今日の午前中、人事課の課長と主査の二人(及び参画室から1名参加)、
今回の「運用規程」の「見直し」についてのヒアリングを行いました。
市の見解はこれでわかり、かつ質問をだしたので、次回の直接交渉は
楽しみです!
この報告は少しこみいっているので、忍耐をもって読んでくださいね!
市民局人権・男女共同参画室から事前に送られてきた「外国籍職員の任用
に関する運用規程」の「見直し版」には、これまで「公権力の行使」に係る
職務は182であったのが、新たに192になり、その内訳は、新たに規定
されたもの23、削除されたもの13で、差し引き10職務が追加になったもの
と理解していました。従って、削除した理由と追加の根拠について人事課の
見解を聞くことが今回の目的でした。
1.人事課の見解
①「削除」した職務についてこれは基本的に関連する法令がなくなったり、
法令が統合されたことによって、一つひとつの職務が根拠とする法令が
なくなった(例えば、これまで結核、性病患者などは、一括して「感染症の
予防及び感染症の患者に対する医療に関る法律」となった)ため、職務と
しては明示されないが、従来と同じように、外国籍公務員はそれらに関係
する仕事は制限されることになり、実質「削除」ではないということが判明。
②「新たな追加」した職務についてこの10年、新たに作られた法令に
基づき、「川崎方式」(「公権力の行使」を「命令・処分などを通じて、対象
となる市民の意思にかかわらず権利・自由を制限することとなる職務」と
いうように川崎独自の「職務判断基準」を設けた)によって新たに制限した
職務が23にのぼるということが、判明。
これらはまさに機械的に、一律、外国籍公務員への職務を制限したことを
示しており、内容を見ると、例えば、「路上喫煙者」や「飲料容器散乱防止」
への「注意・指導、その指示に従わない場合の過料徴収の実施」がある。
なんで、そんな仕事を外国人の公務員がしてはいけないことになるの?
「保護者の児童虐待等への立入検査」や、「自動車リサイクル法関連業者
の登録許可」などもあり、全く機械的に制限したことが明らかです。
③今回の「見直し」は現課長が作成、上司(市長まで)の決裁をえたもの
との説明があったが、それでは、前回の直接交渉で前人事課の課長が
発言した内容(鄭香均が保健婦として東京で認められているが、川崎
では制限されているというように、同じ法令であっても地方自治体ごとに
違いがあるのはおかしい、また外国籍公務員には「運用規程」にかかわらず
いろんな経験をつませたいといった前向きな発言)はなんであったのか?
(交渉記録:http://homepage3.nifty.com/tajimabc/new_page_88.htm)
2.追加の質問(電話で課長に確認)
①「公権力の行使」を伴う職務(強制執行、立入検査、命令など)であっても、
現場の職員は全て上司の決裁を得ることを前提にしているのであれば、
どうしてその業務を執行する職員の国籍が問題になるのか。
②前課長の発言があったにもかかわらず、結果として「川崎方式」として
職務の内容を検討や他地方の実態との整合性を図ることなく、形式的に
制限するという決断はどのような考え方で、なされたのか、その最終決裁
をした市長はどのような見解で、元通りでいいという決断をしたのか?
→市当局内部の検討内容の公開
●人権・男女共同参画室は上記の人事課の決定に何の役割りも影響も
与えてないことが判明。外国人市民代表者会議の要望も市長は完全無視。
③「公権力の行使」は「川崎方式」でそれなりに明記されているが、「公の
意思の形成への参画」が外国人に禁止されている理由」は何か?
(事務全般にわたり最終的に責任を負うのは、「市政の重要な課題等
(行政運営、組織運営に関する基本的事項等)についての意思決定に
係る判断」を「実務的に行っている」ラインの局部課長職とされており、
事務の一部を専任的に遂行するスタッフとしての局部課長級と分けられて
いる。そのラインの局部課長職は外国籍公務員には禁止されているのだが、
しかし、今回の「運用規程」の「見直し」のように、全て上司に報告され、
上司の決裁を得るのであれば、どうして局部課長職の国籍が問題になる
のか?
現課長によると、課長が自分で判断できる内容と、決裁を得なければなら
ないことは明記されている、ということであったので、次回、その文書の提出
を求めた。
みなさん、ここまで読むのに苦労したでしょう、ご苦労様でした。
それでは次回、川崎市との直接交渉の場で。
崔 勝久
2007年10月16日火曜日
共生を「共生」として批判する視点についての試案
7・15「共生」を考える研究集会の報告集をだすにあたって、どのような
視点で、 「共生」批判をするのか、「前書き」の骨子を考えています。
1.日立闘争から地域活動への歴史在日の生き方として、韓国の民主化
闘争支援、統一への係りという本国指向から、日本の地で足元の差別の
現実を 直視する流れとして日立闘争を捉える
①国籍条項との闘い→金敬得の弁護士資格獲得→外国籍公務員として
鄭香均の「当然の法理」との闘い
②民族運動としての地域活動→民闘連の結成
a)市に対する国籍条項撤廃の動き
b)教育を中心とした地域実践のはじまり
2.指紋押捺との闘い→地方自治体から国家への問題提起(入管法
改悪で、指紋押捺をニューカマーに実施させることになり、外国人の分断
統治への反対運動ができなかった総括が運動側にない)
3.共生を旗印にした行政との関係強化
a)ふれあい館の建設
b)門戸開放→「運用規程」による差別の制度化(「当然の法理」の正当化)
c)外国人市民会議の創設d)市としては総合的な外国人施策を打ち出す⇔
外国人住民の二級市民化
●以上の1-3の流れから共生ということが在日の運動の中から提示され、
定着してきたものと理解する
●その共生の動きを、何故「共生」としてとらえ批判するのか
1.国家としての南北朝鮮に依拠せず、個人(「市民」)の立場から始めら
れた 民闘連は、運動方針、運営方法から存在意義が大きく退歩(現在は、
解散宣言をしていないだけの状態か?)、また組織運営上の公明さ、情報
公開の面でも、市の組合の関係、他組織との関係の深さにかかわらず、
市民運動としての資格なし(運動体としての実態はない)
2.地域における民族差別と闘う砦と位置付けられていた(社)青丘社は
ふれあい館建設によって、市の委託事業者から指定管理者になり、
民族差別と闘う主体が曖昧になる→民闘連との関係性が不明→教育
事業体で、そのうえに運動体たりうるのか⇔市の民営化路線に便乗・加担
3.民闘連とふれあい館(青丘社)を一体として捉えても、運動の目的が
定かでない→参政権獲得運動?(最近、川崎市職員組合と集会をしたとか)
⇔足元の差別の直視という原点からすると、その運動は、二級市民化の
拒絶であるべき
4.川崎市は外国人を国籍に拘らず市民とするのか、不明(「かけがいの
ない一員」としながらも「外国人市民」として一般の日本籍をもつ市民とは
区別をするー1973年に国籍に拘らず市民としようと意図した地点から
退歩)→外国人は二級市民と断定(市長の「準会員」発言、差別を制度化
した「運用規程」及び、今回の改悪)
5.共生を求める運動であるならば、外国人を国籍にかかわらず「市民」
としてみとめさせることが、この間の運動のレーゾンデートルであるべきで
あるにもかかわらず、市長の、外国人は「準会員」という発言を撤回させ
られないでいる→二級市民の拒絶の不徹底
6.青丘社の李理事長は、市長の「準会員」発言を撤回させるより、
「口封じ」することで、市長の発言の責任問題を沈静化する働きをした→
運動体として致命的な過ち→二級市民であることを拒絶せず
7.運動としては市当局と柔軟に妥協をしても、運動の原則は明確に
すべき(外国人も国籍にかかわらず同じ市民であるべき=二級市民
の拒絶)であり、全ての情報公開が原則
8.外国人市民代表者会議のもつ曖昧さを指摘せず、共生のシンボル
として行政と運動体は賛美してきたが、これは「ガス抜き」(上野)であり、
何ら決定権もなく、参加者の選定、役割りも曖昧、市の職員が全て
お膳立て ⇔市の「パターナリズム」(上野)
9.行政の共生は外国人(住民)を二級市民として固定することであるが、
今の運動体(民闘連・青丘社)はそのことを拒絶せず、事業体になることで
市の施策に反対できなくなっている⇔行政と青丘社の唱える共生を
批判する最大の理由
10.ふれあい館は市の委託事業者(指定管理者)であり、対市の関係性
が曖昧になる→館長発言(市に抗議するようなことをしないで、ふれあい館
に来ればよい)→地域の在日の代理人としての役割りを自認する体質に
なる
(市の施策に批判的に対峙せず、事業の規模拡大路線から起こった
問題として、学童保育を撤廃してその民営化路線として始まった「わくわく
プラザ」におけるふれあい館の「事件」がある。子供の頭蓋骨骨折という
「事故」がどうして起こったのか、書類送検されたにもかかわらず、
責任者が誰もでてないということは説明不可能ー本来であればふれあい館
が「わくわくプラザ」の問題点を指摘し、子供の安全のために自ら市の基準
以上の体制を組むべきだったのは?)
11.少数者にとっていいことは多数者にとっていいことだと運動側は
唱えるが、例えば、外国人の門戸開放という大命題のために設置された
「運用規程」が市全体の中長期的な合理化政策に基づくものであることを
敢えて看過してきた
12.「要求から参加へ」という運動側のスローガンは、外国人を二級市民
とする市の方針に対抗できず、社会の変革でなく、埋没をもたらしている、
またその参加なるものは、市が許容する範囲内の中でしか実現できて
おらず、その枠を突き破る主体(運動、思想の両面においても)になり
えていない
●結論として、私たちの「共生」批判は、市当局の外国人を二級市民として
とらえようとする制度、首長の発言に反対するものであり、運動側への
批判は、行政との協同作業が事業化することに進み、二級市民である
ことを拒絶しようとしていないばかりか、地域住民にその情宣活動も一切、
していない(情報公開の原則から離脱)⇔今後、外国人を市民として
認めさせる運動を展開すべきか?
