2009年2月6日金曜日

川崎フィールドワーク「多文化共生と国内植民地主義」-西川長夫名誉教授の講演を踏まえて-

みなさんへ

温かい冬ですが、みなさん、お変わりありませんか。
私は「狭窄症」(みのもんたの手術で有名になりました)で歩行が
できないくらいの痛さに悩まされています。3月には手術を受け、
また元気な姿でみなさんの前に現れます!

望月さんのホームページから「川崎フィールドワーク」のリポートを
お借りして皆さんにお送りいたします。望月さんのホームページを
訪問ください。http://homepage3.nifty.com/tajimabc/new_page_157.htm
このブログでは写真はありませんが、望月さんのホームページでは見れます。

望月さんの報告の中で「当然の法理」に関する西川さんの発言内容は、
私は望月さんと違うように聞きました。「当然の法理」は問題であるという
ことははっきりと認識して発言されていたと記憶しているのですが、
この点は改めて御本人の意見を伺いましょう。

また桜本保育園内での写真撮影に関して望月さんは、撮影を禁止された
ことにちょっと「不満げ」ですが、今は園児の保護(人権)のために
どの保育園でも厳しくしているようです。

横浜国大での西川さんの講演の翌日から、立命館・横浜国大・一橋の学生・
院生・博士課程の研究生・職員が参加し、川崎フィールドワークを2日間に
わたって実施しました。訪問したのは以下の四か所です。
特に朝鮮学校と総連支部は朝鮮日報の朴日粉さんの御紹介で実現できました。
心より感謝いたします。

・川崎朝鮮初級学校・保育園、在日本朝鮮人総聯合会川崎支部・NPO法人アリランの家
・桜本保育園・ふれあい館
・川崎沖縄県人会、川崎ファクトリー(南高校解体反対闘争の現場見学)

朝鮮初級学校の金龍権校長、総連川崎支部長の皮進氏、アリランの家の金三浩理事長、
桜本保育園の南宮成根、金健園長、ふれあい館の裵重度館長、沖縄県人会の仲宗根修理事長、
座覇光子氏、川崎ファクトリーの渡辺治氏、各氏にお礼を申し上げます。

崔 勝久

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川崎フィールドワーク「多文化共生と国内植民地主義」
-西川長夫名誉教授の講演を踏まえて-

前日の横浜国立大学「差異と共生」プロジェクト講演会(上記タイトル)の後、2日間の計画で、多文化共生では国内最先端をいく川崎市の実情を見学することになりました。私はフィールドワークのみの参加しました。

2月3日、最初の訪問場所は桜本2丁目に在る民族学校です。正式な名称は学校法人神奈川朝鮮学園川崎朝鮮初級学校です。
朝10時に学校の門前で落ち合う約束でしたので、所在地を知りませんので、2日前に確認しておきました。
1946年秋に東桜本小学校跡でスタートしてから、現在の場所に変わったのは1954年という説明がありました。聞いていた私は自分がNKKに正社員として採用された同じ年であることに、何か通いあうものを感じました。もっとも設立に関しては全く無知なのでしたが

川崎朝鮮初級学校                    挨拶する加藤教授と金学校長 

学校長の金龍権(キム・リョンゴン)先生の説明で驚いたことは学童の月謝が月2万円という高額であること。そのため入学希望者の諦めてしまう場合が多いということ。学校側としては、「一条校」相当の認定をして頂きたいという希望をもっていますが、現時点では絶望てきです、と苦境を訴えておられました。生徒数は1~6年で58名、保育園児童が18名、
川崎市からの補助が学童1人に年間6万円(私算348万円)。先生の数は保育園まぜて10名。今まで不動産税の非課税対象だったのが、拉致問題以降課税対象とされて税負担が厳しいとのこと。日本には全部で70校あるとのことですが、北朝鮮からの援助は年間3億円ということでした。
     
  四年生の授業                       教室の後に置かれていたスポーツする人形

授業参観した各教室での印象は児童がのびのびとそしてとても元気で先制と応答しているのが印象的です。授業は全て朝鮮語です。初めての場合でも1学期学べば言葉の不自由はなくなるということでした。これは聞き捨てならない事実です。

