、高血圧、コレステロール、糖尿など、「生活習慣病」と言い直された「成人病」についてもこれまでの私たちの知っていることがいかに間違っているのかを記します。彼によると、無症状で発見された「病」は基本的に治療を受けるべきではないというのです。従って、集団検診、人間ドックによって発見された「病」は、「本物の病気」ではなく、医師や日本の医療システムが作り出した「観念の病」ということになります。
例えば、私は高血圧(200近かった)でしたが、一体「基準値」とは何かから説明します。「基準」とは統計的な処置ですから、原理的に全体の5%の「患者」予備軍を作り出すものなのです。いくつもの検査が実施されれば、何もなくてもどこか「問題」がある人が出てくるしかけです。1998年に厚生省が発表した基準値は、(160/95mm HG)以上でしたが、2000年には(140/90)に引き下げられたのです。
これによって2100万人の人が高血圧と診断され、合計、3700万人の人が高血圧になってしまいました。高血圧の原因は9割以上不明です(これを「本態性」と言うらしい)。しかし血圧を下げることによって死亡率が下がったり、心血管病が減るという実証的なデータは一切ないとのことです。これはコレステロールや糖尿も同じで、数値を下げることと、インシュリンを打つことで延命は実証されず、総死亡数が減ることはないのです。
もっと衝撃的なのは、フィンランドの追跡調査によると、40-55歳の会社管理職をふたつのグループに分け(「くじ引き」試験といい、これがないと実証的に証明されたことにならないそうです)、約600名づつ、何もアドバイスもせず本人の自由にさせとく「放置群」と、医師が徹底的にライフスタイルに介入し定期的に食事内容、運動量、投薬などをする「介入群」に分け、試験期間の5年とその後の10年の追跡調査の結果、心臓死と死総数においては統計学的に意味のある差はでなかったらしいのです。ただし癌死には差があり、喫煙などのライフスタイルの変更による意味があるとの解釈です。
近藤さんによると、絶えざる「介入」によるストレスが問題ということです。絶えず、自分の数値を気にして(私なども日に何回、血圧計を使い出したかわかりません)、それが総死数が同じという結果につながるらしいのです。なんということでしょうか、癌にしても基本的には「老化」と受けとめ、どこか悪くなったら検査を受ける、しかしやたらに手術や投薬に応じないで様子を見るのが一番いいらしいのです。
ポリープは放置しても大部分は大きくならないし、検査で発見された、無症状の癌は大部分、転移しない「がんもどき」であり、「成人病」(「生活習慣病)という言い方は、訂正すべきらしいですね)もまた同じく、「健診をすれば病気が早く発見できて、役に立つ」という「先入観」によるもので、それらは、医者と一般人のあいだの医療に対する「過度の期待」と、思考と行動面における「非科学性」と医師たちの「営利主義」が生み出したものだと断定します。健康診断と人間ドックは健康な人でも5%が「基準値外」になるように
「基準値」を前提にしているのです。そのために人間ドックで8割もの人が「病気」や「異常」のレッテルをはられます。
「検診」には近寄らないこと、もし会社などの集団検診で「異常」が見つかったら、「延命率」と「治癒率」のデータを求めましょう。何もせず、普段通りの生活をして(ただし、タバコはやめましょう)、どこか悪いところがあれば検査を受けるようにしましょう。いかがですか、みなさん、是非この本は読んでください。多くの本を紹介してきましたが、間違いなくこんな役に立つ本はないと思いますよ。
2010年12月21日火曜日
臨海部論争についての感想ー佐無田 光