●この外国人を二級市民化する動きは、そもそもの国民国家の成立の
ときから、女性と外国人を排除することから出発していることと符合し、
労働力不足を外国人労働力でまかなおうとする経済界の要望に
こたえながらその外国人を二級市民としておいて置こうとする国家戦略
とそれにあわせる地方自治体の施策である、というのが「共生」批判の
骨子になる。
以上の私のまとめ方に対しての皆さんの意見はいかがでしょうか。
●「多文化共生」は原理的にナショナリズムを肯定し、日本のナショナリズム
の攻勢への抵抗になりえない
●最後に、上記1の運動を一緒にやってきたにもかかわらず、片方は行政
との提携を共生として推進し、国家・市当局の外国人の二級市民化に
反対しないことに反して、私たちはどうして「共生」批判をして、二級市民化
を 図る発言・制度の撤回・反対を求めるようになったのか?
私見では、それは日立闘争の位置付け、意味付けの違いからくるものと
思います。
また、それは地域の中で、官僚化し、「反権力の権力」になりつつあった
青丘社の地域活動(体)に疑問を呈した、保育園のお母さんの問題提起を
どのようにとらえようとしたのかに起因するものと考えます。
下記、論文を読み、私の主張の妥当性についてみなさんのコメントを
いただけますか?
(曺慶姫の桜本保育園の「民族保育」を考えるー自立を求める歩みの中で) http://homepage3.nifty.com/tajimabc/new_page_41.htm 参照
崔 勝久
視点で、 「共生」批判をするのか、「前書き」の骨子を考えています。
1.日立闘争から地域活動への歴史在日の生き方として、韓国の民主化
闘争支援、統一への係りという本国指向から、日本の地で足元の差別の
現実を 直視する流れとして日立闘争を捉える
①国籍条項との闘い→金敬得の弁護士資格獲得→外国籍公務員として
鄭香均の「当然の法理」との闘い
②民族運動としての地域活動→民闘連の結成
a)市に対する国籍条項撤廃の動き
b)教育を中心とした地域実践のはじまり
2.指紋押捺との闘い→地方自治体から国家への問題提起(入管法
改悪で、指紋押捺をニューカマーに実施させることになり、外国人の分断
統治への反対運動ができなかった総括が運動側にない)
3.共生を旗印にした行政との関係強化
a)ふれあい館の建設
b)門戸開放→「運用規程」による差別の制度化(「当然の法理」の正当化)
c)外国人市民会議の創設d)市としては総合的な外国人施策を打ち出す⇔
外国人住民の二級市民化
●以上の1-3の流れから共生ということが在日の運動の中から提示され、
定着してきたものと理解する
●その共生の動きを、何故「共生」としてとらえ批判するのか
1.国家としての南北朝鮮に依拠せず、個人(「市民」)の立場から始めら
れた 民闘連は、運動方針、運営方法から存在意義が大きく退歩(現在は、
解散宣言をしていないだけの状態か?)、また組織運営上の公明さ、情報
公開の面でも、市の組合の関係、他組織との関係の深さにかかわらず、
市民運動としての資格なし(運動体としての実態はない)
2.地域における民族差別と闘う砦と位置付けられていた(社)青丘社は
ふれあい館建設によって、市の委託事業者から指定管理者になり、
民族差別と闘う主体が曖昧になる→民闘連との関係性が不明→教育
事業体で、そのうえに運動体たりうるのか⇔市の民営化路線に便乗・加担
3.民闘連とふれあい館(青丘社)を一体として捉えても、運動の目的が
定かでない→参政権獲得運動?(最近、川崎市職員組合と集会をしたとか)
⇔足元の差別の直視という原点からすると、その運動は、二級市民化の
拒絶であるべき
4.川崎市は外国人を国籍に拘らず市民とするのか、不明(「かけがいの
ない一員」としながらも「外国人市民」として一般の日本籍をもつ市民とは
区別をするー1973年に国籍に拘らず市民としようと意図した地点から
退歩)→外国人は二級市民と断定(市長の「準会員」発言、差別を制度化
した「運用規程」及び、今回の改悪)
5.共生を求める運動であるならば、外国人を国籍にかかわらず「市民」
としてみとめさせることが、この間の運動のレーゾンデートルであるべきで
あるにもかかわらず、市長の、外国人は「準会員」という発言を撤回させ
られないでいる→二級市民の拒絶の不徹底
6.青丘社の李理事長は、市長の「準会員」発言を撤回させるより、
「口封じ」することで、市長の発言の責任問題を沈静化する働きをした→
運動体として致命的な過ち→二級市民であることを拒絶せず
7.運動としては市当局と柔軟に妥協をしても、運動の原則は明確に
すべき(外国人も国籍にかかわらず同じ市民であるべき=二級市民
の拒絶)であり、全ての情報公開が原則
8.外国人市民代表者会議のもつ曖昧さを指摘せず、共生のシンボル
として行政と運動体は賛美してきたが、これは「ガス抜き」(上野)であり、
何ら決定権もなく、参加者の選定、役割りも曖昧、市の職員が全て
お膳立て ⇔市の「パターナリズム」(上野)
9.行政の共生は外国人(住民)を二級市民として固定することであるが、
今の運動体(民闘連・青丘社)はそのことを拒絶せず、事業体になることで
市の施策に反対できなくなっている⇔行政と青丘社の唱える共生を
批判する最大の理由
10.ふれあい館は市の委託事業者(指定管理者)であり、対市の関係性
が曖昧になる→館長発言(市に抗議するようなことをしないで、ふれあい館
に来ればよい)→地域の在日の代理人としての役割りを自認する体質に
なる
(市の施策に批判的に対峙せず、事業の規模拡大路線から起こった
問題として、学童保育を撤廃してその民営化路線として始まった「わくわく
プラザ」におけるふれあい館の「事件」がある。子供の頭蓋骨骨折という
「事故」がどうして起こったのか、書類送検されたにもかかわらず、
責任者が誰もでてないということは説明不可能ー本来であればふれあい館
が「わくわくプラザ」の問題点を指摘し、子供の安全のために自ら市の基準
以上の体制を組むべきだったのは?)
11.少数者にとっていいことは多数者にとっていいことだと運動側は
唱えるが、例えば、外国人の門戸開放という大命題のために設置された
「運用規程」が市全体の中長期的な合理化政策に基づくものであることを
敢えて看過してきた
12.「要求から参加へ」という運動側のスローガンは、外国人を二級市民
とする市の方針に対抗できず、社会の変革でなく、埋没をもたらしている、
またその参加なるものは、市が許容する範囲内の中でしか実現できて
おらず、その枠を突き破る主体(運動、思想の両面においても)になり
えていない
●結論として、私たちの「共生」批判は、市当局の外国人を二級市民として
とらえようとする制度、首長の発言に反対するものであり、運動側への
批判は、行政との協同作業が事業化することに進み、二級市民である
ことを拒絶しようとしていないばかりか、地域住民にその情宣活動も一切、
していない(情報公開の原則から離脱)⇔今後、外国人を市民として
認めさせる運動を展開すべきか?
●この外国人を二級市民化する動きは、そもそもの国民国家の成立の
ときから、女性と外国人を排除することから出発していることと符合し、
労働力不足を外国人労働力でまかなおうとする経済界の要望に
こたえながらその外国人を二級市民としておいて置こうとする国家戦略
とそれにあわせる地方自治体の施策である、というのが「共生」批判の
骨子になる。
以上の私のまとめ方に対しての皆さんの意見はいかがでしょうか。
●「多文化共生」は原理的にナショナリズムを肯定し、日本のナショナリズム
の攻勢への抵抗になりえない
●最後に、上記1の運動を一緒にやってきたにもかかわらず、片方は行政
との提携を共生として推進し、国家・市当局の外国人の二級市民化に
反対しないことに反して、私たちはどうして「共生」批判をして、二級市民化
を 図る発言・制度の撤回・反対を求めるようになったのか?
私見では、それは日立闘争の位置付け、意味付けの違いからくるものと
思います。
また、それは地域の中で、官僚化し、「反権力の権力」になりつつあった
青丘社の地域活動(体)に疑問を呈した、保育園のお母さんの問題提起を
どのようにとらえようとしたのかに起因するものと考えます。
下記、論文を読み、私の主張の妥当性についてみなさんのコメントを
いただけますか?