学校を出て、池上町の道飛館という朝鮮料理店へ向かいます。産業道路を横切り、池上町に入ると家と家との間を細い道(幅1間=1,8米)が縫うように走っている。
                                           
   移転当時の校舎(1954年)                    昼食を摂った道飛館                       

同じテーブルに座った学生から望月さんのホームページはすごいですね。資料をプリントしたらこんな厚さになりましたと、指を開いて見せました。食後、歩行困難な崔さんは私に道案内を依頼して自転車で行く。浜町を行くか、桜本を行くか一瞬迷うも目の前の道を進む。
道を北方向にしばらく歩くと、右側に桜本小学校が見える。小学校を過ぎると、加藤教受が「ここは青丘社ですね」と足をとめました。「はい、朝鮮総連の後に見学する計画ですね」と返事をしながら、浜町を回ったほうがよかったのかと一瞬、思案しましたが、しかたがありません。桜本商店街を南の方へ向かう。朝鮮総連の事務所は浜町3丁目3番地、道の角。事務所の前に見覚えのある自転車が置いてあるのを見て、間違いないと安心します。
       
   朝鮮総連の事務所                     元気なハルモニたち         

二階の会議室に案内されると、15人の学生で部屋は一杯。女性職員がハーブ茶を給仕してくれました。甘く爽やかな口当たりで、緊張感が和らぎます。税所に委員長の皮進(ピ・ジン)が挨拶し、実情に就いてはNPO法人「アリランの家」理事長の金三浩(キム・サンホ)さんの説明になりました。NPO法人「アリランの家」は「在日本コリアン高齢者福祉施設」の名称です。週2日、合唱の時間があり、10数人の人が集うようです。高齢者福祉事業としては20人以上の対象者がいないと経営が困難だそうです。設備としてな浴室とカラオケ設備のある広間で、今日は合唱の時間なので、高齢者の人が集まっています、後で合流しましょう、と案内されました。


金理事長は77歳で私と同学、私は早生まれで3月10日に77歳になります。彼は、小学校のころ、創氏改名が施行され、金から金田にされ、クラスで挨拶するように担任から指示され、新しい苗字を告げたとき、日本人同級生が一斉に笑い出し、恥ずかしい思いをしたと回想しました。このとき、私は自分のクラスでは幾人かの在日児童が存在したが、担任からそのような指示がなされた記憶がなく、卒業まで元(ゲン)とか、申(シン)という苗字のままだったことを思い出していました。それにしても、侵略戦争の賠償を行ってこない日本て一体全体どんなに厚かましい国家なのでしょう、という重たい気分になります。
          
   歌う学生                        朝鮮総連事務所で説明に耳を傾かる参加者たち    

一階に降り、ハルモニたちのいるカラオケ設備のある部屋に移動しました。最高齢93歳と説明されましたが、皆顔色がよく、年齢より若い感じ、皆が笑顔で私たちを迎い入れてくれました。ハルモニたちはアリランハイという歌を合唱してくれました。学生たちは男女一人づつ歌い、崔さんも自慢?の喉で一曲披露しました。和やかな交流の時で予定時間を30分オーバー。外に出て記念写真を、幾人かが撮影します。

青丘社に着くと三階の和室に案内され、早速、保育園活動のビデオが上映される、南宮副園長の「74分という上映時間です」という言い訳で。1月28日の民団新聞で大きな紹介記事があったようですが、それは夜の話し合いの時に曹慶姫さんから配られました。ビデオのあと年齢別になっている保育室を順次案内して頂きました。児童の写真は写さないでと配慮をうながす、副園長の言葉が耳に残ります。午前中の初級学校ではそのような注意事項は一事もなかったので、少し違和感が走りました。…授業参観の写真…
     
    青丘社桜本保育園での参観             懇談会で司会をする崔さん     

青丘社の後、ふれあい館への移動を副園長が案内してくれましたが、私は5時半の採血、注射があるので、そちらは失礼して自宅へまっしぐら。所要をすませ、6時半前に東田コミュニケーションハウスへ自転車をはしらせます。到着しますと、部屋の中では女性たちの声がします。入ろうかと迷っていますと、文さんが部屋から出てきて、「二階の会議室でなく、下にしました。お茶の支度ができますから、でも時間が9時まででなく8時までなんです。崔さんの予約とは1時間少ないのですが」との説明。曹慶姫さんも来て準備を終えていました。(崔勝久・曹慶姫夫妻の論文集のURL=http://homepage3.nifty.com/tajimabc/new_page_89.htm)

