2011年2月28日月曜日

延々と差別される労働のまち川崎区ー渡辺治

引き続き渡辺さんのブログの内容を紹介いたします。

川崎市の南部、川崎区、そこには「在日」が多く住み、長年の当事者の運動によって「多文化共生社会の実現」が市のスローガンにもなっています。しかし、渡辺さんが指摘するような問題が残っています。この時期に日本人住民である渡辺さんからこのような主張がなされたことを高く評価したいと思います。

ここ川崎区は長期のスパーンで見れば明治以来の「国づくり」が象徴的に現れているのです。昨年の「韓国併合100年」はまさに川崎の埋め立てがはじまり工業化が推進された時期でもありました。

渡辺さんは触れていませんが、臨海部や川崎港の問題は民主党の新たな「国づくり」の政策として脚光を浴び始めています。東京・横浜・川崎は京浜港として日本の2大拠点(ハブ)に選定され、川崎だけでも1000億円の投資が港湾施設の拡大などに使われる予定です。そんな金があるなら福祉に回せという政党もいますが、福祉の充実には賛同するものの、川崎の臨海部・港湾そのものをどうしていくのかは単なる反対だけではなく、市民・行政・企業・議員による話し合いの場を設けて、50年先の川崎のあるべき姿を求めてグランド・デザインづくりをはじめるべきではないでしょうか。

川崎区の問題は「他と同じ施しを」(渡辺)ということではなく、川崎区の問題(臨海部は市全体の2割の面積)は住民自治の在り方に関係し、それを基盤としながら新たな「街づくり」のイメージ、グランド・デザインづくりに住民(市民)が当事者として関わることによって実現されていく、ということを確認したいものです。


崔 勝久

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延々と差別される労働のまち川崎区ー渡辺治
http://www.owat.net/rinkaibu-mirai/rinkaiblog.html

多分、川崎臨海部と言って、どのような場所かをイメージできる方はほとんどいないだろうと思う。

かつては、工場からの煙がもうもうと立ちこめて、今の産業道路のあちら側さえよく見えなかったという。海にむかって、右から風が吹くと、体が白くなり、海側から風が吹くと、体は赤くなったそうだ。右側には、浅野セメントの工場、海側には日本鋼管の製鉄所があった。

今は、日本鋼管は脱煙装置などを整備し、ほとんどばい煙は出さなくなった。ぜんそく患者は増える一方で、そんな中、川崎公害裁判が起こる。裁判は長期に渡り、裁判所に玄関前で息絶えたという原告もいた。

今は、空気が奇麗になり、公害がなくなったようにも見えるが、交通による排気ガスは、また新たなぜんそく患者を生んでおり、産業道路沿いの小学校のぜんそく罹患率は年々悪化している。

また、関東大震災後、関東圏の通信網が完全に機能しなくなり、最初に救助に来たのがアメリカだった。モールス信号を得たアメリカが救援物資を送ったのだった。日本国内は、どのような規模の地震だったか、どれだけの被害を受けたのかも、何日たっても分からなかった。そんな中、在日韓国人が、日本人に危害を与えたというデマが流れ、日本人による自警団が組まれ、在日をわかれば、かたっぱしから殺し、その数は、数千人、神奈川県内では、5000人に達したという記事も存在する。

死体は、今の池上町に集められ、そこで焼かれたということであるが、今はその場所は公園となっている。過労、労災、事故、公害病、雇用問題、賃金問題などで、労働運動は年々激化していた地域でもあった。

一連の労働問題、民族問題は、今は息をひそめているようにも見えるが、在日の参政権の問題、公害問題は、今でも火はつかないまでも、くすぶっている。

こういった地域に対して、行政は、手をつけられないでいる。その結果、なんら方策も立てられずに、納税者はほうっておかれている内に、大都市では、公共施設が最もないエリア、福祉施設、文化施設、運動広場、公園、緑も最もないエリアとなっている。つまり、完全に差別状況にあると言っていい。これが昨日書いた、差別状態の内容である。

少なくとも、他と同じ施しを受けてもよいのではないかと思う。もし、日本の産業や経済に対する功績を少しでもありがたいと思うならば、医療、福祉、文化施設、環境問題などには、どこのエリアよりも公費がつぎ込まれるべきではないか。