(曺慶姫の桜本保育園の「民族保育」を考えるー自立を求める歩みの中で) http://homepage3.nifty.com/tajimabc/new_page_41.htm 参照
崔 勝久
2007年10月12日金曜日
朴裕河著『和解のためにー教科書・慰安婦・靖国・独島』を読んで思うこと
朴裕河著『和解のためにー教科書・慰安婦・靖国・独島』(平凡社)を
読みました。著者の批判的な知性と、日韓両国のナショナリズムを
批判する、その切り口、何よりもこのような本をまず韓国で出版した
その勇気に心からの敬意を表します。
著者の朴裕河(パク・ユハ)は韓国の高校を卒業して慶応、早稲田で
日本近代文学を専攻、博士号を取得し、現在、韓国の世宗大学で
教鞭をとっておられます。
またよりによって最後まで読み進めたら、後書きは上野千鶴子さんが
記していました。私はさもありなん、と妙に納得しました。上野さんの
後書きも十分に挑戦的です。パク・ユハさんの批判的知性と、「あえて
渦中の栗を拾う」勇気に敬意を評するだけでなく、日本の読者への
警告と、著作に対する論点を付け加えています。ひとつは作者の小泉
の靖国参拝に関する理解に対する意見であり、もうひとつは、「慰安婦」
問題を取り上げてきた両国の「運動体の果たした役割りとその問題点」
についての総括が必要とされるという指摘です。
2006年の11月に発行されているので、これまでの日韓両国に
おける上野批判を意識した上での後書きだと思われます。
上野さんは、日本側の「基金」の試みは韓国の女性運動の
ナショナリズムによって「封じ手」になり、この問題を日本の
「良心的」な女性団体は、「加害者国民意識」(=相手を対等に
みないパターナリズム)によって指摘できなかった点と、韓国側が
「民族よりジェンダー」を優先させたと日本側団体の代表を批判
した点をとりあげています。
ここはパク・ユハさんの著作に対する論評なので、これ以上、この
問題は触れませんがいずれ戻ってきたいと思います。日韓の
運動の連帯と共闘とは何なのか、両者の同調が必要なのか、
独自の理解による多様な運動への関わり方が認められるべきで
はないのか、この点に関する、批判覚悟の上野さんの問題提起
と見ました。
さて、パク・ユハさんですが、実に勇気のある女性だと思います。
厳しく日本のナショナリズムの問題点を指摘しながら、右派であれ、
左派であれ、日本の実情を理解してこなかった韓国のステレオ
タイプな日本理解を批判します。日本への批判はそのまま、韓国の
批判になるのではないか、韓国民自身が同じ発想と論理をもって
いないか、まず自己批判からはじめるべきであるということを、教科書・
慰安婦・靖国・独島(竹島)の問題に即して解き明かしていきます。
国家権力は国家のために生きるように(=戦争に行くように)国民を
「洗脳」し、「愛国」を押し付けるが、それは日本・韓国も同じであり、
両国のナショナリズムそのものに本質的な違いはないと主張します。
「抵抗のナショナリズム」批判をする李建志の著作の引用の中で
私はパク・ユハさんのことを知るようになったのですが、李建志が
彼女の著作に共鳴する理由はよくわかりました(李建志『朝鮮近代
文学とナショナリズムー「抵抗のナショナリズム」批判』)。
いずれにしてもこの本の要約をいくらうまくしても彼女のよさは伝わらない
と思います。まずみなさんに、この本を一読することを薦めます。
私が関心があるのは、それではパク・ユハは著作で示した明確な
ナショナリズム批判を元にして、在日のことをどのように捉えてきたのか、
日韓の真の和解を求める彼女は「共生」、「多文化共生」を無条件に是と
するのか、私たちの「共生」批判を理解し受け入れるのか、ということです。
私はいつか彼女との対話を切望します。
彼女は独島への論文のサブタイトルを「ふたたび境界民の思考を」として、
マージナルなところで生きざるを得なかった人々への理解を示し、その
ような人々を国家の論理で国家の中に引き入れてきた事実に注目します。
その彼女が、日本の閉鎖的なナショナリズムの下で生き、同時に南北
朝鮮の分断と対立に翻弄される在日の存在への深い理解がないわけが
ないと確信します。
私が危惧するのは、彼女が切望する両国の「和解」が安易に「共生」へ
転用・利用されることはないのか、という点です。この点の考察は、
「共生」に行かざるをえない人のことをまず理解し(これはパク・ユハ流
ですね)、それにもかかわらず、その批判をすることが実は、日本社会
の局地的な問題でなく、世界の歴史の中で必要なことであるということを
考える道筋になると思われます。まさに批判というものが普遍につながる
ということでないと、それは中傷だとか、非難になります。
在日を生きる当事者として、「共生」の背景とその主張の必然性を
十分に理解・把握し、それを受け留めながら止揚していく道が、「共生」
批判であるということを、私はパク・ユハに会ったら話したいと思います。
崔 勝久
読みました。著者の批判的な知性と、日韓両国のナショナリズムを
批判する、その切り口、何よりもこのような本をまず韓国で出版した
その勇気に心からの敬意を表します。
著者の朴裕河(パク・ユハ)は韓国の高校を卒業して慶応、早稲田で
日本近代文学を専攻、博士号を取得し、現在、韓国の世宗大学で
教鞭をとっておられます。
またよりによって最後まで読み進めたら、後書きは上野千鶴子さんが
記していました。私はさもありなん、と妙に納得しました。上野さんの
後書きも十分に挑戦的です。パク・ユハさんの批判的知性と、「あえて
渦中の栗を拾う」勇気に敬意を評するだけでなく、日本の読者への
警告と、著作に対する論点を付け加えています。ひとつは作者の小泉
の靖国参拝に関する理解に対する意見であり、もうひとつは、「慰安婦」
問題を取り上げてきた両国の「運動体の果たした役割りとその問題点」
についての総括が必要とされるという指摘です。
2006年の11月に発行されているので、これまでの日韓両国に
おける上野批判を意識した上での後書きだと思われます。
上野さんは、日本側の「基金」の試みは韓国の女性運動の
ナショナリズムによって「封じ手」になり、この問題を日本の
「良心的」な女性団体は、「加害者国民意識」(=相手を対等に
みないパターナリズム)によって指摘できなかった点と、韓国側が
「民族よりジェンダー」を優先させたと日本側団体の代表を批判
した点をとりあげています。
ここはパク・ユハさんの著作に対する論評なので、これ以上、この
問題は触れませんがいずれ戻ってきたいと思います。日韓の
運動の連帯と共闘とは何なのか、両者の同調が必要なのか、
独自の理解による多様な運動への関わり方が認められるべきで
はないのか、この点に関する、批判覚悟の上野さんの問題提起
と見ました。
さて、パク・ユハさんですが、実に勇気のある女性だと思います。
厳しく日本のナショナリズムの問題点を指摘しながら、右派であれ、
左派であれ、日本の実情を理解してこなかった韓国のステレオ
タイプな日本理解を批判します。日本への批判はそのまま、韓国の
批判になるのではないか、韓国民自身が同じ発想と論理をもって
いないか、まず自己批判からはじめるべきであるということを、教科書・
慰安婦・靖国・独島(竹島)の問題に即して解き明かしていきます。
国家権力は国家のために生きるように(=戦争に行くように)国民を
「洗脳」し、「愛国」を押し付けるが、それは日本・韓国も同じであり、
両国のナショナリズムそのものに本質的な違いはないと主張します。
「抵抗のナショナリズム」批判をする李建志の著作の引用の中で
私はパク・ユハさんのことを知るようになったのですが、李建志が
彼女の著作に共鳴する理由はよくわかりました(李建志『朝鮮近代
文学とナショナリズムー「抵抗のナショナリズム」批判』)。
いずれにしてもこの本の要約をいくらうまくしても彼女のよさは伝わらない
と思います。まずみなさんに、この本を一読することを薦めます。
私が関心があるのは、それではパク・ユハは著作で示した明確な
ナショナリズム批判を元にして、在日のことをどのように捉えてきたのか、
日韓の真の和解を求める彼女は「共生」、「多文化共生」を無条件に是と
するのか、私たちの「共生」批判を理解し受け入れるのか、ということです。
私はいつか彼女との対話を切望します。
彼女は独島への論文のサブタイトルを「ふたたび境界民の思考を」として、
マージナルなところで生きざるを得なかった人々への理解を示し、その
ような人々を国家の論理で国家の中に引き入れてきた事実に注目します。
その彼女が、日本の閉鎖的なナショナリズムの下で生き、同時に南北
朝鮮の分断と対立に翻弄される在日の存在への深い理解がないわけが
ないと確信します。
私が危惧するのは、彼女が切望する両国の「和解」が安易に「共生」へ
転用・利用されることはないのか、という点です。この点の考察は、
「共生」に行かざるをえない人のことをまず理解し(これはパク・ユハ流
ですね)、それにもかかわらず、その批判をすることが実は、日本社会
の局地的な問題でなく、世界の歴史の中で必要なことであるということを
考える道筋になると思われます。まさに批判というものが普遍につながる
ということでないと、それは中傷だとか、非難になります。
在日を生きる当事者として、「共生」の背景とその主張の必然性を
十分に理解・把握し、それを受け留めながら止揚していく道が、「共生」
批判であるということを、私はパク・ユハに会ったら話したいと思います。
崔 勝久
2007年10月6日土曜日
「共生」批判 企業と「人権」・運動体(2)ー朴鐘碩
共生批判 企業と「人権」・運動体(2)
行政は、民間企業に就職差別解消、雇用促進を求め、労基法、職安法に
違反すれば是正・勧告する立場です。
しかし、国籍を理由に「運用規程」で外国籍職員の職務を制限(差別を
固定化)した川崎方式は、隣接する横浜市、神奈川県はじめ全国の
自治体に波及しました。「運用規程」 (川崎市のみ存在)は、市・市職労・
運動体の三位一体・「共生」の産物です。「連絡会議」は、その「共生」の
実態を明らかにしました。
私は、行政、企業、(自治労)組合、人権運動体の「共生」(癒着)を裏付ける
集会に参加したことがあります。神奈川県主催の「就職差別啓発セミナ-」
は、 ふれあい館長、かながわ民闘連、神奈川人権センタ-も積極的に協力
して いました。
人権を求める運動体が就職差別、職務制限する自治体に抗議せず、
主催する行政の「人権集会」に参加していました。これは、行政の人権施策・
差別解消を是正要求し、糾弾するのではなく、運動体は「要求から参加へ」
をスローガンに、権力者と癒着した見せかけの集会である、思いました。
戦前、似たような朝鮮人同化政策がありました。この姿こそ運動体が
方針転換し権力の「共生」論理に便乗したことを意味する、と私は気付き
ました。
横浜市主催の「人権啓発講演会」は、東京人権啓発企業連絡会
(人企連) に加盟する銀行人事部と民闘連の教師が講師として現場
報告していました。 さすがに利潤を追求する企業・銀行は商品(利息)PR
も忘れず報告して いました。 (民族)差別を生み出している職場、ものが
言えない労働者、労働者を抑圧 する組合、国旗・国歌、行政・企業の
戦争責任、国籍で職務制限している 主催者の差別行政などの問題は
一切提起されませんでした。
平日の昼間に開かれた会場は、一般市民の参加はなく行政指導で企業
から出張扱いで派遣された総務・人事、行政関係者だけのようでした。
「他人事である」民族差別・人権啓発に関心はなく、日常業務の疲労が
溜まった参加者の半数は気持ち良く居眠りしています。 「人権尊重」と
印刷された(人企連加盟のNTT)テレフォンカードを記念に 貰い、顔には
出しませんが内心喜び、交通費・日当も支給され、彼らの 生活は保証
されています。
講演が終わると、組織動員された参加者は眠りから覚め、一言も語らず
我先にと出口に向かい、家庭・職場・居酒屋(?)に向かって走り出す姿は
何を意味するのでしょうか?