フィールドワークの一行の到着は6時半。人数が少し減っています。懇談会をせずに帰られた人が数人おられたようです。…懇談中の写真…
     
   考え込んでいる西川教授               真剣な番匠さん
      
自己紹介が一巡しても学生たちの名前と顔が一致しない。私は自分が一番問題に感じていることは、日本人として「当然の法理」とどのように対処するかが当面の最大課題に感じていますと説明を加えました。少し時間をおいて西川教授が「自分はそのようには感じていない」と感想を口にしておられました。反論はたてませんでしたが、学者の理論と実際との違い(乖離)を痛感しました。現に川崎市の職員運用規程は当然の法理に対応して作ったと全文で明確に宣言しているのに、その重みを味わっていない西川教受だという思いがズシンと胸に来たのです。この懇談中の崔さんのビデオへの感想は「民族別の食事というフォーカスは共生謳歌で、支配者の理論に乗じていることの証明。一人一人の家庭の味を出せばそれがよい。その良さが分からないことが問題です」という言葉に集中するでしょう。民族という言葉を強調せずに、その児童の家庭の味をだした食事が大切なのだという芋の持つ、脱民族意識が重要だという趣旨。皆さんはどのように考えますか。


2月4日、朝9時半と言われたので、その時間の会場の川崎沖縄労働文化会館に到着、用務員の人に挨拶して、三階の事務所に顔を出し、館長の中曽根さんの来意を告げると中曽根さんは集合人数を問い、「では三階の和室でいいですね」と案内してくれました。持参した冊子(キョレイ・トンシン=はらから通信と「従軍慰安婦」問題と戦後五十年の2冊)を茶卓に乗せ、時間を見ると9時35分。開催は10時からかと思い直し館内を見て回る。屋根瓦は沖縄の物産らしく、二階の屋根に狛犬が二つ設置してある。…写真…
10時5分前、タクシーが南側の露地に連続しては入ってくる。…写真…
     
  9時55分タクシーを降りる参加者たち         川崎沖縄労働文化会館二階屋根の狛犬

歩行に難がある崔さんには三階までの階段が辛そう。テーブルの周りに座布団を敷く時間は十分あったのに、私は全く気づかず失礼しました。十時過ぎ沖縄出身二世の座覇光子さんが来場、荷物をほどいて、冊子と畳んだ模造紙の束を取り出します。模造紙を広げると、沖縄戦の版画集の切り張りです。冊子は「うりずん」という「沖縄のたたかいに連帯する東京会議」の機関誌でした。その機関紙の連載投稿した彼女の自伝でした。(私のホームページにも彼女のページがありますので参考になさってください。URL=http://homepage3.nifty.com/tajimabc/new_page_127.htm)
         
  説明する座覇さん                   川崎沖縄労働文化会館から出て来た参加者

座覇さんは模造紙の説明を始めたとき、「これは望月さんに手伝ってもらって」…と言い出しましたのに驚きました。記憶になかったものですから。あるようなないような、記憶です。アウシュビッツ写真展で写真集を模造紙で造ったことは記憶にあるのですが。残酷な沖縄戦の話で日本の軍隊が沖縄の人に惨い仕打ちをしたのに、侵略戦争を反省しない戦後歴代の政府は、「減退は住民保護を最重点にします」などを平気でうそをつく。

昼食は少し離れた労働会館内の食堂で摂ることにする。私は加藤教授と同じテーブルに着く。そこで、持参したサンドイッチを開きながら糖尿病の食事制限や金景錫(キム・ギョンソク)さんの訴訟の話(戦時中の日本鋼管でストライキをおこした強制連行の朝鮮人労働者で拷問され半身不随にされ、放置された被害が1991年に来日、政府と日本鋼管に損害賠償を求めた)を手短にしたりしました。食後、教授が最上階にある労働文庫を見に行かれました。私は歩行困難な崔さんとギャラリーのソフアーで感想を話合っていました。

午後1時半、最後の訪問地、「本気で臨海部の未来を考える会」「川崎南高を活かそう会」(URL=http://www.owat.net/kawafac/home.html)の集合地、川崎南高前へめいめいタクシーに分譲して行くことんさなりました。私は自転車なので単独行動をし、自宅に立ち寄り、手に持つを置いて、徒歩で元とに行きました。まだタクシー組みは来ていないようです。確認のために署名を見、立会の婦人と話を交じえましたが、来た様子はないとのことでしたので、小田栄町の角で4時までタクシーの来るのを見ていました。南高前の様子を覗きながら。
待ちくたびれて、南高前に戻り、立会の婦人と話しますとそこに長谷川さんという男性が来、携帯電話で事務所に連絡を入れてくれました。「一行は1時半から集まっておられるというのです。1時半?その時はまだ労働会館前でしたよ、と私。ですが、事務所で会合されていることはたしかです。奥さんが迎えに来てきださいますから、待ってください」と長谷川さん。
    