こういったことを、市や県、国に訴える政治家さんがほとんどいないのが不思議でたまらない。あいかわらず、誰も、企業の方向を向き、その企業を支えて来て、犠牲になってきた、住民の方を向かない。労働者がいて始めてなりたつ企業である。

本末転倒な政治の結果、今の差別状態が生じてしまった。次の選挙ではどうにか「まとも」な政治が行える議員さんが選ばれて欲しいと思う。

不健康な川崎、差別される川崎、そこに未来はあるのか?ー渡辺治

「本気で臨海部の未来を考える会」を主宰する渡辺治さんが会のブログを毎日更新しています。大変なことですね。県立南高校を解体するという県の方針に反対し、3年近くにわたって多くの市民と反対運動を続けてきましたが、県と市は結局、方針通り建物を解体し、今は更地になっています。渡辺さんが会のブログで2回にわたって主張した内容をみなさんに紹介します。

この南高校の場所は、市の臨海部の2大拠点(もうひとつは殿町)である南渡田地区(JFEのTHINK中心)に隣接した重要な地域です。そこが住民運動で3年もの長期間行政の方針が中座し、その後も行政と住民との話し合いの場がないというのは異常な事態としか言えません。

1年前に地元選出の超党派の議員と運動を続ける住民との話し合いの場が持たれましたが、その後の進展はありません。広大な跡地をどうするのか、これはまさに川崎の地方自治の試金石です。早急に、住民(市民)と行政、議員が話し合う場を作る必要があります。幸い、議員と行政は議会のでの付帯事項もあり、「話し合いの場」作りに同意しているので、4月の選挙後、その場作りはなされるべきです。この4月に新たに選出される議員と住民、行政との話し合いの動向に注目したいと思います。

崔 勝久

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不健康な川崎、差別される川崎、そこに未来はあるのか?ー渡辺治
「本気で臨海部の未来を考える会」のブログより
http://www.owat.net/rinkaibu-mirai/rinkaiblog.html

川崎区にはかつてから熱を扱う工場が沢山あった。それは、アスベストがいたるところに使われていたことを意味する。

パッキン、耐熱材、アスベストで編んだ手袋、ガラスを冷やすためのアスベストのプール、電気配線の耐火被覆材、配管材の耐火被覆材、原材料にアスベストを多量に使った工場、そして、工場自体もアスベストスレートで壁も屋根もできていた。

隣の鶴見区や大田区では、工場の周辺で多くの人が亡くっている事例があり、厚労省は予算をつけて、希望者には健康診断を受けさせ、多くの被害者が明らかになった。

川崎の北部は起伏に富んでおり、山を削り、谷を埋めて住宅地を作ったが、そこに、ありとあらゆる廃材が埋められた。また、川崎の南部の大部分の土地は、浅野総一郎の時代から、ありとあらゆるゴミが人工島や埋め立てに使われた。

そして、現代になって、いたるところの土中から土壌汚染やアスベストが発見されるに至っている。大田区では、3億近くの費用が投じられたが、除去しきれずに封じ込めて公園になった。川崎市の幸区では、5億8千万円もの費用が投じられて土中のアスベストが除去された。

過去の、産廃業者が利益をあげたそのツケが健康被害として、また巨額な除去費として現代そして、未来の人々に重くのしかかる。

川崎区、鶴見、大田区などの工業地帯は、戦前から、強制労働、労働問題、公害問題、人種問題など、工業化、産業化の裏で犠牲になった地域だった。

そして、その時のツケもまだまだ膨大に残っている。また、まだまだ巨額の税金を国、県、市に納めながら、他に流用され、納税者のためにはあまり使われることはない。

そういった状況下で南高問題は生じたのだ。どうせ、この人たちには、緑も、高齢者施設もいらない、消費者としてせいぜい消費税を払わせよう。ということで、高校跡地に商業施設。そういった、差別的な考え方がその都市計画には見え隠れする。

