2008年8月6日水曜日

朝鮮新報(8月6日)、朴日粉記者による書評

みなさんへ

朝鮮新報社の朴日粉記者が朝鮮新報8月6日の文化面で、
私たちの本の書評を記しています。

朴記者は、本書は、「個の位置から」問い直した「意欲作」であり、
「読み応えのある論考が並ぶ一冊」と紹介しています。以下、的確な
引用と合わせ、朴記者がどの点に関心を持ったのか、よくお読みください。
どこよりも早く、なお的確に、新聞紙上で書評を記してくださったことに感謝します。

崔 勝久

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朝鮮新報 8月6日 文化面から引用(5ページ)


より深刻な人間性蹂躙の今
「日本における多文化共生とは何か」

 日立就職差別裁判闘争(以下日立闘争)の勝利から34年―。
本書は、グローバリズム と新自由主義のなかで、変質する「共生」の概念をこの闘いを長年担い、支援してきた人々が「個の位置から」問い直した意欲作である。

 日立闘争は、1970年、日立の入社試験において本名の蘭に日本名を記し、本籍地に現住所を記した在日朝鮮人2世の朴鐘碩青年が、「嘘をついた」ということで採用を取り消され、そのことを不服として日立を相手に提訴し、4年にわたる裁判闘争で勝利した闘争である。

 このときの判決は、日立は民族差別にも基づく不当解雇をしたと日立側を全面的に問責しながら、日本社会にはこる民族差別について次のように厳しく指弾している。

 「・・・在日朝鮮人に対する就職差別、これに伴う経済的貧困、在日朝鮮人の生活苦を原因とする日本人の蔑視感覚は、在日朝鮮人の多数から真面目に生活する希望を奪い去り、時には人格の破壊にまで導いている現在にあって、在日朝鮮人が人間性を回復するためには、朝鮮人の名前をもち朝鮮人らしく振舞い、朝鮮の歴史を尊び、朝鮮民族として誇りをもって生きていくほかにみちがないのであることを悟った旨、その心境を表明していることが認められるから、民族的差別による原告の精神的苦痛に対しては、同情に余りあるといわなければならない」と。

 あれから40年近い歳月が流れた。しかし、日本では相も変わらず同化と差別がはびこり、政治、経済、言論界など社会の隅々に差別的、閉鎖的、排外主義的な言質が跋扈している。しかも、より深刻な問題を呈しているのは、世界的な新自由主義(ネオ・リベラリズム=ネオリべ)の席巻やグローバリズムの拡大のなかで、企業・行政はネオリべ路線に沿って、利潤を求める競争や効率を最優先させ、地域住民や労働者らに犠牲を強いて、人間性を踏みにじる状況であろう。

 そうした今日的な問題意識を持ちながら、いまや政財界もこぞって唱えるようになった「共生」とは何かを、フェミニズムの立場から論じた上野千鶴子・東大教授の論考、「共生の街」川崎を問う崔勝久氏の問題提起など、読み応えのある論考が並ぶ一冊。

とりわけ、上野氏が外国人の「参加」や「参画」「多文化共生」ということもそれが使われる文脈次第で異なる意味が生まれると指摘、「そういった言葉自体になにかの意味が本質的にあるわけではなく、それがどのような文脈においてどのように使用、流用、盗用、動員されるのかという可能性にいつも注意深くなければならない」と警鐘を鳴らしていることに頷く。
                               (朴日粉記者)

高史明氏の講演内容と私の感想

 08・08・06   望月 文雄

昨日、小田実の「河」という出版記念会に引き出されました。
昨日の小田実の「河」六千ページにわたる作品を読みたいという希望
を いだかされました。
なぜ、「河」を読みたいのか、「河」は九年もかかっている作品で、
生きて いる間には完成しませんでした。それは「共生」にかかわる
新しい視点が 込められていると思います。

かれは「何でも見てやろう」という文章で世に出ました。ベ平連の中心
になり、 ベトナム反戦で大きな力となったが、彼の死後出てきた「河」は
「何でも見てやろう」と見てきた事の思いを正直に表そう、自分の
意思表示を 明確にという、従来の立場から変化して、日本社会の
変革を求めるという風に。

戦時中大阪大空襲の炎に囲まれた体験が、フルブライト交換生時代
にある。 それを1923年の関東大震災の在日朝鮮人虐殺の想いを
馳せ、 大阪大空襲の体験に重ねている。自分は日朝のハーフとしての
体験を 小田の「河」には日本は変わらなければならないんだという
意識が鮮明に 出ている。

見る小田から行動する小田へ、阪神大震災であやうく死という体験
を経て、 また、日本政府への要求が受け入れられず、さらに、
新潟の大震災への 重複体験は変革を求める行動を起こすことへの
変化となった。 何を変えなければならないのか。

布施辰治の韓国での叙勲、建国功労賞、野間宏の「暗い絵」に出てくる
京大の学生は布施辰治の息子。 日立闘争は、強制への扉で子の扉を
開いてどこへ行くのか。丸山真男の日本への問題提起は1980出版の
日本思想体系第31巻(岩波)で、日本の戦前の思想の根を抉っている。