  解体中にアスベストの使用が判明          抗議の展示物でバリケードになっている

自転車で来られた夫人に案内され、会場になっている川崎ファクトリーに案内されました。
すでに、渡辺さんの話は終わっていて学生たちの感想発表になっていました。学生たちが終わると私に発言を指示する崔さん。渡辺さんの話を聞いていないので、話に困り、自分のトラウマである、終戦前後の体験談と、渡辺さんの事務所の場所が昔、私が日本鋼管に勤務していた頃には、アスガラ(石炭の燃滓)置場で、私の同僚が夜勤なのに、酒を飲みすぎそのアスガラの山で一夜を寝過ごし、出勤しなかった話、隣接地に魔の池という池がありそこで水死体と2度出会った話などをしました。渡辺さんという人は私が昔希望して技術者になりたいと旧制工業学校へ進学した夢の技術者、その技術者以上の技術者なのです。本来の技術、建築だけでなく、(都市設計や文化めんでの活躍、それに市民活動の実際)と私にとっては新人類のように思える人物なのです。私の心中には無意識に羨望が働いたのでしょうか。私の話を聞いた人には理解できない話だったのではと思い後悔の念が湧いています。
                               2009年2月6日 望月 文雄

2009年1月10日土曜日

「多文化共生と国内植民地主義」-西川長夫名誉教授の講演

みなさんへ

横浜国立大学「差異と共生」プロジェクト講演会の案内を
添付資料にしました。
西川長夫、立命館大学名誉教授の講演です。
2月2日(月)14:40-17:00 
場所は横浜国大です。
詳細は添付資料をごらんください。
聴講希望者は一応、私の方に連絡いただければ幸いです。

私が今更西川さんのことを紹介するまでもないと思いますが、
私の理解では、日本人研究者として、植民地主義とは何か
ということを最も深く思索され、実存的にかつ現実の問題
として捉えていらっしゃると思います。

日本においては非正規社員の解雇の問題が取り上げられて
いますが、そこに多くの外国人労働者が含まれていることは
周知の意実です。しかし一方「多文化共生」というのは、
当たり前のこととして政治、経済、教育の分野において
誰もが語るようになってきました。

「多文化共生」はグローバリズム、新自由主義(市場原理主義)
とは切り離すことはできない問題ですが、無条件に賛美される
ことが多く、それらとの関係については深く論議されることは
ないように思われます。

「多文化共生」の世界的、歴史的な意味を日本の場において
考察しようとされているのが今回の西川さんの講演のタイトルに
表わされているような気がします。

多くの方が参加されることを期待します。

横浜国立大学「差異と共生」プロジェクト講演会
「多文化共生と国内植民地主義」
日時:2月2日(月)14:40~17:00
講師:西川 長夫 氏

立命館大学名誉教授、比較史・比較文化論。
著書には『国民国家論の射程――あるいは<国民>という怪物について』
(柏書房、1998)、『増補 国境の越え方――国民国家論序説』
(平凡社ライブラリー、2001)、『戦争の世紀を越えて――
グローバル化時代の国家・歴史・民族』(平凡社、2002)、
『<新>植民地主義論――グローバル化時代の植民地主義を問う』
(平凡社、2006)等。


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崔 勝久
SK Choi

2009年1月9日金曜日

阿部三選準備着々報道!

みなさんへ

年初のあいさつでは、阿部市長は三選は白紙と白を切っていましたが、
この間私たちが確信していたように阿部三選はほぼ確定です。
闘いはこれからです、みなさん、がんばりましょうね!


時事通信配信の1月7日付「官庁速報」電子版に以下の記事が出て
いました。

◇3選出馬の見通し

〔川崎市〕(11月18日任期満了)
阿部 孝夫65市長        無現
岡本  一63神奈川労連特別幹事 無新(共産推薦)

 自民、民主、公明、社民の4党の推薦を受けて再選を果たした
阿部氏は、去就について明らかにしていないが、03年に自らの
任期を3期12年までとする「多選自粛条例」を制定した経緯から、
逆に「3選までの意欲は十分ある」と受け止められている。
 08年11月に開催したパーティーには、共産を除くほぼ全政党
の関係者が顔をそろえ、3選に向けての土壌づくりは着々と進んで
いる。
 阿部氏は、危機的状況だった市財政を立て直すため、思い切った
行政改革を断行。「阿部さんでなければ、川崎市は破綻(はたん)
していた」(公明党幹部)など行革に対する評価は高い。また、
常設型住民投票条例を制定するなど主な公約は実行した。議長を
出している自民は、表向き市長を支える姿勢を崩していない。
自民と同じ議席数の民主は「今のところ白紙」としている。
 