神奈川県は、NGO神奈川人権センタ-に補助金を出しています。わくわく
プラザで人身事故を起こしたふれあい館は川崎市の全面資金援助により
運営されています。行政支援の下で自治体首長の御用機関である
外国人市民代表者会議、外国籍県民かながわ会議、人権施設建設
などの動きは「共生」を名目にした全国的な人権運動の流れになって
います。
このような背景があるせいなのか、運動体も市職労組合も申入書を提出
したものの、差別を制度化した「運用規程」、阿部市長の「外国人は
準会員」 発言に、その後全く沈黙しています。市長が職務を182から
192に制限を 拡大したことにも沈黙です。
市長であろうとも、組合員の人権を侵害する労働条件を独断で決定
できません。 つまり、労働者の権利を擁護する組合執行部は、当事者で
ある外国籍職員 および組合員の意見を聞くことなく勝手に決めた可能性
があります。
日立製作所労働組合も市職労と同じ連合に加盟していますが、組合員の
意見を無視して組合幹部が経営者と勝手に労働条件を決め、組合員に
押し付けるやり方は同じです。
労使協調の下で労働条件を決定し、「運用規程」を作り、市長の「準会員」
発言が出てくる裏には、労働者にものを言わせない抑圧と差別が必要で
あり、 個を認めないその抑圧と差別によって組織が運営される深刻な
題があります。 形式的、形骸化した「民主主義」という仮面を被った組織は、
誰もが 「公平・平等」と信じて疑わない「選挙」を常套手段として「独裁者」を
選びます。
企業・行政の人権研修の目的は、差別をなくすために差別を生み出して
いる 要因を除去し、労働者が人間らしく伸び伸びと働ける職場環境を作る
ことです。 現実と乖離した企業・行政の人権啓発と裏腹に労働現場は
利潤追求、 ハイテク技術開発のために労働者を選別・分断し競争を
煽って います。 生産量に応じて人員を調節(解雇・追放)できる、経営者に
とって 都合の いい偽装請負、また「研修・実習」名目にした、強制連行
された 朝鮮人と 同じように低賃金、過酷な現場で働いている外国人
労働者の 実態が 報告されています。
企業社会のビジネスパースンは、日々より高度な技術開発のために
疲労困憊になり、人権どころではありません。自分たち(日本人労働者)
でさえいいたいことも言えず、我慢して働いているのに、外国人の
「人権は他人事」であり、まして民族差別、「そんなの関係ありません。
そんなゆとりすらありません。」
研修は、上司から追いまくられている業務を離れて一時の開放感を味わい、
鼾をかきながら居眠りする休息時間です。職場に戻った受講者は、
研修内容はすっかり忘れ、遅れた工程を取り戻すためにこれまで
以上に躍起になります。これが日立製作所(企業・行政)の人権研修です。
何のためにやっているか?誰のためにやっているか?それを問う必要は
ありません。人権研修は「やればいい、受ければいい」のです。成果よりも
「実績」を残します。
人企連に加盟する企業と運動体・組合の関係は、「カネが動く」という噂を
聞きます。行政・企業は、「要求から参加へ」方針転換した運動体、組合を
良きパートナーとして包摂し「共生」体制を確立しました。
運動体が川崎、横浜、県の自治体主催の人権集会の「窓口」なっている姿
を 見て、運動体・組合は、いつから企業・行政と癒着して「人権窓口」となり、
現実と乖離した集会を開くようになったのか?と私は疑問を感じました。
7/15「共生」を考える集会、8/25反省会で発言しましたが、裁判勝利
判決後、 私は「職場の日本人と上手くやっていけるだろうか?これから
一人で 決断しなければならない。」と不安と期待を抱いて日立に入り
ました。 必死に技術を覚えながら、「職場は何かおかしい? 私は仕事
だけして いればいいのか?」と悩みながら月日が経ち、5年後、胃潰瘍で
1ヶ月 入院しました。
何故自分は入院する状況に追い込まれたのか?病床で聖書を読みながら、
裁判までして日立に入って私一人で何ができるのか?このままビジネス
パーソンとして埋没する以外にないのか?神経質にならず気楽に逞しく
生きる方法がないものか?悩んでいました。人間らしく生きるためには、
働く人たちがおかしいことはおかしい言える職場にすることだ、孤立しても
素直に言うしかないと決断し、民族差別と労働者の問題について考えざる
を 得ない状況になったわけです。
私が地域運動から離れ、閉塞された職場から生きる出口を求めて
悩んでいた頃、外では運動体が日立闘争を都合よく利用(悪用)して
企業・行政との「共生(寄生)」を謀っていたようです。
「人権」運動も、運動する人間も資金が必要です。自分の立場、生活を
維持するために本能的に自己防衛します。あるべき組織・生き方・価値観
を求めて批判すると、組織は「人権」を無視して、個を潰すか追放する
傾向になります。
行政・企業は、運動体の弱点に付け込み包摂します。権力者というのは
手を汚さず常に袖手傍観し、運動体の「成果」を利用し、弱者を選別・分断
し、 孤立する方向に仕向け、弱者に弱者を管理させます。そして歴史は
都合よく 改竄されていきます。利用されている当事者は、隠蔽された矛盾
を問うこと なく、抑圧を前提にした差別と闘い、人権を求めます。
強者の犠牲者として、常に弱者である民衆を生死の瀬戸際に追い込み、
差別・抑圧することは、戦前の植民地主義を前提にした「融和」に通じる
新たな「共生」思想である、と言えます。
朴鐘碩2007年10月6日
行政は、民間企業に就職差別解消、雇用促進を求め、労基法、職安法に
違反すれば是正・勧告する立場です。
しかし、国籍を理由に「運用規程」で外国籍職員の職務を制限(差別を
固定化)した川崎方式は、隣接する横浜市、神奈川県はじめ全国の
自治体に波及しました。「運用規程」 (川崎市のみ存在)は、市・市職労・
運動体の三位一体・「共生」の産物です。「連絡会議」は、その「共生」の
実態を明らかにしました。
私は、行政、企業、(自治労)組合、人権運動体の「共生」(癒着)を裏付ける
集会に参加したことがあります。神奈川県主催の「就職差別啓発セミナ-」
は、 ふれあい館長、かながわ民闘連、神奈川人権センタ-も積極的に協力
して いました。
人権を求める運動体が就職差別、職務制限する自治体に抗議せず、
主催する行政の「人権集会」に参加していました。これは、行政の人権施策・
差別解消を是正要求し、糾弾するのではなく、運動体は「要求から参加へ」
をスローガンに、権力者と癒着した見せかけの集会である、思いました。
戦前、似たような朝鮮人同化政策がありました。この姿こそ運動体が
方針転換し権力の「共生」論理に便乗したことを意味する、と私は気付き
ました。
横浜市主催の「人権啓発講演会」は、東京人権啓発企業連絡会
(人企連) に加盟する銀行人事部と民闘連の教師が講師として現場
報告していました。 さすがに利潤を追求する企業・銀行は商品(利息)PR
も忘れず報告して いました。 (民族)差別を生み出している職場、ものが
言えない労働者、労働者を抑圧 する組合、国旗・国歌、行政・企業の
戦争責任、国籍で職務制限している 主催者の差別行政などの問題は
一切提起されませんでした。
平日の昼間に開かれた会場は、一般市民の参加はなく行政指導で企業
から出張扱いで派遣された総務・人事、行政関係者だけのようでした。
「他人事である」民族差別・人権啓発に関心はなく、日常業務の疲労が
溜まった参加者の半数は気持ち良く居眠りしています。 「人権尊重」と
印刷された(人企連加盟のNTT)テレフォンカードを記念に 貰い、顔には
出しませんが内心喜び、交通費・日当も支給され、彼らの 生活は保証
されています。
講演が終わると、組織動員された参加者は眠りから覚め、一言も語らず
我先にと出口に向かい、家庭・職場・居酒屋(?)に向かって走り出す姿は
何を意味するのでしょうか?