敗戦という問題は日本の根幹に関する問題(国体に関する根幹)を提起。
それは明治憲法と教育勅語という問題と、神ながらの道への天皇の思想が
問われているのだ。しかし、日本の思想はそれを風化させている。天皇が
ポッダム宣言の受諾を躊躇している間に二度の原爆投下を受ける。

戦後の日本は賠償問題に着手しない間に、朝鮮動乱がぼっ発、その
時点で GHQの日本支配の重点の転換が(賠償から日本の復興へ)
なされた。 それによって日本の政治は経済の進展へと変化した。


感想
戦前戦中の植民地支配の賠償金問題を含む戦後処理を無視し続けて
よいのか。 戦後の在日問題は、歴史を直視してこなかった政治にあり、
当然の法理という 場当たりな見解を国会審議に懸けることなく、国家の
基本方針として黙認する という不条理を最高裁が公認したという、
非倫理理念が存在する。 人権尊重とは何か。理性的な在日朝鮮人
から日本人に突きつけられた 問題提起であるのだろう。

2008年8月5日火曜日

「ネオリべって経団連の会長の名前かと思ってました」

みなさんへ

本当に暑い日が続きますね。
千葉のCさんから出版記念会での感想文が届きました。
抜粋してその内容の一部をお知らせします。

そろそろみなさんも本を読まれたと思いますので、感想をどうぞ。

昨日、辛淑玉(しん・すご)さんと会いました。
本の内容に関しては「全面的に同意します」というご感想で、
3年後の市長選を念頭に置き、石原と対決しようとした彼女から,
これからも具体的な(失敗例を含め)アドバイスをいただこうと
思っています。

夏風邪が流行っているそうです。ご注意ください。

崔 勝久

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21日はお疲れ様でした。問題意識をかき立てられる非常に
エキサイティングな 集会だったと思います。

集会で崔さんや朴さんが提起された、現実の闘いの中で
つかんだ確信こそが、 われわれ労働者階級の理論であって、
それを言葉にして労働者階級の闘いを 励ますのが、闘う
陣営にあろうとする知識人の役割ではないかと思います。

朴さんの「ネオリベって経団連の会長の名前かと思って
いました」という言葉は、 単なるギャグにとどまらない、
聞いている労働者の劣等感を吹き飛ばし モヤモヤを
すっきりさせる、実にナイスな言葉だと思っています。

2008年7月29日火曜日

長野からの感想文

7・12出版記念の集いお疲れ様でした。
いつもながら川崎に行って皆さんとお会いすると勇気がわいてきます。
そして皆さんの笑顔がとても美しく誇らしげに見えて
私はとてもうらやましく思います。

また「日本における多文化共生とは何か」の出版に至る過程でも
皆さんの大変な「労力」と思想の「エキス」が本に注ぎこまれ
その出版が現実のとなった時の皆さんの喜びは
計り知れないのではないかと察します。

さらに「在日」として「民族差別」などに日々苦悩し、壁にぶつかり、
それを乗り越えてもまたさらに壁にぶつかる
そのようなことを繰り返しながら自ら活路を切り開いてきた歴史が刻まれています。

そして立ち上がれば何とかなると勇気を与えたのがあの「日立闘争」であり
その闘いがステップとして、川崎市(行政)を相手に
「国籍条項の完全撤廃」「当然の法理」なくせ
という取り組みにつながり、さらに「共生」批判へと歴史を刻んできた
ということを読む人にわかりやすく訴えていたと思います。

この本はなるべく多くの人に読んでほしいと思っています。
いま仲間に声をかけています。
また、図書館にもリクエストするつもりです。

それでこの集いで私の感想ですが
「多文化共生」という言葉は支配する側の論理によって使われ
その響きの心地よさによりそこに迎合する風潮が
全国的に網羅されているといることが実態だと
この集いに参加して私の脳裏にしっかり刻まれました。

私はいままで「多文化共生」は「利用されること」もあると
漠然と認識しておりました。
しかし、それを利用して「差別していく言葉」=「支配していく言葉」
として実在していることがはっきりいたしました。
発言の中で学者と運動体の意識・認識のギャップが出されましたが、
私は運動の車の両輪でどちらも欠かせないものだと思います。
でもそのような議論は両輪を刺激するためにも必要なことだとも思いました。

この集会が大成功に終わり大変よかったと思います。
私も得るところがあり有意義な集いだったと思っています。

交流会に参加して、翌日の仕事のことも忘れ
結局最終列車で長野に帰宅するようになってしまいました。
有意義な時間をありがとうございました。

是非崔さん、朴さん、文さん、さん長野にも着て欲しいと思います。
いつかその機会をつくりたいと思います。
そのときはどうぞよろしくお願いいたします。

高橋 徹

2008年7月26日土曜日

申英子さんからの感想文です

みなさんへ

暑い日が続きます。お変わりありませんか。
さて、大阪で日本の学校で教鞭をとりながら、日本キリスト教団
ハニルチャーチで牧会されている在日2世の申英子さんから
本の感想が送られてきました。感謝します。