ただ、行革に対する反発も根強く、「これまでは我慢したが、
3期目は明るい展望を示してもらわなければならない」と本音を
漏らす与党関係者は少なくない。 岡本氏は、前回に続き立候補
に向けた準備をしている。推薦予定の共産は「保育所の民営化など
阿部市政は福祉を切り捨てている」などと批判を強めている。


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崔 勝久
SK Choi

skchoi777@gmail.com
携帯:090-4067-9352

2009年1月1日木曜日

明けましておめでとうございます。今年の課題です

みなさん、あけましておめでとうございます。

昨年は体調はすぐれなかったのですが、大きな展望を見出した1年でした。
今年はその具体化を目指して淡々と歩みたいと願っております。
本年もよろしくお願いします。

昨年最後に読んだのが、『公共性』(斎藤純一、岩波書店)と『勝間和代の日本を変えよう』(勝間和代、毎日新聞社)でした。前者は、私たちが求めてきた「開かれた地域社会」という考え方が歴史的にも求められているというをこと知らせてくれました。後者では、日本社会の変革ということが大きな流れになり、それを一人一人が主張する世の中になりつつあるということを感じました。勝間和代が注目されるのはそのためなのでしょう。彼女は「マイノリティの大逆襲」と「戦後システムの更新」を予言・主張します。

今年は、川崎市の市長選があり、私は歴史の大きな流れを実感しつつ、「在日」としてこの40年求めてきたことを具体化したいと願っています。私は「在日」の権利の主張ではなく、「住民自治」というキーワードにたどり着きました。住民が一人一人自分の問題を責任をもって担い、実行していく仕組みが作られる中で日本社会は変革され、「在日」もまた地域住民として参加していくことが可能になると考えるに至りました。

私たちの主張に賛同する市長立候補者であれば、当選すれば当然のこととして、公務員の国籍条項は撤廃することでしょう。ネオ・リベラリズム(市場中心主義)下の弱者である女性、青年、高齢者に目を留めた政策を立て、戦後60年のシステムを更新する「住民自治」の仕組みを提案するでしょう。最低賃金、同一労働同一賃金制度に関しても具体的な提案をしていくでしょうし、保育園や学童保育の充実によって働く女性を支援するに違いありません。

ということで、夢は広がります。この夢は、国民国家の枠に留まらず、住民が国籍に関わらず一人一人自分の生き方を求める世の中にしていく歴史的な課題なのでしょう。この歴史的な課題に参加していくことに大きな喜びを感じます。

みなさんもこの一年、健康でお過ごしください。みなさんのご活躍を祈念いたします。


崔 勝久
SK Choi

skchoi777@gmail.com
携帯:090-4067-9352

2008年12月25日木曜日

クリスマス・メッセージー来年に向かって

みなさん、お変わりありませんか。

昨日はクリスマス・イブ、私たち夫婦は、ホームレスの人が大多数の小さな教会の礼拝に出ました。これから数年続くと思われるこの不況の中で、私たちの私生活の今後を含め、多くのことを考えさせられました。
私は寒くなるにつれ、また坐骨神経痛で杖を使うような生活です。今年は、杖に始まり、杖に終わりそうです。まったくこの世はままなりませんね・・・・

体はなかなか思うようにならないのですが、それとは裏腹に、この10年、川崎市の「多文化共生」政策を
批判してきた運動は大きな転機を迎え、心がはずみます。昨年の上野千鶴子さんを迎えての「多文化共生を考える集会」がきっかけになり、今年の7月に私たちのこれまでの運動の集大成ともいうべき本を出しました。それ以来、私自身の世界は大きく広がりをもちはじめました。川崎の「共生」批判は世界的な、歴史的な課題としてあるということをはっきりと自覚するようになり、その自覚の下で、来年は新たな闘いになると確信します。

まず、「共生」の看板を掲げながら外国籍職員の国籍条項を頑なに守る阿部市政についてです。この「当然の法理」に基づく政策は戦後一貫した日本政府の見解なのですが、この解決は実は簡単であることがわかりました。そんな国籍条項なるものは撤廃すると明言する市長を新たに立てればいいのです! 来年10月は川崎の市長選です。最有力候補とも会いましたが、彼は、当選すれば国籍条項の撤廃を約束しました!