神奈川県は、NGO神奈川人権センタ-に補助金を出しています。わくわく
プラザで人身事故を起こしたふれあい館は川崎市の全面資金援助により
運営されています。行政支援の下で自治体首長の御用機関である
外国人市民代表者会議、外国籍県民かながわ会議、人権施設建設
などの動きは「共生」を名目にした全国的な人権運動の流れになって
います。
このような背景があるせいなのか、運動体も市職労組合も申入書を提出
したものの、差別を制度化した「運用規程」、阿部市長の「外国人は
準会員」 発言に、その後全く沈黙しています。市長が職務を182から
192に制限を 拡大したことにも沈黙です。
市長であろうとも、組合員の人権を侵害する労働条件を独断で決定
できません。 つまり、労働者の権利を擁護する組合執行部は、当事者で
ある外国籍職員 および組合員の意見を聞くことなく勝手に決めた可能性
があります。
日立製作所労働組合も市職労と同じ連合に加盟していますが、組合員の
意見を無視して組合幹部が経営者と勝手に労働条件を決め、組合員に
押し付けるやり方は同じです。
労使協調の下で労働条件を決定し、「運用規程」を作り、市長の「準会員」
発言が出てくる裏には、労働者にものを言わせない抑圧と差別が必要で
あり、 個を認めないその抑圧と差別によって組織が運営される深刻な
題があります。 形式的、形骸化した「民主主義」という仮面を被った組織は、
誰もが 「公平・平等」と信じて疑わない「選挙」を常套手段として「独裁者」を
選びます。
企業・行政の人権研修の目的は、差別をなくすために差別を生み出して
いる 要因を除去し、労働者が人間らしく伸び伸びと働ける職場環境を作る
ことです。 現実と乖離した企業・行政の人権啓発と裏腹に労働現場は
利潤追求、 ハイテク技術開発のために労働者を選別・分断し競争を
煽って います。 生産量に応じて人員を調節(解雇・追放)できる、経営者に
とって 都合の いい偽装請負、また「研修・実習」名目にした、強制連行
された 朝鮮人と 同じように低賃金、過酷な現場で働いている外国人
労働者の 実態が 報告されています。
企業社会のビジネスパースンは、日々より高度な技術開発のために
疲労困憊になり、人権どころではありません。自分たち(日本人労働者)
でさえいいたいことも言えず、我慢して働いているのに、外国人の
「人権は他人事」であり、まして民族差別、「そんなの関係ありません。
そんなゆとりすらありません。」
研修は、上司から追いまくられている業務を離れて一時の開放感を味わい、
鼾をかきながら居眠りする休息時間です。職場に戻った受講者は、
研修内容はすっかり忘れ、遅れた工程を取り戻すためにこれまで
以上に躍起になります。これが日立製作所(企業・行政)の人権研修です。
何のためにやっているか?誰のためにやっているか?それを問う必要は
ありません。人権研修は「やればいい、受ければいい」のです。成果よりも
「実績」を残します。
人企連に加盟する企業と運動体・組合の関係は、「カネが動く」という噂を
聞きます。行政・企業は、「要求から参加へ」方針転換した運動体、組合を
良きパートナーとして包摂し「共生」体制を確立しました。
運動体が川崎、横浜、県の自治体主催の人権集会の「窓口」なっている姿
を 見て、運動体・組合は、いつから企業・行政と癒着して「人権窓口」となり、
現実と乖離した集会を開くようになったのか?と私は疑問を感じました。
7/15「共生」を考える集会、8/25反省会で発言しましたが、裁判勝利
判決後、 私は「職場の日本人と上手くやっていけるだろうか?これから
一人で 決断しなければならない。」と不安と期待を抱いて日立に入り
ました。 必死に技術を覚えながら、「職場は何かおかしい? 私は仕事
だけして いればいいのか?」と悩みながら月日が経ち、5年後、胃潰瘍で
1ヶ月 入院しました。
何故自分は入院する状況に追い込まれたのか?病床で聖書を読みながら、
裁判までして日立に入って私一人で何ができるのか?このままビジネス
パーソンとして埋没する以外にないのか?神経質にならず気楽に逞しく
生きる方法がないものか?悩んでいました。人間らしく生きるためには、
働く人たちがおかしいことはおかしい言える職場にすることだ、孤立しても
素直に言うしかないと決断し、民族差別と労働者の問題について考えざる
を 得ない状況になったわけです。
私が地域運動から離れ、閉塞された職場から生きる出口を求めて
悩んでいた頃、外では運動体が日立闘争を都合よく利用(悪用)して
企業・行政との「共生(寄生)」を謀っていたようです。
「人権」運動も、運動する人間も資金が必要です。自分の立場、生活を
維持するために本能的に自己防衛します。あるべき組織・生き方・価値観
を求めて批判すると、組織は「人権」を無視して、個を潰すか追放する
傾向になります。
行政・企業は、運動体の弱点に付け込み包摂します。権力者というのは
手を汚さず常に袖手傍観し、運動体の「成果」を利用し、弱者を選別・分断
し、 孤立する方向に仕向け、弱者に弱者を管理させます。そして歴史は
都合よく 改竄されていきます。利用されている当事者は、隠蔽された矛盾
を問うこと なく、抑圧を前提にした差別と闘い、人権を求めます。
強者の犠牲者として、常に弱者である民衆を生死の瀬戸際に追い込み、
差別・抑圧することは、戦前の植民地主義を前提にした「融和」に通じる
新たな「共生」思想である、と言えます。
朴鐘碩2007年10月6日
2007年10月3日水曜日
新たな地平を切り開こうとする比較文学の学者、李建志に期待する
李建志著の「朝鮮近代文学とナショナリズムー『抵抗のナショナリズム』
批判」(作品社 定価1800円)を読みました。30歳後半の若い学者の
登場を歓迎しましょう。
今回は、氏の簡単な紹介にし、詳しい論評は次の機会にします。
李建志は東京生まれの在日で、現在、広島大学教員とあります。
私は彼の本を読みながら、上野千鶴子が女性学というものを認めない
既成の学会、大学当局と闘いながら独自の地平を切り開こうとしてきた
という、彼女の日経のある雑誌での記事を思い出しました。
私は彼の著作の内容は勿論、注の部分や後書きを読み、この学者の
問題意識に共鳴し、学者としての今後の可能性に期待したいと強く
思いました。
彼がこれまでの在日の学者や評論家と違うと思うのは、まず、アイヌ語、
ベトナム語、中国語、韓国語を学び(多くの人はヨーロッパの言語を
習得します)、アイヌ、沖縄、在韓華人、「小笠原西欧系島民」と
マイノリティの存在を直視し、在日朝鮮人の抱える問題を相対化
しています。
氏の最大の特徴は、「抵抗のナショナリズム」を批判するまなざしです。
在日だからといって安易な日本ナショナリズム批判、日本社会「告発」
をすることを厳しく自らを戒め(従って、在日朝鮮人文学などという
カテゴリーを作る日本社会に便乗するかのごとき梁石日にも批判的な
論文を記します)、権力・権威を批判する先鋭的な日本学者にも決して
擦り寄ることはしません。「反権力」にも「権力」は宿る、と氏は喝破します。
民族を絶対視する韓国社会のあり方にも容赦はありません。
「民族」は脱構築されなければならない、と宣言します。
従って、自らの在日の立場に関しても、「自分に与えられた(「他称され、
イメージされた」)位置に安住することなく、それらを批判し続けている」、
と鮮明にし、「いわば逃げ水のような永遠の自己革新、自己批判を
続けた、その先にある『場所』」と追う、とあります。
(私はこのような言い方は好きなのです。)
このような歩みをする氏のことですから、既成の学問分野に従事する
諸先輩とは厳しく対立するのもまた、いたしかたないことだと思われます。
氏はそれを甘受し、「新しい学問」「新しい時代」を志向しようとします。
まあ、そこまで啖呵を切った以上、その思いを支える研究の質、学者
としての実力は、徹底的に検証に耐えるものになってみせるという
覚悟とみました。大いに期待する所以です。
鄭大均の引用が多く、彼とは同じくしないと言いながら、ではどこがどう
違うのかは明示されていません。また「差別と闘い、抵抗する実践も
大事ではあるが」としながらも若干、シニカルなようです。むしろ
「優れた『生活戦略』」を称え、「差別をやりすごし、するぬけ、きりぬけ、
差別する人や文化をからかう実践」に注目します。まあ、差別と闘うと
銘打っている運動体や、日本社会を批判する文化人の質を問おうと
しているのだとは思いますが・・・
鄭香均の東京都を相手に最高裁まで闘った運動が、総括できずに
終わったことを考えると、上野さんがいう「当事者主権」という意味や、
李建志の次のことばが妙に心にひびきます。
「マイノリティ運動の問題として私が考えていることは、マジョリティの
なかの「反体制的」な考え方のひとがマイノリティを『本尊』として祭り
あげることで成立する運動、その政治性のことである」
しかし鄭香均自らが立ち上がり「当然の法理」の本質と対峙しようとした
その歩みを根底的に否定する、鄭大均とは「同じではない」という
のか、彼と同じと言うのか、李建志に確認したい点ではありますね。
私は氏の主張からは、間違いなく、「共生」をも脱構築し、「共生」の
氾濫を批判すると思います。一度、議論したいですね。
是非、みなさんに一読をお勧めします。
崔 勝久
批判」(作品社 定価1800円)を読みました。30歳後半の若い学者の
登場を歓迎しましょう。
今回は、氏の簡単な紹介にし、詳しい論評は次の機会にします。
李建志は東京生まれの在日で、現在、広島大学教員とあります。
私は彼の本を読みながら、上野千鶴子が女性学というものを認めない
既成の学会、大学当局と闘いながら独自の地平を切り開こうとしてきた
という、彼女の日経のある雑誌での記事を思い出しました。
私は彼の著作の内容は勿論、注の部分や後書きを読み、この学者の
問題意識に共鳴し、学者としての今後の可能性に期待したいと強く
思いました。
彼がこれまでの在日の学者や評論家と違うと思うのは、まず、アイヌ語、
ベトナム語、中国語、韓国語を学び(多くの人はヨーロッパの言語を
習得します)、アイヌ、沖縄、在韓華人、「小笠原西欧系島民」と
マイノリティの存在を直視し、在日朝鮮人の抱える問題を相対化
しています。
氏の最大の特徴は、「抵抗のナショナリズム」を批判するまなざしです。
在日だからといって安易な日本ナショナリズム批判、日本社会「告発」
をすることを厳しく自らを戒め(従って、在日朝鮮人文学などという
カテゴリーを作る日本社会に便乗するかのごとき梁石日にも批判的な
論文を記します)、権力・権威を批判する先鋭的な日本学者にも決して
擦り寄ることはしません。「反権力」にも「権力」は宿る、と氏は喝破します。
民族を絶対視する韓国社会のあり方にも容赦はありません。
「民族」は脱構築されなければならない、と宣言します。
従って、自らの在日の立場に関しても、「自分に与えられた(「他称され、
イメージされた」)位置に安住することなく、それらを批判し続けている」、
と鮮明にし、「いわば逃げ水のような永遠の自己革新、自己批判を
続けた、その先にある『場所』」と追う、とあります。
(私はこのような言い方は好きなのです。)
このような歩みをする氏のことですから、既成の学問分野に従事する
諸先輩とは厳しく対立するのもまた、いたしかたないことだと思われます。
氏はそれを甘受し、「新しい学問」「新しい時代」を志向しようとします。
まあ、そこまで啖呵を切った以上、その思いを支える研究の質、学者
としての実力は、徹底的に検証に耐えるものになってみせるという
覚悟とみました。大いに期待する所以です。
鄭大均の引用が多く、彼とは同じくしないと言いながら、ではどこがどう
違うのかは明示されていません。また「差別と闘い、抵抗する実践も
大事ではあるが」としながらも若干、シニカルなようです。むしろ
「優れた『生活戦略』」を称え、「差別をやりすごし、するぬけ、きりぬけ、
差別する人や文化をからかう実践」に注目します。まあ、差別と闘うと
銘打っている運動体や、日本社会を批判する文化人の質を問おうと
しているのだとは思いますが・・・
鄭香均の東京都を相手に最高裁まで闘った運動が、総括できずに
終わったことを考えると、上野さんがいう「当事者主権」という意味や、
李建志の次のことばが妙に心にひびきます。
「マイノリティ運動の問題として私が考えていることは、マジョリティの
なかの「反体制的」な考え方のひとがマイノリティを『本尊』として祭り
あげることで成立する運動、その政治性のことである」
しかし鄭香均自らが立ち上がり「当然の法理」の本質と対峙しようとした
その歩みを根底的に否定する、鄭大均とは「同じではない」という
のか、彼と同じと言うのか、李建志に確認したい点ではありますね。
私は氏の主張からは、間違いなく、「共生」をも脱構築し、「共生」の
氾濫を批判すると思います。一度、議論したいですね。
是非、みなさんに一読をお勧めします。
崔 勝久
2007年10月2日火曜日
川崎市の「運用規程」改悪の疑問
川崎市が「運用規程」を改悪して、外国籍公務員に制限する職務数を
182から192にしたことは先に報告した通りです。
しかし「外国人の差別を許すな・川崎連絡会議」代表の望月さんの
指摘によれば、外国人に制限してた10職務を182から削減して、
制限する職務を20増やし、その結果、全体として192になったという
ことです。望月さんのHPの論文を参照ください(「運用規程」の改悪)。http://homepage3.nifty.com/tajimabc/new_page_134.htm
外国籍公務員にある職務に就かせるかどうかは、川崎市が独自に
「運用規程」を作成してその中で一定の基準を設けています。それは
「公権力の行使」の川崎市の独自の解釈によるものであり、市民の
意思にかかわらず、市民の自由、権利を制限することを「公権力の
行使」と定めたそうです。
そうすると、東京都で現在、鄭香均が認められている保健士としての
職務が川崎で認められていないのはどうしてか、その点を彼女が
川崎市との直接交渉の席で問うた内容が、今回、ほぼ、川崎市でも
削除されているのです(まさか、鄭香均が言ったから変えたとは
死んでも言えないでしょうね)。しかし、どうして、どのような理由で、
これまで川崎市が儲けた基準が変わったのか、どうして今になって、
これまでの川崎方式の「公権力の行使」の解釈を変えたのか、
彼らは説明をする義務があります。
参考までに、外国籍公務員にこれまで制限されていた職務で、今回
解除されたものの中にこのようなものがありました(笑わないで、
読んでください)。
●「狂犬病予防に係わる事務のうち、犬の登録、狂犬病予防注射票の
交付等」
(これって、そもそもどうして、外国籍公務員に係わってはいけないと
していたの?)