「新しい川崎をつくる市民の会」では今年になって、臨海部についての2回の学習会を持ちました。第1回目は横浜国大の中村剛治郎さんの講演で、「市民参加による地域再生を目指して」というタイトルでお話しいただきました(http://www.justmystage.com/home/fmtajima/newpage21.html、http://www.justmystage.com/home/fmtajima/newpage30.html)。
二回目は川崎市の経済労働局産業政策部部長の伊藤和良さんから、臨海部と中小企業の将来についての熱い想いを伺いました(http://www.justmystage.com/home/fmtajima/newpage31.html)。伊藤さんとの対話を続けたいという考えを、中村さん、伊藤さんのご意見を踏まえてブログで記したところ、金沢大学の佐無田 光さんから投書をいただきました。ご本人の承諾を得て、掲載させていただきます。
佐無田さんは、『環境再生』(有斐閣)や『地域経済学』(有斐閣)、「京浜臨海部の再生と地域経済ー地域比較の観点から」(http://www.justmystage.com/home/fmtajima/newpage34.html)など多くの臨海部に関する論文を書かれています。
これらを踏まえて、行政から伊藤さんあるいは、総合企画室の方、或いは地元選出の議員の方、あるいは研究者や市民の方からのご意見をいただき、議論を深めていければと願います。
崔 勝久
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
崔さんへ
金沢の佐無田です。
いつもメールをありがとうございます。リプライせずに失礼しておりましたが、ようやく時間を取れましたので、感想などお伝えしようと思います。
先般の伊藤部長との学習会について。こうした場に出てくる伊藤部長の姿勢には感心しますし、地域産業政策に関して市民の参加する議論の場を作って行こうとする崔さんらの努力にたいへん敬意を覚えます。継続的な住民学習と開かれた地方行政の関係へとつながっていければ何よりなのですが。
伊藤部長の提起する「川崎を研究開発都市にする」「中小企業の製造業の技術力を活かしていく」方向に私も賛同します。問題は、それをどのような全体構想あるいは都市像の下で実現していくか。この点が伊藤さんと崔さんの間でも議論がかみ合わなかった点のようでした。
私なりにいくつかの論点を整理すると、
1. JFEなどの大企業の工場に残ってもらうことと、研究開発機能の集積や中小企業の技術力との連携を図ることが、どうつながるのかという関係性が明瞭に見えないこと。両者を「工業集積」と括ってしまうと、地域内での産業連関が見えなくなってしまいます。日本の大企業は研究開発を内製化し、外部調達しませんから、そのままでは、最新鋭製鉄所が地域にあっても、地元の研究開発型中小企業にとってはメリットがありません。
THINKのような施設は、JFE都市開発の事業であって、JFEにとっては
不動産の有効活用ではあっても、THINKの入居企業の研究成果をJFEが柔軟に調達して製鉄所の競争力を高めるような関係には、(以前調査したときには)なっていませんでした。もしこのような関係が形成され高度化するならば、JFEは簡単に地域から出て行かないでしょうが、現状では川崎立地のメリットは不動産と設備が残っているということだけで、同じ大都市圏立地の千葉県蘇我に機能集約すると、いつ判断されてもおかしくないと懸念されます。この点で、川崎市の産業政策が、臨海部大企業と地元中小企業との関係構築(とくに研究開発面での分業関係)にどう携わってきたのか、産業政策の具体的な中身のお話はどうだったのでしょうか?