南高は実は、当初から土壌汚染問題だった。しかし、その途上で、アスベスト問題に気づかされた。どれも、川崎市が多くの労働者を犠牲にして、工業化を進めた結果出て来た「毒」である。そして、すでに多くの子供たちの健康を犯しているだろう。川崎市が生まれ変わるには、まず、これらの過去の「毒」を取り去ることから始めなければならない。

これは公害問題のみではなく、差別問題、労働問題、高齢者問題、保育問題、教育問題、全てにわたってとりくまなければならない。「健康」な状態で、日本を作ってきた川崎を取り戻すことは、イコール、日本の未来をつくることにもなる。

2011年2月26日土曜日

Web研究会を発足させませんか。

Web研究会を発足させませんか。

Twitterで得難い経験をしました。沼崎さんとは一度もお目にかかったことはなく、たまたまTwitterで知りあい、「多文化共生」をめぐる論争になりました。140字以内という制限があるなかでの論争ですから、次から次へと論争がリアルタイムで展開します。「25日のTwitterでの長時間の論争を公開します」(その1) http://t.co/0zbajXb, その(2) http://t.co/hC5FkVX を参照ください。

チャンネル2やその他でもネットの論争は口汚くののしりあい、レッテル貼りをしてまともな論争にはなりえないとこの間の経験で感じていました。金明秀さんも経験されたようですが、いくら誠意を尽くしてまともに論争しようとしても全くはなしにならない場合が多いのです。しかし140字がどのような基準で設定されたのかわかりませんが、非常にいい字数です。言いたいことを要約するにはとてもよくできていると思います。また、論文を読むには、URLを記せば相手側はそこから論文を読めるので、140字だけの勝負に終わらせない方法があるということです。私の場合、ブログがありますから、そこで大体、A4で2枚以内にまとめたものをTwitterではURLだけ書き込めばいいのです。

沼崎さんはどういう方かまったく存じ上げていないのですが、感情的にならず、丁寧に自分の立場を書かれたので、いい論争になったと思います。そして課題も明らかになりました。要は、彼は仙台で恐らくニュ―カマーが日々経験している問題に関わりながら、それを「多文化共生」という言説で説明されたのでしょう。官僚の体質、地方自治の実態にも批判的な、リベラルな活動的研究者だと思われます。

仙台という土地柄、川崎のように人口の2%が超える外国人がいるとか、朝鮮人集落があるということではないのでしょう。しかし近くにトヨタの工場ができましたし、地方都市として多くの外国人が住むようになったという状況の中で、誠実に外国人問題に取り組んでいるのではないかと想像しています。

しかし40年前の日立闘争から「民闘連」をつくり、民族差別と闘う地域活動を提唱し、その後「多文化共生」批判を展開する中で「地域社会の変革」を考えるようになった私としては、住民主権が保障されていない住民自治のあり方や、地域経済を含めた「地域社会の変革」に結び付かないような「多文化共生」論は、結局のところ、マジョリティの問題を問わず、外国人問題を特化し外国人を二級市民化するパターナリズムによると考えざるをえなくなっていました。

私のこの考えを沼崎さんがどのように理解されたのかは不明です。おそらく、私の論文は御存じないでしょう。ブックレット『地方参政権』やPP研(52号)の「『民族差別』とは何か、対話と共同を求める立場からの考察」、「人権の実現―『在日』の立場から」など「新しい川崎をつくる市民の会」の記録に掲載されているものはまったく目にされていないと思います(http://www.justmystage.com/home/fmtajima/)。

しかしTwitterの論争の経験を通して、私は新たな可能性を感じました。そこでWeb研究会の立ち上げを提唱したいと思います。題材は先の沼崎・崔論争をきっかけにして、外国人問題に各地域で取り組む人たち、「住民主権に基づく地方自治」のあり方を模索する人たち・地方自治の研究者、地域社会の経済や臨海部などのあり方に関心がある人たち、また、「多文化共生」に学問として取り組む研究者、植民地主義を批判する政治思想史の研究者、歴史研究者、憲法学者などと協働して、「多文化共生」とは何かを深め、それを各自の研究や地域の実践に生かしていけばどうかという考えです。