次に新たに制限された職務を紹介します(23職務追加)。
●「墓地・納骨堂・火葬場の施設の整備改善、使用制限、禁止命令、
営業許可の取消」
●「毒物、医薬品販売業者等に対する報告の徴収、立入検査等」
●「特定動物飼育業に係る許可・取消・勧告・命令等」
(ああ、もう馬鹿らしいからやめ。詳しくは望月さんのHPをみてください。
そもそも公務員は、法律に基づいて職務を執行するのであり、公務員の
性別や国籍によって、その業務執行が制限・禁止されていいいのか?)
もうひとつついでに、
●「自動車リサイクル法関連事業者への登録許可」
(なんで? なんで外国人の公務員はこの仕事、だめなの? そうか、
北朝鮮とか、ロシアに中古車を売る連中と外国籍公務員はつるむ
かもしれないと考えたな?)
というわけで、川崎市との直接交渉を11月はじめに行います。
みなさん、期待してください。ああ、楽しみだな、今回のことを決めた
人事課の連中は何と説明するのかな、今回の決定を何にも
事前に知らされてなかった参画室はどう対応するんでしょうね。
それにしてもこんな市の決定を、組合は黙って承認したとはね、
いくらなんでもひどい! そうか、民営化によって組合の仕事を
なくすといっても何の抵抗できない組合員にとっては、朝鮮人の
公務員のことなんか知ったことか、ということか?
崔 勝久
182から192にしたことは先に報告した通りです。
しかし「外国人の差別を許すな・川崎連絡会議」代表の望月さんの
指摘によれば、外国人に制限してた10職務を182から削減して、
制限する職務を20増やし、その結果、全体として192になったという
ことです。望月さんのHPの論文を参照ください(「運用規程」の改悪)。http://homepage3.nifty.com/tajimabc/new_page_134.htm
外国籍公務員にある職務に就かせるかどうかは、川崎市が独自に
「運用規程」を作成してその中で一定の基準を設けています。それは
「公権力の行使」の川崎市の独自の解釈によるものであり、市民の
意思にかかわらず、市民の自由、権利を制限することを「公権力の
行使」と定めたそうです。
そうすると、東京都で現在、鄭香均が認められている保健士としての
職務が川崎で認められていないのはどうしてか、その点を彼女が
川崎市との直接交渉の席で問うた内容が、今回、ほぼ、川崎市でも
削除されているのです(まさか、鄭香均が言ったから変えたとは
死んでも言えないでしょうね)。しかし、どうして、どのような理由で、
これまで川崎市が儲けた基準が変わったのか、どうして今になって、
これまでの川崎方式の「公権力の行使」の解釈を変えたのか、
彼らは説明をする義務があります。
参考までに、外国籍公務員にこれまで制限されていた職務で、今回
解除されたものの中にこのようなものがありました(笑わないで、
読んでください)。
●「狂犬病予防に係わる事務のうち、犬の登録、狂犬病予防注射票の
交付等」
(これって、そもそもどうして、外国籍公務員に係わってはいけないと
していたの?)
次に新たに制限された職務を紹介します(23職務追加)。
●「墓地・納骨堂・火葬場の施設の整備改善、使用制限、禁止命令、
営業許可の取消」
●「毒物、医薬品販売業者等に対する報告の徴収、立入検査等」
●「特定動物飼育業に係る許可・取消・勧告・命令等」
(ああ、もう馬鹿らしいからやめ。詳しくは望月さんのHPをみてください。
そもそも公務員は、法律に基づいて職務を執行するのであり、公務員の
性別や国籍によって、その業務執行が制限・禁止されていいいのか?)
もうひとつついでに、
●「自動車リサイクル法関連事業者への登録許可」
(なんで? なんで外国人の公務員はこの仕事、だめなの? そうか、
北朝鮮とか、ロシアに中古車を売る連中と外国籍公務員はつるむ
かもしれないと考えたな?)
というわけで、川崎市との直接交渉を11月はじめに行います。
みなさん、期待してください。ああ、楽しみだな、今回のことを決めた
人事課の連中は何と説明するのかな、今回の決定を何にも
事前に知らされてなかった参画室はどう対応するんでしょうね。
それにしてもこんな市の決定を、組合は黙って承認したとはね、
いくらなんでもひどい! そうか、民営化によって組合の仕事を
なくすといっても何の抵抗できない組合員にとっては、朝鮮人の
公務員のことなんか知ったことか、ということか?
崔 勝久
「共生」批判 企業と「人権」運動体(1)ー朴鐘碩
「共生」批判 企業と「人権」運動体(1)
生活現場である組織を「共生」批判することは、誰もが生き方を
迫られます。しかし、自分の足元を見つめることは、人権運動の
基本です。また、人間性を求めることは、イエスを語るまでもなく
「孤立」することです。
就職差別再発予防のために組織された東京人権啓発企業連絡会
(以下、人企連)は、「東京に本社を置く企業を中心に、同和問題・人権
問題の解決を目ざして活動」し、120社近くの企業が加盟しています。
(http://www.jinken-net.com/jinkiren/jinkiren.html)
'94年日立、'95年日本電気(NEC)、’96年富士銀行、’97年ソニ-、’98年
三越が会長役(任期1年)をしています。
戦前、日帝は「枕木一本に朝鮮人一人」と言われるくらい多くの
朝鮮人を強制連行し、鉄道・土木建設工事現場で過酷・危険な
重労働・低賃金で酷使しました。戦後、朝鮮人を就職差別して
いた旧国鉄は民営化されて、東日本旅客鉄道となり人企連に
加盟しています。
人企連は、「差別図書である『部落地名総鑑』の購入、採用に
あたっての差別選考等の反省を契機として、それぞれの企業が
差別体質の払拭」を訴えています。
活動内容は、「同和問題、人権問題に対するトップ層の自覚と認識を
深めることを目的」としています。「より質的に高い企業内啓発担当者
を養成し、毎年度、会員企業の新入社員を対象として、日比谷公会堂
で約2,000人を集め、講師には経験豊かな方々を招聘して講演と
啓発映画による合同研修会を開催」しています。
当会の役員は、世界人権宣言中央実行委員会、部落解放基本法
制定要求国民運動実行委員会、反差別国際運動(IMADR)
日本委員会、部落解放研究所、東日本部落解放研究所等の会長、
副会長、理事に就任し、また賛助会員、法人会員になって、「人権」
運動体とも深く繋がり、「あらゆる差別の撤廃」を謳っています。
こうした人権組織は、行政、企業、運動体、連合傘下の組合と
一体となった「人権啓発」集会にも名を連ねています。
’96年12月2日、言論界、経財界の著名人が中心となって、
日本帝国主義がアジアに侵略した歴史的事実を歪曲・隠蔽する
ため、「『新しい歴史教科書をつくる会』(以下「つくる会」)創設に
あたっての声明」が出ました。朝鮮半島を始めアジアに侵略した
天皇制日本の軍隊による韓国人女性への陵辱は、彼女たちの
勇気ある証言によって明らかとなった、にも拘わらず、この声明は、
「『従軍慰安婦』強制連行説を安易な自己悪逆史観」として捉え、
アジア侵略・犯罪の歴史を正当化する、という戦争責任の反省
など全く感じられない許し難い内容です。
続いて12月20日、「歴史教科書に対する声明」が「正しい歴史を
伝える国会議員連盟」から出ています。
「つくる会」賛同者として、経済界から人企連企業なっている
経営者が名を連ねています。
小冊子によれば、人企連は、「今後の企業内研修においては、
差別を見抜く感性を磨き、差別解消に向けて確実に実践し得る
社員をより多く育成することが課題であります。
さらに、その成果を自社内のみにとどめず、関連企業、関係先
等に幅広くその輪を広げていくことも肝要です。
また、国際社会において大いに叫ばれている自由、平等、平和は、
日本国憲法に謳われている精神でもあります。世界の経済的
発展の一翼を担っている日本の企業として、その立場をしっかりと
自覚し、人権尊重の精神を自らのものとすると共に、その実現に
向けて努力していくことが今後の新たな課題の一つでもあります。
人権尊重は人類普遍の原理であり、また世界共通の価値観
でもあります。我々はこの際一人ひとりの基本的人権は、侵される
ことのない永久の権利であることを改めて確認することが大切
。そして、人権尊重が世界の潮流となってきた現在、国際化時代に
対応し得る企業体質の構築に向けて、私たち一人ひとりの
意識改革-『内なる国際化』-の実現に取り組むことが必要です」
と差別解消、人権尊重を訴えています。
では、何故、人権啓発、差別体質の払拭に取り組む人企連の
経営者が、何を意図して「つくる会」声明の賛同人として名を
連ねたのか?当時、以下の12社が経済界から「つくる会」声明
の賛同人となっています。
相田 雪雄(野村証券KK常任顧問)
上野 公夫(中外製薬KK会長)
淡河 義正(大成建設相談役)
岡本 和也(東京三菱銀行専務取締役)
櫻井 修(住友信託銀行取締役相談役)
鈴木三郎助(味の素KK取締役名誉会長)
山本 卓眞(富士通KK会長)
友国 八郎(大阪商船三井船舶株式会社相談役)
後藤 千秋(株式会社大林組専務取締役)
坂野 常隆(清水建設株式会社取締役相談役)
渡辺 晴郎(丸紅株式会社常任顧問)
広瀬 駒雄(株式会社大京取締役副社長)
(「東京人権啓発企業連絡会を糾弾する!」1997年7月31日
朴鐘碩資料集)
日帝のアジア侵略戦争によって朝鮮人は強制連行され、侵略に
利用した国旗・国歌を教師たちに現在も強制しています。国旗は、