2.中小企業再生の条件と地域労働政策について。
伊藤さんも指摘されているように、中小企業の問題は高齢化と後継ぎがいないことです。なぜそうなるのか。現在の日本の労働市場は階層的で、大企業からの離職・転職は生涯所得の大幅な減少を不可避とするので、優秀な人材ほど大企業志向で、大企業に囲い込まれる傾向にあります。しかも、グローバル競争のもとで、大企業は下請け中小企業の選別を進めたので、コスト削減圧力が高まって中小企業の労働条件はさらに悪化し、資金繰りも厳しく、技術開発に投資するような余力がなくなっていくという悪循環にあります。
こういう構造をそのままにして、地域の中小企業再生策はどのくらいリアリティがあるのか、という論点です。実際に、川崎市の企業数はどんどん減少しているわけです。日本でアメリカのような流動化した労働市場を展望することは現実的ではないですが、北欧やドイツのように、地域レベルの職業訓練政策、創業に失敗した場合の再雇用保障制度、大企業と中小企業の垣根を越えた地域的な労働組合の連帯運動など、地域労働政策の進展がなければ、現在の地域産業政策だけでは中小企業の再生というのは難しいのではないか。
3.製造業とサービス産業との関係について。
伊藤さんは、「設計、計量検査、エンジニアリング、給与計算、在庫管理と原価計算、財務と保険、輸送、設備機械の修繕と保全、検査」などの高付加価値サービス産業は製造業の生産がなくなればなくなってしまうと言っていますが、それは現状維持の視点で、私はサービス産業についてはもっと戦略的な位置づけが必要ではないかと思っています。大企業に依存する垂直分業ではなく、研究開発型中小企業を主体にした技術力の強みを活かす地域経済を展望するならば、経済仲介機能を発揮するビジネスサービスの発展が不可欠です。
いい技術があっても売れなければ意味はなく、売れても安く買いたたかれていては地域経済は発展しません。グローバル経済におけるモジュール生産が進展し、すり合わせ的な下請け系列関係が揺らぐ中で、日本の中小企業の課題として、いくら技術力があっても、大企業以外のチャンネルでそれを国際的な技術市場に「売り込む力」が弱いということがあります。
しかし、技術開発力に強みを持つ職人的な中小企業が、個々に国際的に自ら売り込むことまで期待するのは無理があります。技術の売り込みに関しては分業し、経済仲介機能を担うビジネスサービスを身近に調達できるのが理想です。海外から地元企業への投資の仲介、技術の海外移転の契約の仲介、海外市場とつながるための人材の仲介などを、大企業に頼らず、地域企業の損にならないように交渉できる信頼に足るビジネスサービスを戦略的に地域に育てる必要があるのではないか。そして、これを実現する上で「都市の国際化」が条件の1つとなるのではないかという論点につながります。
都市の中で国際化に対応できるビジネスサービスが育つには、まず都市の国際化が必要であり、外国人起業家が次々出てくるような社会風土があるかどうか。川崎市は国際化に熱心な自治体で、アジア起業家村などの政策もありますが、上記のような国際的なビジネスサービスの集積につながり得るものなのか、もう少し検証が必要かなと思っています。
4.臨海部に遊休地が発生して跡地利用を考えるときに、産業立地で埋めるべきかどうか。装置型重化学工業の立地から、高付加価値な研究開発型産業へと変わっていくならば、従来と比べて広大な産業用地は必要でなくなり、もっと生活条件をも考慮した空間編成がされてもよいはずが、そうならないのはなぜか。1つは民間企業の私有地だからという土地所有の問題があります。民間企業の取引に任せていれば、バラバラでしかも低付加価値な土地利用になってしまう恐れがあるので、川崎市側としてもそれはまずいと考えて、できるだけ一体的な土地利用転換を促すようにずいぶん苦労されているという印象です。
しかし、もう1つには、一体的な土地利用転換のための道筋をつける話し合いの場を設けたとしても、まず地権者である企業の意向を無視するわけにはいかず、国や県の支援も必要であって、そうしたメンバー中心に臨海部再編を協議するので、産業立地以外の発想が出てこないという問題です。(直接的に固定資産税収を求める市行政の利害もあるかもしれません)臨海部の将来像を描くときに、産業の発展を展望することはもちろん1つの大事な見識ですが、そればかりではなく、生活の質を求める住民の素朴な要求というのも大事な要素で、お互いが鋭く対立しあいながらも、独自の解決策を見出していくプロセスにこそ地域発展のダイナミズムがあるのではないかと思っています。