もうひとつ、私がこの40年「在日」の生き方を求めてきたその目指す方向がはっきりとしました。今日はそのことを報告し、今年のクリスマス・メッセージとします。意外なことに、それは在日の権利の要求ではありませんでした。被参政権のない、また北朝鮮を排除する、今盛んに語られる参政権の要求ではなく、「住民自治の確立」がそのキーワードです。

私は本の出版がきっかけで立命館大学のシンポに呼ばれ、その際に知った京都の市長選で主張された「区民協議会」のコンセプトに関心を持ちました。是非、川崎で実現させたいと考えています。日本の民主主義が形がい化しているのは住民自治がないからと捉え、戦後60年の代議制民主主義を捉えなおすには、住民が主役となる仕組みを作らなければならないというのです。そこでは、住民は国籍に関わりなく(永住権の有無も問いません)、公募公選で、予算をとり、区のことはそこで決定するのです。住民不在の行政、市議会への批判にとどまらず、住民が自ら考え、決定し、責任をとるという仕組みです。

外国人は被選挙権・選挙権をもちます。国会での決議は不要で、条例の制定で可能になります。住民が当事者として自分のことは自分で考え決定し、責任をもつという住民自治の実現です。外国人は住民ですから、その住民自治を担うメンバーとして責任を担います。在日の権利の主張の観点では、この問題は見えてこないので、民族運動としては捉えませんが、私としてはこの40年間の総括と考えています。

外国人の権利の主張ではなく、住民自治の観点からこの運動を進めたいと考え、公務員の国籍条項の撤廃と合わせ、この主張を受け止めてくれる候補者を来年の市長選に推すことになります。この話はすでに進行中で、市長立候補者との政策協定が鍵になるでしょう。李仁夏牧師が生きておられたら手を叩いて喜んでくださると確信します。

マイノリティが参加してマジョリティを変革することで、マイノリティ問題が解決されていくのです。マイノリティのためになることがマジョリティのためになるというこれまでのテーゼは間違いです。結局、為政者はマイノリティを一定の領域に抑え込むことで全体の統治を自分の思うように進めるという結果が出ています。アンチテーゼではなく、私たち自身がマジョリティの抱える問題の本質を変革していく主体になり、そのことによって、これまでの国民国家に基づく仕組みではない、住民主体の自治の仕組みをつくることによって、歴史は大きく変わっていきます。

日本人が抑圧者で、在日が被抑圧者であるというこれまでの捉え方でなく、両者とも歴史の課題を担うということではまったく対等にその責任が問われるという観点に立ち、自分の生きる足元から変革していく、このことが単なる夢でなく、来年は具体的な目標になります。みなさん、来年は忙しくなりそうです。くれぐれもお体にには気をつけてくださいね。

Merry Christmas and A Happy New Year!

みなさん、よいお年をお迎えください。


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崔 勝久
SK Choi

skchoi777@gmail.com
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2008年12月3日水曜日

「共生」を批判する: N教授への手紙ー国民国家の呪縛に抗して

康成銀さんへの謝罪


康成銀さんからメールをいただき、私の記事が正確でなく、また私の見解があたかも康成銀さんからの引用で
あるかのように記したことに対して、大変親切なご指摘をいただきました。謝罪し、訂正いたします。

本文は以下のように訂正しました。[]内が訂正した文の全容です。

[第二セッションの康成銀氏(朝鮮大学校)によると、「在日コリアン社会における「分断体制」」という発題をしそのレジュメの中で、総連の元になった在日の組織が1950年に「民戦」(在日本朝鮮統一民主戦線)を作ったということが記されています。(「民戦」は独自の組織でありながらも、日本共産党から直接・間接的な指導を受け、日本の革命活動を担おうとしました。)](()内は修正した箇所)

民戦が組織として日本共産党の傘下組織であったというのは私の間違いです。独自の組織であったが、直接・間接的に日本共産党の指導を受けていたと記すべきでした。私の強調したかったポイントは、社会を変えようとする者が、日本共産党の六全協を契機として、日本人も在日朝鮮人も国民国家の論理にすべて吸収されるようになった、国民国家の論理を超える現実の運動を作り思想として育て上げるよう必要があるのではないか、
ということでした。これは今現在においての課題でもあるのです。

また私が記した、ナショナル・アイデンティティを最優先することになるこれまでの民族運動についての記述は「主観主義的」との批判を受けました。この点に関しては康成銀さんとも意見の交換をさせていただきたい旨を本人にメールしました。この点に関しては、わざわざ鳥取から2度にわたり川崎の集会に参加してくれた民団の役員の方からも以前、同じように批判されました。

立命館でのシンポジュームにおいても、この点について私への批判がありました。今後継続して今後の課題として考えていきたいと思います。私はパネラーとして、主体性についてはいろんな可能性があるのであり、それは本人が判断すべきこと、それをどうして民族主体性が最も重要なものとするのか、また(民族)アイデンティティの追及が当然のこととして語られているが、そのそもアイデンティティとは何かということを問いました。