幸いにして、『日本における多文化共生とは何かー在日の経験から』(新曜社)の発行以降、多くの研究者と市民運動を進める人たちと知り合うことができました。アカデミズムと運動との協働は必要不可欠だと痛感します。ジャスト・アイデアですが、みなさんの御意見はいかがでしょうか。積極的な参加をお願いします。特に若手の研究者と市民運動に関わる人の参加を熱望します。

2011年2月25日金曜日

25日のTwitterでの論争の一部を公開します(その2)

5.地方自治体の実態について
――地方自治体はいかがですか。川崎は政令都市として外国人施策ではもっとも進んだ都市とされていました。その市長が、「いざというときに戦争に行かない外国人は『準会員』としたのです。日本人との違いがあって当たり前だと。崔・加藤共編『日本における~』参照。
(沼)自治体は首長に大きく左右されます。首長次第で、自治体レベルの行政サービスには大きな差が出ます。しかし、国の施策から自由にはなれない。
――そんなことはありません。「当然の法理」は首長が決断すれば、それですむのです。橋下や河村でさえ、あれだけのことをやっているではありませんか。外国籍公務員を管理職にすることを最高裁も違憲とは言っていません。
(沼)橋本や河村は騒ぎを起こしているだけです。何も実質的なことはできてやしません。まして、「普通」の首長の下の「普通」の自治体は、今でも常に「上級官庁」にお伺いを立て、その「指示」に従います。それを批判していた方が、上級官庁のトップにおなりになりましたけど。
――高知の橋本ですか、大阪の橋下ですか?前者の橋本はそれなりに政府の意向に反して外国人の門戸の開放を具体化しました。川崎の伊藤市長は、政府の方針に反して、指紋押捺問題でそれを拒否した外国人の告発をしませんでした。地方自治体は何もできない、ということはありません。
(沼)大阪の橋下のほう。
(沼)何もできないとは言ってないでしょ。

6.「多文化主義」=「共生」
(沼)私は、外国人参政権にも外国人被選挙権にも外国籍公務員にも全然反対ではないし、むしろ賛成ですから。念のため。
――「多文化主義」=「共生」とは日本政府の方針ですよ。それにそれがおかしいという議論はほとんどありません。地方自治体においては、「多文化共生の実現」を謳ってもそれは政治参加を認めず、生活権を認めず、最先端のところでも川崎のように二級市民化しているだけです。
(沼)だから、私はヨーロッパ的な社会「統合」を、怪しい多文化主義とごっちゃにして多文化共生=統合みたいに言うのはおかしいと言いたいだけです。
(沼)おかしいという議論をしていこうではありませんか。
――喜んで。「おかしい」の実態がまず重要です。それと「おかしい」と判断する思想的な根拠も重要です。先ほどのヨーロッパを「多文化主義」の例とされたのは過ちです。その点はいかがですか?
(沼)舌足らずなら誤りますが、ヨーロッパを多文化主義の例とは申しておりません。「社会統合」の例と申しております。
――それは私の間違いでした。「社会統合」はその通りですが、「多文化主義=統合」は日本の政府、地方自治体を含めての基本路線ですよ。そうすると、地方自治体の「多文化共生社会の実現」は根本において間違いであると沼崎さんは考えているのですか?

7.「移民の人権問題」
(沼)「多文化共生」の名の下の日本政府の基本路線といっても、法務省、総務省、厚労省、文科省など、それぞれ微妙に、時にはかなり違いますね。ただ、「移民の人権問題」を正面から捉えていないという点では、共通で、それは誤りだと思っています。
――「移民の人権問題を正面から捉えてない」点はその通りです。それでは日本に居住している外国人の人権問題(政治参加を含めて)はどうなのでしょうか。「当然の法理」をアプリオルなものとしていませんか。そしてそのことを運動側も問題視できなかったことはいかがですか?
(沼)運動側とは、誰のことでしょうか?
――運動側とは、民族差別と闘い、「多文化共生」を実現すべきだと主張、活動してきた、例えば川崎では市職労であったり、民闘連のような運動体のことです。
(沼)なるほど。そちらの事情になると、私は詳しく存じ上げません。私が多少知っているのは、仙台および東北地方のことなの