企業のセレモニ-にも必ず登場し、企業社会で日常的に屋上、正面
玄関のポ-ルに掲揚しています。
川崎市は、「運用規程」で外国籍職員を差別し、ガス抜きと
呼ばれる外国人市民代表者会議も発足しました。また新たに
ポールを設置し、国旗を常時掲揚し、改憲を求める阿部市長は
「外国人は準会員」と発言しています。そして「つくる会」が歴史を
歪曲したように、市は人権資料から日立就職差別裁判を抹消しました。
これは経団連が低賃金で外国人労働者を求め、組合員の声を無視
するガス抜き組合との「共生」、「つくる会」への賛同の動きと完全に
合致します。
ジャ-ナリスト・梶村太一郎氏は、アジアへの侵略、「従軍慰安婦」強制
連行の事実を歪曲した「つくる会」を「『つくる会』の許しがたい
『日本優越史観』」と題して、「彼らには人権意識が全く欠落して
いるため、犯罪事実を否定することが被害者に対する第二の迫害で
あることに気付かない。・・あまりに自己中心的な精神的退行と幼児化
を体現している」と酷評しています。
オリンピック、ワ-ルドカップサッカ-などの国際試合で日本人青年たちが
日の丸を広げ、顔に貼って熱狂しながら応援する姿も日常茶飯事
となり、厳しい批判を浴びた映画「プライド・運命の瞬間」のスポンサ-
である中村功東日本ハウス会長、財団法人日本サッカ-協会ヘッドコ-チ
であった岡田武史監督も「つくる会」に名を連ねています。
西川長夫氏が書いているように「政治権力が民族をシンボル
として操作している。権力イデオローグは、目的達成のために
民衆を動員する手段として民族の存亡を揚げて大衆にアピール
する。民族が“下から”形成される反面、“上から”巧みに操作
され」ています。サポ-タ-もアスリ-トも、自分ために応援、競うのでは
なく国家のためにやるように「共生」 (強制)されていきます。
「つくる会」賛同人として名を連ね、その人企連経営者が役員として
君臨する人権団体と企業の関係は、「共生」という癒着です。
人権組織は、役員が「つくる会」に賛同した事実をどのように受け止
めているのでしょうか?「共生」は、人権団体・運動体を包摂し、
強者が弱者を選別し抑圧する思想です。
オフィスで働く人たちは、日常業務に追われて勤める会社、経営者が
何をしているのか?相対的に考えるゆとりすらありません。
会社(組織)が不祥事を起こしても他人事のように傍観できるのは、
幹部によって情報が完全に遮断・隠蔽されるからです。外部から抗議
を受けたり、不祥事が暴露された時に初めて現場労働者は、経営者
の理念・哲学・思想・姿勢に気付きます。しかし、職場で不祥事、企業
犯罪について話し合う、自由で柔軟な雰囲気は全くありません。不祥事、
犯罪の後始末(教育)を押し付けられるのは、なにも知らされない
労働者です。「組合は経営者に根本的解決を会社に求めた」という
声を聞いたことはありません。
経団連に加盟している多くの企業は、朝鮮人を就職差別し青年たちの
夢、人格、命を奪ってきました。戦前、朝鮮人を酷使した企業は戦争責任
を問うこともしません。ちなみに朝鮮半島が日帝の植民地となった1910年
に創立した日立製作所は、2010年に1世紀を迎えます。財界は、
「自由、平等、平和」を謳う日本国憲法改正を諮る政府の動きに便乗して
いるようです。
国旗・国歌を拒否する教師たちが厳しい処分を受けていますが、
企業内組合は会社・侵略戦争で利用した国旗掲揚、国歌斉唱を企業が
実施しても黙認している状況です。組合は、表面的な「平和・人権・共生」
を無言のスロ-ガンにしているだけです。そう言えば野口武利連合静岡会長
も「つくる会」の賛同人になっていました。
私は、人企連の会長役をした日立製作所三田会長、金井社長に
公開質問状、人企連に抗議文、公開質問状を提出しましたが、回答は、
「1.『新しい歴史教科書をつくる会』への賛同者は、個人としての行為で
あり人企連としては会員各社のトップであれ、一般社員であれ、個々人の
思想や行動に関して、それをとりあげてどうこうする立場にないという
ことでコメントは差し控えたい。従って文書による回答は行わないこととする。
2.尚、補足しますが、人企連としてこの様な問い合わせに対していちいち
回答していたら収拾できなくなる恐れがある為、回答できない。」という
人企連の設立趣旨に反する内容でした。就職差別事件を起こし、差別
解消・人権啓発に取り組み、開かれた明るい職場を目指す日立製作所
の経営方針にも反します。
「偽装請負」を厳しく問われた御手洗経団連会長は、「当社としても
人類との共生が企業の理念です。人類との共生というのは人を大事
にしろということでしょう。」(偽装請負・朝日)と語っていました。
格差社会である現在、企業社会の「共生」論理も明らかに強者の
思想であり、弱者を虐げ、労働者を分断し、失業者を生み、切り捨
てます。労働者の抑圧を前提にした「共生・差別解消・人権尊重」の
スローガンで企業イメージを取り繕います。
企業社会は、オカシイことはオカシイと自由にモノを言うこともできません。
労働者の人間性、人格を破壊する要因は、職場にいくらでもあるのに、
経営者はそれを指摘せず隠蔽します。
人間としてのアイデンティティを維持できない、個性を発揮できない
状況です。技術早期開発と利潤追求の裏で差別が再生産され、
働く人間の個を潰している現実と開かれた経営組織を目指す
という矛盾を企業はどのように止揚し、経営に反映するのか?
人企連は、本当に「差別を見抜く感性を磨き、差別解消に向けて
確実に実践し得る社員をより多く育成」しようとしているのか?
利潤に繋がる個性だけでなく、働く人の人間性・個が本当に
生かされるためにはどのような組織にすればいいのか?
など根本的に見直すことが経営者とって最大の課題です。
10原則からなる経団連企業行動憲章の前文で「国の内外を
問わず、人権を尊重する」と宣言し、「従業員の多様性、人格、
個性を尊重するとともに、安全で働きやすい環境を確保し、
ゆとりと豊かさを実現する」原則も書かれています。
最後に「本憲章に反するような事態が発生したときには、
経営トップ自らが問題解決にあたる姿勢を内外に明らかにし、
原因究明、再発防止に努める」とも宣言しています。従って
経営者は率先垂範し、積極的に従業員の人権を擁護しなければ
なりません。そうなると組合員の声を反映しない企業内組合の
必要性と存在意義はなくなり、高額組合費も給与天引きされ
なくてすみそうです。これだけ読むと内外から人権後進国と
非難された日本は、経・財界も利潤追求一辺倒から本当に
「人権尊重の経済システム」に移行しているのだろうか?と懐疑的に
なります。
「一個人が、体制を支配する権力機構(『共生思想』)に平気で異を
唱え得るようにすること、これこそが、袋小路にはまり込んで
おかしくなっている社会、企業、組合、学校、運動体を救う切札に
なり得る」(千葉県教育委員会総合批判の試み・第1章)のです。
朴鐘碩 2007年10月1日
生活現場である組織を「共生」批判することは、誰もが生き方を
迫られます。しかし、自分の足元を見つめることは、人権運動の
基本です。また、人間性を求めることは、イエスを語るまでもなく
「孤立」することです。
就職差別再発予防のために組織された東京人権啓発企業連絡会
(以下、人企連)は、「東京に本社を置く企業を中心に、同和問題・人権
問題の解決を目ざして活動」し、120社近くの企業が加盟しています。
(http://www.jinken-net.com/jinkiren/jinkiren.html)
'94年日立、'95年日本電気(NEC)、’96年富士銀行、’97年ソニ-、’98年
三越が会長役(任期1年)をしています。
戦前、日帝は「枕木一本に朝鮮人一人」と言われるくらい多くの
朝鮮人を強制連行し、鉄道・土木建設工事現場で過酷・危険な
重労働・低賃金で酷使しました。戦後、朝鮮人を就職差別して
いた旧国鉄は民営化されて、東日本旅客鉄道となり人企連に
加盟しています。
人企連は、「差別図書である『部落地名総鑑』の購入、採用に
あたっての差別選考等の反省を契機として、それぞれの企業が
差別体質の払拭」を訴えています。
活動内容は、「同和問題、人権問題に対するトップ層の自覚と認識を
深めることを目的」としています。「より質的に高い企業内啓発担当者
を養成し、毎年度、会員企業の新入社員を対象として、日比谷公会堂
で約2,000人を集め、講師には経験豊かな方々を招聘して講演と
啓発映画による合同研修会を開催」しています。
当会の役員は、世界人権宣言中央実行委員会、部落解放基本法
制定要求国民運動実行委員会、反差別国際運動(IMADR)
日本委員会、部落解放研究所、東日本部落解放研究所等の会長、
副会長、理事に就任し、また賛助会員、法人会員になって、「人権」
運動体とも深く繋がり、「あらゆる差別の撤廃」を謳っています。
こうした人権組織は、行政、企業、運動体、連合傘下の組合と
一体となった「人権啓発」集会にも名を連ねています。
’96年12月2日、言論界、経財界の著名人が中心となって、
日本帝国主義がアジアに侵略した歴史的事実を歪曲・隠蔽する
ため、「『新しい歴史教科書をつくる会』(以下「つくる会」)創設に
あたっての声明」が出ました。朝鮮半島を始めアジアに侵略した
天皇制日本の軍隊による韓国人女性への陵辱は、彼女たちの
勇気ある証言によって明らかとなった、にも拘わらず、この声明は、
「『従軍慰安婦』強制連行説を安易な自己悪逆史観」として捉え、