しかし、川崎の臨海部では、対抗的な市民運動の主体も、その意思決定に関与するチャンネルも弱いというのが難しさです。世界各地のサステイナブルな地域づくりを見ても、市民運動側から環境とか人権とか非経済的な価値を求める力が強く、それを受けて産業サイドがそうした非経済的な価値を活かした新しいビジネスモデルを開発するという関係性が見られます。はじめから産業優先だと思考が既存の構造にとらわれて斬新な発想が生まれないわけです。
産業政策を否定するのではなく、しかしそればかりで臨海部を考えるのでもなく、環境再生や市民生活の再生を大事にする見識と産業政策的思考が交わる場をどう設定するかという、政策統合の論点があるのではないか。このあたりが崔さんが提起したかったところなのではないかと思います。
その他にも論点はあるかと思いますが、とりあえずここまでの感想をかねて、考えを整理してみました。また時間を取れたときにしかご返事できないかもしれませんが、崔さんのお考えもお伺いできればと存じます。
今後のご活動も期待しております。
二回目は川崎市の経済労働局産業政策部部長の伊藤和良さんから、臨海部と中小企業の将来についての熱い想いを伺いました(http://www.justmystage.com/home/fmtajima/newpage31.html)。伊藤さんとの対話を続けたいという考えを、中村さん、伊藤さんのご意見を踏まえてブログで記したところ、金沢大学の佐無田 光さんから投書をいただきました。ご本人の承諾を得て、掲載させていただきます。
佐無田さんは、『環境再生』(有斐閣)や『地域経済学』(有斐閣)、「京浜臨海部の再生と地域経済ー地域比較の観点から」(http://www.justmystage.com/home/fmtajima/newpage34.html)など多くの臨海部に関する論文を書かれています。
これらを踏まえて、行政から伊藤さんあるいは、総合企画室の方、或いは地元選出の議員の方、あるいは研究者や市民の方からのご意見をいただき、議論を深めていければと願います。
崔 勝久
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崔さんへ
金沢の佐無田です。
いつもメールをありがとうございます。リプライせずに失礼しておりましたが、ようやく時間を取れましたので、感想などお伝えしようと思います。
先般の伊藤部長との学習会について。こうした場に出てくる伊藤部長の姿勢には感心しますし、地域産業政策に関して市民の参加する議論の場を作って行こうとする崔さんらの努力にたいへん敬意を覚えます。継続的な住民学習と開かれた地方行政の関係へとつながっていければ何よりなのですが。
伊藤部長の提起する「川崎を研究開発都市にする」「中小企業の製造業の技術力を活かしていく」方向に私も賛同します。問題は、それをどのような全体構想あるいは都市像の下で実現していくか。この点が伊藤さんと崔さんの間でも議論がかみ合わなかった点のようでした。
私なりにいくつかの論点を整理すると、
1. JFEなどの大企業の工場に残ってもらうことと、研究開発機能の集積や中小企業の技術力との連携を図ることが、どうつながるのかという関係性が明瞭に見えないこと。両者を「工業集積」と括ってしまうと、地域内での産業連関が見えなくなってしまいます。日本の大企業は研究開発を内製化し、外部調達しませんから、そのままでは、最新鋭製鉄所が地域にあっても、地元の研究開発型中小企業にとってはメリットがありません。
THINKのような施設は、JFE都市開発の事業であって、JFEにとっては
不動産の有効活用ではあっても、THINKの入居企業の研究成果をJFEが柔軟に調達して製鉄所の競争力を高めるような関係には、(以前調査したときには)なっていませんでした。もしこのような関係が形成され高度化するならば、JFEは簡単に地域から出て行かないでしょうが、現状では川崎立地のメリットは不動産と設備が残っているということだけで、同じ大都市圏立地の千葉県蘇我に機能集約すると、いつ判断されてもおかしくないと懸念されます。この点で、川崎市の産業政策が、臨海部大企業と地元中小企業との関係構築(とくに研究開発面での分業関係)にどう携わってきたのか、産業政策の具体的な中身のお話はどうだったのでしょうか?