8.地方自治体の「多文化共生」施策
(沼)地方自治体の「多文化共生」施策のほうは、地域によっても自治体によっても様々なので、一概には言えませんが、評価できるものと、そうでないものとがあるという認識です。
――地方自治体の「多文化共生」で評価できるものとは?まさか「外国人市民代表者会議」などは言わないでしょすね。沼崎さんは川崎を含めた地方自治体の実態を調べたのでしょうか。鄭香均の最高裁判決以降、人事において評価すべき制度を打ち出したところがあるのでしょうか

9.ミクロな取り組み
(沼)私は、参政権問題方面については調査しておりません。外国人労働者の「集住」地域や、そうでない地域の国際結婚、様々な市民グループの活動などを、少し調査しています。私が評価するのは、ものすごくミクロな取り組みのほうが多いです。
――ミクロな取り組みは必要です。苦労がおおいと思います。しかし世界の国民国家の歴史の中で、「多文化主義」とか日本の「多文化共生」の持つ意味は何かという思想の問題はしっかりと論議したいですね。それと政治参加抜きにした人権はありえません。

10.外国人の政治参加は既成社会への「埋没」か「変革」か
――日本の住民自治がないという議論にならず、「外国人市民代表者会議」を外国人の政治参加と位置つけたということは、既存社会への埋没ではないですか。私は「賛成派」の思想、論理を問題にしているのです。そこに日本の住民自治の問題の変革につながる質があるのかと。
――外国人の政治参加が認められていないのは、実は、日本人そのものが地域社会において「住民主権に基づく地方自治」になっていないから、日本人同士の対話による協働作業が保障されていないから、と私は見ています。私たちは、自ら参加して「埋没」ではなく「変革」を求めます。
(沼)日本に住民自治はありません。自治体行政は全て総務省(旧内務省)の管轄下にあり、全ての部署に中央省庁からの出向職員がおり、県警の本部長など警察庁のキャリアです。議員は、後援者の「御用聞き」であり、民の陳情を官に伝えるだけ。全て根本的な変革が必要です。
――この点は同意します。しかし往々にして外国人の政治参加の問題を権利の付与と捉え、日本の住民自治がまともでないと認識していないなかで、外国人の参政権の問題が語られています。それはいびつな日本の住民自治への埋没なのです。この点はいかがですか?
(沼)そもそも住民自治がないのだから、ないところには埋没もできないかと思いますが、外国人参政権への「反対派」の方々の物言いがあまりにも支離滅裂なので、なんとお答えしていいか分かりませんね
――日本の住民自治がないという議論にならず、「外国人市民代表者会議」を外国人の政治参加と位置つけたということは、既存社会への埋没ではないですか。私は「賛成派」の思想、論理を問題にしているのです。そこに日本の住民自治の問題の変革につながる質があるのかと。
(沼)「賛成派」が誰のことかよくわかりませんが、「外国人市民代表者会議」は外国人参政権をむしろ否定するものでしょう?
――「賛成派」とは「外国人・・会議」を推進してきた人たちです。「共生」推進論者と言ってもいいと思います。彼らは「参政権」を否定する人ではありません。しかし住民自治の問題と切り離して、外国人だけの独自のカテゴリー設定を画策しました。それが二級市民化です。

11.最後に
(沼)「外国人市民代表者会議」と聞くと、台湾総督府評議会を連想してしまいますね。台湾研究が本職なもので。
――沼崎さん、「連想」は結構ですが、「外国人・・会議」がどのようないきさつでできたのか、その経過は把握されるべきですね。仙台においても「多文化共生社会の実現」ということで「外国人・・会議」の提案があるかもしれませんよ。
(沼)どうも。
――沼崎さんへ、昨日は長時間のお付き合い、ありがとうございました。これでお互いのバックグランドがわかりました。さらに話を深めていきましょう。沼崎さんのミクロの実践から見える世界と、私のいう「多文化共生」のマクロ問題点を共有化し、具体的な実践課題まで見えてくればと願いま
す。

25日のTwitterでの長時間の論争を公開します(その1)

25日のTwitterでの長時間の論争を公開します。

ここのところTwitterに時間をかけています。昨日のTwitterでの長時間の論争を公開します。お相手は仙台の文化人類学を専攻する沼崎一郎さんという大学教員です。4時間にわたったTwitter討論にお付き合いくださった沼崎さんに感謝です。ありがとうございました。