アジア侵略・犯罪の歴史を正当化する、という戦争責任の反省
など全く感じられない許し難い内容です。
続いて12月20日、「歴史教科書に対する声明」が「正しい歴史を
伝える国会議員連盟」から出ています。
「つくる会」賛同者として、経済界から人企連企業なっている
経営者が名を連ねています。
小冊子によれば、人企連は、「今後の企業内研修においては、
差別を見抜く感性を磨き、差別解消に向けて確実に実践し得る
社員をより多く育成することが課題であります。
さらに、その成果を自社内のみにとどめず、関連企業、関係先
等に幅広くその輪を広げていくことも肝要です。
また、国際社会において大いに叫ばれている自由、平等、平和は、
日本国憲法に謳われている精神でもあります。世界の経済的
発展の一翼を担っている日本の企業として、その立場をしっかりと
自覚し、人権尊重の精神を自らのものとすると共に、その実現に
向けて努力していくことが今後の新たな課題の一つでもあります。
人権尊重は人類普遍の原理であり、また世界共通の価値観
でもあります。我々はこの際一人ひとりの基本的人権は、侵される
ことのない永久の権利であることを改めて確認することが大切
。そして、人権尊重が世界の潮流となってきた現在、国際化時代に
対応し得る企業体質の構築に向けて、私たち一人ひとりの
意識改革-『内なる国際化』-の実現に取り組むことが必要です」
と差別解消、人権尊重を訴えています。
では、何故、人権啓発、差別体質の払拭に取り組む人企連の
経営者が、何を意図して「つくる会」声明の賛同人として名を
連ねたのか?当時、以下の12社が経済界から「つくる会」声明
の賛同人となっています。
相田 雪雄(野村証券KK常任顧問)
上野 公夫(中外製薬KK会長)
淡河 義正(大成建設相談役)
岡本 和也(東京三菱銀行専務取締役)
櫻井 修(住友信託銀行取締役相談役)
鈴木三郎助(味の素KK取締役名誉会長)
山本 卓眞(富士通KK会長)
友国 八郎(大阪商船三井船舶株式会社相談役)
後藤 千秋(株式会社大林組専務取締役)
坂野 常隆(清水建設株式会社取締役相談役)
渡辺 晴郎(丸紅株式会社常任顧問)
広瀬 駒雄(株式会社大京取締役副社長)
(「東京人権啓発企業連絡会を糾弾する!」1997年7月31日
朴鐘碩資料集)
日帝のアジア侵略戦争によって朝鮮人は強制連行され、侵略に
利用した国旗・国歌を教師たちに現在も強制しています。国旗は、
企業のセレモニ-にも必ず登場し、企業社会で日常的に屋上、正面
玄関のポ-ルに掲揚しています。
川崎市は、「運用規程」で外国籍職員を差別し、ガス抜きと
呼ばれる外国人市民代表者会議も発足しました。また新たに
ポールを設置し、国旗を常時掲揚し、改憲を求める阿部市長は
「外国人は準会員」と発言しています。そして「つくる会」が歴史を
歪曲したように、市は人権資料から日立就職差別裁判を抹消しました。
これは経団連が低賃金で外国人労働者を求め、組合員の声を無視
するガス抜き組合との「共生」、「つくる会」への賛同の動きと完全に
合致します。
ジャ-ナリスト・梶村太一郎氏は、アジアへの侵略、「従軍慰安婦」強制
連行の事実を歪曲した「つくる会」を「『つくる会』の許しがたい
『日本優越史観』」と題して、「彼らには人権意識が全く欠落して
いるため、犯罪事実を否定することが被害者に対する第二の迫害で
あることに気付かない。・・あまりに自己中心的な精神的退行と幼児化
を体現している」と酷評しています。
オリンピック、ワ-ルドカップサッカ-などの国際試合で日本人青年たちが
日の丸を広げ、顔に貼って熱狂しながら応援する姿も日常茶飯事
となり、厳しい批判を浴びた映画「プライド・運命の瞬間」のスポンサ-
である中村功東日本ハウス会長、財団法人日本サッカ-協会ヘッドコ-チ
であった岡田武史監督も「つくる会」に名を連ねています。
西川長夫氏が書いているように「政治権力が民族をシンボル
として操作している。権力イデオローグは、目的達成のために
民衆を動員する手段として民族の存亡を揚げて大衆にアピール
する。民族が“下から”形成される反面、“上から”巧みに操作
され」ています。サポ-タ-もアスリ-トも、自分ために応援、競うのでは
なく国家のためにやるように「共生」 (強制)されていきます。
「つくる会」賛同人として名を連ね、その人企連経営者が役員として
君臨する人権団体と企業の関係は、「共生」という癒着です。
人権組織は、役員が「つくる会」に賛同した事実をどのように受け止
めているのでしょうか?「共生」は、人権団体・運動体を包摂し、
強者が弱者を選別し抑圧する思想です。
オフィスで働く人たちは、日常業務に追われて勤める会社、経営者が
何をしているのか?相対的に考えるゆとりすらありません。
会社(組織)が不祥事を起こしても他人事のように傍観できるのは、
幹部によって情報が完全に遮断・隠蔽されるからです。外部から抗議
を受けたり、不祥事が暴露された時に初めて現場労働者は、経営者
の理念・哲学・思想・姿勢に気付きます。しかし、職場で不祥事、企業
犯罪について話し合う、自由で柔軟な雰囲気は全くありません。不祥事、
犯罪の後始末(教育)を押し付けられるのは、なにも知らされない
労働者です。「組合は経営者に根本的解決を会社に求めた」という
声を聞いたことはありません。
経団連に加盟している多くの企業は、朝鮮人を就職差別し青年たちの
夢、人格、命を奪ってきました。戦前、朝鮮人を酷使した企業は戦争責任
を問うこともしません。ちなみに朝鮮半島が日帝の植民地となった1910年
に創立した日立製作所は、2010年に1世紀を迎えます。財界は、
「自由、平等、平和」を謳う日本国憲法改正を諮る政府の動きに便乗して
いるようです。
国旗・国歌を拒否する教師たちが厳しい処分を受けていますが、
企業内組合は会社・侵略戦争で利用した国旗掲揚、国歌斉唱を企業が
実施しても黙認している状況です。組合は、表面的な「平和・人権・共生」
を無言のスロ-ガンにしているだけです。そう言えば野口武利連合静岡会長
も「つくる会」の賛同人になっていました。
私は、人企連の会長役をした日立製作所三田会長、金井社長に
公開質問状、人企連に抗議文、公開質問状を提出しましたが、回答は、
「1.『新しい歴史教科書をつくる会』への賛同者は、個人としての行為で
あり人企連としては会員各社のトップであれ、一般社員であれ、個々人の
思想や行動に関して、それをとりあげてどうこうする立場にないという
ことでコメントは差し控えたい。従って文書による回答は行わないこととする。
2.尚、補足しますが、人企連としてこの様な問い合わせに対していちいち
回答していたら収拾できなくなる恐れがある為、回答できない。」という
人企連の設立趣旨に反する内容でした。就職差別事件を起こし、差別
解消・人権啓発に取り組み、開かれた明るい職場を目指す日立製作所
の経営方針にも反します。
「偽装請負」を厳しく問われた御手洗経団連会長は、「当社としても
人類との共生が企業の理念です。人類との共生というのは人を大事
にしろということでしょう。」(偽装請負・朝日)と語っていました。
格差社会である現在、企業社会の「共生」論理も明らかに強者の
思想であり、弱者を虐げ、労働者を分断し、失業者を生み、切り捨
てます。労働者の抑圧を前提にした「共生・差別解消・人権尊重」の
スローガンで企業イメージを取り繕います。
企業社会は、オカシイことはオカシイと自由にモノを言うこともできません。
労働者の人間性、人格を破壊する要因は、職場にいくらでもあるのに、
経営者はそれを指摘せず隠蔽します。
人間としてのアイデンティティを維持できない、個性を発揮できない
状況です。技術早期開発と利潤追求の裏で差別が再生産され、
働く人間の個を潰している現実と開かれた経営組織を目指す
という矛盾を企業はどのように止揚し、経営に反映するのか?
人企連は、本当に「差別を見抜く感性を磨き、差別解消に向けて
確実に実践し得る社員をより多く育成」しようとしているのか?
利潤に繋がる個性だけでなく、働く人の人間性・個が本当に
生かされるためにはどのような組織にすればいいのか?
など根本的に見直すことが経営者とって最大の課題です。
10原則からなる経団連企業行動憲章の前文で「国の内外を
問わず、人権を尊重する」と宣言し、「従業員の多様性、人格、
個性を尊重するとともに、安全で働きやすい環境を確保し、
ゆとりと豊かさを実現する」原則も書かれています。
最後に「本憲章に反するような事態が発生したときには、
経営トップ自らが問題解決にあたる姿勢を内外に明らかにし、
原因究明、再発防止に努める」とも宣言しています。従って
経営者は率先垂範し、積極的に従業員の人権を擁護しなければ
なりません。そうなると組合員の声を反映しない企業内組合の
必要性と存在意義はなくなり、高額組合費も給与天引きされ
なくてすみそうです。これだけ読むと内外から人権後進国と
非難された日本は、経・財界も利潤追求一辺倒から本当に
「人権尊重の経済システム」に移行しているのだろうか?と懐疑的に
なります。
「一個人が、体制を支配する権力機構(『共生思想』)に平気で異を
唱え得るようにすること、これこそが、袋小路にはまり込んで
おかしくなっている社会、企業、組合、学校、運動体を救う切札に
なり得る」(千葉県教育委員会総合批判の試み・第1章)のです。
朴鐘碩 2007年10月1日
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