2010年8月13日金曜日

「韓国併合」首相談話から想うこと

みなさん、この暑さのなかどのように過ごされていますか。
お盆のときには大雨があり、その後は猛暑が続くそうです
から、お体にはご注意を。

 「韓国併合」100年にあたっての首相談話は自民や民主
の中からも批判の声があがり、一方、十分でないという声も
ありますが、和田春樹さんが言うように、村山談話より
「一歩前進」というところなのでしょうか。しかし韓国
では厳しい意見がだされているようです。

日本の新聞は中国政府もまた談話を「歓迎」と報道して
いますが、韓国の朝鮮日報は、11日付中国紙・環球時報
のトップ記事を紹介し、「日本が中国を除外し、韓国に
対してだけ謝罪したことは政治的背景があるのではないか」、
「今回の出来事は日本と韓国が手を結び、中国に対処する
転換点になるのではないかとの疑念が生じる」という、
中国の政府発表とは違う一面を報道しています。

これは6者会談を念頭においたものとも読めますが、私は、
大国になった中国が、韓国・日本に対して警戒をにじませた
ものと感じました。いわばこれはいずれもが植民地支配を
強化する国家同士であることを意味します。

日韓両国は自国内の労働力ではやっていけず、廉価で使い  
捨てできる外国人の労働力を必要とするに至り、それを
「多文化共生」というかたちで外国人の「統治」をしよう
としています。それを韓国の尹海東さんは、「内部植民地」
と先の「韓国併合」100年を問うシンポで発表していました。

一国内に多くの民族を抱える中国もまた、内陸部に廉価な
労働力が多くあり海外から労働力を入れる必要はないとは
言え、植民地支配をどのように進めるのかという点では、
国民国家の運営という意味では、日本・韓国と同じ問題を
持つと見るべきなのでしょう。この点は、孫歌さんにお会い
したら是非、伺ってみたいですね。

今年の『思想』1月号で、李成市さんが興味深い論文を
書かれています。当時のアカデミズム実証主義歴史家が
いずれも日清・日露戦争、韓国併合に進んだ日本の植民地
主義を批判的に捉えることができず、それを反映させる
かたちで古代史を解釈したというのです。

その中で、「帝国主義」を取り上げる上野千鶴子さんと
石母田正を例にして、その議論の前提になる日本の古代史
(朝鮮支配)は植民地主義歴史観に基づいた誤ったもので、
それを「自明なものとして・・議論される構造に組み込まれ
ている」ということを記しています(141頁)。

 私は「韓国併合」100年を問うシンポに参加して懸念を
もったと先のブログで書きましたが、アカデミックな実証主義を
求めると言うことは、過去、決して実際に生起していた国民国家
の植民地支配の動向を批判的に捉えることではなかったという
ことです。今の歴史学者や社会科学者は違うと言えるのでしょうか。

 先の尹海東さんは、シンポでの発題をこのような言葉で終え
ました、「新たな転換は、ともすると戦後迎えることになった
新たな植民地主義である可能性もある」。在日朝鮮人を含めた
外国人の「多文化共生」はそのような植民地主義として捉える
べきなのではないでしょうか。このブログをごらんになった
様々な分野の研究者のご意見をお聞かせください。

 

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