かなり問題点がはっきりとしてきたと思います。なお段落にして項目をつけたのは私の判断です。「多文化共生」は当り前のように軽く言われていますが、論争を通してかなりの認識の違いがありました。

これは私たちの置かれている状況がことなる所為でもあるでしょうが、目の前の実践が乞われる状況下で一生懸命取り組んでいる人たちが、そのミクロな状況を、政府が使いだした「多文化共生」という言質で表現しているからだと思われます。

しかし「多文化共生」あるいは「多文化主義」というものは、外国人の急増という事態に対して世界の国民国家が直面している歴史的問題です。

それは大きくは植民地主義の問題として把握するべきであり、まさに「国民国家は植民地主義を再生産する装置」(西川長夫)ではないかと考える必要があると思います。

従って現場で外国人の直面する問題に誠実に対応しようとする人たちと、マクロ的に植民地主義の問題として捉えようとする私たちは対立するのではなく、外国人問題を生み出す社会構造を直視し、その変革を願うということでは同じ課題を担っていると考えるべきでしょう。

また討論を通して、「日本に住民自治がない」という認識では一致しました。これをどのように変革するかという視点のないところで、外国人問題を取り上げることは「既存社会の埋没」につながるというのが私の主張で、これは今後継続して議論を重ねていくべきだと思います。

幸い、「多文化共生」=統合」はおかしいということでは両者は同意したので、そのことの再確認と、具体的な課題について協働できればと願うばかりです。

崔 勝久

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1.「多文化共生」は名前を変えた同化政策
(沼)「多文化共生」政策が、名前を変えた同化政策として、「異」人の管理と支配に使われるだけに終わるのか、それとも、「日本社会」そのものに風穴を開けることになるのか。それは未だ分からないと、私は思う。同化支配政策にさせないための闘いを続けなければなるまい。
――「多文化共生」は日本社会の「統合」政策として出されてきています。「当事者」も参加して一緒に考えるのでなく、外国人にとっていいことは何かを、当事者抜きに専門家が発表していますね。「外国人市民代表者会議」という「政治参加」制度は、「ガス抜き」と上野千鶴子は喝破。
(沼)ガス抜きにもなってません。しかし、もっと地道な活動をしている人々もいますし、そうした活動に自治体の方が動かされているところもあります。そういう人たちは、「多文化共生」も「統合」も口にしませんけどね

2.「統合」について
(沼)最近「多文化共生」言説で、「統合」という言葉がよくでてくるが、原語の“integration”と日本語の「統合」では、語感が随分違う。原語では「統べる」という意味は薄いが、日本語ではこちらが前面に出てしまう。特に行政が言いだすと。
――行政は「統合」ということを「共生」という単語で政策を進めているということは、近藤敦さんが明確に言っています。これはニュアンスの問題でなく、実態です。外国人の政治参加を承認するという風にはなっていません。被選挙権のない参政権っておかしいでしょう。
(沼)もちろん根っこのイデオロギーに問題がないわけではないが、少なくとも「建前」としては、“integration”とは、“assimilation”でも“segregation”でもない、「和して同ぜず」の社会を作ろうというものだったはず。
――「はず」ってなんですか?観念でなく、実態を直視すべきです。誰が「和して同ぜず」の社会を作ろう」としたのですか、そこに当事者として外国人は参加していたのですか?「「共生」を批判する: 「当事者主権」とは何か?」http://t.co/3kghzpX
(沼)「統合」は「社会」の統合であり、「共生」は「多文化」の共生です。つまり、日本政府(総務省)の試みは、移民問題の脱政治化/脱国政化です。移民問題を、住民「間」の人間関係問題、「定住外国人」と自治体サービスの問題に転化しているのです。
――外国人の政治参加が認められていないのは、実は、日本人そのものが地域社会において「住民主権に基づく地方自治」になっていないから、日本人同士の対話による協働作業が保障されていないから、と私は見ています。私たちは、自ら参加して「埋没」ではなく「変革」を求めます。

3.日本に住民自治はない
(沼)日本に住民自治はありません。自治体行政は全て総務省(旧内務省)の管轄下にあり、全ての部署に中央省庁からの出向職員がおり、県警の本部長など警察庁のキャリアです。議員は、後援者の「御用聞き」であり、民の陳情を官に伝えるだけ。全て根本的な変革が必要です。
――この点は同意します。しかし往々にして外国人の政治参加の問題を権利の付与と捉え、日本の住民自治がまともでないと認識していないなかで、外国人の参政権の問題が語られています。それはいびつな日本の住民自治への埋没なのです。この点はいかがですか?