私は民族主体性ということが観念化され、政治化され、足もとの在日の抱える問題に関わることとを拒んできた過去の日立闘争のときの各民族団体の反応について話しました。足もとの例えば、介護や保育、教育の問題は在日にとって、すべて日本人に委ねることなのか、自分の住む地域において責任をもって関わるべきことなのではないのか、と発題しました。それに対して、徐勝さんからは、日帝時代においても一般の民衆は飯を食うていたという現実はあったのであり、足もとの問題だけを強調するのは問題だという指摘がありました。いずれ、立命館からシンポのことは出版される予定とのことですので、私ももっとしっかりとした主張にしたいと考えています。

崔 勝久

川崎市議会の横暴についての報告書

みなさんへ

吉井さんから送られてきたメールによると、川崎の市議会の実態、問題の所在が正確に説明されていますので、みなさんに転送することにしました。議会は市民を締め出したところで、重要な、議会基本条例を審議しているというのです。

私はこのような問題は、議会、議員の質ではなく、地方自治の制度的な欠陥だと思います。
行政も議会も住民を阻害していても、住民は手も足も出ないという状態です。

川崎は住民自治条例と、議会基本条例によって形式的に民主主義を貫徹させた都市になることです。しかしいくら市長が、「市民の市政への参加は責務」としたところで、それは説教であり、実際問題として住民は疎外されたままなのです。ここを打破するには、これまでの地方自治の仕組みを根底的に変革し、住民が自分で考え決定するようにするしかありません。

来年の市長選でこのことを政策に掲げる候補者を立てましょう。


--
崔 勝久
SK Choi

skchoi777@gmail.com
携帯:090-4067-9352



---------- 転送メッセージ ----------
差出人: mag2 0000219072
日付: 2008/12/03 6:00
件名: 探検!地方自治体へ 第72号“制度的真空状態”での川崎市議会基本条例検討
宛先: skchoi777@gmail.com


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
探検!地方自治体へ~川崎市政を中心に~      第70号 08/12/03

★“制度的真空状態”での川崎市議会基本条例検討★
~質問書に対する川崎市議会からの回答~

1.問題の所在
2.回答の中味
3.“制度的真空状態”の雰囲気
4.議会はチェック機構を創設すべき
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
1.問題の所在

「川崎市議会へ質問書を提出~議会基本条例の検討プロジェクトの審議過程公開拒
否~」(第70号 08/11/13)
http://archive.mag2.com/0000219072/20081113060000000.html

に対する回答を2008/11/24、16時30分頃、川崎市役所本庁舎総務局において議会事
務局から口頭で聞いた。

何も新味のある情報は得られなかったが、この間の活動で、議会が“制度的真空状
態”で重要な審議をしていること、議会をチェックする機構が内部に何も存在してい
ないことに改めて気が付いた。本稿はそのことについての試論である。

2.回答の中味

先ず、質問ではないが、『「市長への手紙」に準じ、受付日から15日以内を目処
に「文書」で回答』を要求したことについて、回答は以下、
『「市長への手紙」のような制度は設けておらず、従って、文書回答の規則も存在
しない。今回は事務局から口頭で回答する。』
確か、「いつでも要望書を受付けます」とのことであってが、ここにきて、規則は
ないから答えても答えなくても「議会の勝手でしょ!」という返事と同じになった。
本音が出たというべきであろう。

「議会のあり方検討プロジェクト」についての質問に対する回答
1)質問…会議の傍聴或いは会議の討論部分の市民への公開を拒む理由
公文書開示請求に対する不開示理由と同じである。
1.今後のプロジェクトでの検討、協議に支障が生じると考えられる。
2.市民の間に混乱を生じさせる恐れがある。
3.公にすることにより、率直な意見交換若しくは意思決定の中立性が不当に損なわ
れる恐れがある。

これについては、これまでの回答と同じであり、言葉が見あたらないくらいである
が、すでに反論してある。

2)質問…公式機関の特別委員会ではなく、「団長会議」諮問機関とした理由
議員の身分や位置づけ、議会の役割や位置づけ等、幅広い調査検討が必要であり、
そのため“任意”の会議である「団長会議」の下にプロジェクトを置いた。

まったく説明になっていない。同じように議員が集まるのであるから同じことをす
るだけであり、笑ってしまうような回答である。このような回答をする以外にない事
務局の担当者は気の毒であり、それを結果として強いたプロジェクトの大島委員長
(高津区選出・自民党)は無責任というべきである。