崔 勝久

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「多分化共生とは」の本ですが、何よりも「勇気」ある本だと思います。共生という名ばかりで在日を実質的にはほんとうの仲間として扱っていない状況はあらゆる組織で見られることです(これから多くの外国人を市民として受け入れていかなければならない現実を見据えたら、学ぶべきでしょう)。


それは日本人自身が個の確立を経験していないため、何をどうすればよいのか分からない面もあるでしょうし、パワーゲームの罠を操ることでしか、自分の存在を認め、認めさせることが出来ない悲しい現実があります。

ですから、この本は川崎で何が起きたのかということを深く広く知らせることによって、読者が自分たちの置かれている状況で当事者として考えさせられるのではないでしょうか。40年近くかけての取り組みを誠実にしてこられたチョンソクさん、キョンヒさん、勝久さんの使命に感動します。在日という閉ざされた世界にあって、闘いは容易でなかったでしょうし、外からのバッシングや御自分との闘いも相当なものでしたでしょう。


 でもその真実な問いが民族、国籍を超えて響きあう尊いものを共有する人たちとの出会いを起こさせたのでしょう。

新しい世界に向けてのパイオニア的な歩みは受難を伴うものでしょうけれども、悲観的になる必要はないと思います。プロセスにおいてすでに得るものを勝ち取って行けているからです。お二人に久しぶりに会ってそう感じさせられました。 

多くの人たちに読まれますように。 

申 英子

2008年7月25日金曜日

大阪から感想文が送られてきました

みなさんへ

徐々に私たちの本に関する感想が送られてきています。
大阪のSNさんのメールを転送いたします。

崔 勝久

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崔勝久様


 メールをお送りくださりありがとうございます。メールを見たのが昨日の昼でしたが、そのまま勤務に向かって、帰ってきたのが今日の昼でしたので、ご返事が遅れてしまい大変失礼しました。また本も送っていただき、ありがとうございます。火曜日に受け取りました。まだパラパラと8 2くって見ただけですが、これからじっくりと読ませていただきたいと思っております。感想などは、その節に、送らせていただきたいと思っております。帯とあとがきだけ少し読ませていただきました。


本全体を読まずに感想でもないのですが、「共生」という言葉が使われ出してもう20年を超えるでしょうか? 帯に書かれているように、「多文化共生」とは、「原理的にマイノリティのナショナリズムを肯定するものでありながら、マジョリティのナショナリズムとも融和的」というご指摘は、Bく言い当てているのではと感じます。「共生」と言えば、とりあえずは誰も反対しない言葉ですが、それを可能とする前提には、異なる文化(あるいは民族や価値観や宗教など)が形式的にも実体的にも平等あるいは同等の権利や立場を持っていることが、最低限必要ではないでしょうか。差別―被差別、抑圧―被抑圧の関係を解決することなしに「共生」を唱えることは、あたかもマイノリティの存在を認めるかのように装いながら、結局の所、マジョリティ・多数者・権力を持つものへの融和をしか8 2たらさないと思います。


崔さんは、新自由主義・格差社会から「共生」を捉え直す視点で見直そうとされておられるようですが、これは大変重要な視点と思っております。新自由主義の下で、規制緩和、民営化、市場原理にゆだねた「自由競争」は、誰がどう言おうと、弱肉強食を是とする価値観であり、それに「破れた」者は「自己責任」の名の下に投げ捨てられる以外にありません。「格差を是とする」価値観は、「差別を是とする」価値観です。格差社会の拡大とは差別社会の拡大です。こ=E 3で言う差別とは、民族に限らずあらゆる差別です。「共生」とは、それを覆い隠す「イチジクの葉」の役割ではないでしょうか。


新聞報道ですでにご承知かと思いますが、自民党外国人人材交流推進議員連盟が中心となって、今年の秋の臨時国会に、政府・自民党・公明党によって、1000万人の「移民受入法案」の提出が準備されています。もちろん、紆余曲折はあるでしょうが、この中心に座っているのが、中川秀直前幹事長と、かの坂中英徳です。こうした動きも、「多文化共生」「多B 0族共生」のかけ声の下に進められていくのではと思います。


とりあえず、本全体を読む前に、少し感じたことを述べさせていただきました。じっくり読ませていただき、あらためて感想を送らせていただきます。


その上で私は、差別・抑圧・排外の具体的現実に真正面から向き合って、それと闘って打ち破っていくことが、やはり何よりも一貫して中心のテーマではないかと思っております。関西では、微力ながら、そう考え、これまでも、そしてこれからも、闘いを作っていこうと思3ております。そのあたりのことは、関西交流会ニュースをお読みいただければと思います。


また、あらためて感想を送らせていただきます。また、出版記念会の詳細な模様をお知らせ下さりありがとうございました。夏本番でうだるような暑さが続きますが、くれぐれもお体をご自愛ください。