4.「社会統合」について
(沼)「社会統合」って概念が、海の向こうで提起された時にはそうだったという意味です。それが、日本に輸入されて妙なことになってるから、そう表現しただけ。
――沼崎さん、「海の向こう」ってどこですか、オーストラリア、カナダでも「多文化主義」の概念そのものが批判されています。塩原良和『変革する多文化主義ーオーストラリアからの展望』は読まれましたか?西川長夫さんは?つまり国民国家の本質問題として提起されているのです。
(沼)ヨーロッパです。それから、私は「建前」を問題にしています。「建前」も重要だと思ってますから。実態は、もちろん、あなたの仰るとおりです。
――ヨーロッパは「多文化主義」ではなく、統合体の中に外国人労働者を入れ込みました。「文化」「文明」はドイツ、フランスのイデオロギーです。西川長夫『国境の超え方』(平凡社2001)参照。彼らは「多文化共生」を建前としていません。むしろ固有文化を武器にした排除です。
(沼)「統合」は「社会」の統合であり、「共生」は「多文化」の共生です。つまり、日本政府(総務省)の試みは、移民問題の脱政治化/脱国政化です。移民問題を、住民「間」の人間関係問題、「定住外国人」と自治体サービスの問題に転化しているのです。
――「転化」しているの主語は「日本政府」ですか。地方自治体は?「多文化共生」は「日の丸」「君が代」推進と一体化されているのですよ、何の疑問もなく。実態として外国人を「二級市民化」しています。移民問題は「二級市民化」で、その批判を「同化」としないでくださいね。
(沼)もちろん「転化」の主語は日本政府ですよ。

2011年2月24日木曜日

「力道山の世界」から思うこと。

最近、私のブログがどれほど読まれているのか、統計を見て、それに含まれないが私がMLからメール通信で送っている人の数を足してみました。あくまでも延べ人数ですが、この2年で10万人になります。いや、驚くべき数ですね!

今朝、Twitterで下の二つを「つぶやき」ました。

問題提起その(1)、「昔の写真(2) 力道山関係 」http://t.co/oNFbNWf 力道山の媒酌人の大野伴睦に注目。日本の英雄、力道山を南北朝鮮及び日本の支配者は利用したかったようです。そして力道山は慎重にそれに乗りました。そうするしかなかったのでしょう。

問題提起その(2)、「在日」の解放とは何か。「批判」を「利敵行為」で抹殺するのはなし。私の主張は、国民国家の相対化です。これに例外はありません。社会主義思想と民族愛から「北」に渡り、韓国で逮捕された「在日」は、その後、そのときの思想をどのように総括・発展しているのでしょうか。

解説は不要でしょう。(1)は説明不足ですね。村松友視は尊敬の念をもって力道山の「民族的」な背景にまで言い及んでいます。他の「在日」のライターも書いているようですが、私は読んでいません。村松は「アウトロー」の世界の臭いにも触れていますが、他の「在日」ライターがどこまで肉薄しているのかわかりません。

「アウトロ―」、反社会的団体は許すべきでない、という正論はわかります。しかしどうして「やくざ」に「部落民」や「在日」が多いのか、「第三国人」と言われた戦後の「在日」の実態はどうであったのか、彼らを時の為政者はどのように利用してきたのか、この辺の解明は不可避でしょう。

先日、ある地区のY組の「在日」の大幹部と会いました。呑みながら、私と彼は全く正反対の立場にいるようでありながら、とても似ていると思いました。そう言えば、親父のボクシング・ジムには戦後、練習生として「やくざ」の親分になった人が多く来ていたそうです。しかし親父はそのような人たちとも交わりながら、私には、「やくざ」に頼みごとをしてはいけないと話してくれたことを鮮明に覚えています。