3.“制度的真空状態”の雰囲気

“任意”の会議との説明を受けたと書いた。では、『任意の会議とは何か』を聞い
た処、回答は次のようであった。

『規則等の規定がまったくない会議で議題、決定等については特に定めがない。諮
問機関も同様であり、従って、第1回会議で「傍聴及び報道機関の取材お断り」を決
定した経緯がある。』

更に説明して、『例えば、この会議に出るために役所に来る途中、事故にあっても
所謂通勤災害にならない。』
えっ!と思ったので、『では、議会事務局が何故一緒にやっているのか?』と聞い
た処、怪訝そうな顔をして『議会をサポートするのが仕事ですから…』との答が返っ
てきた。こちらの質問の意図がわからなかったらしい。

以下、少し会話を重ねたが、議会事務局担当者の感覚が筆者の感覚と全くずれてい
ることがわかり、『民間なら部屋を使うことも許可されないだろう。部屋の電気代も
問題になる。』と言って切り上げた。問題はこの感覚を育てた雰囲気であると考えた
からだ。

“制度的真空状態”とはこの感覚のズレをどういう言葉で表現したものかと考えあ
ぐねていたときにふと思いついた言葉である。

制度的真空とはときに見かける表現だから、頭に浮んだと思われる。但し、これは
“無法”とは異なる。規則はないのであるが、それにかわる“暗黙の了解”があるの
だ。どう言おうか?「そんなに難しいことを言わなくても、だいたい判っているよ」
という世界である。

閉じられた世界である川崎市議会(どこの自治体議会も同じであろうが)では、多
くは“暗黙の了解”で運営され、外部から注目されないが故に、自らだけで「常識」
を無意識に形成してきた。しかし、地方分権改革が急激に進むなか、住民からの監視
の眼が光るようになってくると、その「常識」のなかに実は「非常識」も培っていた
ことが明るみにされてきたのである。今回のこともその一つであると考えれば、残念
ながら驚くにあたらないと言うべきであろう。

4.議会はチェック機構を創設すべき

これまでのことをまとめてみよう。

1)川崎市では、議会の最高規範となる「議会基本条例」案が“制度的真空状態”に
おいて決められようとしている。
2)川崎市には(他の地方自治体共通か)、議会をチェックする機構が存在しない。
3)行政のチェックは議会が行う仕組である。また、広聴制度「市長への手紙」、苦
情申立制度「川崎市民オンブズマン」等、市民のチェックを可能にする制度を作って
いる。
4)議会には「請願・陳情」という市民が政策をお願いする制度だけである。「議長
への手紙」はない、「川崎市民オンブズマン」はオンブズマン条例第2条で市議会を
対象から外している。議会は自らの内部にチェック制度を設置していない。

5)会議の傍聴或いは討論部分の公開を拒む理由として、公にすることによる“会議
メンバーへの制約”及び“市民の間に混乱を生じる怖れ”を挙げている。両者共に全
く理解しがたい。公に討論することが議員の仕事、それを聴くことが市民の立場であ
る。
6)一方、「団長会議」は規則等の規定がまったくない任意の会議である。その諮問
機関である「議会のあり方検討プロジェクト」も同様である。
7)規則等の規定がない任意の会議で、傍聴も含めて市民に非公開で、議会の最高規
範となる「議会基本条例」案が検討され、これをチェックする手立てが市民に何もな
い。
8)「公文書開示請求」に対する「部分開示」について「異議申立」をできるが、形
式的な相手は市長である。

9)規則等の規定がない任意の「団長会議」の下、恐らく他の議員にも非公開の“制
度的真空状態”において、実質的に「議会基本条例」となる案を策定している。
10)更に、この状態を“法令の見地”から批判する議員もいない。
11)本来、委員会条例で規定される特別委員会で議論するのが筋である。
12)議論の内容が何であれ、議員だけでの会議であるから「団長会議」の諮問機関で
あろうと、特別委員会であろうと、中味は変わらない。 
13)従って、「団長会議」の諮問機関として検討する理由は何もない。

14)また、議会事務局は特別委員会の設置について職責をもって働きかけるべきである。
15)奇妙にも規則のない『任意の会議』の記録が公文書になっている。

16)現状、慣行の束によって議会運営が行われているのは理解できないわけではない。
17)また、団長会議も必要な機能であることも判る。
18) しかし、この慣行を安易に利用することを慎むだけの思慮深さが必要である。
19)慣行による惰性が非常識化を生んでいることを今回の例は示している。

結論として、
20) 議会は自らの内部にチェック制度を設置すること、これを「議会基本条例」の議
論の一つに加えることが必須と言える。

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編集発行人 吉井俊夫
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