2.中小企業再生の条件と地域労働政策について。
伊藤さんも指摘されているように、中小企業の問題は高齢化と後継ぎがいないことです。なぜそうなるのか。現在の日本の労働市場は階層的で、大企業からの離職・転職は生涯所得の大幅な減少を不可避とするので、優秀な人材ほど大企業志向で、大企業に囲い込まれる傾向にあります。しかも、グローバル競争のもとで、大企業は下請け中小企業の選別を進めたので、コスト削減圧力が高まって中小企業の労働条件はさらに悪化し、資金繰りも厳しく、技術開発に投資するような余力がなくなっていくという悪循環にあります。
こういう構造をそのままにして、地域の中小企業再生策はどのくらいリアリティがあるのか、という論点です。実際に、川崎市の企業数はどんどん減少しているわけです。日本でアメリカのような流動化した労働市場を展望することは現実的ではないですが、北欧やドイツのように、地域レベルの職業訓練政策、創業に失敗した場合の再雇用保障制度、大企業と中小企業の垣根を越えた地域的な労働組合の連帯運動など、地域労働政策の進展がなければ、現在の地域産業政策だけでは中小企業の再生というのは難しいのではないか。
3.製造業とサービス産業との関係について。
伊藤さんは、「設計、計量検査、エンジニアリング、給与計算、在庫管理と原価計算、財務と保険、輸送、設備機械の修繕と保全、検査」などの高付加価値サービス産業は製造業の生産がなくなればなくなってしまうと言っていますが、それは現状維持の視点で、私はサービス産業についてはもっと戦略的な位置づけが必要ではないかと思っています。大企業に依存する垂直分業ではなく、研究開発型中小企業を主体にした技術力の強みを活かす地域経済を展望するならば、経済仲介機能を発揮するビジネスサービスの発展が不可欠です。
いい技術があっても売れなければ意味はなく、売れても安く買いたたかれていては地域経済は発展しません。グローバル経済におけるモジュール生産が進展し、すり合わせ的な下請け系列関係が揺らぐ中で、日本の中小企業の課題として、いくら技術力があっても、大企業以外のチャンネルでそれを国際的な技術市場に「売り込む力」が弱いということがあります。
しかし、技術開発力に強みを持つ職人的な中小企業が、個々に国際的に自ら売り込むことまで期待するのは無理があります。技術の売り込みに関しては分業し、経済仲介機能を担うビジネスサービスを身近に調達できるのが理想です。海外から地元企業への投資の仲介、技術の海外移転の契約の仲介、海外市場とつながるための人材の仲介などを、大企業に頼らず、地域企業の損にならないように交渉できる信頼に足るビジネスサービスを戦略的に地域に育てる必要があるのではないか。そして、これを実現する上で「都市の国際化」が条件の1つとなるのではないかという論点につながります。
都市の中で国際化に対応できるビジネスサービスが育つには、まず都市の国際化が必要であり、外国人起業家が次々出てくるような社会風土があるかどうか。川崎市は国際化に熱心な自治体で、アジア起業家村などの政策もありますが、上記のような国際的なビジネスサービスの集積につながり得るものなのか、もう少し検証が必要かなと思っています。
4.臨海部に遊休地が発生して跡地利用を考えるときに、産業立地で埋めるべきかどうか。装置型重化学工業の立地から、高付加価値な研究開発型産業へと変わっていくならば、従来と比べて広大な産業用地は必要でなくなり、もっと生活条件をも考慮した空間編成がされてもよいはずが、そうならないのはなぜか。1つは民間企業の私有地だからという土地所有の問題があります。民間企業の取引に任せていれば、バラバラでしかも低付加価値な土地利用になってしまう恐れがあるので、川崎市側としてもそれはまずいと考えて、できるだけ一体的な土地利用転換を促すようにずいぶん苦労されているという印象です。