その(2)は、反論・批判が多いでしょう。徐勝は立命館大学のコリア研究所のトップでしたし、徐勝は「在日」を代表するイデオローグで多くの日本人研究者・活動家との親交を深めています。その流れの中で、彼は、花崎批判をしたのだと思います。最近韓国で、「在日」が時の為政者によって「でっち上げ」られたことが明らかになったという報道がありました。今思い返すと、日本のマスコミは全て、「在日」の韓国での逮捕は「でっち上げ」としていました。運動側もしかりです。

しかしその後、「でっち上げ」事件があったのは明白ですが、同時に、多くの「在日」が民族愛と社会主義思想で「在日」「民族」の解放を願い「北」に行ったことは明らかにされました。すると今度は、行ったことが何故問題なのか、どうしてそれを南の政府は裁けるのかという論理になってきました。私はそのことには触れません。確かに韓国政府が「北」に行っても捕まらないのに、どうして「国民」はだめなのかという提起は確かに一理あります。

しかし私が問いたいのは、「北」に行った「同胞」はその後、その時に抱いていた「民族解放」の思想をどのように総括・発展させてきたのかということです。彼らを批難しているのではありません。徐京植の著作を読んでも同意するところが大部分ですから。そのときの当事者から是非、その後の「解放」についての思想の変遷を書いてほしいと願います。

朝鮮戦争のさ中、日本から飛び立つ飛行機が朝鮮半島に行き爆撃するのを阻止したいと思った「在日」が多くいたことはよくわかります。そのとき以来、共産党は六全協のとき日本共産党は国籍条項を採用し、「在日」もまた、国民国家の論理・建前の上で行動することを当然視し始めたのです。日本に住み生きていくのに、「在日」は国籍条項の拠って立つ、国民国家の理屈に従わなければならないのでしょうか?

私はその論理を相対化して、自分の住む「地域社会の変革」に関わらない限り「在日の人権の実現」はおぼつかないと考えるようになりました。みなさんの意見はいかがでしょうか。反論、批判をお願いします。

2011年2月23日水曜日

昔の写真(2) 力道山関係



またこんな写真が出て来ました。
一番上は、力道山がスチュアーデスと結婚したときの写真です。写真好きだった親父が撮ったものなのでしょう。晩酌人は、大野伴睦。裏世界にも通じている大者政治家です。プロレス界発展のために必要だったのでしょう。

二番目は私の誕生日のときだと思いますが、大阪の家に来た力道山が写っていますね。私の小学生のときだから(白い服を着ているのが私)、そのときの記憶はありません。当時、力道山の試合がテレビ中継され、アメリカ人を空手チョップでやっつける戦後日本の英雄だったのです。

最後は力道山の息子と親父です。
力道山には、日本人スチュアーデスとの息子の他に、日本に来る前に北朝鮮にいたときにできた娘さんがいます。万峰号に力道山が会いに行ったことはすでにいろんな本に記されています。その他、総連が力道山に「紹介」した女性との間にも子供がいたことが公にされており、村松友視『力道山がいた』にも触れられています。

どうして総連がそのようなことをしたのか、これは力道山は韓国にも招待されており、韓国・北朝鮮の間での
力道山をめぐる駆け引きがあったからと思われます。当然、「在日」の裏社会の人間も関与していたのでしょう。そもそもが芸能やスポーツの興行は裏社会の組織なしには成り立たなかった時代ですから。

力道山が刺されたとき、私の家には「分裂騒動」があり、母は離婚しておらず、私と一緒に住んでいた叔父叔母と親父との金銭トラブルがあり、そこに力道山がからみ、大阪のビルを担保にしてのお金のやり取りがあったと聞いていました。
 
時代が過ぎ、力道山が朝鮮人であったことももう「秘密」ではなくなりました。本や映画にもでてきます。韓国映画に「力道山」というよくできた映画があります。韓国の俳優が実際に体を大きくして、プロレスをする場面もでてきます。相撲時代の差別のことにも触れており、日本でもビデオショップで借りれるはずですから、是非、どうぞ。愚息がチョイ役で何度かその映画に出て来ます。