しかし、もう1つには、一体的な土地利用転換のための道筋をつける話し合いの場を設けたとしても、まず地権者である企業の意向を無視するわけにはいかず、国や県の支援も必要であって、そうしたメンバー中心に臨海部再編を協議するので、産業立地以外の発想が出てこないという問題です。(直接的に固定資産税収を求める市行政の利害もあるかもしれません)臨海部の将来像を描くときに、産業の発展を展望することはもちろん1つの大事な見識ですが、そればかりではなく、生活の質を求める住民の素朴な要求というのも大事な要素で、お互いが鋭く対立しあいながらも、独自の解決策を見出していくプロセスにこそ地域発展のダイナミズムがあるのではないかと思っています。
しかし、川崎の臨海部では、対抗的な市民運動の主体も、その意思決定に関与するチャンネルも弱いというのが難しさです。世界各地のサステイナブルな地域づくりを見ても、市民運動側から環境とか人権とか非経済的な価値を求める力が強く、それを受けて産業サイドがそうした非経済的な価値を活かした新しいビジネスモデルを開発するという関係性が見られます。はじめから産業優先だと思考が既存の構造にとらわれて斬新な発想が生まれないわけです。
産業政策を否定するのではなく、しかしそればかりで臨海部を考えるのでもなく、環境再生や市民生活の再生を大事にする見識と産業政策的思考が交わる場をどう設定するかという、政策統合の論点があるのではないか。このあたりが崔さんが提起したかったところなのではないかと思います。
その他にも論点はあるかと思いますが、とりあえずここまでの感想をかねて、考えを整理してみました。また時間を取れたときにしかご返事できないかもしれませんが、崔さんのお考えもお伺いできればと存じます。
今後のご活動も期待しております。
2010年12月20日月曜日
「植民地主義」研究会に参加して 朴鐘碩
「植民地主義」研究会に参加して 朴鐘碩
私と私のパ-トナ-は、12月18日、立命館大学大学院西川長夫名誉教授の「植民地主義」研究会に招待されました。パ-トナ-が大学時代下宿していた京都大学に近い場所でした。
参加者は主催者である西川教授、立命館大学の(留)学生はじめ西川祐子教授、横浜国立大学学生、「日本における多文化共生とは何か」編著者である加藤千香子教授、中部大学教授、パートナ-の大学時代の友人など15名程でした。
1975年に製作された「日立就職差別裁判」(日立闘争)、20分のDVDを観たあと、参加者の自己紹介、「植民地主義」研究会の趣旨説明がありました。
私は、1974年の勝利判決後、日立製作所に入社し、40年近い職場での体験、見えたこと、残り1年となった来年11月に定年退職を迎えるにあたっての心境など「続日立闘争」と「植民地主義」をテ-マに話しました。
加藤教授から「「1968」と「日立闘争」、そしてその後」についてコメントをいただきました。日立闘争(1970~74)「1970年代日本の『民族差別』をめぐる運動」『人民の歴史学』(2010.9) http://www.justmystage.com/home/fmtajima/newpage18.html参照。
私の「続日立闘争」の意味は、「協調」「共生」を揚げながら「自由にものが言えない」「労働者のものを言わせない」日立の職場環境を問うことになった。
その後、西川長夫教授から私を支えた「パ-トナ-の話を聞きたい」との要請があり、参加者は私の話しよりもパ-トナの話に強い関心があったようです。彼女は、私との出会い、3人の息子たちのこと、日常生活のことを話しました。
学生たちの関心は、卒業後の直面する就職問題でした。企業社会(日立)の様子、組合の実態を聞いてやはり驚いたようです。真剣な眼差しで聞いてくれました。パ-トナ-の友人は、何度も頷いていました。中部大学教授は、授業で「日立闘争」を扱い、「(碧南)高校の先輩が日立という大企業を相手に闘ったことはすごい、誇りの思う、と発言した学生がいた」ことを教えてくれました。
大学院生から「民族差別」から「労働者の問題」に意識が変わった経過について、具体的に話して欲しい」、西川長夫教授から「仕事の内容」「職場で一人なのか、同僚との関係は?」などの質問がありました。
私は、組合との関係、職場での具体的なエピソ-ドを正直にありのまま話しました。参加者の皆さんの驚きを見て、閉鎖的な企業社会の実態は、公に知らされていない、と私は思いました。
西川祐子教授は、自らの体験から「裁判で闘っているときより、職場に入ってからの方が実際もっとしんどい」と話されていました。40年近い体験は、全くその通りでした。
4時間近い研究会は、あっという間で短く感じました。終了後、西川祐子教授の手料理による、1年前倒しの「退職記念」パ-ティとなり、参加者の皆さんから祝っていただきました。
西川教授ご夫妻の家族的な暖かい雰囲気に包まれ、パ-トナ-も私も「研究会に参加できてよかった」と帰宅する新幹線の中で余韻に浸っていました。西川教授ご夫妻はじめ参加された皆さんに心より感謝申し上げます。
なお、私の「続日立闘争」と「植民地主義」の内容は、後日整理でき次第公開します。
私と私のパ-トナ-は、12月18日、立命館大学大学院西川長夫名誉教授の「植民地主義」研究会に招待されました。パ-トナ-が大学時代下宿していた京都大学に近い場所でした。
参加者は主催者である西川教授、立命館大学の(留)学生はじめ西川祐子教授、横浜国立大学学生、「日本における多文化共生とは何か」編著者である加藤千香子教授、中部大学教授、パートナ-の大学時代の友人など15名程でした。
1975年に製作された「日立就職差別裁判」(日立闘争)、20分のDVDを観たあと、参加者の自己紹介、「植民地主義」研究会の趣旨説明がありました。
私は、1974年の勝利判決後、日立製作所に入社し、40年近い職場での体験、見えたこと、残り1年となった来年11月に定年退職を迎えるにあたっての心境など「続日立闘争」と「植民地主義」をテ-マに話しました。
加藤教授から「「1968」と「日立闘争」、そしてその後」についてコメントをいただきました。日立闘争(1970~74)「1970年代日本の『民族差別』をめぐる運動」『人民の歴史学』(2010.9) http://www.justmystage.com/home/fmtajima/newpage18.html参照。
私の「続日立闘争」の意味は、「協調」「共生」を揚げながら「自由にものが言えない」「労働者のものを言わせない」日立の職場環境を問うことになった。
その後、西川長夫教授から私を支えた「パ-トナ-の話を聞きたい」との要請があり、参加者は私の話しよりもパ-トナの話に強い関心があったようです。彼女は、私との出会い、3人の息子たちのこと、日常生活のことを話しました。
学生たちの関心は、卒業後の直面する就職問題でした。企業社会(日立)の様子、組合の実態を聞いてやはり驚いたようです。真剣な眼差しで聞いてくれました。パ-トナ-の友人は、何度も頷いていました。中部大学教授は、授業で「日立闘争」を扱い、「(碧南)高校の先輩が日立という大企業を相手に闘ったことはすごい、誇りの思う、と発言した学生がいた」ことを教えてくれました。
大学院生から「民族差別」から「労働者の問題」に意識が変わった経過について、具体的に話して欲しい」、西川長夫教授から「仕事の内容」「職場で一人なのか、同僚との関係は?」などの質問がありました。
私は、組合との関係、職場での具体的なエピソ-ドを正直にありのまま話しました。参加者の皆さんの驚きを見て、閉鎖的な企業社会の実態は、公に知らされていない、と私は思いました。
西川祐子教授は、自らの体験から「裁判で闘っているときより、職場に入ってからの方が実際もっとしんどい」と話されていました。40年近い体験は、全くその通りでした。
4時間近い研究会は、あっという間で短く感じました。終了後、西川祐子教授の手料理による、1年前倒しの「退職記念」パ-ティとなり、参加者の皆さんから祝っていただきました。
西川教授ご夫妻の家族的な暖かい雰囲気に包まれ、パ-トナ-も私も「研究会に参加できてよかった」と帰宅する新幹線の中で余韻に浸っていました。西川教授ご夫妻はじめ参加された皆さんに心より感謝申し上げます。
なお、私の「続日立闘争」と「植民地主義」の内容は、後日整理でき次第公開します。
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